世界を導く魔法』
目を覚まし、起き上がる。
「お、やっとやる気になったのかい?」
「シシド、無理をするな。全力で逃げれば――」
「誰が逃げるって?」
リチャードの背後から、黒騎士が現れた。
黒騎士はリチャードの頭を引っ掴むと、そのまま全力で前へとぶん投げた。リチャードは為す術なく飛んでいく。
「ぐっ……貴様……!」
「君は私とのお遊びが終わってないだろう?」
「あーあ、団長ブチギレだよ。どうするのさ。収拾に時間かかるのに」
「そうかからんさ」
俺はにやっと笑ってノアを見る。
「……何、もしかして魔法が使えるようになったとか?」
「そうだよ」
「それは好都合。さっさと殺して――」
「これが俺の魔法『幻想世界』」
ノアが動く前に、俺は魔法を使う。
ステータスを確認しなくてもわかる。MPが減った。たぶん一般人からすれば一発でゼロになるんだろうけど、俺はそうではない。
そして魔法が発動する。そこは草原が広がる世界だった。
「ふうん、君の魔法は幻覚系か。珍しくはないけど……ここまで変えちゃうのは初めて見る」
ノアが感嘆したようにつぶやく。
「で、これでどうしようっての? 見たところ、魔法が封じられているようでもないし」
「んー、と。これは幻覚系の魔法じゃない」
ノアは俺の『幻想世界』を誤認している。
これは幻覚なんかじゃない。
これは俺の幻想。
幻想の世界。
リライトした世界。
それがどういう意味か。
どういう意味を持っているのか。
簡単だ。
『世界をより良い世界へ導く魔法』
俺がより良いと思う、世界へ。
上書きする。
幻想によって、捻じ曲げる。
「俺の幻想が、現実を侵食する」
この草原。
この空。
そして――白狼。
ノアの背後から音もなく迫っていた白狼が、いきなり襲いかかる。
噛みつかれる寸前、ノアは気付いて咄嗟に身を倒した。
白狼は勢いのままノアを飛び越える形になったが、軽くステップを踏むようにして俺の傍まで来た。
「な、何だそいつ……! 魔物か……いや、にしては賢すぎる」
「魔物じゃないよ。元は、人間」
「人間……? 元は……?」
ノアは俺の返しを理解できないのか、動揺を隠せないでいる。
白狼に襲いかかられた瞬間、ノアは初めて死を実感したのだろう。その影響が、抜けていない。
初めての経験と、理解できない言葉に、動揺してしまっている。
「ここからは、俺のターンね」
俺は白狼とともにノアに向けて駆け出す。
ノアは座り込んでいたが、慌てて立ち上がると背後にいくつもの魔法陣を展開した。
それらから射出された魔術を、俺は掻い潜ってさらに接近する。
魔法陣では止められないと判断したノアはすぐさま魔法を切り返る。おそらく『平等主義』だ。
「お前の定義する一般人とは何か」
「なに――?」
「それは、この世界の他人だ」
ノアの認識する世界の他人。自分とは違う人。日常生活を送る人。その世界の、住民のこと。
だが、しかし。
この世界。俺が創った幻想世界の一般人など。
この世界に住民は、俺とお前、そして白狼だけだ。
「残念だが、効果無しだ」
この世界で『平等主義』は通用しない。
なぜなら一般人は、俺になるからだ。俺のステータスに変動はなくなる。
握り締めた拳で、ノアの顔面を殴りつける。
5メートル飛んで、地面を転がる。そこに白狼が襲いかかる。
喉笛へと噛みつこうとした瞬間、ノアは悲鳴を上げた。
白狼は、噛みつく寸前で口を止めた。
「お前は、その声を一体どれほど聞いてきた?」
「はっ……はっ……!」
「死の恐怖を、忘れていたのか?」
「うるさい……! 黙れ……ッ」
「では、死ね」
白狼が噛み砕く。
皮を裂き、肉を噛み血管を千切る。
ノアは、声もなく絶命した。
「――はっ!?」
風景はもとに戻り、地下の空間へと戻っている。
残っているものは、俺の傍にいる白狼のみ。
「どうした、ノア。死の恐怖は思い出せたか?」
「お前……ッ! 何をした!?」
「言ったはずだ。俺の幻想が、現実を侵食する。つまり――侵食させるもさせないも、俺のさじ加減一つ、ってことさ」
「何、だと……」
「お前にはいろいろと聞きたいことがあるし、今殺すのは勿体ないと思って。それにうちの団長もどうにかしなきゃいけないし」
「交渉に使う気か……」
「俺の幻想は未だ俺の手の内にある。その気になれば、殺せるかもな?」
ノアは俺の脅しに、一瞬だけ体を強張らせる。
「さ、あんたんとこの団長連れてさっさと――」
「嫌だね」
リチャードが吹っ飛ばされたほうへと顔を向けた隙に、ノアは俺の言葉にそう返した。
顔をノアの方へと戻すと、そこにはもうすでにノアはいなかった。
「殺されなくて良かった。殺されなければ、どうとでもなる」
「…………」
「それじゃ、僕はこれで退散させてもらうよ。今の君とやるのは分が悪いようだ」
ノアの声だけが聞こえる。
「では、良い第二の人生を、シシドくん」
無理をしているとわかる、そんな高笑いとともにノアは完全に消えてしまった。
俺は先ほどまでノアがいた場所を眺めていたが、やがて一つため息を吐く。
「……行こうか」
白狼にそう言い、俺はリチャードの元へと走った。




