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【書籍四巻】定年後は異世界で種馬生活【コミカライズ】  作者: 街のぶーらんじぇりー【種馬書籍四巻/コミカライズ】
第八部 新迷宮に挑む

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第423話 フリーズドライ?

 そして、わずか三十秒ほど後。


「これで、水は全部抜けましたわよ!」

「これを、どうやって使うというの?」


 スープは赤茶色の物体になっている。カップを逆さにして叩けば、ポロリと円盤状の塊になって落ちてくる。うん、硬すぎず、ちょうどいい感じだ。これなら俺の思ったことができそうだな。


 空のカップに塊を放り込み、クリステルに持ってこさせた湯を、そこに注ぐ。グレーテルあたりはわけわからないって顔してるけど、まああと少しの辛抱だ。


 一分ほど待って、スプーンでひとかき回し。目をギラギラさせているメルセデスに差し出す。二、三秒逡巡した後、カップに口をつけた彼女の目が大きく見開かれる。


「美味しいわ! もちろん、さっき食べたばかりの出来立てには及ばないけれど、十分イケるわ、これは……」


 カップはグレーテルに回り、次はミカエラ。ニコルさんを経由して、最後に残ったちょっぴりをアヤカさんが飲み干す。


「これは美味しいわ。こんなものがものの一分でできるなんて……」

「もっと欲しいですっ!」

「これはぁ、とてもいいものですぅ」

「一族の者に持たせたいです。遠征や潜入の時にこんなきちんとした味が……」


 そうだね。俺の目的は、アヤカさんが言い当ててくれた。


「うん、こういう風に食べ物を加工すれば、冒険者や兵士、そして闇一族の携行食になるんじゃないかと思ったんだ」


 元世界では、食い物を凍らせた後真空引きをして乾かす、フリーズドライという技術があって、軍隊の食糧として重宝されていたよね。もちろんこの世界には冷凍庫もないし、減圧乾燥する設備なんてもちろんない。だけどメルセデスがあっさりと薬材から水を抜いてみせた手練を見て、同じようなことができるんじゃないかと思ったんだよね。


 水を抜くってことは、ようは水分を気化させて抜くってことで……そんなことをやると気化熱で対象物は冷えて、凍ってしまう。普通ならここで乾燥は止まってしまうのだけど、この高慢皇女のスゴいところは、凍った後でもガンガン水を抜き取れるところなのだ。乾き切るまでこれを続ければ、懐かしのフリーズドライ食品が出来上がるってわけさ。


 フリーズドライにすれば、栄養も食感もそんなに損なわれないし、めちゃくちゃ軽くなる。適度にスカスカになるからお湯をかければすぐ戻るしなあ。抗菌機能のある魔道具ザックに入れれば、しばらくは持つし……いい感じの保存食になるはずだ。


「確かにスゴい発明ね! バーデン軍の携行食に、ぜひ採用したいわ!」


「だけど、問題があるんだよね」


 そう、俺だってこの便利食を広めたいよ。重大な問題がなければ、ね。


「これを作るには、食物から水だけを抜き出さないといけないだろ。今のところそんなことができるのは、皇女殿下と、リーゼ姉さんくらいさ。帝国と王国の水属性トップを、お弁当作りに張り付けるわけにはいかないからなあ」


「それもそうね……」


 落胆に肩を落とすグレーテル。だがその姿を見て、悪役皇女はキュッと口角を上げた。


「ほほほ、そこは大丈夫、私が何とかして差し上げますわ!」


 いや何でだよ。そりゃ君がやれば早いだろうけど、帝国皇女が一日中スープと向き合うつもりかよ。そう指摘すると、メルセデスは一層誇らしげに、平らな胸を張った。


「問題ありませんわ、私は先ほど、つかんだのです!」


「つかんだ?」


「そうですわ! 魔力をいくらも使わずに、水を空に放つイメージがわかったのですわ」


 あ、そういえば。薬材の角を乾かしていた時、最初の半分を処理するだけで、彼女は魔力切れに陥っていた。だけど俺が魔力補充のために触れた後は、残り半分をすごい速度で乾かしていたっけ。あの時、よくわからないけどコツをつかんだのか。


「魔法で重要なのは、正しいイメージですのよ。イメージを明確にできれば、同じ効果を得るにもヒトケタ少ない魔力で実現できるのですわ」


 おお、よくわからないが、何やらもっともらしく聞こえる。うちの女性陣も、うんうんと納得しているらしい。急に理論家になったメルセデスはさすが秀才くんだ。やけにカッコよく見えるぞ。


「私が得たこのイメージを水属性魔法使いに伝えれば、Dクラスであってもこのフ、フリ、フリーズドライが作れますのよ! バーデンには帝国の水属性兵があまたいるはずでしょう。彼女たちの力を使えば『フリーズドライ』はバーデンの特産になるわ! 私に、感謝なさいっ!」


「え、メル様……こんな貴重な魔法を、私たちの領に伝えてくれるの? 帝国に持ち帰れば、大きな成果になるはずなのに……」


 さすがに、グレーテルも驚きの声を上げる。いや、俺も驚いている。自分ファーストのこいつが、どうして敵国の、それも反りの合わない領主が治める領地に、貴重な魔法を教え、名物を作ってくれようとしているんだろう。俺たちの表情を見たメルセデスは、少し満足そうに微笑んだ後、寂しそうな表情になった。


「ダメでしょうね。これを我が母……皇帝陛下に伝えれば、それは姉の功績として取り上げられるだけですわ。それならば、バーデンで実用化して十分な実利を挙げた上で、私の名で論文を書いた方がマシと言うもの。大丈夫、帝国捕虜の水魔法使いが十年の年季を明けて故国に帰れば、おのずと製法のノウハウは帝国にも伝わるでしょう」


 改めて、恵まれた生まれであるはずのこの子が、決して幸せではないと思い知らされる。こいつの母にしろ姉にしろ……普通の家族がするように愛してやれば、この子は帝国を支える、優秀で忠実な定礎になってくれたはずなのに。


「メルセデス、ありがとう。君の作り上げたすばらしい魔法を、ぜひにも俺の領民に広めて欲しい。君の業績があまねく大陸に鳴り響くように、俺たちは全力を尽くして……感謝を捧げよう」


 悪役皇女が、ひゅっと息を吸う。急にタメ口になった俺をとがめることもなく、その吊り目を三割増し大きく見開いて俺の言葉を聞いて……そのまま鋭い視線で見つめてくる。二十くらい数えた頃、彼女がようやく口を開いた。


「ええ、よくってよ。私の優秀さを、讃えさせてあげる!」


 その目尻に光るものが溢れそうになっているのは、見ないふりをするのが大人ってもんだよな。


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