クルタスの狂気にトンナが狂う
俺はインディガンヌ王国の王城西側のトレンドルーダ・スラムにいた。
正確にはトレンドルーダ・スラムの地下だ。
地下五百メートルのセクション。
イデアがいたセクションとは別のセクションだ。ただ、その造りは同じだが、建設目的と使用目的が違う。
イデアがいたセクションは軍事目的で建設され、つい最近までは、生態系調節のために使用されていた。
俺とリンクを結んでいるコノエはまた別の場所で気象兵器として使用されるためにセクションを与えられ、現在は気象コントロールを行っている。
俺の知るセクションは全て軍事関係を目的として建設されたものばかりだが、ここ、トレンドルーダ・スラムの地下は違う。
居住空間がある。
いや。居住空間がある、じゃないな。ここにはアパートメントしかない。
『セクションというよりもシェルターだね。』
イチイハラの言葉通りだ。
イデアがいたセクション。そのセクションと規模は同程度だが、広い空間にあるのは大勢の人間が居住できるアパートメントだ。
『マスタァー。配電管を辿ればぁ、目的の所に到着するとぉ思われますぅ。』
コノエの言葉に従い、俺は各アパートメントから伸びる配電管を辿る。その結果、辿り着いたのが霊子発電所だ。
すり鉢状の床。
円形の広い空間。
中央にはパイプが絡み合った禍々しい柱が起立している
その柱を取り囲むように何百というカプセルが並んでいる。
そして、そのカプセルの中には裸の人間が横たわっている。
鼻にはチューブが、尿道にはカテーテルが差し込まれ、肛門は、全員、人工肛門に置換されている。
殺戮戦争。
人々は月に逃げた。
全員が逃げたのか?
いいや。そうではない。逃げられなかった人間の方が多い。己が肉体をマイクロマシンで作り変えた人間たち。
全員がマイクロマシンで組成されたのか?
いいや。そうではない。肉体をマイクロマシンに置き換えられなかった人間の方が多い。
残った人間。肉体を持った人間。
殺戮戦争をどうやって生き残ったのか?
答えは此処だ。
生き残った人間は、シェルターに潜み、同じように生き残った仲間を此処で飼育したのだ。
霊子を直接取込み、インフラ用のエネルギー源としたのだ。
俺はカプセルが並ぶ外縁に立っている。
カプセルを取り囲むように通路になっている。
硬いマイクロマシン製の床。
その床から、静かだが、地鳴りのような振動が伝わってくる。
『稼動してるねぇ。』
ああ。動いてる。
『胸糞悪くなる!』
ああ。ムカムカしてくるよ。
『ああ。可愛い子がいるぅ。あの子たちを助けてあげなくっちゃ。』
いや。全員、助けるからな?
突然、俺の入って来た出入口に壁が再構築される。
瞬間移動を不可能にするF型マイクロマシン製の壁だ。マイクロマシンからの情報が伝達されなくなるが、量子もつれを利用した量子テレポーテーション通信には関係ない。俺とリンクを結んでいるイデアとコノエから常に情報が送られて来る。
「この場にいるべきではない人。」
クルタスだ。
「神聖なる殺戮の開闢、始まりを得る場所。終わりを見届ける者の至る場所ではない。」
俺は声のする方へと体を向ける。
「終わりの人よ。運命の歯車は回り出した。収穫のために振るわれる鎌は既に首元にあてがわれている。」
クルタスの横にトンナが立っている。
「気になることを言うじゃないか。終わりを見届ける者ってのは俺のことか?」
視線よ突き刺され、と、クルタスを睨む。
クルタスの唇がヌメリと光って歪む。
「貴様の空中庭園は終わりを迎える。」
突然、イデアとのリンクが切れる。情報が消える。コノエはリンクを保っているがトガナキノからの情報が届いてこない。
「ちっ!」
クルタスを睨む。
「トガナキノ国に何かしやがったな…」
クルタスが唇を舐める。
「電磁パルス兵器を使用した。貴様が、あの空中都市に引揚げさせた奴隷の体内にはEMP兵器を再構築するマイクロマシンを仕込んでおいた。」
俺は口角を歪めて笑ってやる。
「普通の喋り方もできるじゃないか。その方が似非臭くなくて良いぜ。」
クルタスが俯きながら笑う。
「私と同じ価値観で話せる相手に会えたのだ。預言者めいた話し方をする必要はなかろう?」
「で、貴様の分体が国体母艦を奪取するってのが筋書きか?」
クルタスが目を眇めて顔を上げる。
「ほう。そこまで察しているのか?流石は何森源也のコピーだ。」
殺してやりたい衝動を抑え込んで奴を睨む。
奴は雷精魔導具を盗む時に瞬間移動を使っていなかった。だが、トンナを攫った時は、瞬間移動を何度も使っていた。
連邦捜査局を導いたのだ。
俺をミスリードさせたのだ。
あの洗脳奴隷を神州トガナキノ国に引揚げさせるために。
「俺はトンナが此処にいるからな、足止めを食らうって訳だ。」
クルタスが頷く。
俺は神州トガナキノ国を見捨てる。
トンナが此処にいるからだ。
「月の質量コントロールシステムを暴走させて重力レンズで地球を焼くってのは、あくまで最終手段、もしくはハッタリだな。」
クルタスが笑う。
月の質量が増せば、周囲の空間が歪み、光が曲がる。その現象を利用して、地球に収斂した光を照射する。だから、日食の時を狙ってクルタスは計画を遂行していた。奴が言った金の指輪が星を焼くというのは、金環日食のような現象と同時にこの星が焼かれるということなのだ。
「貴様は此処で死ぬ。現身を作りだしても、此処から空中庭園に飛ばすことはできない。」
F型マイクロマシン製のセクションだ。体を粒子化させて亜光速で移動することはできない。
「貴様は死ぬ。貴様の連れ合いに殺されてな。そして、私は貴様の空中都市で人類の王となる。万が一にも失敗しても私は人類の半数を殺す。」
俺は顎を上げてクルタスを見下ろす。
「笑わせるな。貴様の自殺に人類の半数を付き合わせるわけがねぇだろうが。」
俺の言葉をクルタスが鼻で笑う。
「口では何とでも言える。貴様に選択肢はない。それに…」
クルタスの唇が大きく歪んで白い歯を見せつける。
「私は死なない。月で人類の王となる。」
クルタスの言葉を俺は鼻で笑う。
「マイクロマシン製の体がそう言わせるのか。」
声を殺してクルタスが笑う。
「私は人類の王となって人々を飼うのだよ。無残に殺し合わせ、甚振り合わせ、僅かな食い物を奪い合わせ、お互いを食らい合わせるのだ。人は自分の命が掛かれば簡単に奪い合い、殺し合う。それを眺めて愉悦に浸りたいのだよ。」
俺は顔を歪める。
「自分の命が掛かっていなくとも、自分の妻や子供の命が掛かっていれば、やはり、殺し合う。人とは悪を正義にすり替えて殺し合う生き物なのだ。」
クルタスが両手を広げて天に向かって吠える。
「大切な者を期せずして殺し、食らい、己が手を大切な者の血で染めたとき!人はどうなると思う!!そうだ!私のようになるのだ!私のように全ての存在を疎ましく思い!全ての人々に復讐を誓うのだ!!」
クルタスが厭らしく笑い、トンナに向き直る。
「比翼連理の片割れよ。彼の終わりの人を殺せ。」
トンナが走る。
俺に向かって。
およそ、生物に出せる速度ではない。その神速をもってトンナが走る。
感情の無い目。
どんな色も浮かんでいない。その瞳を湛えたまま、トンナが走る。
声を出すこともなく。
口元を綻ばせることもなく。
トンナの拳が奔る。
俺は微動だにしない。
拳が俺の顔を僅かに外れる。
トンナの起こした豪風が俺の髪を棚引かせる。
トンナの額に血管が浮き上がり、縦長の鼻孔から一筋の血が流れだす。
目が充血してる。
最初の一撃を外してトンナの動きが止まる。クルタスの命令に逆らったのだ。トンナは死ぬことを決めている。
俺はトンナの頬に触れる。
「トンナ。使徒の契約を結んでも、俺の下僕でいるつもりか?」
トンナの両眼から赤い涙が流れ出す。
表情が変わらない。話すこともできない。クルタスの命令に背けばトンナは死ぬ。
「トンナ。覚えてるか?俺が一番最初にお前に命令したこと。」
トンナの瞼が痙攣する。
「トンナ。俺の下僕であり続けるのなら、その最初の命令を守れ。」
トンナの耳から一筋の血が流れ出し、唇が僅かに震える。
「もう一度、最初の命令を言うぞ?」
トンナの視線が俺の視線と重なる。
「トンナ、命令だ。死ぬことは俺が許さん。」
トンナの体がブレる。
黒い獣人拘束用スーツ。全身を這うチューブから蒼白い光が見て取れる。
俺が作ってやった服は一切身に纏っていない。
黒い拳が俺の眼前を奔る。
今度は俺が避けた。
下からトンナの爪先が奔り抜け、俺の顎を掠めて天へと駆け上がる。振り上げられた踵が、斧のように振り下ろされる。
体軸を回してトンナの足を避ける。
俺を捉えることのできなかった踵が、そのままトンナの背後に回り込み、トンナが体を回転させる。
軸足を床に着けたまま体ごと縦回転させて、再び踵が俺を襲う。
体を横へとスライドさせる。
トンナの手刀が振り下ろされる。
更に横へとスライドさせる。
俺がスライドさせた方向からトンナの足が奔る。
トンナの体が縦回転から横回転へと変わり、俺を蹴りと手刀が襲う。
大きくバックステップ。
回転のスピードを殺すことなくトンナが回していた足で踏み込む。
爆発。
トンナの体が消える。
俺の胸にトンナの右手刀が潜り込む。
胸骨を砕きながら俺の体の中をトンナの手刀が入り込む。
心臓を貫き。
背骨を砕き。
トンナの手刀が俺の体を突き抜ける。
俺はトンナを抱締める。
ニコリと笑う。
トンナ。
目的を達したな?
命令を履行したな?
表情が戻ってるぞ?
驚いたのか?俺が躱すと思っていたんだろう?
泣きそうな顔をするな。
お前は強いくせにすぐに泣く。
すぐに泣くくせに俺よりもずっと強い。
ああ、血で汚しちまったな。
ごめんよ。
お前の綺麗な顔に俺の吐いた血が付いちまった。
初めて会った時も闘ったな。いや、喧嘩か、あれは。
「…つかまえたぞ…」
真白な視界の中でトンナの絶叫だけが聞こえた。




