オバサンの周りはなにかと慌ただしい 2
次の日、私は早朝からそわそわしながら学園からの手紙が届くのを待っていた。
絶対に大丈夫って信じていても落ち着かないものよ。
朝食が終わっても自室に帰らず、家族用の居間で待っていたら、意外と早く執事が手紙を持ってきてくれた。
「お嬢様、届きましたよ」
「もう!?」
時計を見たら、まだ午前九時前よ。
貴族街は学園から近いお陰もあるんでしょうけど、朝早くからお仕事をしてくれている人がいるってことね。ありがたいわ。
恭しくトレイに置かれた封筒は書類も入る大きなサイズで、そして分厚い。
合格通知って開けなくても合否がわかるよね。
受かった時には入学に必要な書類や資料がはいっているんだもん。
「やったー、ありがとう」
一安心して封筒を抱きしめていたら、
「開けなくていいの?」
いつの間にかギルバートが部屋に来て冷静な声で聞いてきた。
「こんなに厚いんだから合格でしょ」
「そうとは限らないんじゃないかな。まだ入学試験は何回もあるんだから、落ちた人には次の試験の日程の紙や申込用紙が同封されているんじゃない?」
「あ、そうかも」
この国の学園は飛び級するのが当たり前だから、試験が何回もあるんだった。
入学試験は来年の二月まで、計四回も行われるのよ。
最後のほうは飛び級のための試験を受ける生徒のほうが多いんだけどね。
「心配だから開けよう」
「普通はすぐに開けるよ」
うるさいわね。
最近、生意気になってきたんじゃない?
私がうっかり何かやらかすと思っているでしょう。
「ほら! やっぱり合格じゃない!」
「それは疑ってなかったよ。ちゃんと確認しろって話じゃないか」
「ふん。……次の試験は二か月後ね。うは、一年で卒業するための試験のスケジュールと必須科目一覧なんて用紙があるわ。こっちは三年で卒業したい人の予定表ね」
「見せて」
ギルバートは三年卒業を目指しているのよね。
商会をやる人間としては、学園で知り合いを増やしておくのは大事よ。
「すみません。シェリルがどこにいるか知ってますか?」
お、ユーインにも通知が届いたんじゃない?
廊下から彼の声が聞こえてきた。
「ユーイン、ここよ!」
ソファーに座ったまま大声で答えたら、書類を見ていたギルバートが目線だけこちらに向けて睨んできた。
はいはい。御令嬢が大きな声を出したら駄目なのよね。
「姉上、学園ではおとなしくしていてよ」
「今でもおとなしいでしょう。女の子たちみたいにきゃぴきゃぴしていないわよ」
「きゃぴきゃぴ?」
ゲームの影響の強いこの国はオノマトペが豊富なのに、きゃぴきゃぴはないのか。
「ここか! 合格してたぞ!」
部屋に飛び込んできたユーインは、朝から嬉しさ全開の爽やかな笑顔で眩しいくらいよ。
でもね、彼をイケメンだなと思うたびに、彼に似ている私も可愛いんだって暗に言っている気がして複雑な気分になっちゃうわ。
「おめでとう。私も無事合格したわ」
「おめでとう! シェリルは絶対に受かると思っていたよ」
「次は二か月後ね」
「あ、俺はそれは受けないんだ。引っ越しや新居での生活の準備で忙しくなるだろう? だから次はパスするよ」
引っ越し……大公領に屋敷を建てるのよね?
そんなすぐには引っ越せないでしょう?
「いつまでもここにお世話になるわけにはいかないだろう。同じ年頃のお嬢さんもいるわけだし」
「お嬢さん……」
私が訝しげな顔をしていたので説明してくれるユーインに、ギルバートが余計なツッコミを入れてくる。
私がお嬢さんで何かおかしい?
「だからしばらくは賃貸物件に住むことにしたんだ。王弟殿下が不動産屋を紹介してくださったんで、今日これから家族で選びに行くんだ」
「わかってはいたけど、王弟殿下って本当に世話好きね」
「ありがたいよな」
バルナモアに住むことになったユーインも、無事に王弟殿下の守護対象になったってことね。
これでバイロン一家はアードモア国王を恐れなくてよくなって、ひとまず安心だわ。
問題はアシュベリーの今後の出方だけど、祖父母が泊まり込んで屋敷内の改善と領地経営の見直しをやるそうだから、しばらくはおとなしくしているでしょう。
本当は祖父母には少しはゆっくりしてほしいんだけどね。
仕事があるほうがふたりとも生き生きしているってお父様も話していたし、大丈夫でしょう。
「住む場所が決まったら遊びに来いよ」
「うん。大公領がどんなところか見に行きたい」
ギルバートとユーインはもうすっかり仲良しね。
「いずれ姉上は大公領で働く予定なんで、気になっていたんだ」
「ん?」
「そうだよな。父上が言うには大公領で一番大きな町の中心に、いろんな役所が集まっている一角があるんだそうだ。たぶんシェリルはそこで働くん……」
「ちょーっと待った!」
テーブルにバンっと音を立てて手をついた。
「私はまだ大公領で働くって決めていないわよ!」
「えー」
「姉上……」
なんでふたりして呆れた顔をしているのよ。
国家公務員を目指しているって言っているでしょ?
そりゃ第一王子に会ってしまう危険が今後は増えていくでしょうから、早めに避難したほうがいいのはわかっているわよ。
王弟殿下がいなくなったあとの王宮の力関係が、どう変化するかわからなくて不安もあるけど。
「一度私も行ってみて、職場の雰囲気や仕事内容を確認してから決めるわ」
「それって贅沢だってわかってる? 普通は大公領の役場で仕事ができるって聞いたら、もっとありがたがるよ。王宮は今後跡継ぎ問題で面倒ごとが増えて、まきこまれたらまずいよ」
「ギルバートってしっかりしているんだな。俺よりずっと大人だ」
「姉上がそういうところは無頓着だから心配なんだ」
無頓着じゃないわよ。私なりに悩んでいるわ。
九歳の男の子に心配されるって、中身の年齢的に複雑な気分よ。
でも、せっかく仕事ぶりを認められて、いろんな部署のお手伝いも出来るようになったのに、第一王子のせいで仕事を続けられないなんて悔しいじゃない。
もしかしたら、私に会っても全く関心を示さない可能性もあるでしょう?
ユーインだって会うまではヒロインと付き合いたいって言っていたのに、今では全く関心なさそうよ?
第一王子もヒロインと何度も会って話をするうちに惹かれていくって聞いているから、きっと話をするうちにこいつは何か違うって気付いてくれるって、甘い期待かもしれないけどその可能性もあるじゃない。
「じゃあ俺は出掛けるから」
「僕も忙しい父上の代わりに商会に行くことになっているんだ」
「アシュベリーのタウンハウスは売れそうなのか?」
「場所がいいから大丈夫じゃないかな」
ふたり揃って退場して、私ひとりが残されてしまったわ。
いえ、私だってギルモアとフェネリーの大伯父様に合格の報告に行かなくちゃ。
「え? ふたりとも王宮に行っているの?」
出かける準備をしていたのに、ふたりとも忙しくて今日は時間が取れないらしい。
王宮にいてくれれば少しは会えると返事に書かれているけど、それはさすがに迷惑でしょう。
両親もギルバートも仕事に行ってしまって、セリーナはお友達のお茶会に参加するとかで準備中。
私だけ予定なしか。
受験勉強をしていたせいで、こういう日がけっこうあるのよ。
もともと行動範囲が狭いし、友達が少ないからね。
なんて暗くなっている場合じゃないのよ。私にだって他にもしなくちゃいけないことがあったわ。
アレクシアに新しい護衛を紹介しつつ、今までの感謝を伝えないといけないじゃない。
王弟殿下には合格を伝えるお手紙を書いたからいいとして、ローズマリー様はどうだったんだろう。
手紙を書いても平気かな?
侍女長あてに手紙を書いて、ローズマリー様に渡してもらえるようお願いしよう。
手紙を届けてもらうと、すぐに大丈夫だから遊びに来てとアレクシアからの返事が届いた。
よし、さっそく私の転移魔法を使う時が来たわよ。
「転移魔法は使えないと聞いていたんですけど」
私の魔法で移動すると聞いて、エマがこわがってしまっている。
エマの着ているローブはうちで働いてもらっている魔道士用の制服で、護衛をしてくれている人たちの制服と同じマドンナブルーに金色の模様がはいっているのよ。
色合いがいかにも金がありますよって感じなんだけど、そこはお母様のセンスが光っていておしゃれに仕上がっているわ。
エマも制服を着た時には嬉しそうだったのよ。
今は青い顔で半泣きになりそうだけどね。
「屋敷の中で何度も練習したから大丈夫だけど、まずはひとりで試してみて、うまく行ったら迎えに来るわ」
「うまく行かなかったらどうするんですか?」
「通信用の魔道具を持っているでしょ。それで連絡するわよ。じゃあね」
「待ってく……」
エマが叫ぶのを無視して、アレクシアの屋敷の玄関前に転移した。
呆気なく成功。
魔力残量にも問題なし。
「いっそ魔法で最強を目指してみる?」
そんな暇はないし、やりたいのは事務仕事なのでやらないけどね。
「よかった。無事でしたか!」
部屋の中をうろうろしていたようで、壁際にいたエマがはっと振り返って駆け寄ってきた。
「ばっちりうまく行ったわ。じゃあ一緒に行くわよ」
「は、はい。あのフェネリー伯爵家で魔法を勉強したんですよね」
「護衛をやるなら、一緒に来るしかないでしょ」
問答無用でエマの腕を掴んで転移する。
さっきと同じ場所にしっかり転移できたわ。
「ひいい。乱暴すぎますよ」
「このくらいで慌てないで。近いうちにギルモア侯爵や公爵家の当主や奥様方、それに王弟殿下とも会うんだからね」
「は……はい」
今から緊張してどうするの。顔色が悪くなっているわよ。
でもそれが普通の反応なのかもしれないわね。
王族には会ったことがないって貴族もたくさんいるそうなのよ。
強力な高位貴族のコネもなく、王宮で働く実力もない場合、下位貴族が王族に会う機会ってなかなかないもん。
うちの祖父母だって、祝賀会の時に初めて王宮に行って、初めて王族に会ったんだから。




