第412話 一旦の撤収
おっと、俺の愛人の話はあとだ。
オバちゃんたちのせいで、一度街へ戻らなければいけなくなってしまった。こんな危ない奴らを引き連れて下層に潜るわけにもいかないし、邪魔だからといってそこらへんに埋めちゃうわけにも行かないしなあ。
奴らはまとめてふんじばって、冒険者ギルドの支部に引き渡した。リーダーのオバちゃんはまだ子爵家がどうこうわめいていたけど、こっちは次期侯爵のグレーテル、現侯爵の俺、そして何より帝国皇女のメルセデスが揃って、奴らの罪を鳴らしているのだ、かなうはずがないだろ。隣国の皇女と知りながら襲ったのだ、重罰に処さねば、ギルド自体が国からペナルティを喰らうことになる。まあここは、任せておいていいよな。
そんなわけで、俺たちパーティーは領主館で補給だ。今日はもう遅いし、十階層に挑むのは、明日にしよう。
「まずは成功ね」
「そうね、一つだけど、アーティファクトを手に入れたし。でもメル様は、まだ満足はしていないのでしょう?」
あれ、そうなんだ。新迷宮を探索し、何だかよくわからないけど限りなく清冽な水が湧き出してくるアーティファクトを発見するという功も挙げた。故国に自慢するなら十分じゃないかと思うのだが……この皇女の目標は、もっと高いところにあるらしい。
「ええ、そうですわね。ここまで来たら、最深部まで踏破したという栄誉が欲しいですわ。貴女たちのような英雄の力を借りられるのも、今回だけでしょうし」
メルセデスが俺のまわりの女性たちに見せる態度は、俺に向けるものとはかなり違って、礼をわきまえたものだ。もちろんグレーテルは次期侯爵だから当然だとしても、「貴女『たち』英雄」というフレーズには、アヤカさんも含まれている。この世界で闇一族は平民以下の卑しい者たちと見なされていて、皇女の身分から見ればゴミカスのようなもの。しかしそんな彼女の実力を認め「英雄」と讃えるメルセデスは、やはり本来大きな器量を持っているのだろう……普段の、あの残念な態度さえなければなあ。
「もちろん、お付き合いいたしますわ。ルッツも、いいわね?」
いつものごとく、これは質問ではなく命令だ。
「ルッツ様が向かわれるところ、ぜひご一緒に」
「仕方ありませんね、守って差し上げますっ!」
「生命に代えましても」
「奥様が挑まれるなら、私も挑みます」
まわりの女性たちに視線を送っても、彼女たちの言葉は俺に救いをもたらしてはくれない。あきらめの心境に達した俺は、今日一番の深いため息をついた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「さあ行きますわよ! 迷宮踏破と、アーティファクト発見を目指して!」
朝食の席でも、やたらと元気に気合を入れてくるのは、もちろんメルセデスだ。まあそれも仕方ないか。グレーテルやアヤカさんのような反則級、もとい英雄級の戦力が参加しているとはいえ、発掘隊のリーダーはあくまで、この高慢ちきな皇女様なのだからな。だけどなぜかこの子が偉そうなことを言うたびに、反発したい気持ちがむくむくと湧いてくるのは、抑えきれない。
「宝物や栄誉より、無事に帰ってくることを優先しよう。俺はここにいる人、誰一人として欠けてほしくないんだ」
「むうっ……」
「そうね、生命さえあればまた挑戦できるものね」
「承知いたしました」
「宝物なんか興味ありませんから、皆さんを守ることに全力を尽くしますっ!」
「……ルッツ様の御身を最優先に、ついて参ります」
一瞬ムッとした表情になったメルセデスも、女性たちが次々と俺の「安全第一」主義に賛同するのをみて、口をつぐむ。まあこれは我ながら少々、大人げなかったか。相手はまだ十代の少女なのだからな。ちょっとはフォローを入れるとしよう。
「できる範囲で頑張ろう、皇女殿下が成果を帝国に示せるようにね」
「もちろんよ! 新迷宮踏破の名声を、必ずメル様に差し上げるわ!」
そんなに熱量を込めずに話したつもりだったけど、拳を握りしめて熱烈に応えたのは、大好きな幼馴染だった。ああ、また頑張らされちゃうのか……まあそれも、仕方ない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミカエラ、出かける前に洗礼の予定を決めておきましょうね」
身支度を整えて迷宮に向かおうとした俺たちを待ち構えていたのは、今回お留守番の、ツェリさんだった。
「あっ、忘れていましたっ!」
「そんなことだと思ったわ。もう二ケ月になるのだから、いい加減に受けさせないといけないわ」
そうなのだ。魔法王国ベルゼンブリュックでは、魔力を測る「洗礼」は、子供の一生、いや家門の将来を決める、最重要儀式。通常なら産後一週間から十日くらいで受けさせるものなのだが……何しろミカエラが娘ガブリエラを産んだとたんに魔の森から魔物があふれ出してきたのだ。バタバタしているうちに時が過ぎて……ミカエラが愛娘の洗礼に興味が薄いこともあって、こんな後になってしまったのだ。
聞けば帝国では高位魔力持ちが生まれることがあまりないので、全体的に洗礼をワクテカしつつ急いでやる習慣はないそうだ。貴族の子でも、一歳の誕生日を過ぎて受けるケースが少なくないらしい。
だけど同じ帝国人でもコルネリアさんやエルネスタさんなんかは俺の種への期待があってか、目をギラギラさせて我が子の洗礼に臨んでいたから……やっぱりミカエラがあっさりし過ぎているのかもなあ。
「だって、魔力があろうがなかろうが、可愛さは変わらないですからっ! 私の血を分けた子供……そしてルッツ様の」
ぽっと頬を染めながらそんな可愛いことを言ってくれるミカエラが、とても愛しい。チョコレート色の頭をやや強引に引き寄せて、なおも続く彼女のおしゃべりを、俺の唇で止めた。




