所変われば木の葉も変わる
ミリアが教えた知識は、この国で必要な最低限のもの…つまり、子供でも知っている、という程度のものであった。
「だって、無理に詰め込んでも仕方ないでしょう?」
彼女の話の合間に、アルが雑学的な事をはさんだり、時折一緒に話を聞いているカークが別の視点で質問をしてくれていたおかげなのか、数日のうちにとりあえずこの国で暮らすには問題ない程度の知識はついていた。
数字の動きが日本と同じ十進法だというのも助かった。基本的な常識も大きな違いは無い。
一番の大きな違いは文明の発達の程度であろう。時代背景でいえばヨーロッパの中世に一番近いものがある。
一度それを口に出したとき、ミリアとカークがきょとん、とした顔をしたのに対して、アルフォードが苦笑を見せた。
「機械文明ってやつだろう?ここはそういうのは発達してないからなぁ」
どうして知っているのかの問いに対しては「俺って博学だから~」の一言で片付けられてしまった。謎の多い男である。
謎が多い、といえばカークも同様で、ミリアは彼とは古い付き合いのようであったが、どうやらこの国――『トワ』という名前の国なのだが――の住人ではないようだった。
「え?じゃあ、ここのご主人さまは貴族ではないんですか?」
侍女頭のサラを手伝って部屋の掃除をしていた亜衣は驚いたように声を出した。
とりあえず、亜衣のことはミリアが住んでいる所の近くの村から行儀見習いにやってきた娘、という事になっている。
教えてもらった身分制度や屋敷の広大さから、てっきり身分の高い家柄だと思っていた亜衣は、意外な言葉に目を見開いた。
ちなみに、彼女のもの知らずさは「田舎の出身だから」で片付いている。そんなおおらかさを持ち合わせている屋敷の住人達であった。
「ええ、サイラスさまは実力で今の地位を築き上げたお方なんです。無くなったお方様…サイラスさまのお母様も同じで、ご自分の実力で宮廷つきの薬師となられました。ミリアさまも充分実力をお持ちなのですが、あの方は王宮がお嫌いですから…でも、もう少し近くにお住まいになられてもいいと思うんですけどね」
近衛隊長も兼任している将軍職のイメージは相応の家柄――貴族でも伯爵以上――でなくてはならないと考えてしまう辺り、自分もファンタジーや歴史書に影響されていると苦笑いしてしまう。
もちろん立身出世ものだとか下克上とかも考えに入れないわけではないが、ある程度平和が続く国では世襲制が一般的な考え方ではないのだろうか?
「爵位とかならともかく、将軍職はね実力主義なのよ、この国では」
彼女の疑問は、ミリアにあっさり解かれてしまった。
「それほど平和な国でもないのよ…ああ、国内ではなく、外交的に、ね」
「外交的にですか?」
「そう。今のところは、隣国のリュグラーンと友好的な状態にあるからそうでもないけどね」
それまでしていた刺繍の手を止め、彼女は亜衣に向き直った。
「まあ、たまに…何代かに一度問題はおきても、リュグラーンは隣国って事もあってわりと友好的な方よ。婚姻関係も結んだりしているし、今の陛下も…」
そこでふと言葉を切り、ミリアは亜衣を見て微笑んだ。
「百聞は一見にしかず、って言うわね。アルをつけるから『市場』でも見てくる?」
何を持って『百聞は一見にしかず』なのだろうかと考えていると、軽いノックの音がした。
応えの声と共にカークが入ってきたのは、偶然か、はたまた運命か。
「ミリア、アルからの伝言だ。『悪いが急用ができた。暫く留守にする』」
「あら、そう。ありがとうございます。…ああ、そうだ、カーク」
出て行こうとした青年を呼び止めて、ミリアは笑顔を見せた。
「時間があるなら亜衣を市場に連れて行ってもらえませんでしょうか?」
「ミリアさんっ!?」
一瞬目を見開いた青年は、少し考える仕草をして頷いた。
「構わないが、どうして急に?」
「そろそろ街の様子を知るのもいいと思いまして。私が付いていってもいいのですが、殿方に付いて行って頂いた方が安心ですから」
治安のいい都市とはいえ、どこにでも悪い人間は居る、ということだ。ここの使用人たちでも構わないが、丁度来たカークに白羽の矢が立ったのだと、ミリアは付け加えた。
「では行こうか?ちゃんとエスコートするから安心したまえ」
普段は生真面目なこの男だが、親しくなった相手にはこういったふざけた言い方もする。初めの頃はミリアたちに対して敬語を使っていたが、今では普通に話している。
そういった意味では亜衣に対しては最初から気を許していたような感じがあった、と二人を送り出してミリアは考えを巡らして小さく笑った。
国王の叱責が功を奏したのか、一時引きこもっていた宰相も今では政務に復帰し、その手腕を生かしている。
しかし、未だ妻を娶らずにいるあたり、彼の頑固さを示していた。
あの男にはあの男なりの言い分と生き方があるのだろう。それに口を出すつもりも、そんな権利もない自分に何がいえるのだろう。
とりあえず、今の自分が考えるべきことは別にある。
自分が王都にいる本来の目的を思い出し、自分も外出すべくミリアは立ち上がった。




