公爵子息の秘密(ローゼス視点)④
歴史は繰り返す……
後日、『エリザヴェータちゃんもマルベリーの血に目覚めちゃったし、次期ポプキンズ辺境伯か適当な爵位を授与するから頑張ってね♡』という王家からの命令が来た。
ちなみに、可愛い義娘がハネムーンで暫し不在にするという寂しさが、末息子の縁談に一気に沸いたケッテンベル夫妻。
フリードはクロード達の結婚式の時点で、始終ローゼスにコアラちゃん状態の少女にすべてを察した。
下手な女狐に弟をやるよりはましだと、フリードはエリザヴェータに付いた。
幸い、エリザヴェータは物理チートではなかった――魔術チートではあったが。ローゼスを狙っていた女狐たちの弱みを積極的にハンティングし、それを記録する魔道具を作成してローゼスの婚約者の地位を確立した。
魔力はそれほど強くないが、術式構築については抜きんでていた。
「そういえば、初代勇者のダーリンは賢者だったそうですから、そっちの才能なのでは?」
次兄は広いソファであってもびっちり張り付く様に隣に座る妻からの「はい、アーン♡」を受けながらも教えてくれた。
ちなみにベアトリーゼの勝率は五分の一だ。でもめげない、逃げない、諦めないである。相変わらずクロードに首ったけで幸せそうである。
そもそも、あのクロードに「アーン♡」などする猛者はそういないだろう。
そして、義姉はそのほんの一握りの猛者である。
「ちょ、ちょちょ、クロード兄様! なんかアドバイス!」
「諦めて平常心に努めることです。エリザヴェータ嬢がどのような方かは深く存じ上げませんが、アティと同じタイプならこちらに不利な事はしないはずです」
「でもさあ! リーヴェが王宮魔術師を下僕にし始めたんだよ! 義姉さんの舎弟には手を出す気はないからって……ってアティ?」
「リーゼやベアトという愛称は他所と被るかもしれないので」
意外と兄夫婦はラブラブらしい――いや、仲がいいことは知っていたが、思った以上に兄は義姉が好きなようだ。妻になったとはいえ、元は他人であった女性を愛称で呼ぶ日が来るとは。
義姉の猛プッシュで隠れがちなだけで、実は――そう思って、唇を無意識に噛んだ。
「いくら弟といえど、あげませんよ」
帰り際の馬車に乗り込む直前、クロードが耳打ちしてきた。
そして、ローゼスの脳裏に過る数々の走馬灯。常に激烈に激しい愛を吠え猛る義姉の数々の姿と、それに振り回される自分の姿。
泣いて嘆いてぶん回されて、悪意なく精神的にも物理的にも散々どつき回された。
兄は、自分が今更気付いた思慕に気付いていたのかと驚く以上に、意外とすんなりと答えは出た。
「クロード兄様、僕は長生きしたいのでベアトリーゼは無理」
恐らく、エリザヴェータでもギリギリ。
まだ年齢に猶予があるし、ベアトリーゼという強烈な前科を知っているから多少は扱い方を心得ている。
それに、初恋で結婚というパターンは少ない。途中でエリザヴェータの気が変われば、破談になる可能性はゼロではない。
だって、エリザヴェータはまだ十歳なのだ。
ローゼスは都合よく頭から抜け落ちていた。
初代勇者は、たかがチューひとつを邪魔されてギャン切れして魔王覇軍を叩きのめした。
ベアトリーゼは初恋の熱意そのままに、冷徹人形と呼ばれたクロードに日々愛を叫び、猛威を振るいながら尽くし続け、結婚に持ち込んだ恋愛フィジカルゴリラ。
そして、それと同じと言わしめる『マルベリーの血』の恐ろしさをまだ本当の意味で理解していなかった。
それから僅か三年後「テメーらの弱みと性癖をバラされたくなかったら結婚させろ」と魔道具を片手にちらつかせたエリザヴェータに反対勢力は轟沈。
ローゼスは彼が思っているより、周囲に狙われていた。能力・伝手・家柄等すべてが申し分がなかった。
しかし、行動力の塊のエリザヴェータは真っ先に、ベアトリーゼを懐柔しにかかった。記録できる魔道具を片手に「いつでも旦那様を鑑賞できますよ!」と口説いたのだ。
旦那様LOVEのベアトリーゼは迷いなく頷いた。
さらにクロードに協力しますとベアトリーゼ傘下に入ることにより、騎士団も味方につけた。
エリザヴェータはベアトリーゼよりフィジカルゴリラではなかったが、ラブパワーの火力の高さはどっこいだった。
弱冠十三歳で、二十一歳の夫とバージンロードを歩む二人がいた。
時間の猶予があると思い込んでいた新郎はスペースキャットになっており、新婦は「シャアアアオラアア!」とガッツポーズを取っていた。
ちなみに、マルベリーの兄夫婦はそれぞれ子供を抱っこをしながら微笑ましくそれを見ていた。
ちなみに初夜はポプキンズ辺境伯家よりストップが掛かった。
「せめて学園卒業後ね」
「いやあああ! イチャイチャするーー! 夜のセパタクローするー! にゃんにゃんするううう!」
「馬鹿たれぇえええ! お前、結婚持ち込むために魔導学院を蹴っただろーが! 子供作る前に! 論文作らんかい! ヤりたきゃ、やることやってからにしろ! もし学園に留年や浪人したら夫はお預けじゃああ!」
「お爺様の鬼畜! 何のために大臣を脅して特例をもぎ取ったと思っているの!? イチャイチャパラダイスの為に決まっているでしょ!?」
少なくとも新妻の発言で、ローゼスの新婚ムードは台無しだ。夜のボルテージは底辺をさまよっている。
新婦のあまりのガッツある初夜への意向に、顔を覆っている。
「ローゼスしゃまあああ! イチャイチャしたぃいいい!」
みゃああああと夏の蝉しぐれよりやかましく愛を叫ぶ幼な妻。
溜め息をついたローゼスはエリザヴェータに歩み寄る。そして、涙で真っ赤な顔を覗き込んだ。そして柔らかく髪を払うと軽く音を立ててキスを落とす。
「悪い子にはこれで十分」
「ミ゜ッ」
妻、瞬殺。
おおよそ人類から出るとは思えない奇妙な声と共に、真っ赤になってぐでんぐでんになったエリザヴェータ。そんな彼女を抱きかかえ、寝室のベッドに横たえるローゼス。だが、自分は同じ褥に入らず、寝室を出た。
エリザヴェータはまだ若い。子供といっていい。アクセルは常にベタ踏み状態で、ブレーキは投げ捨てている。自然と、ローゼスがコントロールしなければならなくなった。
「ポプキンズ辺境伯、奥様……その、流石に僕も学園卒業までは待つつもりです。妻ともどもよろしくお願いします」
良くできた婿殿に、ポプキンズの老夫婦は頷く。
片方があれだと、自然ともう片方はしっかりするのかもしれない。
あと五年は白い結婚となる予定だったが、エリザヴェータはやった。
やりおった。
根性で文献や資料を読み漁り、勉強しまくり、単位を毟り取り、僅かその三年後に卒業までこぎつけた。勿論、外見磨きも忘れず、花嫁修業もさらに力を入れていた。
途中、学園で高位貴族や他所の王族が口説こうが全く靡かず、マイホームダーリンのために頑張った。
「我、悲願達成せりいいいい!」
「リーヴェ、机に脚を置かない」
「ごめんなさい……」
「いや、逃げないから。僕だって今更逃げないんだし、学園生活をもっと楽しんで来ればよかったのに」
「クソウゼエジャリガ……こほん、少々風変わりな殿方が多くて疲れますの」
オブラートに隠しきれない本音がダウトしていた。
エリザヴェータが学生をやっていた頃、ローゼスは領地運営などの勉強をしていた。
エリザヴェータの両親は、マルベリーの濃い血筋ではあったが武才には恵まれていなかった。馬車で移動中、金品目当ての賊に襲われて帰らぬ人となった。
生き残ったのはおくるみの中で運良く静かに眠り続けていた赤子のエリザヴェータのみ。それを引き取ったのは祖父母のポプキンズ夫妻だった。
ベアトリーゼは今、五人目を懐妊中らしい。マルベリー伯爵夫妻の子供たちは、髪の色や顔立ちに必ずクロード要素があるが、どいつもこいつもマルベリーの血筋が尖った子供たちばかりである。
フィジカルゴリラぶりを発揮し、頻繁に騎士や暗部が転がされていると聞く。
幸い、長子の瞳の色以外はクロード瓜二つの長男は、中身もクロード似であった。胡桃は素手で割るものと考えているが、クロードの敵は絶対汚い花火にするレディのベアトリーゼのような火力はない。多分。
ローゼスとしては、ポプキンズ夫妻が元気なうちにこちらのひ孫も見せてあげたいところだ。
(……まずはムード……ムードだけでも作らせてくれないかな……)
エリザヴェータのやる気が漲りすぎて、色々ぶち壊しだった。
しかし問題発覚。
後日、ちょっといい感じになると新妻がのぼせて轟沈して本番まで行かないのだ。
ローゼスは恥を忍んでクロードに相談をしたら、一本の酒を差し出された。
「……え、やり方がまるきり悪漢」
「背に腹は代えられない時もあるのですよ」
ずれてもいない眼鏡を直し、どこか遠くを眺めるクロード。
庭では幼き日の王太子の面差しを感じさせる春色の美少年が、ベアトリーゼに似た金髪の少女に花を差し出していた。
互いに真っ赤になり、もじもじしている。
それを冷かしにきた小生意気そうな幼い侍従が、近づいた瞬間に指弾を食らいもんどりうつ。
クロードは「確か、苺キャンディを渡したっけな」とぼんやり思い出す。
歴史は繰り返すものである。
突発に思い当たったので! とりあえず完結!
また何か思いつくことはあるのかな……多分品切れ。
読んでいただきありがとうございました!




