上書きして
ノアは軽く飛び上がると、頭上から俺へと持っている杖を振ってきた。
俺はその攻撃を、腕をクロスさせて防御する。杖が当たるが、そこまで痛がるものでもない。
「さすがに硬いな。君のステータスが気になるところだ」
「お前とそう変わらねえと思うけど」
ノアはすぐさま俺から距離を取ると、杖を一回転させた。
すると、ノアの背後に大量の魔法陣が展開された。そこからいろんな色――属性の魔法を発射してきた。
俺はそれを躱しながら、一つに手を突っ込んでみる。
突っ込んだのは炎の球。一番わかりやすく、一番早く効果がわかるから。
結果、俺は50度のお湯に手を突っ込んだ感覚がした。手を抜くが、軽く焦げただけで火傷を負った様子もない。
「へぇ。すごいね。そんなことしようなんて、普通は思わないけど」
俺の行動にノアは驚嘆したようにつぶやく。
だが、俺のステータスがあればこれくらいの無茶はできるだろうに。
……もしかして、俺ほどのステータスはないのか?
転生者によってステータスが違うのだろうか? 確かにこちらの世界の人からしてみれば、俺のステータスは異常だし、ノアも神の子と言われるほどに突出したステータスではあるのだろうけど。
けれど、転生者によって、その人の努力によってステータスが変わるのだとすれば?
しかし、だとしてもそれを実証する術はない。
ノアへ何度か攻撃を加えているし、それでもピンピンしているのは俺の攻撃力がノアの防御力に匹敵あるいは劣っているからだろう。
「ごちゃごちゃ考えている暇なんてないんだよ!」
ノアが追加で魔法陣を展開する。
とりあえず、ステータスの実証は後にしよう。今できることでもない。
今は、ノアを排除することを考えて動こう。
炎の球がお湯程度の感覚ならば、他のも大して変わらないだろう。
そう判断し、俺は回避も防御もせずにノアへと突っ込む。
「――っ!」
「吹き飛べ」
握りこんだ拳で、ノアの顔面をぶん殴った。
骨が砕ける感触がした。そしてノアの身体は簡単に吹き飛んで行った。
まともに入ったのは初めてか? でなければ、前にも骨が砕ける感覚があってもいいはずだ。
それとも人を殴ることに抵抗して自分で無意識に制御していたのか。
どちらにせよ、日常生活を送るうえではこの異常なステータスは厄介だし、制御できた方がいいのだが。
周りを見ると、ノアが展開していたはずの魔法陣が一つ残らず消え去っていた。魔法も同じだった。
倒せた、のだろうか。死んではいないはずだ。こんなもので神の子が死ぬなんて拍子抜けだ。
だが、わざわざ復活を待ってやる義理もない。
俺は一息つくと、体を反転させて歩き出した。直後、背後から轟音が響いた。
「いったいなぁ……よくそんなステータスで人をぶん殴ろうって思えたもんだ」
振り返ると、鼻のあたりを押さえてノアが立っていた。
だが、鼻の形はちゃんとしている。骨が砕けた感覚は気のせいだったのか?
それでも、ノアの鼻の下には血の跡が残っている。
「まぁいいや。お手本を見せてあげる」
そういうと、ノアが地面を蹴った。
次の瞬間には目の前に接近していた。
「――は?」
「こんな光景初めてだろう?」
ノアの気味の悪い笑み。そして俺の体は宙を舞っていた。
地面をごろごろと転がる。ノアに殴られた腹はこれでもかってくらい痛みを主張するが、転がった際の痛みは何ともない。
どういうことだ?
「魔法。『平等主義』簡単な話、君のステータスはこの魔法をかけている間だけ一般人と同等だ」
「……のわりには、殴った直後にしか効かないみたいだな」
「……チッ」
ノアが悔しそうな顔をする。
どうやら『平等主義』という魔法、効果範囲がとても狭いらしい。
「まぁいいさ。こんなもの、数あるうちの一つにすぎないんだから」
ノアの言葉。それでは魔法をいくつも持っているといっているようなものではないか。
俺の認識が違うのだろうか。俺が魔法を手に入れた際、魔法は一人一人特注のようなものだと思った。
一人一つ、そう思っていたのだが、違うのだろうか。
魔法が複数あるのならば、納得いくこともある。先ほどの骨の砕ける感覚、あれは気のせいではなく、ノアが魔法で治したと思っていいのではないだろうか。
「そんなはずはない」
突然、新しい声が聞こえた。いや、この場にて新しい声、だ。
俺はその声を知っている。この街の誰もが知っている。
うちの団長、リチャードだ。が、その姿は傷だらけでとても加勢はできそうにない。
「あれ、うちの団長倒したの?」
「吹き飛ばしただけだ。倒せなかったからな」
リチャードでも黒騎士は倒せないのか。
それよりも、いきなり他人の会話に混ざってきていきなり否定するなんてどういうことだろうか。
「ノア、貴様の言葉は魔法が複数使えるように聞こえる。だがそんなはずはない。魔法は一人一つ。魔法は病と同じでいつかなくなるものであり、病の併発はしない」
「……どうしてこっちの世界の一般人がそんなことを知っているんだい?」
「こっちの世界の人間ではないとしたら?」
うん?
リチャードも異世界人ということか?
でもそんな素振りもないし……まぁ、こっちに来て一年も経ってない俺が何か言えた義理ではないか。
「……嘘だね。どこから、誰から聞いたの?」
「誰だと思う」
「面倒な奴」
ノアが手をかざす。するとノアの背後に大量の魔法陣が展開される。
「シシド、これも魔法だ。魔術は基本一つの属性しか使えない。そして詠唱の無い魔術もあり得ない」
「悠長に説明している暇あるのかい?」
魔法陣から魔術が射出される。
そしてリチャードがいた場所へと殺到し、破壊と砂煙が上がる。
「……君の敏捷性には舌を巻くよ」
「そうか」
リチャードに直撃する寸前、俺はリチャードを引っ掴んで回避した。
「筋力と敏捷性は同時には伸びないはずなんだけどね」
「そうなのか」
だが、俺のステータスはすべてカンストだ。伸びるも伸びないもない。それ以前の話だ。
しかしまぁ、どうしたものか。
魔法は確かにこの世界ではとても便利なものらしい。それは常人からすればチート並みなのだろう。
ノアは、それをいくつも持っている。現状で判断する限りは。
まさにチート。ここからどうやって倒しにかかればいいか。
「……ああ、なるほど」
「何?」
「いや。お前、随分と粋がる――調子乗ってるけど、結局魔法一つしか使えないんだろ」
「――ッ」
俺はこれまでのノアの行動を思い返した。
ノアはよく魔法陣の展開――魔術の同時複属性の発動を使う。一番汎用性が高いのだろう。
だが、俺がノアの顔面を殴って吹っ飛ばした際、ノアはすぐに追撃しなかった。傷を治す魔法を使っていたからだ。
そして次に、魔法『平等主義』を使った。その時も、普通に殴った。
ステータスが一般人並みになるのだとすれば、ギリギリ効果範囲に俺をいれて魔術の同時展開をした方が確実に殺せたはずだ。
なのにそれをしなかった。
殺すに値しないと判断しているからか? その割には随分と本気のように見えるが。
「あんたの最初の魔法が、複数の魔法を使えるものであって、それによって手に入れた魔法はどうしても同時発動ができない。結局、一度に使える魔法は一つだけ」
「……すごいね、正解だよ。でも、それがわかったところでどうしようってのさ? 残念だけど、その魔法の切り替え時の短い隙を狙おうってなら諦めな。一つだけ選択していれば、隙なんてない」
「ん、いや、俺はただ疑問に対する推測を口にして正解をもらっただけだ。対策なんてないし、だからどうしようってこともない」
「――っとにムカつく」
「しいて言えば、その表情が見たかった」
俺の挑発に乗って顔を歪め、醜いその表情が。
「いい加減くたばれ」
ノアが一気に距離を詰めてきた。
魔法陣の展開ではない。これは『平等主義』だろう。
当たれば不味い。だが、すでに魔法の有効範囲なのか、自分の身体が上手く動かない。
ノアの一撃が飛んでくる。俺にできたのは、体を引いてダメージを少しだけ逃がすだけで、宙を舞う。
「僕が筋力特化じゃなくて良かったね、おかげで死なずに済んでる」
筋力特化だ? それはどういう意味だ。『平等主義』は、術者も対象とはならないのか?
だとすれば、とてもではないが勝てないぞ。
いや、当たっても吹っ飛ばされるだけならばまだ何とかなるのか?
どちらにせよ、ノアの魔法をどうにかしない限り勝てやしない。
……ん、あれ?
どうして俺はこんな勝負に乗っているんだっけ。
確か、ノアが気に食わないから……なのはわかるんだけど。
命張るほどのことか?
どうして俺は、逃げない?
まぁ、まぁ。
まぁ、生きていたってどうしようもないからってのはあるか。
死にたくて自殺したわけで、ここに来たのはただの偶然で。
別に生きたいわけではない。
対価に対する成果が欲しかったわけでもない。
ただ、生きているのに疲れたからじゃなかったっけ。
どうして俺は、まだ生きているんだっけ。
どうして俺は、勝とうとしているんだっけ。
安っぽく誰かのためだというのならば。
唯一の、その対象となるべく存在だったテレーゼはもういない。
そして彼女も敵討ちを望む性格でもないだろう。
どうして俺は、まだ戦っているんだっけ。
「……そろそろ舐めるのもやめてくれないか? 君も魔法を使えるんだろう? どうして使わないのさ?」
吹っ飛ばされて宙を舞って墜落して寝転がって、その間ずっと考え事していたらノアからそんな言葉が飛んできた。
魔法。
そういや、俺も魔法を使えるんだったな。
でも、あれ?
俺は魔法の使い方なんて知らないな。
念じればいいのだろうか。『幻想世界』! って。
うぅん、なんか違うな。発動しないし。
そもそも効果もわからないものを使うなんてしたくないんだが。
「魔法を取得しているのは知っているんだぞ。使うなら早く使えよ」
「無理だ」
ノアに答えたのは、俺ではなくリチャードだった。
彼は立っているのもやっとの姿で、ノアと相対していた。
「魔法は、結果を残すための力だ。結果を求めないシシドに、魔法は使えない」
「そんなことないだろう? 誰しも結果を求めるはずだ。いくら過程を重視する世界だと言っても、それは変わらないはずだ」
「では、どうしてシシドは魔法を使えない?」
「使わないんだろう? 僕は知っているんだ。彼が魔法を持っていることを」
「それも魔法か?」
「そうさ」
そうか。
ノアは魔法で魔法を持っているかどうか判断できるのか。
それ、超絶いらなくない?
まぁ、魔法を奪えるノアにとっては必須級のものなのかもしれないけど。
それにしても。
魔法は結果を残すための力、か。
確かにこの世界に来る際の謳い文句は努力が報われる世界、だっけか。
その謳い文句。
どうもどうやら、異世界の人間にしか通用しないらしい。
でなければ。
あんなに生きる努力をしていたテレーゼが、こんなに簡単に死んでいいはずがない。
努力が報われていないではないか。
神様もどうやら、この世界の住人の生死に興味はないらしい。
「仮にそこの獅子頭の話が本当だとして、君には生きるという結果すら求めないのかい?」
「自殺した奴が生きる結果を求めるかよ」
「そうか。どうやら僕とは価値観が違うらしい」
「価値観が同じ他人なぞいやしねえ」
俺は、どうすべきだろう。
このままリチャードを放って全力逃走するのもアリだ。
このままノアに殺されるのも当然アリだ。
生きるも死ぬも興味がない。
死んでいるように生きているのだから、変わりはしない。
それでも。
それでもなお、名残惜しいというように。
死にたくないと叫ぶように。
生きて欲しいと叫ばれるように。
彼女――テレーゼの顔が浮かぶ。
その瞬間、世界が変わる。
今まで地下空間にいたはずなのに、突き抜けるような青空が広がった。
周りは見渡す限りの草原へと変わる。
そこに、一匹の白狼が現れる。
その白狼はゆっくりと俺へと近づいてくると、懐くように頭をこすりつけてくる。
そしてスマホの通知音が鳴り響く。
画面を見れば、そこには『アプリの更新をしました』と表示されていた。
ロックを解除し、更新されたアプリを確認する。それは魔法をインストールした際のものだった。
タップして開くと、『幻想世界』の詳細が記されていた。
『「幻想世界」の評価:A++ この世界をより良い世界へ導くための魔法』
一言。
たったそれだけだった。
でも、どういうものかは理解した。理解していた。
俺は頭をすりつけてくる白狼を優しく撫でる。
「――そう」
俺の目指すべき結果は、ここか。




