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楽園変生 第一部 ──不死の随伴者──  作者: 紅葉 昂
第一部【不死の随伴者】
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第046話

 森を抜けて尚走り続けるサイクロプスの群れ。王を乗せて走るその様は敗走を意味し、他の魔族に見つかればそのまたとない好機につけ入られる為、一心不乱に走っていた。


 が、見晴らしのいい草原でサイクロプス達は足を止めた。突然の事で大型のサイクロプスの手から零れ落ちて群れの前に転がり出たキュクロは何事かと前方を見上げた。半ば苛立っているのは瀕死であるにも拘わらず放り出されたからに間違いない。


 が、そんな怒りはすぐに消えた。


 月光の下、空を見上げる黒き影が一人立ち尽くす。黒馬に跨るその姿を、その紅い六つの眼光をキュクロはよく覚えている。


「命を拾いましたか。私の見当が外れたのか、それともお前が忠告を聞いたのか……」


 その眼光がキュクロを見下ろす。リオン・クロワール。人類最強の冒険者にして、キュクロの敗因である左腕を容易く断ち切ってみせた人間。


「見当が外れた方ですね。あの男があの女の敵を見逃すとは少々考えにくいですが……。いや、仕留め損なったか」


 笑うように言ったリオンの言葉を待たずして小型のサイクロプスが駆ける。それは王を守る為か、ただの愚か者か。最初立ち止まった事から恐らくは前者。それに応じてリオンもまた馬の後ろ脚に装備された大剣を手に取った。


 しかし月光に掲げられたその剣が振り下ろされる事はなかった。


「貴方達は逃げなさい。……人間よ、どうか私の首一つで手を引いてくれませんか」


 それはキュクロが制止するように手を横に突き出したからだ。小型のサイクロプスは王を守るように前に出るも、王の命令を遵守し足を止める。


「懸命な判断です。この程度の雑魚が数百いたところで、私には傷一つつけられない。…………ただお前は勘違いしている。お前を殺すつもりは、先の約束通りありませんよ」


「……ならばこんなところで何をしているのです? 人間に負けた私を嘲笑う為に待っていたのですか?」


 交戦の意志がなくなったサイクロプスの群れを一通り眺めた後でリオンは大剣を格納する。そしてその両手で冑を脱ぎ去った。その顔を意外そうに見上げるキュクロを見下ろして、リオンは優しい笑みを浮かべた。


「お前達にもお前達の矜持があるのかもしれませんが、あまり人間を舐めない事ですね。ただの人間に腕を斬り落とされたのですから。……しかし安心しなさい。お前を打ち倒したヤザカ…………あれは人間ではない」


 一つ眼が大きく見開かれる。そんな馬鹿なと、あれは人間だったと言いたげに。


「私のこの眼は聖痕の眼。故に見ようと思えば相手の身体の状態が見える。構造もある程度は探れます。私は一目見た時から、ヤザカの身体が他の人間と根本から異なる事がわかりました」


 葵とリオンが初めて出会ったカナンガでの最初の言葉。リオンは葵に「貴方は人間ですか?」と尋ねていた。それは聖痕の眼によって身体の構造が異なる事を知ったから。


「何もかもが違っていました。最も驚くべきはその心臓に膨大な魔力の胎動を感じた事。そしてその魔力が身体を一切巡っていない事です。お前も知っているでしょう? 人間の戦う術を」


 それは戦技と魔法。身体を鍛える事も重要であるが、魔族と戦う為にはその二つの修練が必要不可欠。魔石から魔力を身体に取り込み、魔石の中にインストールされた術式を以って魔法や戦技を行使する。そうやって人間は魔族と戦って来た。


「あれ程強力な魔力が心臓に宿っているのなら、戦う際に魔力が身体を巡ってもおかしくない。しかしヤザカは一切の戦技も使わず膂力(りょりょく)だけで戦っていた。私のような特異体質どころではない。あれは私や他の人間達と同じ種族ではない。そしてお前達魔族とも違う。正真正銘の怪物です」


 ならば何だと言うのだ。魔族でも人間でもない存在がこの世界にいるハズがない。


「ならば奴は、何なのです?」


「名前のない怪物に名をつけるのは私の役目ではない」


 解を求めても、それはリオンも持ち合わせていない。この世界で魔力を一切身体に巡らせる事の出来ない種族など欠陥品以外の何物でもないが、そもそもその欠陥品にこうして破れているのだから笑いものだ。キュクロは戦技の一つも使えぬ未熟者に倒されたのかと嘆こうとしたものの、しかしそうする事はなかった。


 選ばれているから。


 自分は選ばれなかったのだから、選ばれた者を見上げるべきとキュクロは感じた。相変わらず馬鹿な子だなと、無邪気で活発な昔の乃愛を思い出して内心笑みを作りつつ。


「…………それで、結局貴方は何をしているのです? まさか夜の御散歩などとは言わないでしょう?」


 その問いを受けて、リオンは雲がかる空を見上げる。その時、草原を駆け抜ける一陣の風にキュクロは体勢を崩した。黒馬もその風に悲鳴のような鳴き声を上げ、大型のサイクロプスすら身構える。


 だがその中でリオンはただジッと空を見上げていた。


 その視線を追うように、その場にいた総ての者が同じ空を見上げた。


「そうですね。私はここで見届けているのです」


 森の先の地上より空へ、雲を突き抜ける銀色の光。天変地異のようなその光景に皆が驚愕する中でただ一人笑みを浮かべるのはリオン。それはまるで歓迎するように、そしてその光の柱へと手を伸ばした。


「新たな覇者の誕生を」











「………………………………邪魔だ」


 立ち上がった葵が呟いた言葉。その言葉に反応したのはヘリオスとシャーロット。そして救いを求めて瞼を閉じていた乃愛。だがそれは魔王二人に言った訳ではなかった。当然乃愛に言った訳でもない。


 そもそも葵には敵であるヘリオスとシャーロットが見えていなかった。


 だから邪魔なのだ。敵を前にしてその視界を邪魔する亀裂が。誰にも見えない、葵にしか見えない世界の亀裂。殺したい相手がそこにいるのに、その亀裂が邪魔をする。


 故に邪魔と、そう呟いたのだ。


「よくぞ立ち上がった。それでこそ男というもの」


 その亀裂は何度か見て来た。その多くは今のように極限の殺意を以って相手を見据えた時。それも敵わぬ強者達。どうあがいても倒せない相手を前にした時だった。


「自分の物を奪われるのは嫌か? しかし所有者にしては……小僧、貴様は弱過ぎる」


 この世には許せないものがある。


 この世には気に入らないものがある。


 それはあらゆるもの。数えていては気が滅入る程に。途方もなく蔓延るそれらもまた邪魔でしかない。


「弱者は何も得られない。世の常であろう?」


 ……この世界は何もかもが邪魔でしかない。それは元の世界もそうだったが、今葵がいる世界はそれ以上に許せないものがあった。気に入らないものがたくさんあった。


 どうしてこんなにも邪魔なものが多いのだろう。ぼんやりとした意識の中で葵は考える。


 何もかも許せない。


 何もかも気に入らない。


 だとしたらどうして自分は生まれたのだろう。


 鳥が鳥を産むように、狼が狼を産むように、人間もまた人間を産み落とすというのに、どうして外界と馴染めぬ欠落者が産まれたのだろう。


 自分が他と違う事を、葵はずっと昔から理解していた。それはきっと、記憶を失う前からそうだったハズだと。ならば両親もまた同じような者だったのだろうか。そう考えるも、前に乃愛が母の事を“優しい人だった”と言っていたから、ああそうではないのかと葵は思い直す。


 乃愛を思い出した葵は、亀裂塗れの世界で乃愛を探した。


 亀裂が邪魔をして見づらかったが、それはすぐに見つける事が出来た。この何もかもが鬱陶しい世界の中で見つけた光。心の中でグチャグチャに壊したいと思ってしまう気持ちはあるものの、どうしてか触れられない。どうしてか壊せない。滾る欲情をぶつけてしまいたいと思いつつもそれが出来ない。


 大切な人。


 浮かぶ言葉に笑ってしまいそうになる。この世の総てが許せないと、気に入らないと思っていたのではないのかと。自分という欠落者は、心の中ですら明確に定まった意志を持てないのかと情けなくなってくる。


 亀裂が徐々に薄れていく。次第に乃愛がよく見えるようになる。


 髪はいつだって幻想的な白さで、紅い瞳は気高く可憐。華奢な体躯に豊満な曲線を描く身体は思わず手を伸ばして触れてみたくなる。そういえば触れた事があったなと、その感触を覚えている手を一瞥し、再び乃愛へ視線を向けた。


 鎖によって囚われ、泣いている乃愛が見えて、再びその視界が亀裂に覆われた。


 唇は動かず声は出ない。

 酷く頭が痛み始めたので乃愛の肌に触れた感触を知る手で頭を押さえる葵。

 見にくい視界と醜い世界。大切な人が甚振(いたぶ)られている様子は見続けるのが毒であるから、亀裂はある意味で葵の暴走を止めるのに役立った。


 ああ、しかし。しかしこの状況は何だと葵は感じる。目覚めてみればどうしてこんな事になっている。そもそもあの鎖は何だ、乃愛に纏わりついたあの醜い女は誰だ。あのデカブツは先程から何を喋っている。


 わからない。


 わからない。


 わからない。どうして世界がこんなに許せない。


 葵の頭に入り込んでくるのは無数の言葉。おぼろげに覚えている動けないでいた時の外界の言葉。自分とは関係のない会話。膨大な情報が瞬時に叩き込まれた頭の痛みは更に増していく。


 何も考えたくないとさえ思った。考えればどうにかなってしまいそうだったから、葵は考えるのをやめた。


「この女が欲しいか? ならば余を倒して見せよ」


 邪魔であるならばどうするか。そんな事はわかりきっているから。


 総てが邪魔なら、総て壊してしまえばいい。ただそれだけの事だから考える必要などそもそもなかったのだ。


 許せないなら叩き潰し、気に入らないから破壊する。当然の事で、当たり前の事で、容認する事など出来はしない。大切な人がそこで泣いている。総てを潰す事に、壊す事に、破壊し尽くす事にそれ以上の理由が必要だろうか。


 否。


 故に総てが邪魔なら総てを破壊せよ。


 何もかも、神羅万象あらゆる総ては破壊出来る。たった一つの愛する者さえ壊してしまっても、例えこの身に宿る力が愛する者を手にかけようとも、力の限り総てを破壊し尽くせ。その為の力が必要なら、その手に掴んでしまえばいいだけの事。


「…………邪魔なんだよ」


 呟き、頭を押さえていた手をダラリと下げる。亀裂で破壊するべき者は見えないが、関係ない。そもそもまずこの亀裂が邪魔だから、まずはその亀裂を破壊すればいい。


 その亀裂が世界の亀裂だったとして、どうせ壊してしまうものなのだから案ずる事はないと葵は先程下げた手にもう一度力を宿す。


 亀裂の入った物を壊す事など造作もない。


 そんなものを壊すのに何かしら道具など必要ない。


 想いのままに、ただ手を伸ばし、その亀裂に突き入れてしまえば簡単に砕け散る。


「砕け散れ」


 然り。そもそも夜坂葵という存在はその為に生まれたのだから、総てを破壊するまで止まる訳がない。

 亀裂へと伸ばした手が亀裂に触れる。ある時は届かず、ある時はナイフを突き入れようとして弾かれて、幾度となく阻まれたその亀裂の中に葵の手が突き入れられる。


『繋がった』


 刹那、葵を中心に突風が吹き荒れ、銀色の光が空へと舞い上がる。


 ヘリオスもシャーロットも、その光景をただ眺める事しか出来ない。光が放出する風という波は、シャーロットやヴァナヘイム軍を吹き飛ばしていく。悲鳴を上げるイオリアを磔にする十字架を掴んでヘリオスは踏み止まるも、その巨体すら吹き飛ばそうと風は吹き荒れ続ける。


「この光、まさか……っ!?」


 乃愛でさえ、鎖で拘束されていなければその風に吹き飛ばされていたかもしれない。目を僅かに開けているのがやっとの風と光の中で、乃愛は信じられないと言うように言葉を紡ぐ。


 乃愛は知っている。その光は魔族領域で唯一、ニーズヘッグ・ニーベルングのみが扱うものであったから。


挿絵(By みてみん)


『逢いたかった』


 聞こえた声はあの時、血の海で出逢った女の声。歓喜に満ちたおぞましい声が葵の頭の中で響き渡る。他の誰もが悲鳴を上げる中で、その声だけが頭の中に響く。乃愛の声さえ、姿さえ、今の葵は何も感じていない。


 その亀裂の先で葵が触れたのは力。


 同時に、葵に触れるは力。


 互いが互いを求め、故にそれは繋がった。


『ずっと待っていたの。だからもっと……私にもっと貴方を感じさせて』


 その言葉に応えるように、ただ無意識に、亀裂の先にある力を握り締める。握り締めた分だけ力が漲るのを感じる葵は、更に更にその力を強く握り締める。


 蒼い光が亀裂に突き入れた右手の先から葵の身体に流れ込んでくる。同時に、胸の鼓動は共鳴するように紅い光を発し、葵の身体を駆け巡る。それらは交わり、同化して、いつしか葵の黄金の瞳は真紅に変貌する。


 そして咆哮。


 流れ込む力を使い、全身全霊の叫びを以って亀裂の先より“彼女()”を引き抜いた。


 その叫びは産声。


 総てを破壊する為に、ありとあらゆる法則から愛する人を守る為に、不死の随伴者は今宵ここに覚醒を遂げる。

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