トガリの怒りが灯る時
まったく、なんとか帰る気になってくれたな。
白い空間にて、俺達はトドネが帰国することを知った。
トドネのことを気に掛けながら、トンナ救出なんて、とてもじゃないが無理だ。
とにかく、トドネを本国に帰す段取りをつけなきゃな。
「洗脳奴隷も本国に送り届けなければまらん。人員を大量に投入するか?」
そうだな。万が一のためにも人員を大量に投入しよう。できれば、トンナの件も同時に動きたいが。
「イデアを呼ぼう。」
ああ。イデアを交えて話すか。
イデアに思念を向ける。
リンクしてるか?
『はい。リンクしております。』
今までの経緯は理解したな?
『はい。トンナ王妃がクルタスと名乗る者に誘拐、拉致されたのですね』
そうだ。ここに来れるか?
イデアが跪いた状態で白い空間に現れる。
クルタスについて、お前はなにか情報を持ってるだろう?奴は何森源也のことをよく知っている風だったし、俺が何森源也のコピーだってことも知っていた。
「はい。恐らく荒渡来人が本名であると推測いたします。」
日本人か…
「はい。殺戮戦争末期に月面基地に保管されていた人間プールの生存者です。」
殺戮戦争か…
「はい。惑星規模の大戦末期を何森源也はそう呼称しておりましたので。」
何森源也の言葉を思い出す。
人類の戦争は乱れに乱れていたのだろう。マイクロマシンにて不死となった人類は量子情報体と呼ばれる波状マイクロマシンで、肉体の破壊ではなく精神体の破壊を目的とするようになっていた。その戦争が最終局面だ。
国同士の戦いと言うよりも、それは、人間を殺すことだけを目的にした戦争だったのだろう。
その殺戮戦争を避けるために月面に人類を保存していたのか?
「はい。約一万五千人の男女を保存しておりましたが、生存者は荒渡来人の一名であったと記録されています。」
月面から消えた一基のカプセル。
一万体以上の木乃伊。
月面調査隊からの報告にあったな。
その荒渡来人ってのが、何森源也と出会った?
「正確には、何森源也が、五百九十二年前に荒渡来人を覚醒させ、研究員として採用しました。」
そう言えば。セディナラが言ってたな。五百年以上生きてる魔法使いがいると。奴がそうか…
「はい。」
奴に関する文献なら幾つか読んだことがある。
獣人を僕として操り、黒き魔人を使役する。剣も魔法も通用しない不死身の魔法使いだと。実在したのか。よくも今まで感知されずに活動してたな。
「奴の体はマイクロマシン製だ。幽子を吸収するからな。獣人や魔獣と一緒で、マイクロマシンでは感知できん。」
存在は認識できるが、判別はできないってパターンだな?
「そうだ。獣人と同じだ。」
「それよりもさぁ。イデアなら、その荒渡来人の居場所を知ってるんじゃないの?」
イチイハラの言葉にイデアが首を横に振る。
「存じません。彼の者は十七年前に何森源也と意見の食い違いから別行動を取っております。」
意見の食い違い?
「はい。何森源也は惑星の管理者に我々Aナンバーを七体選出しましたが、人類の管理者を探しておりました。荒渡来人が、その管理者になることを申請いたしましたが、何森源也が却下したのです。」
成程。王様になろうとしたら、師匠にダメって言われた訳か。
ひねくれた荒渡来人は何をする?
「推測にしかすぎませんが、人類の抹殺計画を実行すると思われます。」
出たよ。
「人類のみの抹殺か?」
イデアが首を横に振る。
「予測できません。」
「ならば、なぜ、人類の抹殺計画を実行すると推測できる?」
「荒渡来人は本惑星での人類の滅亡に強い執着心を持っておりました。月面上での人類移住計画の推進者でもありましたので。」
できれば、人類のみを抹殺したいが、できなければ、惑星への被害も厭わないってことか?
「はい。そのように推測します。」
「ロストテクノロジーの使い手かぁ。ちょっと厄介だね。」
カナデラの言葉にイデアが視線を向ける。
「その認識は多少ですが誤解がございます。」
と、いうと?
「荒渡来人はマイクロマシンの運用に関して使用権原を持っておりますが、現状では自身の身体を構成するF型マイクロマシンのみに限定されます。また、各セクションにあっても使用権原は認められておりません。本惑星における使用権原は非常に限定的です。」
なら、多少は緩いか…
「待て。」
イズモリ?
「イデア。引っ掛かる言い方だな。」
「何がでしょうか?」
「本惑星におけると言ったな?」
「はい。」
「どういうことだ?この星以外にもマイクロマシン並みのテクノロジーが残されているのか?」
イズモリの言葉にイデアが頷く。
「月にあります。」
月面基地か?
「はい。」
「月面基地には何がある?できるだけ詳細に教えろ。」
イズモリ。えらい食い気味だな?
「いいから。イデア、教えろ。」
「人類保存システム、人類培養育成システム、テラフォーミングシステム、幽子収集システムと以上の四システムを統括する量子コンピューターです。」
「人類保存、培養育成、惑星改造はわかる。人類が月で生存していくためのシステムだな。幽子収集システムはなんだ?なんのために稼働する?」
「月の中心部で幽子を高圧縮することで月の質量を変えます。それによって…」
「月の重力を変えるのか?!!」
イズモリが立ち上がり、声を大きくする。
「はい。その通りです。そうすることで、テラフォーミングをスムーズに行えるようになります。」
「月の質量はどの程度まで変えることができる?」
イズモリのこの質問で俺達も理解する。事の重大性を。
「稼働時間に比例して、ほぼ無限です。」
月が…落ちてくる…
「いや。この星が月に落ちるんだ…」
全員が言葉を失った。
いや。待て待て。
俺は頭を振りながら、考えを整理する。
「どうした、マサト。」
おかしいじゃないか。そんなことをしたら、この星どころか月さえも壊滅する。奴の目的から外れる。それじゃあ、威力がありすぎる。そんなことにはならない。そんなことは計画しない。
奴は人類の王になろうとしたが、何森源也に却下された。そして、今、何森源也のコピーが一国の王になっている。奴は俺の名前、トガリの名前に焦がれていると言った。
トガリを殺したいと思ってるのか?違うだろ?
「トガリの、何森源也の創り出した世界を破壊したいと思っている?」
そうだ。その反面、自分も助力した結果、でき上がった世界だ。カナデラ、お前は自分の作った作品を破壊したいと思うのか?
カナデラが首を振る。
「作り直したいと思っても破壊はしないね。作り直しがきかないなら別だけど。」
そうだ。でも、奴は人類の王になりたいと言った。つまり、この世界を気に入ってる。だから、破壊したいとは思わない。
「星に及ぶ被害は最小限にとどめたい…そう思うはずか…」
そうだ。それに奴は言った。金色の指輪が星を焼くと。だったら違う方法だ。
「そうか。」
イズモリが呟く。
「月の重力が変わる…金色の指輪…星を焼く…」
しばしの沈黙の後にイズモリが顔を上げる。
「イデア、次の日食はいつだ?」
「七十三.二二四時間後です。」
「約三日か、近いな。それまでに奴の所在を突き止め、トンナを救出しなければ、人類は死滅するかもしれん。」
全員がイズモリの顔を見る。
なにが起こる?
「太陽に焼かれる…。」
太陽に…
「イデア、奴の所在を突き止めたい。どうにかできないのか?」
イデアが俯き、イデアが口を開くよりも早く俺が提案する。
世界中のマイクロマシンで探そう。
「世界中だって?俺達のマイクロマシンを散布したって、星全体を覆うのに時間が足らん。」
俺達のじゃない。イデア、お前と同じAナンバー達のマイクロマシンを使う。
イデアが顔を上げる。
イデアの他にもAナンバーのアンドロイドは六体現存する。イデアが生態系を管理維持しており、他のアンドロイドは気候、海流、地殻の調節を行っている。この星をAナンバーのマイクロマシンが覆っていなければできないことだ。
「そうか。Aナンバーのマイクロマシンならばできるか…」
他の六人をここに呼び出すことはできるか?
「はい。それでは、ここに来るように指示いたします。」
即座に六体のアンドロイドが、この白い空間に現れる。
銀髪に白い肌。
メタリックな銀色のツナギに、手の先から爪先までを包んでいる。首元も襟が立ち上がり、露出しているのは顔だけだ。その顔には、それぞれに特徴的な青い文様が浮かんでいる。
六体の内、三体が一斉に跪き、頭を垂れる。
「呼びかけに応じ、参上いたしました。」
体のがっしりした男性型のアンドロイド。瞳の色が赤い。このアンドロイドはガノンだ。地殻調節を担う。
「お久しぶりでございます。」
少年型のアンドロイド、瞳の色は青で、名前はナルセで海流調節が担当だ。
「マスター、これからは、もう少し、あたしも呼んでくださいませ。」
髪の短い女性型のアンドロイドで瞳の色は緑だ。名前はサエリで、気候調節を担当する。
この三体の隣に微動だにしないまま立ち続けるアンドロイド三体は人格をスリープモードにされている。俺に挨拶した三体が主体となって、それぞれの役割を担っており、その隣に立つアンドロイドが補助としての役割を持っている。また、このサブアンドロイドにはメインアンドロイドが故障した時のサブボディとしての役割もある。
ガノンの隣に立つのがドノバで、老男性型だ。瞳の色はガノンと同じ赤。
ナルセの隣に立つのはバセル。外観上はナルセと同一で双子のようだ。
サエリの隣には小さな少女型のアンドロイドが立っている。瞳の色はサエリと同じ緑で名前はコノエだ。
ここにイデアを入れて計七体。
この世界の神話では、支配者の御使いとして描かれる七柱の魔神が俺の前に勢揃いしたことになる。
三人ともよく来てくれた。悪いがサブアンドロイドの人格も起動させてくれ。
無表情、直立不動の三体のアンドロイドに表情が浮かび上がり、即座に俺の前で跪く。
それぞれが口々に俺への挨拶を済ませ、イデアが、現状の確認作業を行う。
「そのことならば、確認できております。」
全員が現在の状況を把握していた。
それじゃあ、やることはわかってるな?
「はい。お任せを。獣人、魔獣の判別はできませんが、少数で行動している者をマーキングし、その現在地をマスターにお報せいたします。」
奴はどこかに拠点を幾つか持っているはずだ。恐らくF型マイクロマシンでできた構造物の中だと思う。ただ、出入りするにはそれなりの仕組みが必要だろう。それに…
「各国に霊子発電所と称した霊子発生システムを設置した場所があるはずだ。そこを中心的に探せ。」
七体のアンドロイドが同時に頷く。
よし。ではイデア、お前はもう少しここに残れ。まだ話がある。
俺は六体のアンドロイドに向き直る。
行け。必ず見付けろ。
「はい。」
同時に六体のアンドロイドが一斉に消える。
クルタスとトンナの行方はこれで良い。
あとは、トンナに刻まれた使徒プログラムの解除方法だが、まずは、心配事を消さなければならない。
イデアの目を見詰める。
イデア。トンナの霊子量不足はどうなる?何森源也のことだ。獣人専用に何か手を打っていないのか?
「トンナ王妃とのリンクが切れたことによる霊子量不足の問題ですか?」
イデアの確認に俺は首を縦に振る。
「恐らく、シングルナンバー専用の拘束具を身に着けていると推測されます。」
獣人専用の拘束具?
「はい。本来の使用目的は拘束具です。シングルナンバーの体内霊子を吸引し、動きを制限いたしますが、回路を逆転させれば、周囲から幽子を吸引し、体内に、より多くの幽子を取り込むことが可能です。」
どんな物だ?
イデアが何もない空間に両手を掲げる。その手に全身を包み込むウェットスーツのような質感を持った服が現れる。
青白い光を点滅させる太いチューブが全身に走った服だ。首、手首そして足首部分に拘束用の金具が取り付けられているため、意匠はちょっとSM的でアレだが背中部分に幽子吸引用の機械が取り付けられている。
F型マイクロマシン製か?
「いいえ。普通のマイクロマシン製です。シングルナンバーはマイクロマシンを操作できませんので。」
よし。わかった。あとは、獣人の契約プログラムの解除方法だ。
イデアが俺に強い視線を向ける。
「シングルナンバーのプログラムは備え付けられたS.C.Cに刻まれております。このプログラムは体内の霊子に指向性を与え、その指向性に従いマイクロマシンに命令を走らせます。」
つまり、プログラムを除去するには元々持っている精霊回路を消去するしかないってことか?
「はい。実効性を失くすのであれば、体内に常駐しているマイクロマシンを全て除去し、かつ、体内のマイクロマシン製造器官を除去する必要があります。」
どちらも可能なのか?
「可能ですが、除去されたシングルナンバーは精神体を崩壊させる可能性が非常に高いです。」
発狂するってか。
「はい。恐らく、改変に伴う激痛で発狂すると思われます。」
俺は目を閉じて考える。その俺に向かってイデアが言葉を続ける。
「Bナンバーズは異なる遺伝子を融合させておりますが、その遺伝子を融合させているのはマイクロマシンです。生体器官の制御、組織細胞の入れ替え等、様々な仕事を担っております。したがって、Bナンバーズからマイクロマシンを除去した場合、Bナンバーズが発狂しなかったとしても約十日以内に死亡いたします。」
無理な生物設計を無理矢理成り立たせているのがマイクロマシンか。
「その通りです。」
獣人たちが人間との間に子供を成したとき、獣人としての形質が受け継がれることは滅多にない。
トロヤリもサクヤもトクサヤも胎児のときから現在に至るまで普通の人間だ。セディナラは稀有な例だ。
セディナラはその両手が獣人としての形質を持っていた。だから、セディナラは年をあまりとらないし、マイクロマシンで感知することもできない。セディナラは精霊回路を持っていないがマイクロマシン製造器官は持っているという特異な体質なのだ。
精霊回路を持っていないから、獣人特有の契約プログラムが発動しない。
わかった。
俺は立ち上がる。
何森源也の挑戦だ。
いや、俺が何森源也の遺産に挑戦するのだ。
俺の胸の奥で一〇歳の頃に感じた灯が再び燃え上がるのを感じた。




