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守り人  作者: 藤堂阿弥
3/10

一寸先は闇

「亜衣、お家の都合で暫く休むって」

突然の秀子の報告に、彼らは一斉にそちらを向いた。

「暫くって…どのくらい?」

「お母さんの話じゃ、近いうちに休学届けを出しに行くって事だったから、相当な日数なんじゃないかな?」

「なんだ、それ?…俺達に一言も無しにか?」

「あ、お母さん謝ってみえた。急なことだったから、昨夜そのまま行ったらしいの。…事件とかそういうのじゃないみたい。普段どおりのお母さんだったから」

後半はミステリーファンの中込に向けての台詞である、すぐさま「そこまで考えていない」との返事が返ってきたが。


「向こうが落ち着いたら連絡させるっておっしゃっていたから…心配だけどお家の事情じゃ仕方ないよ」

いまいち納得できない表情で皆が頷いて、その話はそこで終わりとなった。自分に向けられた視線に微かに頷いた葎は、立ち上がる。


「じゃ、バイトの時間だから」

「あ、うん。また明日」

手を振って去っていった友人を見送って、秀子はもう一人姿を消していることに気が付いた。

「あれ?佐藤は?」

「あ?帰ったぞ。『家に帰って和算を解いた方が有意義だ』だ、そうだ」

「うわ、いかにも佐藤らしい」

苦笑しながら、彼らも帰り支度を始めたのであった。







「さて」



後輩二人を目の前に、悠然と紅茶を飲む男を佐藤は軽く一睨みして口を開く。

「浅野の口を借りましたね?俺達にまで『呪』を掛けようなんてどういうつもりですか?」

「元々お前達に『呪』は効かん」

どうだか、と佐藤は小さく呟く。同級生から先輩へと視線を移し、葎は顔を上げた。

「亜衣に何があったんです?」

言葉を飾っても仕方が無いと判断して、単刀直入に聞いて来た後輩に渡辺は苦笑を見せる。が、すぐにその表情を曇らせ大きく息を吐いた。


「消えた」

「「はい?」」


カップをソーサーの上に置き、ソファに身を沈めると、男は再び溜息を吐く。

「それこそ、忽然と…足元にぽっかり穴が開いたみたいに姿が消えた」

「神隠し、みたいなものですか?」



この男を始めとする人物たちと関わるようになって、こういうオカルトめいた話に慣れてきたとはいえ、自分の友人が…特に彼らとも深い関わりの有る友人がその対象となると、理不尽とは解っていても怒りがこみ上げてくる。



「今回は俺達絡みじゃない」

目の前の後輩二人は疑わしそうな表情を渡辺に向ける。無理も無い、自分達のごたごたに巻き込んで一つ、間違えれば命さえも危ぶまれるような状況に落とし入れたことの有る相手である。はい、そうですかと、信じてもらうには、自分も、自分の周りにも前科がありすぎた。


「部屋に戻ってきたら、久遠から留守電が入っていたんだ。『日向を探してくれ』ってな。…ほんの小一時間前まで一緒に居た相手だ。…正直別れ際に見えたあいつの『卦』も気になったから追いかけてみた。が、ある場所を最後にぷっつりとあいつの気配が消えているんだ」

そう言って、青年は悔しそうな表情を見せる。状況こそ違うが、3年ほど前にも彼の親戚筋の少女が『神隠し』にあっているのだ。


彼女は未だ発見されていない。







すっかり冷め切った紅茶を口にして、渡辺は眉を顰める。その様子に気が付いて葎が立ち上がる。


「久遠に言わせると『偶然の産物』なんだそうだ」

入れ直した紅茶を葎が持ってくると、渡辺は再び口を開いた。

普段説明を主にする青年がここに居ないのも珍しい事であるが、今の彼らにそこまで気遣う余裕は無い。


「だからこそ厄介なんだ。人為的な何かが働いていれば、それを施行した相手を探ってこっちも動ける。だが、偶然はそうはいかない。それこそ、あと1cm違ったら落ちなかったかもしれない落とし穴に落ちて、そのまま別の次元に行ったって事だ。探そうものにも、手立てが無い」

「世界は人の思考の数だけ。分かれ道の数だけあって、ひたすら増え続ける、でしたっけ?」

「極論だけどな」

そっと紅茶に口をつける。彼女の入れたお茶はいつも丁寧で美味しい。

「俺も久遠も手を尽くす。手を尽くすが…可能性は低い」

3年前もそうだった。あの時はもっと多くの術者が手を尽くして見つからなかったのだ。





「こういうとき、僕の『力』は役立たずだからねぇ」


突然聞こえてきた声にはっと振り向くと井上が壁にもたれて立っていた。

「…いついらっしゃったんですか?」

「ん?最初からいたよ。隣の部屋で寝ていただけで」

爽やかな笑顔を見せる相手に、佐藤と葎は顔を見合わせる。


お茶を入れに行った葎を見送って、渡辺の隣に腰を降ろすと井上は友人の背中を軽く叩いた。

「見えた『卦』をもっと気にしていたら、なんて後悔は止めるんだね。後輩ばかりではなく、親友まで行方知れずなんて状況はご免蒙りたい」

その言葉に、佐藤がはっと顔を上げる。あの時、自分もそこにいたのだ。渡辺の言葉に重点を置いて送っていけば、こんなことにはならなかったかも知れない。

「ああ、こっちにも落ち込んでいる男が居る。…同性を慰めるのは趣味じゃないんだ」


溜息をついて、井上が口を開く。いつもより疲れているその様子に、後輩達は彼もまた亜依を探すために奔走していたのだと気付く。だから今まで顔を出さなかったのだろう。


「いいかい?久遠の言葉じゃないけど『偶然の産物』なんだ。送って帰ったところで、ひょっとしたら自宅で起きたかもしれない。下手をすれば、大学で皆の目の前で、多くの人を巻き込んで起きたかもしれない。『もしも』なんて考えていたらキリがないのだよ?」

紅茶を持って来た葎に礼を言って、青年は友人達に小さく笑いかけた。

「僕らができることは、祈ることさ。日向さんの無事をね。そして、出来る範囲で動くことさ。違うかい?」

綺麗事かもしれないが正論だ、と佐藤は思う。こうやって相手を煙の巻くのが彼のやり方ではあるのだが。





「亜衣の『超能力』が健在だといいけど」

「大丈夫さ、あればっかりは無くならない」


「ああ、でも」


ふ、と何かに気が付いたように井上が笑う。…こういう笑顔を見せるときの彼は、たいてい碌な事を考えていない。

「今度会ったときに、よぼよぼのおばあさんの日向さん、ってのも嫌だね」

逆も嫌だけどね。

楽しげに言う青年に、頭を抱える彼らであった。





                                










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