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月トガリ  作者: 吉四六
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些細なことが始まりとなる

 ハルディレン王国は神州トガナキノ国のインフラ整備事業のお陰で、かなりの発展を見せている。王国内での街道は整備され、鉄道網が発達した状態だ。

 発電所に関しては、霊子モーターによる発電なので神州トガナキノ国の所有、管理だ。働く人間も神州トガナキノ国の人間で、神州トガナキノ国からゲートを使って通勤している。

 発電システムそのものが機密事項のため致し方ない。

 ハルディレン王国の人間が、全員、戸籍登録の際に遺伝子登録と禊を受ければ、ハルディレン王国に任せることもできるのだが、遺伝子登録を受け入れても禊は受け入れていないため、発電所の管理権委任は、まだまだ先のことになるだろう。

 魔獣災害時に、北に聳えるホルルト山脈と南に聳えるゴーラッシュ山脈は山脈とは言い難い地形となっている。

 お陰で農作物を枯らしていたフェーン現象が収まり、広大な耕作地帯となっている。山間に出来上がったクレーターは湖となって豊富な水をもたらしてくれている。

 強大な農業生産力と神州トガナキノ国からもたらされる高度な工業生産物のお陰で、ハルディレン王国は連邦内でもトップクラスの国力を誇っている。

 ただ、人々が高度な工業製品を求めた結果、完全に消費優先の生活へとシフトしてしまった。多民族国家で倫理観の低い国民、消費することで富を築き、貧富の差が歴然と現れてきている。貴族は富を食らい、小市民は労働力を搾取されている。

 王家の人間と執政官達は、少なからず一度は神州トガナキノ国に入国しているから禊を受けたことがある。しかし朱に交われば赤くなるの言葉通り、ハルディレン王国に戻ったら周りの人間に赤く染め上げられているのが現状だ。

 悪いことをしてはいけない。やってはいけないとわかってはいるのだが、やらざるを得ない。

 人間、自分の心の内で言い訳ができれば、楽な方に流れてしまうのだ。

 禊自体も洗脳というほど強烈な物ではない。

 周りに倫理観の低い人間が大勢いれば、倫理観の低い人間の方が強い。その人間達に囲まれていれば、禊の効果を薄れさせることができる。

 支配階級の人間だけに禊を受けさせても駄目だ。被支配階級の人間達が支配階級へと取って代わる。

 悩ましい案件だ。

 ハルディレン王国の法整備はでき上がっている。神州トガナキノ国に準拠どころか、神州トガナキノ国よりも厳しくて、細かい。

 その結果、犯罪者を増大させている。

 法律を定めれば犯罪者が減るのではない。そんな考え方は現代日本でしか通用しない。

 法を整備すれば、それまで犯罪者ではなかった者達が犯罪者になってしまうのだ。

 教育機関の充実を優先させたが、その効果が現れる前に消費優先国家となってしまった。

 俺の誤算だ。

 禊を受けていない貴族。

 その貴族を何とかしなければ、ハルディレン王国の先は無い。

 そんなハルディレン王国には巨大な城が(そび)えている。

 ホルルト山脈の山裾から天空へと伸びる城はその山肌に沿って築城されている。ホルルト山脈の頂は標高一万メートルに達しているのだが、その高さにまで城の尖塔が這うように聳えている。

 標高一千メートルまではハルディレン王国が所有管理しているが、そこから上は、神州トガナキノ国の所有管理として、転移ゲートと発電所が設けてある。神州トガナキノ国の国民は、そのゲートを通じて神州トガナキノ国からハルディレン王国へと通勤しているのだ。

 ハルディレン王国から、そのゲートに辿り着くには、地上階から最上階のゲートまでノンストップの高速エレベーターに乗らなければならない。

 神州トガナキノ国の国籍を有した遺伝子登録者で、かつ、ハルディレン王国通勤許可を受けている者にだけ反応して、そのエレベーターの気圧調節機構が反応する。つまり、その資格を有していない者が、そのエレベーターに乗り込めば、急激な気圧低下で意識を失い、エレベーターの中で御用となる訳だ。ハルディレン王国や地上の科学水準では、破ることのできないセキュリティだ。

 そんな城を中心に王都が広がっている。

 ハルディレン王国の文明水準で建てられた建物に神州トガナキノ国で生産された工業製品が取り込まれた街だ。自然と混沌とした街並みとなる。

 狭い道路に上水菅、下水管、電線管を通してあるのだからインフラ整備を行うにしても限界がある。

 神州トガナキノ国は人間が住みだす前に街という器を創った。

 しかしハルディレン王国の場合は違う。

 ハルディレン王都は、魔獣災害復興の折に一伯爵が治める街へと遷都させた。その新王都に大量の避難民が一気に雪崩れ込んだのだ。器云々よりも先に生活させることを優先させるしかなかった。

 古い建物に電線管や換気設備、水道管に配水管が増設されて、増改築を繰り返した一種独特の建物ばかりが増えた。混沌とした建物が立ち並ぶ混沌とした街並み。

 それがハルディレン王国だ。

 そのハルディレン王国の裏路地の一角。

 暗く、路地を跨ぐように、空中に渡り廊下が何本も架けられた、その一角にトドネはいた。

 イノウと呼ばれる連邦特別捜査官と一緒だ。

 連邦内では窃盗事件が頻発していた。

 現代日本で言うところの電化製品、この世界では、トガナキノ製の(らい)(せい)魔道具が盗まれているのだ。

 霊子金属などは使われていないから問題は無いと思うのだが、それでもイズモリは『警戒しろ。』と、うるさい。雷精魔道具には普通にモーターが仕込まれている。発電さえできれば、その仕組みを読み解くこともできるだろう。しかしその仕組みを発展改良させることができるかと問われれば疑問だ。

 現在、神州トガナキノ国製の工業製品には、GPSのような機能を持ったマイクロマシンを仕組んである。

 ようなと言うのは、連邦内にバラ撒いている俺のマイクロマシンの網がセットになっていないと機能しないからだ。工業製品に仕込んだマイクロマシンは、電波を発信するのではなく、工業製品として個別識別できるようになっているだけで、俺のマイクロマシンの網がそのマイクロマシンの持つ個別番号を発見するようになっている。

 その識別番号を追っていけば、その所在地を知ることができるが、コンセントにプラグを差し込んでくれないと発見することができないのが難点だ。

 トドネとイノウはそんな雷精魔道具の窃盗事件を捜査していた。

「不思議なのです。何故、魔虫やキバナリの監視網に写ってないのでしょうか?」

 二人は路地裏のアパートメントから出て来たところだった。

 そのアパートメントの一階が雷精魔道具の在庫倉庫となっており、その倉庫から大量の雷精魔道具が盗まれたのだ。

 この世界の鑑識技術は未熟だ。

 神州トガナキノ国の技術を除いては。

 イノウがブレスレット型の簡易錬成器から足跡抽出のための道具を再構築する。

 三つの竜頭が付いたルーペ型の機械だ。

 この機械、地面に散布されたマイクロマシンが微妙な凹凸を浮き出させる機能を持っている。

「そんなこと、俺に聞いたってわかる訳がないだろう。そんなことよりも、トドネも解析検知器で一番上の足跡を見つけてくれ。」

 イノウが右手に持ったルーペの竜頭を回しながらトドネに指示する。

 このルーペ、三つの竜頭を回して調節することで、一番上の足跡を抽出できるようになっている。当然、自分達の足跡は登録済みで、除外対象だ。

 二人は腰を折って、地面と睨めっこを始める。

 俺のように精霊の目を持っていれば、難なく見つけることができるのだが、俺の知る限り、精霊の目を持っている者は俺と俺の子供達だけだ。

 トドネが一番新しい足跡を追って、徐々に裏路地から離れて行く。

「お嬢ちゃん。前を向かないと俺にぶつかっちまうぞ?」

 一人の男がトドネの前に立ち塞がる。

 その声に反応して、トドネが顔を上げる。

 体の大きな男だ。

 肩幅も胸板も厚い。

 後ろにまとめた金髪に少しばかりの白髪が混じるが、髪の量は多い。立てた白い襟が革鎧のベストから飛び出している。

 太いベルトに細身のコットンのズボン。アンクルブーツの先には金属が填め込まれている。

 頬に傷の走った皮膚は荒れた感じで分厚そうだ。

 如何にも殴るために作られたような手袋に簡易錬成器のブレスレット。

 男は咥えていた煙草を人差し指と親指で摘まむようにして口から離し、頬の傷を歪ませた。

 白い歯を惜しげもなく見せつけながら大きく笑う。

「貴方の足跡が一番新しい足跡なのです。貴方が犯人なのですか?」

 トドネが真直ぐに立って、男を見上げる。よく見れば男の右の眉尻にも傷がある。

 短くなった右の眉を持ち上げ、男が笑う。

「ああ、俺はお嬢ちゃんたちより早く現場に到着したからな。でも犯人じゃない。」

 男が紫煙を吐きながら、片目をつぶる。

「セザルさん。」

 イノウが男の名前を呼ぶ。

「よう。」

 セザルと呼ばれた男がイノウへと片手を上げる。

 二人の遣り取りを見ていたトドネが、イノウに「どなたなのですか?」と問い掛けるが、答えたのはセザルだった。

「俺はこの街の事情通さ。お嬢ちゃんたちみたいな、この土地に不慣れな捜査官のサポートをする、民間の賞金稼ぎだよ。」

「そうなのですか。それは失礼なこと言ってしまったのです。私はゴルティア・トドネ・ヤートと申します。よろしくなのです。」

 トドネがセザルに向き直り、丁寧なお辞儀をする。

「はは。やっぱり本国のエリートは躾が行き届いてるな。俺はセザル。セザル・ゴンザレスだ。よろしくな。お嬢ちゃん。」

「セザルさん。彼女の名前はトドネです。お嬢ちゃんではありません。」

 トドネの後ろからイノウがセザルの発言を咎めるが、セザルは笑ったままだ。

「良いのです。私の名前はトドネですが、お嬢ちゃんでもあるのです。ですからセザルさんの呼びたいように呼んで下さればいいのです。」

 トドネがニッコリと笑う。その笑いに合わせるようにセザルも笑う。

「話の分かるお嬢ちゃんだ。そんなお嬢ちゃんに良いことを教えてやろう。」

 セザルはそう言うと、クルリと向きを変え、大通りの方へと歩き出す。

 少し歩いて、一旦立ち止まる。トドネの方に振り返り、「なにしてる?こっちに来い。」と呼びつける。

 トドネは素直に「はい。」と返事して走り出すが、イノウは舌打ち交じりに歩き出す。

「ここだ。」

 セザルが立ち止まり、地面を指差す。

「ここを、さっきの解析検知器で見てみな。」

 トドネがルーペを覗き込み、竜頭を回す。

「これは…」

「なんだ?グチャグチャだな。争った跡みたいだ。」

 トドネの横からイノウも同じようにルーペを覗き込み、その感想を呟く。

「そうなのです。争った跡なのです。でも…」

 トドネの言葉にセザルが眉を持ち上げる。

「これは、意図的に争っているのです。」

 トドネの言葉にイノウが訝しげな表情を作り、セザルが右眉の傷を人差し指で擦る。うん。流石はトドネだ。よくわかってる。

「意図的に?どういう意味だ?」

 イノウが率直にトドネに問い掛ける。

「この足跡は、型を持っているのです。」

「カタ?」

 イノウにはトドネの言っていることが理解できていない。代わってセザルが答える。

「大したもんだ。何の型かわかるかい?」

 トドネが目からルーペを外し、セザルの方へと顔を向ける。

「はい。新神武道第三式の津波の型です。」

 セザルの目が見開かれ、「その根拠は?」と問いただす。

 トドネが地面を指差す。

「この足跡は踵にも爪先にも力が入っていません。親指の中足骨と基節骨の関節辺りで体重を支えています。これは、新神武道に見られる体荷重方法です。そして…」

 トドネが視線を動かす。

「こちらの足跡では、小指の爪先にも荷重が見られます。これは、新神武道で言うところの第三式運足で、外に力が逃げないようにする体重移動方法です。」

 セザルが満足そうに頷く。

 新神武道とは、恥ずかしい話、トンナが創始した武道だ。

 トンナがツキナリの里で父に教えてもらって、それを更に昇華させたものだ。その新神武道、軍事教練に取り入れられているので結構な人数の門下生がいる。当然、連邦内のハルディレン王国にも結構な熟練者がいる。

「ここに見られる足跡のほとんどは、新神武道の第三式の運足です。したがって、争っていると言うよりも…」

「そうだ。演武だな。」

 セザルが最後の一言を引き取って答える。

「演武?」

 イノウが、その訝しい表情をトドネからセザルへと移す。

「ここで、争いのように見せかければ、魔虫はどのように反応する?」

「そうなのです。魔虫は窃盗などよりも、傷害、殺人などの人的被害要因に敏感なのです。」

 セザルの問い掛けに、即座にトドネが答える。

「ここで傷害事件発生の恐れがあれば、魔虫もキバナリも窃盗事件を無視するのです…と、いうことは、この付近で発生している傷害事件に発展していない記録を洗い出し、その映像の前後を確認すれば、もしかしたら、犯人に繋がる人物が写っているかもしれないのです!」

 セザルが首を傾げながら笑う。

「正解だ。お嬢ちゃん。」

 トドネがセザルを振り仰ぐ。

「ありがとうなのです!セザルさん!早速、本部に戻って、映像を確認するのです!」

 トドネが勢いよく走り出す。

「おい!待てよ!」

 イノウがそれに続こうとするが、トドネが突然止まって振り返る。

「セザルさんも一緒に来るのです!」

 トドネにぶつかりそうになったイノウが、目を見開く。

「何言ってんだ!セザルさんは、協力者であって部外者だぞ!本部に入れる訳ないだろう!」

 うん。大丈夫。俺が手を回しておくから、イノウ君、心配するな。

トドネがイノウを振り仰ぎ、笑う。

「セザルさんの観察眼と推察力はもっと利用するべきなのです!セザルさんがいなければ、演武をしていた足跡に気付かなかったのです!その気付く能力は貴重なのです!だから、一緒に映像を見てもらうのです!」

 トドネがセザルに向き直り、大きく笑う。

「さあ!一緒に来てください!班長は局長なので、問題はないのです。」

 セザルが肩を竦め、歩き出す。

「悪いが俺はもう年だ。お嬢ちゃんみたいに走っていく元気はないぜ?」

「わかったのです!では、セザルさんに合わせて歩いて行くのです!その方がセザルさんとお話ができるので、私は大変、嬉しいのです!!」

 その言葉にセザルが眉を持ち上げる。

「なんとも、元気なお嬢ちゃんだ。」

「はい!お嬢ちゃんと呼ばれるぐらいの子供なら、元気な方が良いのです!」

 トドネの屈託のない笑みをセザルがニヒルな笑みで受けとった。

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