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月トガリ  作者: 吉四六
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とっとと逃げちまえ!

 トドネは眼前で起こったことが信じられなかった。

 霊子薬を注入された被害者の体が、突然、爆ぜたのだ。

 弾ける一瞬前に被害者の体の中で何かの機械が再構築され、その機械を中心に被害者そのものが爆発した。

 被害者が爆発したからといって周囲に被害はない。

 被害者は治療用カプセルに入っていたのだ。

 カプセルのガラス部分は鉄と同等の硬度を誇るアルミナガラスだ。そのアルミナガラスが被害者の血で真赤になっただけだ。

「…一体なんだったんだい?」

 局長が呟く。

 この場にいる全員には、何故、被害者が爆発したのかがわからない。

 トドネを除いては。

 そのトドネが周りを見回す。

 何度も見回す。

 トドネの様子から、異常があるのだとコルナが察する。

「トドネ、どうした?何か異常があるのかい?」

 その言葉を受けてトドネの動きが止まる。

「…せ、精霊が自由になったのです…」

 トドネの呟きに全員が動きを止める。

「な、なんだって…?」

 局長がトドネの前に回り込む。

「い、今の爆発が起こってすぐに、精霊が無軌道に動き出したのです…とっトガ兄ちゃんの支配が…消えた…?」

 防疫室のカプセルの一基が開く。

 圧縮空気の抜ける音と共に複雑な機構を経て、カプセルの蓋が開く。

 次々とカプセルの蓋が立ち上がる。

 そして、トドネを始めとした全員がその男を見つける。

 防疫室の中央に。

 立ち上がるカプセルの蓋。

 その蓋が、トドネには墓標のように見えた。

 墓標に囲まれた中央に死神のような黒い男が立っていた。

 黒い男が笑う。

 蛭のような唇を歪ませて。


「時は来たれり。」


 クルタスがそう言った。



「先行して八咫烏と竜騎士を発艦させよ!八咫烏二個小隊にあっては強行偵察を実行。」

 ヘルザースが航空母艦ジンライの指揮ブリッジにて命令を発する。

 八咫烏は軽戦闘機だ。

 二個小隊は十機編成となる。その十機の軽戦闘機が強行偵察。つまり、隠密ではなく戦闘を視野に入れた偵察を行うということになる。

 偵察とは、本来、敵に知られることを良しとしない。隠密行動にて敵陣営の勢力を把握することが目的だ。

 現代日本における軽戦闘機での偵察は無理な話なのだが、この神州トガナキノ国の軽戦闘機は別だ。

 まず、霊子ジェットの静穏性能が現代日本の物とは格段に差がある。

 吸入口から幽子を取り込み霊子ローターにて幽子を圧縮、指向性を持たせて後方もしくは下方へと噴射させる。その噴射力が小さくとも、機体に巡らせる霊子が機体の進行方向に合わせて質量を変換させるため、霊子ローターその物の作動を極力抑えることができるのだ。

 結果として静穏性能が格段に上がる。

 質量方向の変換は搭乗者にも作用するため、機体と一体となって移動する。質量が存在するため重力は作用するが、構造上弱い部分に極端な負荷がかかるということはない。

 搭乗者の細胞そのものが、機体と同一方向へと落下するのだ。

 過剰な負荷は空気抵抗ぐらいだが、搭乗者は全員、パワーアシストスーツである酒呑童子を装着している。

 現代日本では考えられないようなアクロバティックな操縦が可能になっている。

 その八咫烏が十本の飛行機雲を引いてジンライから発艦する。

 隠密行動をする必要はない。しかし、目立って戦闘を開始する必要もない。

 そのための強行偵察である。

 既に国体母艦、新神浄土は肉眼でも見えている。

 クルタスは、どのような手を使ってくるのか。


 感触だけでも掴んでおかなくてはな。死んでくれるな。


 ヘルザースは冷静だ。戦場に立つことを望んでいた身だ。実戦そのものも初体験ではない。領土間の紛争は何度か経験している。

 しかし、それでもヘルザースは焦っていた。

 目の前の光景を見たくないという思いで一杯であった。

 国体母艦が曲がっている。

 外装が剥げ落ち、ゴミのように部品を撒き散らしながら海上をゆっくりと落下している。新神浄土の重さに耐えられなくなったメインフレーム、竜骨と呼ばれる構造材が悲鳴を上げて折れ曲がっていくのが易々と想像できた。

 痛みにのた打ち回る巨大なマッコウクジラのように見えて、ヘルザースの胸が痛む。

 そのヘルザースが目を眇めて一歩前に出る。

「な、なんだ、あれは?」

 ヘルザースの目に映ったものは巨大だった。

 黒い。

 漆黒と呼べる黒さだった。

 海上から数百メートルの国体母艦。その甲板中央にある民間空港付近でその黒い物が立ち上がる。

 背丈は安寧城よりも大きい。

「ヒ、ヒトガタか…?」

 巨大なヒトガタの物体。黒一色の物体であった。長く細い四肢。項垂れた長い首。

「全砲塔!新神空港付近に現れたヒトガタを狙え!!照準つき次第、砲撃せよ!!」

 通信士が八咫烏と竜騎士に艦砲射撃の開始を報せる。

 各機が散開し、ヒトガタとジンライの射線上から外れる。六門の実弾砲塔が一斉に火を吹き、四門の高出力レーザー砲が発光する。

 船首中央が上下に口を開き、巨大な荷電粒子砲が顔を覗かせる。

 巨大な実弾が分解される。

 高出力レーザーは、再構築された巨大な水の膜で、空と海へと曲げられる。

「大型精霊砲。準備できました!」

 砲塔管理官がヘルザースに呼び掛ける。

「真空軌道照準!照射!!」

 荷電粒子砲の砲口周囲から発せられた青白い光が黒いヒトガタへと照射される。マイクロマシンである、マイクロマシンが空気中の粒子を取り除き、荷電粒子砲からヒトガタへ真空の筒を作り出す。

「撃てええ!!」

 荷電粒子砲から金色の光が発射される。

 荷電粒子砲の射線上に黒いヒトガタが手を伸ばす。

 荷電粒子砲を遮るようにその掌を広げる。

 黒いヒトガタが取った行動はそれだけだ。たったそれだけの動きだったが、荷電され、加速された粒子はその威力を殺された。

 金色の光は黒いヒトガタに吸い込まれ、項垂れた首を回してジンライへと向ける。口があるはずの部分が二つに割れる。

 爬虫類の咢にも見える、その口と思しき部分から金色の光が吐き出される。

 ジンライの艦橋を僅かに外れて荷電粒子が空へと消えていく。

「操船員を残し、全員、八咫烏及び竜騎士に搭乗!ジンライを戦闘空域から離脱させる!」

 ヘルザースの判断は早い。

 ジンライの兵装が通用しないのだ。ならば、民間の航空艦と変わりはない。艦内放送にて乗組員全員に指示を送る。

「第一大隊及び第二大隊は新神浄土にて国民の避難誘導!ジンライは安寧城を盾に避難する国民の受け入れを開始せよ!!第三大隊から第五大隊は黒いヒトガタと戦闘!新神浄土への侵入を少しでも遅らせよ!!」


 無理ならすぐに逃げ出すさ。


 トガリの言葉だ。

 やるだけやって、無理ならすぐにトンズラする。トガリはそう言って憚らない。


 国体母艦は逃げ場所になればいい。

 俺は人殺しを繰り返す世界から逃げるために国体母艦を造ったんだ。

 弱い者には逃げ場所が必要だ。だから、俺は逃げる。恥も外聞も関係ない。逃げちまえばそれまでだ。

 だからぁ、俺はお前からも逃げる。その内、国王って仕事からも逃げきってみせるぜ。


 常にトガリが口にしていた言葉だ。

 航空母艦の兵装が通用しなかったのだ。逃げる算段をするのが最も適切だ。

 ヘルザースの口角が楽し気に持ち上がる。

「全員!気合を入れて逃げろ!!無理に戦闘する必要はない!トンズラをかませ!!」

 最後の一言はトガリの口調を真似たものだった。そのヘルザースの気合の入った、逃げろという命令。

 全員が心に留める。

 そして、思う。

 国民を絶対に避難させる。

 この身に代えても新神浄土の人々を避難させると。

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