頼むから俺の性癖をバラすのはやめてくれる?
トンナの叫び声が木霊する中、俺は両手に力を込めて立ち上がる。
俺の名前を呼びながら、血涙を流すトンナは発狂したのではないかと思える取り乱しようだ。
そんなトンナの後ろから優しくトンナに抱き付く。
トンナの叫びが止まる。ゆっくりと俺の方へと振り返る。
「と、トガリ…」
「遅くなった。ごめんよ。」
トンナの頭を撫でてやる。
「トガリイイイイイ!」
トンナが膝から頽れる。床にぺたりと座り込み、俺にしがみ付いてくる。
「汚いの!腕に汚いのが着いたの!」
泣きながら俺に訴えかけるトンナは子供のようだ。
トンナの服から俺の血を分解してやる。
「さあ、これで、もう大丈夫。綺麗になったよ。」
肩をしゃくりあげ、荒い呼吸が落ち着いたものへと変わる。
「怖い夢を見たの。」
「うん。」
「あたしとトガリが戦って、あたしがトガリを殺しちゃうの。」
「うん。」
「もうイヤ!そんな夢見たくない。」
「うん。でも大丈夫。俺は此処にちゃんといるし、それは只の夢だよ。」
トンナが何度も頷く。
「さあ、もう少し眠ろう。俺は此処にいて、トンナを抱いててやるよ。」
トンナが頷く。
「何処にも行かないでね?」
「うん。行かない。ずっと一緒にいるよ。」
トンナの瞼に口付けをする。
親指でトンナの涙を拭ってやる。赤い涙が俺の指先に付着する。
トンナの目を閉じさせる。
安心し切った表情でトンナが眠る。
スデルートンスラムの地下深く。
クルタスの哄笑が止まる。
「…空中都市に現身だと…」
神州トガナキノ国でカナデラとイズモリが操る俺の分体と出会ったようだ。
クルタスが俺の方に視線を転ずる。
叫び声を上げるトンナの脇を通り過ぎ、俺の頸動脈にクルタスが触れる。
「死んでる…」
クルタスは訝し気に呟く。自分の言葉に確信が持てないのだ。
「嘆く心に慈しむ体、夢悉く塵となり、肉は血となり、灰となる。」
クルタスが俺に向けて右手を差し出し、呪言を唱える。
俺の体が分解される。
分解されると同時に再構築する。
クルタスが後退る。
再びクルタスが俺に右の掌を向ける。
先程と同じ呪言を詠唱し、俺の体を分解するが、即座に俺が再構築する。
三度、四度と同じことが繰り返される。
『待たせたな。』
待ったよ。俺達だけじゃあ自分の体を再構築するだけで精一杯だからな。
『ごめんごめん。ちょっと、ヘルザースがみっともないことになっててさぁ。思わず遊んじゃった。』
マジか?その映像、後で共有してくれよ?
『心配するな。整合性を保つためにちゃんと共有してやる。それより、こっちはどうなんだ?』
トンナが発狂寸前だな。いや、発狂してるかもしれん。
『そうか。じゃあ、無意識領域で刷り込みをして治療しよう。』
どうする?
『トンナの精神体の波長はわかってる。トンナが気付かないように無意識領域に引きずり込む。』
引きずり込まれた時点で気付くだろう?
『気付かん。気付かないようにこの世界をそのまま無意識領域に再現する。で、お前がトンナを慰めてトガリが死んだってことを夢だと思い込ませるんだ。』
そんなことで大丈夫なのか?
『大丈夫だ。精神体への直接の干渉だ。心理カウンセリングや心療医学よりもよっぽど効果的なアプローチだ。精神体が落ち着き、夢だと認識すれば脳のニューロンもそういう風に改変される。記憶の改竄だな。』
そうか。じゃあ、そうしよう。
『それよりもトンナはちゃんとクルタスの命令を履行したのか?命令を履行していなければ霊子体のリンクを断ち切ることは難しいぞ?』
俺が死んでるでしょ。命令は履行させたよ。
『よし、じゃあ、先にトンナを分解して保存しよう。』
トンナの体が金色に輝き、その場から消える。
無表情のままにクルタスが立ち尽くす。
俺は胸に空いた穴を修復し、飛び散った血を分解、再構築と共に体内へと取り戻す。
腕に力を込めて起き上がる。
クルタスの視線を感じる。
「心臓が止まって、脳の壊死も始まっていた筈だ。なぜ、起き上がることができる…」
クルタスの言葉を無視して俺は立ち上がる。
首を回して乾いた音を立てる。
右の肩を回す。
「完全に死んでいた。なぜ、立てる…」
左の肩を回す。
「何をした…」
俺はゆっくりとクルタスへと向き直る。
「どうやって、現身を修復した…」
クルタスの言葉が止まる。
「この場に粒子化光速移動で入ることも敵わない。貴様どうやってその体を修復した!!」
初めて聞くクルタスの怒声。
俺は心の中でほくそ笑む。
口元を歪めて笑ってやる。
「お前は俺を知らなさすぎだ。」
神州トガナキノ国でカナデラが口にした言葉を俺も言ってやる。
一つの精神体でしか分体を操作することのできないクルタスにはわからない。俺がイズモリ、イチイハラ、カナデラ、タナハラ、クシナハラの精神体を使って五つの分体を作り出せるということを。
計六体の俺が同時に六ケ所に存在し、バラバラに動くことができるということを。
『まあ、トンナの体を分解したり再構築したりってことは俺とカナデラがいないとできないがな。』
わかってるよ。
だから、トンナが泣いてるのに、大人しく死んでたんじゃないか。
俺はトンナの嵌めていた指輪を握り締める。
トンナに贈った指輪はダイヤモンドと霊子結晶でできている。子供たちを封印した指輪と同じ構造だ。違うのはダイヤモンドがルビーだって点だ。
分解したトンナはこの指輪に封印している。
コンマ数秒の間に無意識領域で俺はトンナの精神体に接触して治療を施した。後は現実世界でクルタスの死を認識させるだけだ。それで、トンナの悪夢は終わる。
「くひっ」
トガナキノでもカナデラ達が聞いたが、こいつの笑い声って気持ちわりぃんだよなぁ。
「きひひひひひひっ。」
クルタスの笑い声に俺は顔を歪める。
「貴様が人類の半数を殺す!大人しく死んでおればいいものを!!貴様が生きているせいで!人類の半数が死ぬのだ!!」
ああ~もう、面倒くせぇなぁ。
「死なねえよ。俺の分体がどうして、このギリギリのタイミングまで現れなかったと思ってるんだ?馬鹿じゃねえの?」
クルタスの笑いが止まる。
「俺の分体は直接、月に行ってたんだよ。」
クルタスの口がだらしなく開く。
「お前、馬鹿か?月に仕掛けがあるってわかってるのに月に行かねえ訳がねえだろうが?」
クルタスが拳を握り込み震えだす。
「お前の期待してた質量変換システムは俺のプログラムで書き換えた。だから、今は稼働していない。お前の演算能力じゃ俺には勝てねぇ。詰みだ。」
俺は俺の隣にトンナを再構築する。
光の粒子がトンナを形作る。
トンナが目を開き、首を回して、俺と視線が合う。
「と、トガリ?」
「おはよう。」
微笑む。そして優しく口付けする。
「え?あれ?え?」
トンナが混乱する。
「トンナ・ツキナリ!!サラシナ・トガリ・ヤートを殺せ!!」
クルタスがトンナに命令する。
トンナの顔が引き攣る。引き攣るが、それだけだ。トンナの表情がキョトンとしたものに変わる。
トンナがクルタスの方を向く。
「嫌よ。」
一言であった。その一言にクルタスが愕然とする。
「嫌よ。どうしてあたしがトガリを殺さなきゃいけないのよ?あなた、死刑よ?死刑になりたいのね?わかったわ。あたしが死刑にしてあげる。」
クルタスに近付こうとするトンナの肩を抑える。
「トンナ、今のお前じゃ無理だ。」
そう無理だ。
「どうして?止めないでトガリ、こいつはあたしに、無理矢理、使徒の契約を結ばせたのよ。殺しても飽き足らない。」
俺は笑う。
「わかってるよ。でも、今のお前は只の人間だ。だから無理だ。」
そう、トンナを再構築するに当たり、俺は獣人としてではなく人として再構築した。だから、今のトンナは獣人拘束用のスーツを着ていない。霊子回路がないからだ。
身長も低くなっている。マイクロマシンが体内での細胞結合を行っていないからだ。今のトンナは身長が百六十センチメートルほどに縮んでる。体重も五十キロ前後だろう。
トンナが自分の足元を見下ろし、顔を上げる。うん?奇妙な表情してやがるな。
「トガリ…」
なんだ?泣きそうじゃねえか。どうした?
「トガリの好きなオッパイが小さくなってるうううう。」
トンナが胸を押さえて泣きそうだ。何を言ってるんだと、俺も泣きそうだ。
俺の性癖をいきなり暴露するなよ。ホントに泣きそうだよ。
「いや、良いじゃないか?多少、オッパイが小さくなろうと、平気だよ?」
「だって、このオッパイじゃ、トガリの好きなパフパフができないイイイイ~」
なんだよそのパフパフって、いや、わかってるけどさ。気持ち良いけどさ。でも、それって、今、言うこと?
「と、とにかく!トンナは俺の横でクルタスをやっつけるところを見ててくれればいいんだよ!わかった?」
若干怒鳴り気味の俺の声にトンナが肩を竦めながら「はい。」と返事する。
「かはっ!」
クルタスの奇声だ。
「はは!」
クルタスが天を仰いで笑い出す。
「ははははははははははははははははははははは!!」
クルタスだけに狂ったか?
「子供!じゃれ合い!戯言をのたまう!しかし!天の理!未だ我に在らず!」
クルタスが糸の切れた人形のように首を折る。
「天の理が我に在らずとも、我は人に非ず。人外の境地にて永久の呪いとなりて、貴様の国を滅ぼそう。」
クルタスの唇が厭らしく曲がる。
「やってみろよ。」
俺はクルタスを丸めあげる。
神州トガナキノ国でやったのと同じ手順だ。
「我は不滅!我は…」
増大する質量に音が引っ張られて、クルタスの言葉が俺の耳に届かなくなる。
クルタスは胸を中心に黒い球体と化し、床に音を立てて落ちる。
さて、無間地獄の始まりだ。
俺の目の前、クルタスが立っていた空間に、黒い瘴気が靄となって現れ、クルタスを形作る。
クルタスが目を開いた瞬間、その表情が驚愕に塗れる。
「な、なぜだ…」
有無も言わせず、俺は再び丸め込む。
クルタスが球体となり、再び黒い靄が現れる。
クルタスが俺の目の前で驚く。
クルタスに話す暇も与えず俺はクルタスを丸める。
三つ目の球体が床に転がり、三度、黒い靄が現れる。
「な、なぜ、貴様が目の前にいる!!」
俺は笑う。
「お前の拠点は俺のAナンバーが全て押さえてる。貴様が体を別の場所で再構築しても、再構築の瞬間に、此処に貴様を移動させてるんだよ。」
コノエのマイクロマシンだ。気象を調節するコノエとサエリのマイクロマシンは全世界に余すところなく散らばっている。
コノエのマイクロマシンから逃れる術はない。
四度、俺はクルタスを丸める。
黒い靄が出現するが、今度はクルタスの形を成さない。その空間で霧散する。
俺とトンナがその場に頽れる。
さあ、決着といこうじゃないか。




