少女は自分で立ち上がり、自分の足で進むことを選択する
トドネがハルディレン王国発電所のゲートを使って神州トガナキノ国に戻って来た。
俺は、安寧城に設置されている中央ゲートステーションにてトドネを出迎える。
隣にはトネリとオルラ、そしてコルナがトドネの帰国を待ち構えていた。
中央ゲートステーションには、複数のゲートが設置してある。それぞれのゲートは連邦内各国に設置されたゲートと赤道直下に設置した軌道エレーベーター、海底資源採掘基地のゲートと繋がっている。
ゲートはその名前の通り、門の形状をしている。
ハルディレン王国専用のゲートは全部で三基。その内の一基のゲートが赤く点滅し、緑色の光を点灯させる。
ゲートの内側が青白く発光して、トドネを再構築する。その後ろからロデムスが続く。
沈んだ表情。
今にも泣き出しそうな表情だ。
そのトドネが顔を上げる。
俺達の顔を認めた途端に顔の表情を一変させるが、やはり無理がある。
無理矢理に口角を上げるが、すぐに目に涙を溜める。
トネリが近づき、トドネの頭を撫でる。
「おかえり。無事に帰って来れて良かったよ。」
いつになく優しい声でトドネを抱締める。
オルラが屈んでトドネの頭を撫でる。
「おかえり。」
一言だけだが、トドネには十分なのだろう。涙の量が増える。嗚咽が泣き声に変わる。
「トドネちゃん。おかえり。」
コルナが優しく声を掛ける。
「こ、コルナ総監…ごめんなさいだったのです…な、なんの成果も…じゃ、邪魔をしただけだったのです…」
トドネの言葉にコルナが首を振る。
「クルタスの手掛かりを掴んだじゃないか。それで十分だよ。」
なんだよ。コルナの奴もトドネには優しいじゃないか。
「トドネ。」
なんと声を掛けたらいいのかわからないが、とにかく、声を掛けねば。自信を喪失しているトドネを元気づけねばなるまい。
そのトドネが眉尻を上げて、俺に挑むような視線を向ける。
あれ?もしかしてバレてる?
「トガ兄ちゃん。」
「お?おう。」
「トガ兄ちゃんにお願いがあるのです。」
真直ぐな視線。
「なんだ?」
「あたしに精霊の目をください!!」
あれ?まさか…
「まさか、ハルディレン王国に戻る気なのか?」
トドネが怒ったような表情のまま頷く。
「はい!!」
嘘だろ?
ほら、皆、驚いてるよ?もうやめときなって。
「トドネ。」
トネリが厳しい顔でトドネを見る。それに対してトドネも眉尻を上げたままトネリを見上げる。
おう、姉ちゃん、しっかり止めてくれよ?
「死ぬ覚悟はできてるんだろうね?」
「はい!!」
あれ?
「トドネ特別捜査官。」
おい。
コルナ、特別捜査官じゃないだろ?
「はい!!」
「王族から除籍した後、職務に復帰することを許可する。」
「わかりました!!」
ええ?
「トドネ。精霊の目だけじゃ、駄目だね。精霊回路から霊子回路に作り変えてもらわなくっちゃ。それに精霊を見分ける知識も必要だ。」
お、オルラ?
三人の女と一人の小っさい女の子が、俺に期待一杯の視線を向ける。
「いや、普通に考えて駄目だろ。」
三人の女の目から期待感が消え去り、怒りに満ちた気配が浮かび上がる。うん。もう、まざまざと浮かび上がってる。わかんない奴はいないだろうってくらい浮かび上がってる。
「い、いや…」
俺の言葉を遮り、オルラが口を開く。
「トガリ、ヤートの女を腐らせるのかい?」
「ええ?」
コルナが追随する。
「旦那様はトドネちゃんが可哀想だとは思わないのか?」
「ええええ?」
トネリが俺に対して正面を向く。
「トガリ。」
「え?」
トネリが俺に対して土下座する。
「ええええええええ?ちょ、ちょっと!姉さん!何してんだよ?!」
おいおい。周りの通行人がガン見してるよ?ちょっと、やめようよ!
「無理を承知でお願いだよ!トドネを!トドネの女を立てておくれ!!」
なんだよそれ。
女を立たせるって何それ?立たせるのは男でしょ?女には立たせる部位がないじゃん!それに、俺は、今、あんまりややこしいことしたくないんだよなぁ。トンナの件があるから、そっちに集中したいんだよ!
『もう一度、セザルを使って、トドネを事件から遠ざけろ。それしかあるまい。』
もう、しょうがねえなぁ。
俺は頭を力一杯掻きながら、「もう、しょうがねえなぁ。」と口に出していた。
トネリが立ち上がり、俺に抱き付く。
「やっぱりお前はヤートの男だよ!!」
トドネが俺にぶつかるように抱き付いてくる。
「トガ兄ちゃん!!大好きなのです!!」
俺は思わず溜息を吐いていた。そう。セザルは俺の分体の一種だ。元は俺の左手首であったチビトガリが原型だ。
トドネがロデムスの毛を処分しようとした時、ネックレス型の簡易錬成器を起動させた。その時、同期していたチビトガリが起動し、周囲の元素を取り込み、セザルとなった。
ハルディレン王国の事情通でもなんでもない。俺の自立型分体だ。能力は俺より遥かに劣る。霊子の保有量は、俺と比較したら六千万分の一ぐらいだろう。その僅かな霊子量で連邦捜査局の人間の記憶を改竄し、昔からセザルのことを知っているように振舞わせていたのだ。当然、チビトガリの負担が重くなり、クルタスとの戦闘ではできることが限られた。
さっきは、そのことがバレたのかと一瞬焦ったよ。
「かなり痛いぞ?」
俺はトドネの頭を撫でながら、そう静かに忠告する。
「はい!!」
トドネがニパッと音がしそうな笑顔を俺に向けた。その横で、ずっと黙っていたロデムスが髭を垂らして溜息を吐いた。
無縫庵にて、トドネ、トネリ、オルラが寝室に揃う。
「かなり痛いぞ?」
最後にもう一度確認する。
トドネがベッドに横になりながら真摯な視線を俺に向けて「はい!なのです!」と元気に返事する。
トドネは獣人拘束用のスーツを着ている。回路は逆転済みだ。トドネの精霊回路を霊子回路に作り変えて、すぐに獣人拘束スーツを起動させなければトドネは霊子欠乏に陥る。
新規の霊子回路はそれ程に霊子を消費するのだ。
逆に現段階、精霊回路のままで獣人拘束スーツを起動させれば、大量の幽子が体内に送り込まれ、トドネの体がもたない。
俺は約六十四万人分の霊子を保有しているが、俺の周りには同数の約六十四万人分の量子情報体が稼働している。その六十四万人分の量子情報体が霊子を消費し続けることで俺の体は保たれている。もし、量子情報体がなければ俺の体は膨大な霊子によって自壊しているのだ。
過剰な霊子は自滅を招く。トドネはその危険性も十分に理解している。
霊子回路を脳底に作製すれば、霊子回路が稼働している間、つまり、生きている限り、そのスーツを脱ぐことはできない。
だから俺はスーツを再構築する際に分割して脱げるようにした。上下に分割し、袖、裾も部分的に脱げるようになっている。各パーツに霊子吸入回路を設置し、必ず、一か所の回路が稼働するように設定した。複数の回路が同時に稼働することも厳禁だ。やはり、過剰な霊子がトドネに流れ込み、トドネの肉体が自壊する。
俺はトドネの額に右手を当てる。
トドネの遺伝子構造は把握している。右目でトドネを構成する粒子の動きを確かめる。
「まずは精霊回路を霊子回路に作り変える。続けてトドネの右目を精霊の目に作り変えるからな。」
「はい。」
俺の周囲で量子情報体が金色に輝き、俺達を中心に回り始める。ゆっくりとした回転。
それでも、俺達の髪を揺らすほどに風が起きる。トドネが地上に降りる時に精霊回路の位置をずらした。
その時と同じことをもう一度やる。
トドネの体が量子情報体と同じ輝きを見せる。
分解。
トドネの体が粒子となり、分解する。獣人拘束スーツだけがトドネの肉体形状を保ったままにトドネの肉体が粒子となる。
再構築。
分解していた粒子が再び収束し、トドネの肉体を構築する。
外見は変わらないが、既に中身は違う。
精霊回路から霊子回路に作り変えられ、その右目は粒子の動きを見ることのできる精霊の目だ。同時に霊子回路に膨大な元素データを焼き付ける。
獣人拘束スーツを起動させる。
胸の中央に取付けられた霊子吸入回路が逆転起動し、周囲の幽子を強制的に取り込む幽子吸入回路として稼働する。
蒼白い輝きを放ちながら、回路内で幽子が回転していることが確認できる。
全身に這い回るチューブを幽子が駆け抜け、トドネの全身に幽子を送り込む。
「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
血走った眼を見開き、獣のような咆哮をトドネが上げる。
「と、トドネ!!」
トネリがトドネの肩に触れる。
トドネがのた打ち回りながら、その手を跳ねのける。
「姉さん。触っちゃだめだ。」
俺の冷静な声にトネリが俺の方を振り向く。
「神経と繋がる精霊回路を霊子回路に作り直したんだ。体中に激痛が走ってるはずだ。触れるだけで痛みが増す。」
俺の言葉にトネリがトドネに向き直る。
「お前が…ヤートの集落で、お前が痛みにのた打ち回ってた時と、お、同じことが起きてるのかい?」
「懐かしいことを言うな。そうだよ。あの時、俺は自分で自分の体を改造したのさ。だから、トドネが今受けてる痛みはよくわかるつもりだ。」
トネリが目を閉じかける。
「目を開きな。」
オルラが厳しい声でトネリを叱咤する。
「あたし達がこの子に負わせたんだ。しっかりと目に焼き付けるんだよ。」
トドネが自分で望み、そして、オルラ達が背中を押した。
トドネの叫び声は三時間に渡って続き、最後の方では、血を吐きながら叫んでいた。
「叫べるだけマシだったな。」
俺の言葉にトネリが怒りのこもった視線を向ける。
「俺の時は声を出せば、肺と喉に激痛が走り、歯を食いしばれば顎にまで激痛が走った。背中に当たるベッドでさえ焼けた鉄板のように感じたよ。そのことを考えればトドネはまだマシだ。」
「そ、そんなに…」
トネリがトドネに視線を転ずる。
俺は吐いた血が気管に入らないようにトドネの顔を横に向ける。
その手の上に血を吐き、トドネが途切れ途切れに声を上げる。
「生きることは戦いだ。その戦いに勝ち続けるには苦痛を伴う。トドネは勝つことを選択した。」
「トドネ…」
トネリの呼びかけに応えるようにトドネの叫び声が途絶える。
俺はトドネの額に再び右手を載せる。
「トガリ、どうなんだい?トドネは大丈夫なのかい?」
トネリの問い掛けに俺は笑顔で答える。
その場にいる全員から安堵の溜息が漏れる。
「しばらくこのまま休ませてやってくれ。目が覚めても意識ははっきりしないだろうから、とにかく、傍で見守ってるだけで良いよ。」
「わかったよ。私が付いてるよ。」
トネリの言葉に俺は頷き、その場を離れる。
寝室を出る時、もう一度ベッドを振り返る。思わず口角が上がる。怖い姉だが母性の塊だ。トガリの面倒を見ていたトネリの記憶が不意に過る。
そうか。トガリ、やっぱりお前はトネリのことが好きなんだな。
静かに寝室のドアを閉じる。
現代日本にいる筈の娘の顔が、一瞬、浮かび、掴む前に消える。
もう、思い出せないな…
寂しさのような物を感じて、俺は前を向く。
トロヤリとサクヤにトンナのことを話さなければならない。
俺はゆっくりとリビングに向かった。




