国体母艦墜落
神州トガナキノ国では全ての電子機器が停止していた。
神州トガナキノ国における電子機器とはマイクロマシンであり、そのマイクロマシンの恩恵を受けている物は全てが停止するということである。逆にマイクロマシンで作製されたが、マイクロマシンで構成されていなければ、その影響を受けない。
マイクロマシンの完成には大きな課外をクリアすることが大前提だった。稼働させるためのエネルギーである。
当初の設計では電気を使用していた。脳から発せられる電気信号で命令を書き込み稼働させるのだが、微弱な電流では、その稼働時間は僅かなものでしかない。
霊子、幽子の発見がその技術を飛躍させる。
幽子は脳からの電気信号を受けて指向性を持つ霊子に至る。幽子に明確な指向性、命令を書き込む役割を持つのは霊子回路だ。
マイクロマシンは脳から発せられた電気信号と霊子の信号を受けて、命令を書き込まれて稼働する。主な稼動エネルギーは霊子だが、電気信号でも稼働する。
幽子の供給を立てばマイクロマシンは停止するが、それではクルタス本人もマイクロマシンを使用することができなく。
電気信号を乱すことでマイクロマシンの命令を真っ白にしてしまう。そうすれば、クルタスは命令の書き込まれていないマイクロマシンを自由に使うことができる。
そのため、神州トガナキノ国で各システムの制御を行っている霊子回路は無事に稼働を続けていた。
しかし、それでも、クルタスの行ったEMPによる攻撃は神州トガナキノ国の中枢に大打撃を与えた。
魔人と呼ばれるAナンバー。
神州トガナキノ国のあらゆるプログラムを制御していたイデア。
イデアの肉体はマイクロマシン製である。
マイクロマシンが機能を停止したことでイデアの機能そのものが停止した。
イデアの脳には十個の霊子回路がある。
霊子回路が機能してもイデアの脳そのものが機能しない。機能しないどころか、マイクロマシンその物が機能しないのだ。人間で例えれば細胞その物が死んだことになる。
分解される。
イデアは多数の人間が見守る中、十個の霊子回路を残して霧散した。
同時に気圧の調整を行っていたマイクロマシンも機能を停止する。
電磁パルスによって新神都市を覆っていた気密ドームも消え去る。
突風が巻き起こり、建物の瓦が吹き飛ぶ。
突然の気圧低下によって多少なりとも人々は意識を消失する。
続いて起こったのは地震だった。
地鳴りと共に空中に浮かんでいる新神浄土が大きく沈む。
路面を形成しているアスファルトが波打ち罅割れた。瞬間的に地盤その物が大きく沈み込んだのだ。
人々が転ぶ。広場の屋台が宙に浮かんで、投げ出されるように転倒する。
垂直に地盤が落ちた感覚に人々は叫び声を上げ、恐慌状態に陥った。
国体母艦のメインフレームと外装にはドラゴニウムが使用されている。
霊子を流し込むため、マイクロマシンが含まれる金属、ドラゴニウムが使用されているのだ。
新神浄土を支える地盤面も同じだ。
質量方向変換には霊子の存在が欠かせない。霊子を意図して流すには霊子金属かマイクロマシンが必要だ。
霊子金属は希少なため、国体母艦を構成する金属のほとんどはマイクロマシンを含んでいる。
そのマイクロマシンへの命令が消えた。
必然的に質量方向変換の命令も消える。
国体母艦は急速に墜落を開始した。
そして、神州トガナキノ国の人間でこの危機的状況を察知し、即座に動いた人間が三人いた。
「新神城塞都市にて、なんらかの異常が発生したと思われます。」
「なに?異常だと?」
ヘルザースが通信士に向かって振り返る。
オンザ級航空母艦。ナガスクジラを模した全長八百メートルの航空母艦だ。
その一番艦ジンライにヘルザースはいた。
「デンコウに通信を繋げ。」
デンコウとは同じオンザ級航空母艦の二番艦である。その二番艦にはズヌークが乗艦している。
『ヘルザース閣下。国で何かあったようです。』
艦橋の指揮ブリッジ。その前面モニターにズヌークが映し出されるや否や、ズヌークも神州トガナキノ国の異常を口にする。
ヘルザースが頷き、「そちらではどのような異常が起こったか推察できるのか?」と問い掛ける。
『いえ。具体的にはわかりかねますが、イデアからの信号が途絶えたとのことでございます。』
「ふむ。」
ヘルザースが俯き沈思する。
ヘルザースとズヌークはインディガンヌ王国の王都、インディーラヌカ都に向かっていた。
インディーラヌカ都の王都民を避難させるためだ。
イデアから受けた連絡内容では、トガリがインディガンヌ王国にある手勢のみで宣戦を布告し、王城を占拠したというものであった。その事後処理として、ヘルザースとズヌークには王都民を強制的に避難させろというものであった。
かなりの時間を要すると考えられたが、可能な限り避難させればよいと考えていた。
タイムリミットは一時間。
王城付近の王都民だけでも良いとの指示であった。
しかしそのイデアからの信号が途切れた。
命令を遂行するべきか否か。
航空母艦に限らず、全ての航空艦はイデアからの信号を常時受け取っている。想定外の事故が発生した時の保険であり、現在位置の確認のためだ。
量子もつれを利用した通信技術だ。通信その物を阻害されることはない。では、本国にてなんらかの異常が発生したと見るのが妥当だ。
ならば、ヘルザースの判断は決まっている。
インディーラヌカ王都の王都民などはどうでもよい。
それがヘルザースという男であり、神州トガナキノ国行政院第一席なのだ。
「ジンライ、デンコウ共に急ぎ帰還する。イデアがなんらかのトラブルに遭っているとすれば、イデアへの通信は不可能だな。安寧城の指揮ブリッジに繋げよ。」
モニターの向こうでズヌークが頭を下げる。
通信士が急ぎ前面のタッチパネルに指を走らせ、安寧城に連絡を取る。
「安寧城、出ました。」
通信士がヘルザースに呼び掛け、前面モニターにローデルの姿が映し出される。
「如何した?イデアからの信号が途絶えたぞ。」
『はい。イデアが突然消えたのです。同時に気圧調整システムがダウンしていないにもかかわらず、気圧調整ができない状態、それと…』
ヘルザースの眉が歪む。
「どうした?それと、どうしたのだ?」
『現在、復旧マニュアルに従い対処しておりますが国体母艦の竜骨、外装及び城塞都市甲板の崩壊現象が始まっております。』
ローデルが早口で現状を伝える。焦燥が手に取るように見て取れる。ローデルの後ろでは大人数の怒鳴り声が聞こえる
「落ち着け。新神浄土を下降させてはいるのか?」
『はい。現在、高度二百メートルにまで下降させていますが、それでも気圧に問題があります。』
国体母艦は巨大である。
全高は三.七三キロメートルであり、高度が二百メートルでは現代日本の富士山を超える標高である。
その気圧の変化は著しい。海抜ゼロメートルから、突然、標高三千九百三十メートルの気圧に引き下げられるのだ。
「貴公らは無事か?」
『はい。安寧城は気密が保持されておりますので、我々には影響が出ておりません。』
ヘルザースが頷く。
「それでは、神州トガナキノ国を着水させよ。喫水線を超えても構わん。ギリギリまで国体母艦を海水に潜らせよ。新神浄土さえ無事ならばそれで良い。国体母艦が崩壊するまでに着水させ、無事な者は酒呑童子、八咫烏、場合によっては竜騎士を使用して国民の救助救護活動に当たれ。急ぎ、我らもそちらに向かう。」
ローデルの表情が晴れやかな物へと変わる。
『了解いたしました。』
ローデルとの通信を終えたヘルザースが歯噛みする。
ヘルザースはトガリに対して神州トガナキノ国はシッカリと自分が護ると宣言した。トガリが出し抜かれた相手なのだ。何が起こるか予想できない。国体母艦が落とされた時のことを考慮して、国体母艦を海上へと移動させていたことは僥倖であった。更に、個人兵装である酒呑童子を三交代制で装備させ、第一級の警戒をもって待ち構えていたのだ。しかし、それでも、クルタスの策略を防ぎきることはできなかった。
何人かの国民は命を落としたかもしれない。時間経過とともに国民全員が死ぬかもしれない。
城塞都市である新神浄土は二重の地盤を持っている。
新神浄土を載せている地盤は鉄筋コンクリートとアスファルトで構成されている。新神浄土の建物も同様だ。これは、ある程度の重みを持たせるためである。
下の地盤は霊子を通し、質量方向を上に向けている。
移動する国体母艦の影響を新神浄土に与えないため、国体母艦から浮遊している状態を作り出すためだ。
上昇しようとする力を新神浄土の重さで抑えつけているのだ。
新神浄土を浮遊させようとする地盤を城塞都市甲板と呼び、その重さで抑えつけようとする地盤を城塞都市地盤と呼んでいる。
クルタスの策略によって城塞都市甲板の崩壊が始まったのだ。
「くっ。陛下に顔向けできぬわ。」
ヘルザースの顔が怒りで歪む。
ヘルザースが必ず護ると言ったのは神州トガナキノ国であり、その国民である。
トガリは人死にを極端に嫌う。
ヘルザースは身を持ってそのことを知っている。骨身に染みるほど理解している。だから、神州トガナキノ国を護るということは、国体母艦を護るということではない。
国民を護る。
その一語に尽きる。
困難な命題である。
クルタスはトガリを出し抜いた敵である。
何をしてくるのかが不明である。
データがない。
マイクロマシンで構成された肉体を持っている。
トガリと同じく分体を作りだすことができる。しかも無数にだ。
トガリと同じく瞬間移動ができる。
黒い魔人を生み出すことができる。
その四点しか判明していない。
判明している点については、いずれもイデアと酒呑童子、場合によっては竜騎士で対応できる。
しかし、イデアが真っ先にやられた。
イデアを失ったことは大きな損失だ。
クルタスのできることが、手数が増える。
「どこまで対処できるか…」
ヘルザースは誰にも聞こえないように呟いた。
「コロノア!各兵装はどうだ?!使用できそうか?!」
ローデルが安寧城の指揮ブリッジから数あるモニターの一つに向かって声を掛ける。
『酒呑童子は難しいが、八咫烏は大丈夫だろう。竜騎士は無理だ。』
軍務第一席のコロノアからの返答にローデルが顔を顰める。
「竜騎士はどうなってる?」
整備状況に視線を向けたのだろう。顎の張った顔を横に向けたままコロノアが答える。
『竜騎士は外装が消失、各アクチュエーターもボロボロだ。酒呑童子も外装が消失してる。稼動させることは可能だが、整備点検に時間が掛かる。』
ローデルの顔が歪む。
「八咫烏だけでも発進することは可能か?」
コロノアが一人の整備士を呼びつけ、話を聞く。途切れ途切れに、その内容がローデルの耳にも届く。
再びモニターにコロノアが現れる。
『各機器の点検に時間が掛かる。イデアからのサポートがないからな。仮にすぐに発進できても、操縦がおぼつかないと思われる。』
八咫烏、竜騎士共にイデアのサポートプログラムを搭載している。現在、そのサポートプラグラムがダウンしている状態なのだ。
安寧城の指揮ブリッジのコントロールパネルも剥がされ、各コードが直結されている状態だ。
全てのプログラムがダウンしているが、コードを接触、非接触とすることで機器その物を使用することができるようにしたのだ。
顔を俯かせたローデルにコロノアから声が掛かる。
『ヘルザース閣下たちとは連絡は取れるのか?』
顔を上げたローデルが聞き返す。
「取れるが。どうするのだ?」
コロノアが決意を含んだ表情を見せる。
『獣人族に獣化のご裁可を受けたい。』
コロノアはキャットノイドだ。アヌヤの面倒を見ていたテルナ族の元村長である。その外観はキャットと言うよりもタイガーだ。体が大きく、戦闘能力も高い。
「わかった。しばし待て。」
モニターをそのままにローデルがヘルザースとズヌークを呼び出す。
『如何いたした?』
ヘルザースが緊張した面持ちでモニターに映し出される。
『何か事態が動きましたか?』
ズヌークも同じだ。
「神州トガナキノ国の各兵装を稼働させるには時間が足りません。獣人族の獣化のご裁可を受けたく存じます。」
ヘルザースとズヌークが同時に頷き、それぞれが許可の判断を下す。
獣人族の体の中でもマイクロマシンが稼働している。電磁波の影響を多少は受けるものの、体内霊子が常に指向性を与えるため、機能が止まり、稼働不能の状態とはならない。
本来、獣人と魔獣はBナンバーズと呼ばれる兵器として開発された。
マイクロマシン技術があり、マイクロマシンを使用した兵器対策のためにEナンバーと呼称されるEMP兵器が全盛を極めたのだ。そして、そのEMP兵器に対抗させるためにBナンバーズが開発された。
EMP兵器はあくまでマイクロマシンの機能を強制停止させるための兵器で、マイクロマシンを破壊する兵器ではない。
新たな指向性を持った霊子で命令を走らせれば、その命令に従って稼働する。
したがって、獣人や魔獣にはEMP兵器は通用しない。
「二人からも許可を得た。コロノア、獣人族にはすまんが、獣化にて対応してくれ。」
ローデルの言葉を受けてコロノアが犬歯とは呼べない牙を剥いて笑う。
『任せてくれ。』
獰猛な笑みを見せて、モニター画面が真黒になる。
安寧城に、新神浄土にコロノアからの一斉通信が鳴り響く。
『軍務第一席ディー・コロノア・テルナである!!各員に一斉通話!!現在!神州トガナキノ国!新神浄土において原因不明の異常事態が発生している!!各獣人族は獣化せよ!!獣人族の一般市民は付近のヒューマノイドを保護の上、避難施設へと避難を開始!兵役中の獣人族は五人編成、キバナリ一体と組んで新神浄土の警戒に当たれ!!』
コロノアの一斉通信を聞いた獣人が一斉に獣化を始める。
安寧城の指揮ブリッジでも数人が獣化を開始する。
猫人、狼人、猪人、梟人、熊人、蛇人、鷹人と異様な形質を持った姿へと変貌する。その力は人間の五倍から十倍、反応速度に至っては十二倍から十六倍である。
常は普通の人間と同じ姿で過ごし、獣化することは禁じられている。
超法規的処置として、日常の一般法規が通用しない事態が発生したと判断された場合に限り、行政院、立法院、司法院の三院の許可を持って獣化が許可される。
安寧城の指揮ブリッジの気密ドアが開く。
最も異形の者が姿を現す。
身長は二メートルを優に超えた捕食者の牙を備えた獣人だ。長い鬣を分けるようにして、その額には緑青の鱗が確認できる。頭の横にはオックスの角、太い首に分厚い体。両手には巨大な鉤爪を携えた、やはり、太い指。胸と腹には蛇腹の鱗。背中には大きな翼を折り畳んでいる。
そんな異形の者が二人、ローデルの前に立つ。
敬礼の後、一人が口を開く。
「裸体にて失礼いたします!複合獣化人のカンザス・ライドニクス・ゴートです。」
もう片方の一人が続く。
「同じく!複合獣化人のカンザス・サスタル・ゴートです。」
最初に口を開いたキメラノイドが再び口を開く。
「以上!二名の者がローデル閣下の臨時警護の任を命じられましたことを!謹んで!ご報告いたします!!」
ローデルが頷く。
「うむ。ご苦労。コロノア閣下のご命令か?」
「はい!左様であります!」
太い声でライドニクスが答える。
「二人に断っておく。」
ローデルの言葉に二人がローデルへと視線を向ける。
「非常事態には、私のことよりも新神浄土の国民を優先せよ。」
きっぱりとした言葉だった。
否定することを許さない言葉であった。
二人のキメラノイドがローデルの言葉に頷き、「承知いたしました。」と静かに応える。
ローデルが口角を上げて笑い、頷きながら前へと体を向けた。




