オバサンは本気で仕事と勉強が好き 5
「それにカードには、我が国に留学して私と一緒に勉強しようって書いていたのに、なぜアードモアの国王陛下は、私にダンジョン前で冒険者の回復をする仕事をさせる気になっていたの? ぜひ詳しく説明してほしいわ」
「だから! あなたがバルナモアの国王に言いつけたからでしょ! お父様にまで話がいってしまったから、あなたを呼ぶ理由が必要になったんじゃない!」
声を荒らげて相手を怖がらせ、自分のペースに持ち込もうとする人間は、たいていまともな考えを持っていないものだけど、これはひどい。
つまり誤魔化すために、口から出まかせで適当なことを言ったってことよね。
しかもそれも私のせいなんだ。
ふーーん。
眉尻をあげて睨みつけてきたヘンリエッタは、私が何も答えずにしばらく黙って彼女の顔を見つめていたので、どう反応していいかわからなくなったようで、すぐに視線を彷徨わせ始めた。
まずいとは思っているのかしら。
「そんな話は初めて聞いたよ。なんできちんと我々に知らせてくれないんだ? そんな迷惑をかけたのに転生者で集まりたいだなんて」
沈黙に負けたのはマドックもだった。
「うるさいな。あんたに話したって何も出来ないでしょ? 今までだって何もしてくれなかったじゃない。こどおじのくせに話しかけないでよ」
放っておけばいいのに話しかけてしまったものだから、八つ当たりの対象にされちゃっている。
「こどおじってなんですか?」
ここでの会話はアードモア語を使っていたのよ。
アードモアの転生者には平民もいるから、他国の言葉を学んでいないかもしれないじゃない?
だからてっきり私の知らない単語なのかと思って尋ねたら、ローズマリー様も首を傾げて少し考えてから答えた。
「たぶん子供部屋おじさんのことじゃない?」
「日本語?」
「あー、そんな言葉があったわね」
アレクシアも知っている言葉なのね。
「就職してもずっと親元に同居していて、おじさんになっても結婚しないで子供部屋に住み続けている人のことじゃなかったかしら」
「ん? それの何が問題なの?」
ヘンリエッタは、明らかに相手を馬鹿にするためにその言葉を使っていなかった?
「ちゃんと就職して働いて、家にお金を入れていたんでしょう?」
マドックに聞いたら何度も頷いてくれたけど、せっかく王子様みたいな美形に生まれたんだから、もっと堂々としなさいよ。
「結婚するかしないかは本人の自由だし、前世の世界ではしない人も多かったでしょう? 実家に住んでくれたほうが親としては年をとっても安心だし、通勤が楽なら物価が高いのにひとり住まいをするメリットってないんじゃない?」
あ、大きな問題があった。
「でもあなた、親より先に亡くなってしまったのでは?」
「……そうなんです。それだけが申し訳なくて」
「死因を聞いてもいい?」
「残業して帰る時に、酔っぱらいの集団に駅で遭遇してしまって、騒いでよろめいたやつに押されて階段から落ちたんです」
「なにそれ。殺されたようなものじゃない。ひどい」
ローズマリー様が憤慨した様子で言うと、マドックは嬉しそうに微笑んだ。
この人もけっこう年配になるまで生きていた人なんじゃない?
子供部屋おじさんって言われていたんだから、おじさんでしょ?
「怒ってくれてありがとう。私も最初はやりきれない思いでいたけど、こうして記憶が残ったまま転生出来たおかげで、今は有意義な毎日を送らせてもらっているよ」
「まあ、本人がそう言うのなら私が怒ることではないわね。生き返って文句を言えるわけでもないしね」
「そうだね。きみも公爵家の人間だろう? いろいろと大変だろう?」
「ええ。周り中からいつも観察されている気分になる時があるわ。だから相手によって演じ分けるのがうまくなったわ」
「はは。貴族としては必要なスキルだね」
雰囲気はほのぼのだけど、ふたりして悟ったような顔で話しているのが悲しいわね。
それにしても、ヘンリエッタはいったい彼の何がそんなに気に入らないのかしら。
マドックって、ちょっとたよりない雰囲気だけど優しそうな人よ。
「ちょっと、ねえ、そんな男のことは今はどうでもいいでしょ」
私とローズマリー様がマドックと仲良く話しているのが気に入らないのか、ヘンリエッタが機嫌悪そうな声で話しかけてきた。
「あなた、本当に光魔法が使えないの?」
「そうよ」
答えたら、ヘンリエッタに舌打ちされた。
舌打ちよ?
大国の王女が、こんなに人がいる前で。
「シェリルにやらせようとしないで、あなたこそダンジョンの前で冒険者を回復する仕事をしたらどうなの? あなたなら平民にすぐに溶け込めるわよ」
ローズマリー様もイラっとしたみたいで、うっすら笑いながら私の隣に立った。
「あんたなんてどうでもいいのよ。話しかけてこないで」
「へえ、バルナモアに来る気だったくせに、バルナモアの転生者に嫌われるようなことをするなんて、あなた何も考えないで行動しているでしょ。シェリルを本当に留学させたかったのなら、彼女のことだって調べておくべきじゃない? 何も知らないままで動くから、周りに説明できなくなって自分の立場が危うくなるのよ」
「レオン」
ヘンリエッタは横にすっと移動して、目の前で話をしていたローズマリー様を無視して、殿下を見つめながら甘い声で名を呼んだ。
私、あまり人の好き嫌いはないほうだけど、彼女は無理だわ。
「どうしてずっと黙っているの? なんで私を助けてくださらないの? 以前は優しく相談に乗ってくださったじゃない」
話しながら近付こうとするヘンリエッタの前に、レイフとアレクシアが立ちはだかる。
ここまで様子を見て会話もしても、私にはヘンリエッタの思考が理解出来なかったわ。
感情のままに動いているのかしら。
「記憶にないな」
背後にいたので気付かなかったけど、殿下はちゃっかりひとり掛けの椅子に座っていた。
その前に立つレイフ様とアレクシアは、狛犬みたいよ。
ある意味、ラスボスらしい状況ではあるかもしれない。
「何度も魔道具で会話したじゃない。ふたりだけでお話をしたでしょう?」
「たぶんおまえはそういう言いがかりをつけてくると思っていたよ」
「言いがかり?」
「あの魔道具は、会話した日時と会話の長さを記憶しておけるって知らなかったのか?」
「それが?」
ヘンリエッタは不思議そうに首を傾げた。
「俺はおまえと三回しか会話していない。そのうち最後の一回は迷惑だから二度と連絡してくるなと言ってすぐに切った。会話にもなっていない」
「…………」
ヘンリエッタ王女の表情がこわい。
何を言われているのか理解できないみたいできょとんとしている。
「ねえ、彼女やばくない?」
ローズマリー様が小声で言ったので迷わず頷いた。
「それにおまえとの会話をするときには、レイフとクリスタルにも同席してもらっていたんだ。ふたりきりで話をしたことは一度もない」
「あなたはいったい誰と会話をしたんですか? 連絡をするなと言われても、あなたが毎日何度も連絡を取ろうと魔道具を作動させていたので、コアを抜いて動かないようにしなければならなかったんですよ」
「……嘘よ。私は殿下と何度も……」
精神的にだいぶ危ういんじゃない?
ただ彼女の場合、自業自得なのよ。
周りに敵意を振りまいて、自分から相手が近寄らないようにして、それなのになにもしてくれないって文句を言うのはおかしいでしょ。
そうして周りに誰もいなくなって、バルナモアに逃げようと考えたのかも。
でも今までの行動のせいで、バルナモアの転生者はヘンリエッタを嫌っている。
アレクシアにひどいことを言ったのに、歓迎されると本気で思っていたの?
「今回、勝手にシェリルをアードモアに呼び寄せ、自分たちの都合のいいように使おうとしたことで、我が国は今後最低でも五年間、ヘンリエッタ王女を入国禁止にすることが決まった」
「なんで? なんで? 私は王女よ? あんな男爵家の娘なんかより、私のほうが」
「シェリルは準男爵で、クロウリーは子爵家だ」
「どっちだっていいわ。嫌よ、このまま国にいたら、遠い国の知らない人に嫁がされてしまうわ。そんなの嫌よ」
遠い国?
あれ? そういえば国王は天才少女の彼女を国外に出す気がないって話じゃなかった?
留学は短期だから了承したのかと思っていたのに、他国に嫁ぐ?
いつの間にそんなに周りの評価が変わったの?
「そちらの王太子とうちの王女の縁談もなくなったぞ。今回のことで陛下もたいそうお怒りでね。コアの問題もあるアードモアに娘を嫁がせるのは不安なんだそうだ。三日ほどで使者がそちらの国に到着するだろう」
いつの間にか大問題になっている。
王太子と王女の縁談が中止って、一気に関係が悪化するんじゃない?
「よかった。ヘンリエッタの話を聞いていたから心配していたのよ」
王女と親しいローズマリー様は嬉しそうだけど、アードモア側の転生者たちの表情は強張ってしまっている。
ヘンリエッタは俯いているので、髪が邪魔で表情がわからないけど、わなわなと震えているんじゃない?
彼女、大丈夫?
突然、倒れたりしないわよね。
「なによ。どいつもこいつも勝手なことばかり言って」
ん? 何かぶつぶつ言っている?
「私はこんな世界に来たくなんてなかったのよ。ファンタジーは二次元だから楽しいの!」
がばっと顔をあげ、ヘンリエッタは叫び出した。
「こんな男尊女卑で窮屈で不便な世界なんて、実際に生活する場所じゃないのよ!」
地団駄を踏むと言う言葉は知っていたけど、実際にしている人を見るのは初めてだわ。
髪を振り乱して叫ぶ様子に、みんな固まってしまっていた。
「頑張って勉強して一流会社に就職して、自分で稼いだお金で推し活していたのに! ツアーがあれば友達と地方遠征もして、次の予定も決まっていたのに! この世界の神のせいでしょ! 第一、なんなのこの世界は! 私はずっと音楽のある生活をしていたの。朝起きてから寝るまで音楽が流れているのは当たり前だったの。それなのにこの世界では音楽が聞きたかったら、目の前で演奏してもらわなくちゃいけないのよ? しかもクラシックよ? 違う! 私が聞きたいのはそんな音楽じゃない!」
ああ……そうか。そりゃそうだよね。
前世の生活の記憶があるせいで、この世界に馴染めない人もいるよね。
向こうの世界では聞きたい時に聞きたい歌を聞けたんだ。
女性は制約が大きくて、特に王女は求められることが多すぎて、現代っ子にはきつい毎日だったんでしょう。
そういういろんな変化のストレスが溜まって、どこかの時点で彼女は、頑張ることを辞めてしまったのかも。
でもね、今までの彼女の態度がひどすぎて、あまり同情できないよ。
大変な思いをしているのは、彼女だけじゃない。
アレクシアだってローズマリー様だって、必死にこの世界に自分の居場所を作ってきたんだ。
「帰してよ! 私を元の世界に帰してよ!」
しんと静まり返った室内に、ヘンリエッタの嗚咽だけが響いていた。




