後日談
結局。
黒騎士からリチャードを助け出すことには何とか成功。方法はリチャードが言っていた、黒騎士を遠くに吹っ飛ばしてその隙にとんずらした。
ノアは少し探して見たが、当然見つからなかった。だが『ブラックダイヤ』に戻ったという話も聞かない。
リチャードは黒騎士との戦闘の傷が深く、数か月は安静にしなければならないとのこと。
そして『ライオンキングダム』には新たに一匹が加わった。
俺の傍にいつも引っ付いている、白狼だ。
この白狼、正体はお察しの通りテレーゼだ。俺の魔法により、現実として侵食させた部分。
とはいえテレーゼが死んだことに変わりはない。俺は世界に対する上書きはできても、起きてしまった事象、結果に対しては干渉できない。
上書きというよりは、絵に近いかもしれない。
死として消されたテレーゼという人間。俺は新たにテレーゼという人間を白狼としてこの世界という絵画に描き出した。
上書きというよりも挿入、かもしれない。
まぁ、いろんな定義ができるけれど。
要は起きてしまったことに対する変更はできないが、新たに創りだすことはできるということだ。
まだまだ謎が多い魔法だし、いろいろできることは多いのだろうけれど。
「君は、結局何を求めたのだ?」
ベッドに包帯ぐるぐるで横たわるリチャードに、そんな質問を受けた。
俺は脇の椅子に座り、腕を組んで考える。
「世界の改変?」
「また盛大だな……」
「でも、それくらいのことができる魔法ですよ」
「それはそうだが」
リチャードはうむむと唸る。
俺は隣で丸まっている白狼を見て、ついで窓の外を見る。
「団長」
「ノアを追うのか?」
「……追いたいです」
どうやら俺の目的はお見通しらしい。
ノアはあれ以来この街での目撃がなくなった。『ブラックダイヤ』に戻っていないのだから、当然っちゃ当然なのだが。
でも、俺はあいつを追わないといけない気がする。
あいつが、この世界の核心に一番近いからだ。
俺が何をするにしても、この魔法には、この異世界転生には、何か意味があるのならば。
それを知っているのは、おそらくノアだろう。
「ノアの情報は一切ない。それでも追うと?」
「はい」
神の子。
異世界転生。
魔法。
いろんな謎めいたワードがあるけれど。
すべての答えを知っているとすれば、答えに近い存在はノアだ。
「……そうか。まぁ、止めはしないさ」
「ありがとうございます」
「ただ、君はそれでノアに勝てると思っているのか?」
「え?」
ノアに勝てるか、だと?
いや、実際勝ったし。勝てるんじゃないのか?
「君の話を聞く限り、完全に不意打ちだし、真っ向勝負の正面衝突というわけでもあるまい。対策を打たれれば、というか、次はおそらく負けるぞ」
「…………」
返す言葉もない。
確かに勝ったのは、白狼のテレーゼがいてくれたからというのもある、か。
ノアにテレーゼの存在がばれている以上、次も同じ手が使えるとは思えない。
「――聖都へ行け」
「え?」
「聖都だ。地図はエレノアに用意させる。そこに行けば、多少はマシになるだろう」
聖都? どこだそれは?
俺が疑問符を大量に浮かべていると、リチャードは説明をしてくれた。
「聖都は騎士の集まる都市だ。そこではギルドの代わりに騎士団がある。騎士団が都市を支配している。そこに入団すれば、訓練をしてくれる。そうすれば多少なりともマシになる」
「はぁ……剣、ですか?」
「そうだ。いつまでも無手では、限界が来るぞ。魔術も教えてくれるし、悪くないと思うが」
「……まぁ、行くあてもないので次の目標としてはアリかと思いますが」
「では、そのようにしろ。何、騎士団にも知り合いが数人いる。そいつらに手紙を用意してやる」
「ありがとうございます」
「ただ、騎士団の入団テストはどうあっても受けねばならん。多少甘くはしてくれはするかもしれんが」
入団テスト。内容はその時々で変わるらしく、リチャードにも詳細はわからないらしい。
ふうむ。
ノアの情報はないし、聖都は聞いた感じ大きい都市のようだし、次の目的地としてはアリだ。
「では、そのようにします」
「わかった。手紙は用意しておく。また取りに来てくれ」
そういわれ、今日のところはリチャードの部屋を出た。
一緒に着いてきたテレーゼに俺は視線を向ける。
「テレーゼ、お前はどうする?」
テレーゼは、白狼は首を傾げる。
「この街は出るんだが、ついて来るか? それとも……モニカと残るか」
白狼はモニカという言葉に反応して、俯き加減になる。
モニカは、今エレノアのところにいるはずだ。
テレーゼが死に、俺もいなくなるとなればモニカはおそらくギルドに預けることになるのだろう。リチャードはもうそこは割り切ってくれている。世話はエレノアが買って出てくれたようだし。
だから、出ても問題はない。
けど、テレーゼはどうなのだろうか、と。
だってこれまで、テレーゼはモニカのために生きてきたのだから。モニカがいたから、腐らずに生きてこられたのだから。
テレーゼは悩む素振りをみせるが、やがては俺の足にすり寄った。
「ついて来るのか?」
問いに、白狼は頷いた。
今までずっと一緒に過ごしてきた妹を残し、街を出ることを決断した。
俺はその決断がどれほど思いものかはわからない。でも、白狼の眼に迷いは見られない。
「……わかった。お前がそれでいいなら、何も言わない。一緒について来て」
白狼は力強く頷いた。
翌日、エレノアに聖都への地図、それと旅に必要なものを受け取り、俺と白狼は街を後にした。
騎士団が支配するという、聖都目指して。




