さらばクシナハラ
「二人とも澄まし顔ねぇ。」
アヌヤとヒャクヤを見て、トンナが呆れたような口調で、そう呟いた。
「そりゃそうだろ。今は王妃様だからな。」
トンナの肩に乗ったまま、俺が応える。
「あっ。こっちに気付いた。」
トンナの声が弾む。
「あはははっ。怒ってる、怒ってる。二人とも怒ってるよ。」
嬉しそうだなぁ、この姉ちゃん。それにしてもアヌヤとヒャクヤは、なんで怒ってるんだ?
「なんで怒ってるんだ?」
「きっと一〇歳の頃のご主人様があたしと一緒にいるのが気に喰わないのよ。」
「?」
「あの頃は楽しかったから。」
トンナが目を細めて過去を振り返る。
「それであんなに怒るもんなの?」
アヌヤは牙を剥いてるし、ヒャクヤは頬っぺたを目一杯に膨らませてる。見た目にもよくわかる怒り方だ。
そんな二人にトンナが笑いながら手をヒラヒラと振ってる。
「だって、あの頃の思い出って本当に楽しかったもの。そりゃ、死にそうなこともあったけど、楽しかったことの方が多いから。」
「今はあんまり楽しくない?」
「まさか!すんごい楽しいよ!ただ…」
「ただ?」
「あの頃の楽しさはあの頃の楽しさで別って言うか、今とは違う楽しさなんだよね。」
「まあな、俺はあの頃の方が楽しかったな。」
トンナの顔が高速で俺へと向けられる。
「え!!」
俺は溜息を一つ吐く。
「一人旅ってものがしてみたいねぇ…」
「え!うそ!ヤダ!!」
思わぬトンナの大声にトンナの顔を見ると、見る間に涙目になっていく。
「えええ?なんで?なんで泣くの?」
「だ、だって、ご、ご主人様が、ひ、一人で、び、びどりでだびにでるっでえええええええええええええええええええええ。」
うううううわあああああ。思いっきり泣き出しやがったよ、この姉ちゃん。三人の子持ちだぞ?なんなんだろう?この姉ちゃんは。
「大丈夫だよ!行かない!一人でなんて行かないって!だから泣くな!な?」
「ぼ、ぼんどうう?」
「ああ、ホントホント。一人で旅に出たりしないって。だから、ほれ、鼻拭けよ。」
俺が差し出したハンカチを受け取りながらトンナがコクリと頷く。
盛大な音を鳴らしてトンナが鼻をかむ。
「あいがと。」
鼻声のままトンナが俺にハンカチを返してきたので、すぐに鼻水を分解消去してハンカチを仕舞う。
「もう、これ位のことで泣くなよ。」
「こ、これ位じゃないもの!ご主人様がいなくなったら、い、いなくなったら…いい、いな、いな、い、い、い、い、嫌だああああああああああああ!!」
俺は再びハンカチを取り出し、トンナの鼻を摘まむ。
「ほらほら、いなくならないから、鼻かんで。ほら。」
「び、ヴぃだぐだらだい?」
「お前達を置いて、いなくなんてならないよ。大体、俺達は魂で繋がってるんだ。いなくなりようがないだろう?」
俺の言葉にトンナがコクリと頷く。
俺とトンナ達、獣人の嫁さん四人とは、魂、霊子体で繋がっている。四人と俺は獣人特有の契約を結んでいるのだ。
獣人は兵器として開発された兵士だ。戦闘に特化し、汎用性を重視されている。その獣人をコントロールするために脳底には精霊回路が仕込まれ、アクセスワードとパスワードが設定されている。そのアクセスワードとパスワードを使って命じられると、その生理現象すら支配されるようになる。
陰惨なプログラムだ。
俺は成り行き上、五人の獣人と、その契約を交わした。
トンナとコルナ、それとコルナの娘であるテルナドとは下僕の契約を、アヌヤとヒャクヤとは使徒の契約だ。
この契約を結ぶと霊子体が繋がり、主人たる俺の命令にトンナ達は逆らえなくなる。いや、よく逆らってると言うか、言うことをあんまり聞いてもらってないけどな。
これは、きっと、俺が命令しているという意識を持っていないからだ。
命令しているという意識をもって、俺が話していれば、俺の霊子に命令しているという指向性が刻まれ、トンナ達は命令通りのことしかできなくなる。逆に俺が、命令しているという意識を持たずにトンナ達にお願いをしているから、トンナ達は俺の言うことから脱線して暴走するのだ。
とにかく、その契約の所為で、トンナ達は俺から離れることができない。距離的には幾らでも離れることはできるのだが、存在としては離れることができないのだ。
契約を結んだ時、トンナ達の精霊回路では俺の霊子回路と同期することができなかった。霊子体と霊子回路はワンセットだ。霊子が繋がれば霊子回路と精霊回路が繋がる。
その所為で、トンナ達の精霊回路は俺と同等の霊子回路を新規に作成しなければならなかった。その結果、トンナ達の霊子体の霊子量では、新規の霊子回路が正常に働かなくなり、現在も俺の膨大な霊子を使用している。そうなってくると、俺の、あまりに多い霊子量に、トンナ達は霊子のコントロールができない状態に陥る。
そういった諸々の問題を解決するために、俺の中の副幹人格がトンナ達それぞれの霊子量のコントロールを受け持っている状態なのだ。
トンナは第五副幹人格、美食家のイチイハラと、アヌヤとヒャクヤは第四副幹人格、創作者のカナデラと、コルナと娘のテルナドは第一副幹人格、知識の化け物のイズモリと繋がっている。
だから、俺とトンナ達が離れていても、四人は各副幹人格と会話ができるのだ。
この契約の恐ろしい所は、五人が死んでも俺に影響はないが、俺が死ぬと五人、全員が死ぬという点だ。
獣人五人の霊子体の基幹は俺の霊子体だ。
俺が死ねば、幽子の供給量を遥かに超える霊子の消費に、五人は霊子の枯渇状態に陥り、死ぬ。
だから俺は五人に契約解除の申し出をしたことがあった。
契約解除には被契約者の獣人の了解が必要だからだ。
戦闘時に、契約者である指揮官が一方的に契約を解除した場合、被契約者である獣人の命が危険に晒されるため、被契約者である獣人の契約解除の了承が必要となっているのだ。
「絶対に嫌!絶対!絶対!ぜっっっっったああああああああああああああああいに!嫌!!」
眼前一センチメートル、鼻先がピッタリと触れ合う距離で、トンナに怒鳴られた。
「オメぇ…死にてぇんかよ…?」
銃を突きつけられてアヌヤに脅された。
「…」
涙目で頬っぺたを目一杯に膨らましたヒャクヤにシカトの刑を三日間執行された。
「旦那様、ここに座りなさい。」
コルナからは、冷静に五時間の説教を食らいました。
「父さんは、あたしが実の娘じゃないから、そんなこと言うんだ…」
テルナド!そんな訳ないだろう!!俺は娘に対しては絶大的に完璧に愛してるんだよ?!そんな悲しいこと言うなよ!って俺が泣きそうな声で前言を撤回した。
だから、俺とトンナ達とは離れることができない。距離は関係ない。
その存在が離れることができないのだ。
だから、トンナ達は契約の解除を拒む。
嬉しいが、…うん。嬉しいが、いつかは解除しなくちゃな。
獣人は長命だからな。
俺とは違って、百年どころか三百年近く長生きするんだからな。特にテルナドは俺の娘だ。血は繋がっていなくても、俺の娘だ。
父親が死ぬと同時に娘も死ぬなんて、俺が耐えられない。
いつか、いつかは契約を解除して、俺は一人になる。そうならなければいけない。
『俺達がいるから一人になんてなりっこないだろうが。』
ま、そうなんだけどな。
そんなことを考えながら、俺は俺の分体の行列を見送った。
一〇歳の姿をした俺とトンナは、魔法使いの気配を探す。
インディガンヌ王国全体を俺のマイクロマシンで覆い尽くしてやると宣言したが、如何せん時間が足りない。
王都である、このインディーラヌカでも、まだ半分ほどしか支配できていない。
クルタスは間違いなく高等な魔法使いだ。
個人の名前なのか魔法使い集団を指す名称なのか、その辺のことも判然としていない。
旧ハルディレン王国には宮廷魔術師団鳳瑞隊という組織があった。
主な役割はテロリストへの対応で、犯罪組織をコントロール下に置き、テロリストに大規模なテロ行動を起こさせないようにコントロールしていた組織だ。
この鳳瑞隊という組織、そのメンバー全員が霊子回路を直列化して、強力な魔法を使えるようにしていた。クルタスも、そういった魔法使い集団かもしれない。
やはり、王城内に直接出向くのが一番の早道か?
『確かに優秀な魔法使いは宮仕えが多いが、このタイミングでか?』
『そうだよねぇ。城には僕たちの分体がいるからねぇ。拙いんじゃないの?』
『うん。このタイミグってのは、あんまり賛成できないかなぁ。』
『いや、でも、城には沢山可愛い子がいるでしょ?行こうよ。』
『おう。戦うってんなら俺の出番だな!』
クシナハラは無視するとして賛成一人に反対三人か。
『酷いじゃないか、無視するなよ。』
『俺は賛成って訳じゃねえぞ?ただ、戦うなら俺の出番だってことで、気合が入ってるだけだからな!』
てことは、反対三人で可決か。でもなあ。
『どうした?』
できれば、クルタスの実態って言うか、ある程度の形は掴んでおきたいんだよな。
『確かにな。その意見には賛成だ。』
『俺も。』
『右に同じく。』
『俺は戦えるなら、なんだっていいぞ!』
『エッチな店に行ってみない?』
タナハラとクシナハラはブレねえな…トンナがいるのにどうやってエッチな店に行くんだよ?
『分体作って、俺だけ切り離してくれればいいじゃない。』
絶対にダ…メ…
『どうした?』
クシナハラ、分体に切り離してやろうか?
『…え?』
分体に切り離してやるから、その代わりにクルタスを探して来いよ。
『ええ?マジで?ホントに?いいの?』
ああ。いいよ。その代わりにクルタスをしっかり探して来いよ?
『うんうん。わかった。絶対に見つけてくるヨ!』
よし。じゃあ、切り離してやる。頼むぞ?
『OK、OK!しっかり探して来るから!』
そうして、俺は分体へとクシナハラを切り離す。城へと向かう分体へと。
なあああんだあああかあなあああ。城に向かう分体じゃねえかよう。
これじゃあ、アヌヤとヒャクヤとしかエッチできないじゃん。
なんだか、騙された感が半端ないなぁ。
俺は隣に座るヒャクヤとアヌヤ、それぞれの頬に人差し指を伸ばし、優しく撫でてみる。
「ど、どうしたの?」
「な、なにしてるんよ?」
二人が頬を赤らめて、俺の方に視線をむける。
「別に~、二人とも可愛いなって思ってねぇ~。」
俺の言葉を聞いた二人の表情が途端に冷静なものへと変わる。
「その喋り方は…」
「ド助平のクシナハラなんよ。」
俺は思わず眉を顰める。
「ええ?なんでわかるの?」
「ウチらはパパの中の人格、全部の見分けがつくの。」
「そうなんよ。全部が全部、父ちゃんと一緒だってことはわかってるんよ。でも、違いが判るんよ。」
二人が冷めた目で俺の方を見る。
「なああんだ。折角、分体に切り離してもらったのに、今日もエッチできずかああ。」
「当たり前なの。ウチらは、あんたたちのことも含めてパパのことが好きだけど、あんたたち単体じゃ興味がないの。」
「父ちゃんとは別もんなんよ。」
そりゃそうだよねぇ。だから、違いが判るんだもんねぇ。
「じゃあさ、俺がインディガンヌ王国の城の女の子を食っちゃっても、お前らは怒らないんだよね?」
「当たり前なの。クシナハラが好きなことやる分には何とも思わないの。」
「そうなんよ。クシナハラの好きなようにすれば良いんよ。」
二人の言葉に俺はニッコリと笑う。
「よし!明日は良い一日になりそうだ!!」
って、なるだろうから、あいつの好きにさせるさ。ついでにクルタスの情報を掴んでくれれば御の字だしな。
『成程な、魔法使いには女が多いし、丁度いいかもしれん。』
俺達は街中の魔法使いに当たろう、それと、魔法具店だな。
『人数が必要だな。分かれるか?』
そうだな。その方が良いだろう。
ということで、俺は、一〇歳の姿をした四人の分体を建物の陰に作り出す。
じゃあ、頼むぞ。
『ああ。』
『任せといて。』
『了解。』
『任せろ!!』
「さて、トンナ。」
トンナが俺の方に顔を向ける。
トンナの頭を一撫でしてから、「俺達もクルタスの情報を探そうか?」と声を掛ける。
「うん!」
トンナがいい笑顔で返事して、インディーラヌカの石畳を走り出した。




