史上最低王の証明
「おお!ヘルザース!みっともない格好だな!」
ヘルザースに掛けた第一声だった。
「へ、陛下アアア。」
今にも泣きそうな顔でヘルザースがトガリに応える。
「プップー。情けねえ。ザマアねえな。いつも俺に説教ばっかりしてるから、いつか酷い目に遭えば良いと思ってたんだ。」
トガリが嬉しそうに無邪気に笑う。
「ホントにひでえ目に遭ってやんの。」
大声でトガリが笑う。本当に楽しそうに、心の底から笑っている。
トガリの言葉に全員が無言になる。
「と、トガ兄ちゃん…」
流石のトドネも非難の目を向ける。
「そ、そんなことより!アヌヤ陛下をお助け下さい!!」
ズヌークの言葉にトガリがクルタスの方へと顔を向ける。
クルタスの体内に取り込まれたアヌヤは、もう、ほとんど動いていない。
「まったく。雁首揃えて何やってんだか。」
トガリが右手で何かを掬い取るような素振を見せる。
同時にクルタスが萎み、倒れていたヒャクヤの体が金色に輝いて消失する。
一瞬でトガリの両横にアヌヤとヒャクヤが再構築される。
「ぱ、パパ…」
「とうちゃん…」
ヒャクヤとアヌヤがトガリを見上げる。
トガリが口角を上げてニヤリと冷徹な笑みを見せる。
「よく頑張ったな。偉いよ。」
「…パパ?」
「と、とうちゃん…?」
二人が目を眇めて、トガリの顔を凝視する。
「カナデ…」
二人が同時に口にしそうになった名前をトガリが両手で抑え込み、二人の顔を引き寄せ、耳元に囁く。
「トガリが多重人格だということをヘルザース達にバラしちゃだめでしょ。マサトはトンナの方で手一杯だからねぇ。俺はマサトの振りをしてるの。だから、二人とも協力して。」
トガリの言葉に二人が頷く。
「や、やっぱり、とうちゃんは凄いんよ!あたしらを助けに来てくれたんよ!」
アヌヤが白々しい台詞を大声で言う。
「そ、そうなの!パパはやっぱり凄いの!」
ヒャクヤも同じく白々しい。
「まあ、いいや。とにかく下がってて。こいつを片付けるから。」
普通の体格に戻ったクルタスがトガリを睨む。
「終わりの人、貴方はボアノイドを助けに行ったのではないのですか…」
トガリが眉を持ち上げる。
「行ったよ。俺は行く前に分体を別の場所に飛ばしただけ。」
クルタスの表情が初めて歪む。
「そんな馬鹿な。現身を作れば意識が裂かれる。あなたはボアノイドを救うのに意識を裂いた状態で向かったのですか…」
トガリが肩を竦める。
「分体二つを同時に操作するぐらい、お前、できないの?」
クルタスが笑う。
「…見くびっていたようです。貴方はあのボアノイドを何よりも大切にしているのだと思っていました。」
分体を二つ以上操作するのに魔法力、演算能力はあまり関係ない。情報処理能力が問われるため、まったく関係ないとは言えないが、演算能力よりも慣れが必要である。
二つの情報入力器官から同時に個別の情報が入力され、二つの出力器官を同時に操作しなければならないのだ。
意識は一つである。精神体は一つなのだ。一方の分体の右腕を動かそうとすれば、もう一方の右腕も動く。
区別する方法はない。
したがって、意識の割合を変えて、一旦は片方の分体を休眠状態のようにして、徐々に休眠状態の分体へと意識の割合を増やしていくのだ。
そうしても、同等の割合にすれば、右腕は同時に動く。
どちらかと言えば、分体を同時に操作する技術に関しては、クルタスの方がトガリよりも上である。
「お前は俺を知らなさすぎだ。」
クルタスが笑う。
トガリが右手を振るう。
ヘルザース以外の暗黒精霊が分解される。
「へ、陛下!」
ヘルザースが叫び、トガリが笑う。
「ププーッ。お前はもうしばらく酷い目にあってろ。」
トガリが口を覆って悪い顔で笑う。
「と、トガ兄…」
トドネは既に呆れ顔だ。
トガリが左手を下から上へと振り上げる。
トガリの隣に銀色の人物が現れる。
「い、イデア…」
アヌヤが驚きながら、その人物の名前を呼ぶ。
イデアが数回瞬きして、周囲へと首を巡らし、トガリの顔を見た途端に跪く。
「マスター、申し訳ありません。EMP兵器への対策が不十分でした。」
トガリが笑う。
「そう言うな。EMP兵器のことを知らなかったとは言え、俺の責任でもある。この国体母艦を造ったのは俺だからな。」
その言葉を受けて、イデアが更に深く頭を下げる。
「申し訳ありません。」
もう一度トガリが笑い、クルタスへと視線を向ける。
冷酷な視線だ。
「クルタス、本当の力って奴を見せてやるよ。」
クルタスの顔には薄い笑みがへばり付いたままだ。
トガリの周囲で金色の量子情報体が肉眼で見えるようになる。
輝きを増す。
渦を作り出す。
高密度の量子情報体が竜巻となって天へと伸び上がっていく。
伸び上がった竜巻が再びトガリ目掛けて高度を下げ、高密度に固まっていく。
トガリを中心に金色の光の玉ができあがる。
弾ける。
光の玉が一気に弾けて、波紋となって国体母艦を包み込む。
国体母艦に浸水していた海水が消滅し、メインフレームを始めとした各フレームが再構築される。
城塞都市の地盤が修復されて、軽い浮遊感を感じて安定する。
国体母艦の装甲が再構築されて、国体母艦そのものが浮き上がる。
波を立ち上げ、塩水の雨を海上に降らせながら、国体母艦が宙を飛ぶ。大質量が消えたことで海面が大きくうねり、渦をつくって波間に消える。
新神浄土の建物と倒れた木々の悉くが逆再生の映像のように修復されていく。安寧城に避難していた者、倒壊建物に埋まっていた者の体内で、霊子薬と称されているマイクロマシンが活性化し、人々の怪我を治療する。
「くひひっ」
クルタスが感極まったように笑い声を上げる。
「終わりの人よ。己の連れ合いよりも国を選んだか、しかし、このままでは終わりを避けることは…」
「貴様の長口上は聞かねえよ。」
クルタスの話が終わる前にトガリが右手を差し出す。
途端にクルタスの体が歪む。
黒いクルタスから完全に色が消え、紅い唇が黒く変色する。
クルタスの胸を中心に渦が発生し、その渦へと吸い込まれるようにクルタスが歪む。
重々しい金属音を残して、クルタスが黒い球体となって地面に落下する。
落下しても転がることはない。地面にめり込んでいる。
掌サイズの球体に変わり果てたクルタス。そのクルタスにトドネが近づく。
「一体、どうなったのですか…?」
「クルタスの体に俺の霊子を送りこんでやったのさ。」
トガリが何でもないことのように答える。
「霊子を…」
「学校でも習ったろ?霊子は粒子を引き寄せ合う力場を形成するって。」
過剰な霊子、幽子は自壊を招く。過剰な霊子を送りこまれたクルタスの体はより強く結合しようとする。霊子が送り込まれるポイントを中心に高密度に圧縮されるのだ。
トガリがクルタスであった球体へと近づく、アヌヤとヒャクヤがそれに追随する。
「アヌヤ。酒呑童子なら持ち上げられるだろう。拾ってくれ。」
「う、うん。」
獣人本来の力にパワーアシストスーツの力が上乗せされているのである。かなりのパワーを有する筈であった。しかし、それでもかなりの力を要した。アヌヤは「んぎぎっ」っと唸りながら、その球体を地盤から引き剥がした。
「アヌヤ、海にでも捨てといてくれ、俺は行かなきゃならない。」
何処へとは言わない。
何のためかも言わない。
二人にはわかっているからだ。
「わかってるんよ。」
「行ってらっしゃいなの。」
二人に再び見送られ、トガリはその場から消えた。




