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第十二話(最終話)影に生き、影に還る

朝が、訪れていた。




 あれほど荒れ狂っていた夜が嘘のように、空は静かに澄んでいる。


 焼け焦げた大地の中で、ただ一人――




 影丸は立っていた。


 その足元には、二つの影。


 ひとつは、すでに動かぬ男。




 服部半蔵。


 もうひとつは、静かに寄り添うように膝をつく女。




 お凛。


「……終わったのね」




 お凛が、ぽつりと呟く。


「ああ」




 影丸は短く答える。


 だが、その声には、何もない。




 喜びも、安堵も――何も。


「……本当に?」


 お凛の言葉に、影丸は目を伏せる。


「……あいつは言っていた」


 ゆっくりと、言葉を紡ぐ。


「“力はまた生まれる”と」


 沈黙。


「なら……終わりじゃないのね」


「終わりじゃない」




 影丸は頷く。


「だが――」


 視線を落とす。




 半蔵へ。


「一区切りだ」


 静かな言葉だった。


 風が吹く。




 焼けた匂いを運びながらも、どこか優しい風。


「……ねえ」




 お凛が、そっと口を開く。


「これから、どうするの?」


 影丸は、答えない。


 ただ、空を見上げる。


 青く、どこまでも高い空。


「……忍は、影だ」


 ぽつりと呟く。


「人に知られず、生き」




「人に知られず、死ぬ」


 その言葉に、お凛の目が揺れる。


「……それが、忍」


 影丸は、ゆっくりと半蔵の傍に膝をつく。


「半蔵様は……最後まで、それを貫いた」


 静かに、その手に触れる。


「だから――」


 顔を上げる。


 その目には、もう迷いはない。


「俺も、そうする」


「……影丸」


「だが」


 影丸は続ける。


「ただの影では終わらない」


 その言葉に、お凛が顔を上げる。


「選ぶ」


「この力も」




「この生き方も」


 拳を握る。


「全部――俺が決める」


 沈黙。




 そして。


「……そっか」


 お凛が、微かに笑う。


「それなら……いい」


 立ち上がる。


「私も行く」


「……お凛」


「だって」




 少しだけ、困ったように笑う。


「一人じゃ、また迷うでしょ?」


 一瞬。




 影丸の表情が、柔らぐ。


「……ああ」


 短い返事。




 だが、それで十分だった。


 風が吹く。


 その時だった。


「……行くのか」


 かすかな声。


 二人が、同時に振り向く。


「……半蔵様!?」


 微かに、目が開いていた。


「……まだ……死んでは……おらん……」


「無茶です……!」




 お凛が駆け寄る。


「黙れ……」




 半蔵は小さく笑う。


「少し……話すだけだ……」


 影丸が、静かに近づく。


「……影丸」


「はい」


「よく……戻ったな……」


 その言葉に。




 影丸の目が、わずかに揺れる。


「……あなたが……戻してくれた」


「違う……」


 半蔵は、ゆっくりと首を振る。


「お前が……戻ったのだ……」


 沈黙。


「……忘れるな……」


 その声は、かすれていたが――強かった。


「忍とは……技ではない……」


「……はい」


「意志だ……」


 その言葉が、深く刻まれる。


「どう生きるか……」




「何を守るか……」


「それを……決めるのは……お前だ……」


「……はい」


 影丸は、強く頷く。


 半蔵は、満足そうに目を細めた。


「……行け」


 その一言。


「影として……」


 そして――


 静かに、目を閉じた。


 今度こそ、本当に。


 風が吹く。


 長い、長い戦いの終わり。


 影丸は、ゆっくりと立ち上がる。


「……行こう」


「ああ」


 二つの影が、歩き出す。


 光の中へではない。


 影の中へ。


 だが、その歩みは――確かだった。


 影に生き、影に還る。


 それでもなお――


 その影は、確かに“意志”を持っていた。

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