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全てはエロスのために-2

「またか」


 埼玉県警生活保安部・サイバー犯罪対策課の兵藤刑事は、通報を受けるなりそんな言葉を漏らした。


「無修正の成人向け漫画が公開されている」


 そんな一報を受け取った兵藤は、部下と共に刑法第175条第1項、わいせつ電磁的記録の疑いでその事件の調査を始めた。

 頒布場所は容疑者の個人サイト。近年だと自主規制によりめっきり数を減らした大規模サイトでの頒布ではないことに、兵藤は眉を寄せた。

 しかし、二人は早速壁にぶち当たる。


「……アクセスできません」


「なに? サイトを消去して夜逃げしたか?」


「いえ、厳密にはアクセスできそうなんですが……マイナンバーによる年齢認証が必要みたいで」


 年齢確認だと? しかもマイナンバー?

 この手のサイトは大抵、ガキでも「ENTER」を押せばアクセスできてしまうほどのガバガバ管理というのが定番だが、このサイトはその何段階もアクセス条件が厳しい。

 マイナンバーは偽造困難、このような顧客を減らす策に出るからには、容疑者には何か意図があるのではということを肌で感じ取る。


 唾を飲みながら、ポケットの折りたたみ財布からマイナンバーカードを取り出す兵藤。

 部下のパソコンと捜査用端末に接続されたカードリーダーへ、兵藤は公的個人認証用のカードを通し正面突破する。



 だが、先の年齢確認の厳重性を遥かに凌駕する光景が二人の眼に飛び込む。


 サイトに入って始めに表示されたるは、赤く、大きな文字で書かれた「宣戦布告」の文字。

 その下には、容疑者の声明文が長々と書き連ねられていたが――その内容は、最後に幾つかの文に集約される。


「実在人物は登場しません。児童、盗撮、不同意、流出、脅迫、暴力、搾取は一切ありません。それでもなお、これは犯罪なのかを私は問います。そして簡潔に、はっきりと述べます」


 兵藤は息を飲み、その一文を読み上げる。


「私は、刑法175条の解体を求め、表現の自由を求め、法廷で争うことをここに宣言します」

 

 ――刑法第175条とは。要は「いかがわしいわいせつ物の存在を許さない法律」である。

 しかし、世の中にはポルノなど溢れかえっている。だからこの法律は存在しないのと同じ……ではない。

 わいせつ物の定義、が非常に柔軟に定義されているのだ。


 ある事例ではそそり立つタケノコへの黒い海苔だけで許され、ある事例では対象全面へ磨りガラスを掛けても許されない。

 そんな運用体制がガバガバで恣意的にもほどがある法律がなぜ残されているのか。

 理由は単純、便利だからである。


 児童ポルノ、リベンジポルノ、性的不同意を伴う撮影。

 全ての事案において調査する時、この運用体制がガバガバな法律をエッセンスとして加えることで、その調査の確実性は数段上昇する。

 なぜならば、仮に動画や写真における局部が黒塗りで塗られていたとしても、児童ポルノ禁止法などの疑いに加えて「これはわいせつ物頒布等罪の疑いがあるな」としておけば、とりあえず容疑者を調査の場へと引きずり出すことが可能だからである。


 兵藤もまた、そうした運用の中で幾つもの事件を処理してきた。

 児童ポルノ、盗撮、リベンジポルノ。本命の罪名が別にあっても、刑法第175条が捜査の足場として機能する場面は少なくなかった。

 

 

 だが、今回の案件はそれらとは根本から異なる。

 未成年、盗撮、不同意、流出。

 脅迫、暴力、搾取全て無関係かつ誰の社会的地位をも損ねない架空の人物で構成された漫画作品。


 彼はその声明からも分かる通り、文字通り刑法第175条のみへ対象を絞り喧嘩を売ったのである。

 しかも、警察や検察は175条という正当性も信頼性も低い、それ一本で戦えるかが未知数にも程がある武器で戦うことを強制されていたのだ。



 そう、兵藤は堀野(ほるの)が仕掛けた罠へ嵌められていたのだ。

 

 厄介な事件を割り振られたことを自覚しつつも、苦笑する兵藤。

 彼は部下へ、一つ声を掛ける。


「なあ、巡査どの。これはなかなか大変な仕事になりそうだぞ」


 この事件が最高裁へもつれ込むことに、兵藤はもはや疑いの眼を持たなかった。

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