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守り人  作者: 藤堂阿弥
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縁は異なもの味なもの

市場を見た亜衣の印象は「やたら大きな商店街」だった。


通りをはさんで左右に並ぶ店店。それこそ、食料品、衣料品、ここに来れば何でも揃うだろう。

カークに言わせると時間的にずれているため人通りは少ないほうだというが、それでも十分多いと思う。

活気があふれ、笑顔と共に大きな声が飛び交っている。




百聞は一見にしかず、そう言ったミリアの言葉が何となく判ったような気がした。

確かに大きな豊かさは無いが安定した国。人々が笑って暮らすことができる国。

それが、この『トワ』だった。



「常にこんな風に笑っていたわけではないんでしょうけれど」

呟くように紡ぐ亜衣にカークは視線を落とした。

「『冬の季節』を乗り越えた強さがある国なんですね」

その言葉に男は少し驚いたように目を見開き、すぐに表情を緩めた。


この少女は聡い。そして強い。


何も知らぬ世界に一人で来て不安が無いわけが無い。しかし、それを乗り越え前向きに進もうとしている。誰に甘えることなく、自分自身の足で立とうとする姿に、羨望さえ感じた。

その上、周囲をちゃんと見ている。


考えてみれば彼女は初めて会ったときから不思議な存在だった。

自分の出自や立場上、めったなことで人に心を許すことはないのに、彼女は最初から自分の心の中にすんなりと入ってきたのだ。

王家の墓の洞窟で、一人百面相をしている彼女を見た時、普段の彼なら警戒し、自ら姿を見せる愚行は起こさないはずなのに、気がつけばその一挙一動に自然と口元が緩んでいたのだ。

ミリアやアルフォードが現れた時も、自分の背中に庇うなどと今までの自分では…いや、今の自分でも起こさない行動を起こしていた。…見ず知らずの相手に背中を向けるなど(それが、何の力のなさそうな少女だとしても)どれほどの危険が伴うか、誰よりも承知していたはずなのに、自然と身体が動いていた。



目が離せない…離したくない。

そう考えている自分に気がついて、カークは我に返った。

彼女はいつか自分の世界に帰って行く者。そして、自分は…。

思わず、自嘲してしまう。何を考えているのだ、と。


「アイ」

呼ばれて振り返った彼女は目を見開いたが、すぐに花が綻ぶような笑顔を見せる。その表情を見て青年も同じような表情をした後、緩やかに口の端を上げる。

差し出された手に一瞬の躊躇いを見せたものの、すぐに自分の手を重ねた彼女に目を細め、カークはゆっくりとした足取りで亜衣を市の中へと誘って行った。




きっと無自覚なんだろうな。そう彼女は考える。初めて呼ばれた名前が耳に心地よい。

誰に言われた訳ではないが分かる。青年の一挙一動は洗練されたもので、決して付け焼刃ではない自然な動きをしていた。屋敷の人たちも、以前からの知り合いらしく自然と敬意を持った接し方をしている。

こうして街中を歩くにしても、さりげなく自分を守りながらエスコートする動作が自然で板についていた。

そして、初めて会った時のミリアの一言。


(グレイフォード伯…伯爵さま、かぁ)


心の中で亜衣は溜息をついた。何か気配を感じたのか振り返る青年に笑顔を見せると彼も笑い返してくれる。それだけで心の中が温かくなった。

(身分もだけど次元も違う人相手じゃ、ね)

でも想うだけなら自由だものね。

行きかう人々が彼の容貌に振り返る。娘たちが頬を染めて彼に見入る。しかし、当の本人は慣れているのか気にする様子もなく進んでいく。しっかりと握られた掌が温かかった。

折に触れ自分に声を掛け、何かと気遣ってくれるのはやはり一番最初に出合った故の責任感なのだろう。

そう自分に結論付けて彼女は青年の導くまま市場の雑踏に飲まれていった。









「なんと…まぁ」

闇より深い闇の中、しかし、其の闇に飲まれることなく男はそこに居た。

上も無く下も無い。ひたすら虚無が広がるそこで緩やかに虚空を見つめながらアルフォードは小さく笑う。

「可愛らしいものだ」

ミリアの傍に居る彼を知るものが聞いたら自分の耳を疑ったであろう。それは普段の彼から想像もつかない冷たい声音だった。


「『呼ばれ』たか、はたまま『仕組まれた』のか」



彼女は男に言ったのだ。果たして三つとも『偶然』と呼んでいいものか、と。


「百歩譲って亜衣が次元移動に『偶然』巻き込まれただけ、だとしても」

傍らに立つアルフォードに視線を向けてミリアは言葉を続けた。

「彼女がこの『次元』に、しかも王家の墓に『落ちて』しかもカークに出合った。…それを偶然と片付けていいのかしらね?」

「だがな姫さん。あの移動に作為は見つからなかったぜ?そういったやりかたをすれば必ずどこかに痕跡が残る。例えば道を歩いていて、自分が『綺麗』だと感じて花の種を拾って、どこかに蒔いておくのと、道を歩いていて服にひっていていた種に気づかず、そのまま其の種が道に気がつかないうちに落ちていた、って言うくらいの『差』があるんだぜ?」

「『次元を越えて『こちらの世界』へ来ることが出来るほど力を持つ妖魔は少ない』そう言ったわよね、アル」

それはずっと以前に男が彼女に教えた事。

「そして、『実際に越えて来る物好きは尚少ない』とも」

ふと言葉を切り、考えるような仕草をして口を開く。

「お仲間、とは限らないかもしれないけど」

「流石は我が姫」

深々と頭を下げる男の口調ががらりと変わるが、ミリアは驚きもせず視線を元の刺繍へと移した。




アルフォードがカークを通じて伝えた伝言はここに端を発していた。



「厄介といえば厄介な相手なんだが」

言葉の内容とは裏腹に酷く楽しそうに男は言う。

「そこまでの力の持ち主なんざ『アイツ』くらいだろうしな」

独り言を呟きながら、男は深遠の闇へと一歩踏み出した。






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