少女は泣いても笑える少女だった
どうする…
どうすればいい?
『取り戻すしかない。』
『でも、使徒の契約を結んだって言ってたよ?』
『それでも、なんとかしないと。』
『ぶっ殺す!!』
クシナハラ。そっちはどうなってる?
『こっちは落ち着いてるよ。そっちに戻ろうか?』
ああ。全員で話したい。
『いや。アヌヤとヒャクヤがいる。クシナハラはその場にいた方が良い。』
そうか。そうだな。クシナハラはそこにいてくれ。俺達は、一旦、国に帰る。
『安寧城?』
ああ。総指揮ブリッジに造った瞑想室だ。
『こっちの洗脳奴隷の件はどうする?』
そうだな。身体検査をしてから、国に連れて帰ろう。
『検疫は必要だな。』
ああ。じゃあ、洗脳奴隷は検疫を済ませてから国に連れて帰る。それまでは、そっちで調べられることを調べておいてくれ。
『わかったよ。』
安寧城の総指揮ブリッジには、俺の玉座がある。
その玉座の前には人が一人入れば一杯になる瞑想室がある。かつて、何森源也と闘うために造った霊子結晶でできた部屋だ。
俺は粒子化光速移動で、安寧城へと戻る。
「マスター。」
安寧城の総指揮ブリッジ。そこには常にイデアがいる。
「イデア、神州トガナキノ国連邦の警戒レベルを6にまで引き上げろ。俺は瞑想室に入る。」
総指揮ブリッジにはイデアだけがいた。
広いブリッジに一人でいるのは寂しそうだが、イデアはAナンバーのAIアンドロイドだ。ここにいる方が普通なのだと言っていた。
「了解いたしました。その為に一〇歳の頃のお姿なのですね。」
「ああ。いや、これは偶々だ。」
俺は一〇歳の頃の姿のまま行動していた。そう言えば、あの局長、この姿を見て、よく俺だとわかったな。
『お前は露出が少ないからな。一〇歳の頃の姿の方がポピュラーなんだろうよ。』
ああ、そういうことか。
瞑想室の蓋が開く。
床下に設置された瞑想室。俺が一〇歳の頃に一度だけ使って、そのままだ。
「イデア。」
俺は瞑想室からイデアを振り仰ぐ。
「はい。」
「お前にもリンクを結んでもらう。そのつもりでいてくれ。」
「了解いたしました。それでは、培養カプセルに戻ります。」
瞑想室の蓋が閉まり、周囲の霊子金属が稼働する。明滅を繰り返し、その明滅速度が加速されていく。人の目では点灯しているのと変わらない速さにまで加速され、俺は静かに目を閉じる。
心の内側へと落ち込んでいく。
俺という存在が内へ、内へと落ち込んでいく。
瞼から透けていた光が急速に遠のき、暗い穴へと落ちていくイメージ。
光が針の穴ほどに小さくなって、急速に光が拡大接近する。
その光に包まれた時、俺は白い空間にいた。
「よう。ここで会うのも久しぶりだな。」
ああ。久しぶりだ。
「国は安定してたからねぇ。」
ああ。ここに来る必要がなかったからな。
白い空間に腰掛けるように腰を下ろそうとすると椅子が存在するかのように物理的抵抗を尻に感じる。
この空間は、全ての人間に繋がる無意識界だ。
精神体の周波数の近しい者同士だけが、互いの存在を認識できる世界。
クルタスとの闘いもここでの闘いになるだろうな。
「いや、その前提は正しくない。」
イズモリ?何故だ?俺達は奴と闘うんだろう?
「殺そうとしているイコール闘うではない。奴は闘いを避けて、一方的に殺したいと考えているだろう。なら、まずは、奴を闘いの場に引き摺り出すことだ。」
そうか。そうだな。
「…」
「…」
「…」
「…」
どうすればいい…
「…」
「…」
「…」
「…」
俺、イズモリ、イチイハラ、カナデラ、タナハラ。五人が五人とも同じポーズで頭を抱えた。
クルタスに対抗するための戦略分析をしようとすると、トンナの面影が過り、考えがまとまらない。クルタスの目的について考えようとすると、トンナの笑顔を思い出し、考えがまとまらない。
そして、最後はトンナの泣き顔を思い浮かべてしまうのだ。
「泣いてるだろうね…」
「いや、生理現象まで操作されるプログラムだ。泣くことも許されないだろう。」
心は操作されない。
「そうだよねぇ。心の中で泣いているのに、涙を流すことができないなんて、辛いだろうねぇ。」
トンナの心が負荷に耐えられないかもしれん。
「うむ。トガリと離れることをあんなに嫌っていたからな。その恐れはある。」
「でも、トンナの遺伝子情報は保存してるだろ?いつでも瞬間移動でこっちに呼び寄せることができるんじゃない?」
「霊子体のリンクが切れてるから無理だな。トンナの所在が不明だ。仮に粒子化してこちらに呼び寄せることができたとしても、邪魔される可能性がある。」
俺達が奴の瞬間移動を邪魔したようにか?
「いや、霊子体だけを引き剥がされる。結果は…」
トンナの形をした肉だけが手元に残る…
「そうだね。意味はないねぇ。」
「それよりも心配事が増えたよ。」
なんだ?
「トンナちゃん、俺達の霊子体とのリンクが切れたろ?霊子不足で死んじゃわないかな?」
「その点はたしかに心配だが、奴の技量を考えればトンナを生かしておくことは可能だろう。」
ふん。笑えないな。奴を信頼しろってことか。
「そうだ。誘拐犯とはある程度の信頼関係を築くことが大切だ。それが解決に結びつく。」
奴がトンナを生かすことで、俺達からの信頼を得ることはできるが、俺達が奴からの信頼を得るには、どう対応すればいい。
「奴の要求をある程度飲むことだ。」
加減が難しいってことか。
イズモリが頷く。
「クッソおおおおおお!あの野郎!ゼッテエ打ち殺してやる!!」
「タナハラ。叫ぶな。考えがまとまらん。」
「そんなこと言ってもよう!腹立たねえのかよ!」
腹が立つ?
俺は全員を見回す。
全員が俺に注目する。
初めてだよ。本気で本当に人を殺したいと思ってるのは。
そうだよ。
何を堂々巡りにトンナのことばかりを思い出してたんだ。
今はそんな時じゃない。
トンナを攫ったクルタスって奴を殺すんだ。
俺という存在の全てを、クルタスを殺すことに費やすんだ。
「ふう。」
なんだよイズモリ。
「無理なことを言うな。お前にはそんなことできない。」
なに?
「今は頭に血が昇って、見境が無くなってるだけだ。落ち着け。」
…
「存在の全てを掛けて、クルタスを殺すと言ったな?」
ああ。
「では、奴をおびき寄せるためにトドネを使うか?」
なっ?!
「奴がトドネと接触した時、奴はトドネを攫おうとしたんだろう。そのことを察知した、あの局長が自分はトガリの妻だと嘘を吐いた。」
…
「つまり、トドネよりも局長を攫った方が、利用価値があると宣言したのさ。」
しかし、奴はトドネを攫わなかったぞ。
「俺達が来ることを予想したんだろう。トドネの遺伝子を取り込めていなかったから、トドネを粒子化することを不安に思ったのさ。」
…
「どうする?奴をおびき寄せるなら、トドネも使えるし、アヌヤとヒャクヤだって使えるぞ?」
俺は頭を抱える。
じゃあ、じゃあ、どうすればいい?俺はどうすればいい?トロヤリやサクヤにはなんて言ったらいいんだ?
お前達の母さんは、別の奴と使徒の契約を結んだから、もうここには戻って来れないって言うのか?
「だから、落ち着け。そのための方策は、イデアと相談すれば、解決の糸口がつかめるはずだ。そのことよりも、もっと大きな局面で物事を捉える方が先だ。」
大きな局面?
イズモリが頷く。
「クルタスの目的だ。」
目的…
「クシナハラの話だと、奴はインディガンヌ王国に霊子発電所を造る計画を持ち掛けてる。」
洗脳奴隷を使った発電所だな。
イズモリが頷きながら言葉を続ける。
「なんのために霊子発電所を造る?」
奴のメリットか?
「そうだ。それが不明だ。」
「う~ん。発電が目的なのかなぁ?」
カナデラ、どういうことだ?
「いやぁ。発電するのに人間の霊子を使うんでしょ?これって、逆に非効率だよ。」
そうなのか?
「うん。俺達が採用してる霊子発電は霊子金属で造ったモーターコイルを回して発電してるでしょ。継続的に一定量の霊子や幽子を供給することができるから、問題ないんだけど、消費エネルギーはそんなに大きくないんだよね。」
うん。
「でも生体を使って霊子発電すると、どうしてもエネルギーが安定供給されない。供給はされるけど出力にバラつきが出るの。これって、明かりが暗くなったり明るくなったりする原因になるんだよね。」
発電には向かない?
「そう。向かない。」
じゃあ、なぜ、奴は生体を発電に使おうとする?
「考えられるのは、霊子金属不足が一点。」
うん。
「もう一つ考えられるのが…」
全員がカナデラの言葉を待つ。
「瞬間霊子力が必要なんじゃないかなぁ。」
瞬間霊子力?
「そう。短時間でもいいから膨大なエネルギーを必要とする。だから、霊子タンクでもある人間そのものを使う。」
そこから導き出される物はなんだ?
「そこまではわかんないよ。俺はクルタスじゃないんだから。」
「食材が足りないね。でも…」
でも?
「そんなのは関係なしにクルタスを殺すことを考えようよ。なるべく早くに殺せるようにさ。」
「イチイハラとは、思えん発言だな。」
「そうかもね。」
トンナと直接つながってたのはイチイハラだからな。この中で、誰よりも奴を殺したいと思っててもしょうがない。
「成程な。」
しかし、ある程度は見えたな。奴は、なにか大きなことをするために洗脳奴隷を使った霊子発電所を造りたい。
じゃあ、大量の雷精魔道具を盗んだ理由は何だ?なんのために雷精魔道具が必要なんだ?
「各国に対するプレゼンのためだろう。」
発電所を造れば、こんなに便利な物が使えますよっていうプレゼンか。
「そうだ。」
それにしたって、時期がおかしいだろ。インディガンヌ王国じゃあ、もう、発電所を造るってことは本決まりだぞ?なのにまだ、雷精魔道具を盗むってことは…
「他の国にも造るんだろうな。」
「そうだねぇ。実際、今までにも雷精魔道具は盗まれてたんだから、既に幾つかの国では、造られてるかもね。霊子発電所。ってか、霊子発生システム?」
「霊子発電所と偽った…霊子発生システムか…」
イズモリがカナデラの言葉を補完する。
計画は着々と進行中ってことか…
「そうなると、奴の言ってた言葉が気になるな。」
収穫の季節に最後の晩餐か…
全員が頷く。
「収穫の季節は計画の完了、最後の晩餐は計画の実行だな。」
奴は金色の指輪が人々を焼き、星が叫ぶと言ってたな?
「ああ。」
惑星規模の災害をもたらすってことか?
「奴の言葉を穿った捉え方をすればそうなる。」
だから、大量の霊子が必要だと?
「そうなるねぇ。」
クソだな。
「クソだ。」
「クソだねぇ。」
「クソだよねぇ。」
「クソ野郎だ!!」
「な、なんだったんだ…」
セザルが呟く。
三体の魔人はピクリとも動かない。
セザルがゆっくりと起き上がり、傍の魔人へと手を伸ばす。
その指先が触れた瞬間、魔人は黒い砂粒となって床に崩れた。砂鉄のような山が残る。
「くっ。」
局長が痛みを思い出したようにその右目を抑える。
「局長!」
トドネが局長に駆け寄り、抱き上げる。
「大丈夫だよ。それより、あんたはどうなんだい?怪我はないかい?」
局長の言葉にトドネが頷きながら「はい。大丈夫なのです。」と答える。
「そうかい。なら、良かったよ。」
局長が簡易錬成器に触れながら、呪言を唱える。
「諦念なる命、ひと時の安らぎ、ハルタ・ルドリアスの名の下に命じる。癒しの復元」
簡易錬成器が輝くが、何も起こらない。それを見ていたセザルが、呆れたような声を出す。
「お嬢ちゃんが精霊の支配権を持ってるんだ。通常の呪言じゃ魔法は使えないぞ。」
「そ、そうなのでした。す、すぐに解除しますです。はい。」
慌ててトドネが自分のネックレスに触れる。
「巡り巡りて連環の終わりを告げぬ二本の鎖、今生限りの契約にサラシナ・トドネ・ヤートが願う。支配権解除。」
トドネのネックレスとブレスレットが輝く。
再び、局長が先程の呪言を詠唱し、局長の目が復元され、復元された目から黒い涙が流れ落ちる。
涙が黒いのは、分解された鉄だ。目に入り込んでいた異物が涙と共に排出されたのだ。体内に異物が入り込んだ場合、異物は排泄物などと一緒に体外へと排出される。
局長が胡坐をかいて座る。セザルとロデムスが局長と車座になって座る。車座の中心はトドネだ。
「さて、お嬢ちゃん。なぜ、逃げなかった。」
少し怖い声だ。トドネが肩を竦める。
「でも、皆を見捨てて逃げることなんて…」
トドネの頬が鳴る。
セザルが驚き、ロデムスも驚いている。
「お前が死んだら!陛下に顔向けできないだろうが!!」
局長が怒鳴りつけるが、気持ちの上では俺のこと云々はどうでもいいのだろう。トドネを心配しているからトドネを叩いたのだ。
局長がトドネの胸倉を掴み、引き寄せる。
「いいかい!私の目の前で部下が死ぬなんて!あたしゃ!死んでもごめんだよ!!次!あたしが逃げろと言ったらすぐに逃げるんだ!!それができなきゃお前は本国に帰るんだ!!」
トドネが頬を押さえて俯く。
「命令違反は申し訳なく思うのです。で、でも、わ、私は逃げてはいけないの…」
再び頬をぶたれ、床に倒れ込む。
「まだ言うのか!!」
局長が仁王立ちでトドネを睨みつける。
「ガキが生意気なことを言うんじゃない!!」
トドネが挑戦的な目を局長に向ける。
「王族だろうが何だろうが関係ない!お前は!あたしの部下で!ガキに毛の生えたガキだ!!あたしら大人の言うことを黙って聞いてりゃいいんだよ!!」
セザルがトドネの目の前でしゃがむ。
「お嬢ちゃん。支配権移譲だっけか?陛下から賜った力だよな?」
トドネが俯く。
「あの魔法を使った後、どうやって、戦うつもりだった?」
トドネが唇を噛み締める。
「局長が陛下のことを私の夫だ。って言ったよな?どうして、そんなことを言ったと思う?」
トドネが床に着いた両手を握り込む。
「邪魔なんだよ。」
トドネの拳の上に涙が落ちる。
「お嬢ちゃんが魔法を無効化する支配権移譲を使えば、こっちも魔法が使えなくなる。敵はお嬢ちゃんを狙う。俺達は奴には勝てない。逃げようとしても、お嬢ちゃんを護りながらだ。逃げられる可能性は低くなる。」
トドネが涙を流しながら顔を上げる。
「ならば!私を囮に使えば良いのです!!私を囮に使えば!奴を罠に嵌めることができるのです!!」
トドネの言葉にセザルが溜息を吐く。
「そして、お嬢ちゃんは陛下に助けてもらうのかい?」
トドネは真直ぐにセザルの目を見ている。しかし何も言い返すことができない。
「いいかい?お嬢ちゃんを囮に使えるってことが、どういうことかわかって言ってるのかい?」
トドネの表情は変わらない。セザルの目を真直ぐに見ている。
「お嬢ちゃんの周りにいる人間を、お嬢ちゃんがどう思ってたって巻き込んじまうんだよ。」
トドネが泣きそうな顔になる。
「巻き込まれる人間は俺達に限ったことじゃない。ハルディレン王国の、一般の臣民かもしれないし、赤ん坊かもしれない。どこで、どういう風に巻き込むかもわからない。敵はどうやって、どういう風に出現するかもわからない。お嬢ちゃんが王族だって、敵に知られた時点で、お嬢ちゃんはここにいちゃあいけないんだよ。」
トドネが目を閉じながら俯く。再び拳に涙が落ちる。
幾つかの涙が拳に落ちて、トドネが顔を上げる。
「よ、よくわかったのです。はい!私は神州トガナキノ国に帰るのです!」
泣いている。泣いているが笑っている。涙を流しながら、トドネは笑ってそう答えた。




