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第三部 85

霜柱立つ日まで 85


 立村が教卓に片手を置いた。少し身体を斜にして、座っている佐賀はるみを見上げるようなポーズを取った。ちらと覗く表情にはどことなく不敵な笑みが残っていた。小声でいちゃもんつけている新井林を無視し、

「まず、一点目なんだけど」

 切り出した。

「評議委員の入れ替わりが激しいとか、先生たちの言いがかりとかいろいろ話はあるようだけどこちらには全然流れて来ていないんだよな。なのになんで、生徒会がいきなり割って入ろうとしたのか、そのあたりが今ひとつぴんとこないんだけど、どうだろう」

 とぼけたように佐賀に語りかける。言葉の裏に走る緊張感だけが伝わってくる。

 すぐに渋谷が割って入った。佐賀の発言前に自分の役目とばかりに。

「今話したじゃないですか。今、私も会長もお話した通り、今後私たち生徒会が中心になっていく以上、あとあと言った言わないのトラブルがないように」

「いやそういう意味じゃなくてさ」

 立村はばかにしたように目を少し細め、渋谷を牽制した。

「悪いけど、俺は会長と話をしたいんだ。君は黙っていてくれるかな」

 かなり頭にきたことが渋谷の顔つきでよくわかる。立村は再度佐賀の顔をしっかり見つめて、

「俺が知りたいのは、先生がたの言い分は正直どうでよくて、なんでそこまで強気で出られるのかってことなんだよな。だって、佐賀さん、半年前まで何も知らなかったのにいきなりどうして、って思わなかったのかな」

 わざわざ「さん」付けで、それでいて崩れた口調でそのまま続けた。


 ──まじ、何様の言い方だわな。さて、会長どう出るか?

 隣りの美里も息を呑んでいるのが貴史にも伝わってくる。


 佐賀の台詞は余裕だった。

「もちろんそう思ってました。でも、すぐに覚えられました。みんなが支えてくれましたから」

 ちらりと生徒会の連中に目を向け微笑んだ。全くもって動じていない。

 立村は納得したように頷き、質問を重ねた。

「そうか、ならなおさら不思議なんだけど、どうして評議委員会を利用しようとあえてしなかったのかな。もったいないだろ。今まで交流会は評議委員会がメインでやってきたわけだし、その他の行事だっていろいろとさ。でも、あえて天羽からそういう話を聞こうとしないで一方的に先生方の意見ばかり取り入れるのは、少しちがうんでないかって気がするんだけどな」

「お話は聞くようにしました。主に天羽先輩から教えていただきましたけど、でも、どうしても、それだとけんかになってしまいそうなことになりそうで」

 佐賀はるみがすぐ真下に座っている新井林に目を向けた。首をかしげた。

「誰と」

「先生たちとです。どうしても意見が合わないというか、生徒たちばかりで進めると誰かが必ず暴走してしまうので大人たちがきちんと立ち会える場所でやるべきだとか。私もそう思うんです。そうしないと裏で何があっても、真面目にやっている人たちは太刀打ちできませんから。私、去年それ、本当に強く感じたんです」

「当時の評議委員長として詫びを入れておくよ。それはそうとして、佐賀さん、今の話だと評議委員会で得たことはあまり役立たなかったってことになるよな」

「そんなこと言ってません」

 ぽかんとした顔で佐賀が受けた。同時に目の前の新井林が立ち上がろうとするのを、天羽が「動くな!」と厳しく制した。のほほんとしているくせにこんなところではずいぶん先輩面している。新井林もあっさり言うことを聞いて座りなおした。

 佐賀は立村の目線をしっかり受け止め、微笑み称えたままで答え続けた。立村も頷きつつ、時折ふっと自分に返ったようなまじめな表情を浮かべた。意識しているのかそれを無理やり消そうとし不自然な笑みを浮かべる。どことなく奇妙だった。


「どうしたんだろ、立村くん」

 美里が小声でささやきかけてくる。

「ああ?」

「立村くん、何かしようとしてるんだよね」

「そうとしか考えようねえじゃねえのか」

「ううん、違う。わかるんだけど、なんでってこと」

 美里のわけわからない問いは無視し、貴史は立村と佐賀とのやり取りに集中した。いざとなったら奴を取り押さえる覚悟はとっくの昔についている。場合によってはぶん殴ってA組の教室からひっぱりだし、停学覚悟でとことんさし勝負する腹積もりもある。ただ立村の最終目的が何なのかがどうしても掴み切れない。

 ──天羽も、難波も、更科も、気づいてねえのか。


 佐賀はるみは立村に語るのではなく、むしろ教室内のギャラリー全員に聞こえるように物語っているように見えた。言葉も涼やかで整っている。

「私はただ、評議委員会のやり方でずっと続けていくと、またたくさんの犠牲者が出てしまうと思うんです。どんなに一生懸命やっても、ひとりの人が嫌ってしまったために追い出されてしまい、心に重たい傷を負ってしまう人だっているでしょうし、本当は二年からもっとやりたかったのに、結局くだらないことであきらめなくちゃいけなくなってしまうかもしれませんし」


 隣りの美里がはっと口を押さえた。

「どうしたよ」

「ううん、なんでもない」

 他の女子たちも何かを感づいたかのように顔を見合わせているのが伺えた。

 悔しいが貴史には全くわからない。


 佐賀の言葉は一語一語教室内を満たしていく。

「それに、私、立村先輩が委員長の頃しか評議委員のお仕事できませんでしたけれども、本当だったらもっと、女子の先輩たちが活躍してもいいはずなのに、どうしてさせてあげられなかったのだろうっていつも思ってました。清坂先輩や近江先輩のような人がどうしていつも、立村先輩や天羽先輩の後ろに回ってしまうのか、それがかわいそうでなりませんでした」


 うんうん頷く女子たちが増えていく。

 男子連中は苦虫噛み潰したままだ。

 ──美里はそれなりに評価されてるってことか。

 こずえや他の女子たちがわめくように、足をひっぱっていたのはやはり立村の存在だったのかもしれない。改めてちくちく痛いものを感じるのはなぜだろう。関係ないというのに。この場は貴史とは全くの異世界なのに。


「評議委員会と生徒会が一緒になって活動するというのはいいことだと思いましたし、私も協力するつもりでした。もちろん今でもその気持ちは変わってません。でも、立村先輩が最初の段階で持ち出した案のままだと、ただ評議委員会と生徒会が一緒になるだけで、生徒会ができることが何もありません。うまくいえないんですけど私たち、生徒会役員としてやれることをしたかった、という気持ちはあります。他のみんなもきっと同じだと思います」

 まず、佐賀は「大政奉還」の意味を認める発言をした。その上で、

「でも、生徒会が評議委員会と同じことをするのだったら何にもならないし、それに先生たちをまた意味なくないがしろにしてしまうのも、なんだか申し訳ないなって気がするんです」

 申し訳なさそうに口元をつぼめた。立村がぴんときたかのように前かがみになり、また佐賀の顔を見上げて問い詰めた。

「やたらと先生たちのこと持ち出すのはなんでかな?」

「私、評議委員のころは気付かなかったんですけれども、先生たちは生徒会を通していつも私たちを見守ってくれていらしたみたいなんです。このまま評議委員会の人たちがつっぱしって、取り返しのつかないことになってしまったら大変だということで、いつも陰で見守ってくれていたんだなってことが、生徒会に入ってからよくよくわかったんです」

 少しだけざわめく。そういえば生徒会というのは教師たちからやたらと覚えがよく、評議委員会を否定的な目で見始めているとかなんとか。生徒会連中もみな口にしていたし、立村も、天羽も、難波も似たようなこと言っていたような気がする。

「私は知らなかったんですけれども、二年前の本条先輩が評議委員長だった頃からずっと先生たちはノータッチでいる方がいいという雰囲気になってしまい、そこで割り込むと本条先輩が不良になってしまう可能性あったので遠目で見守ろうってことに決まったらしいんです」

「それは本条先輩に対して失礼じゃないかな」

 珍しく立村の声トーンが荒いように聞こえた。


「だめだよ、立村くん、挑発乗っちゃ」

 小声でまた美里がつぶやく。

「挑発かよ」

「あたりまえじゃない! 立村くんの前で本条先輩の悪口言ったらどうなるかってみんなわかっている人わかってるじゃない!」

「だからそれわかってて、佐賀は言ってるんだろ?」

 はっとまた口を押さえる美里に貴史は早口で説明した。

「立村が理性失うように持って行きたいのが生徒会だろが。俺だってそうするぞ」

 美里がだんまりを決め込んだ。知ったことか。集中する。


「私もそれ、先生たちに教えていただくまで知らなかったんです。これ、ここでお話していいのかわからないのですが、先生たちは本条先輩の力を買っていたというよりも、本条先輩がこれ以上道を踏みはずさないようにするために、評議委員会を利用したというだけだったらしいんです。同じことをずっとしていたけれども、それがだんだん別の方向に進んで来てしまい、このままではただのクラブになってしまいそうだから、きちんと誰かが守ってあげなくてはならないという雰囲気になってきたようです」

「別に守ってもらわなくてもいいけどな。それで」

「つまり、私たちは本来すべきことに専念して、やらなくてもいいことはすべて先生たちにお任せしたほうがたくさんの人たちを喜ばせられるんじゃないかなって思ったんです。だって、この前も同じことになってしまいましたし。辛いことを生徒たちがやるのではなくて、先生たちに、たとえば、その」 

 しばらく佐賀は先生たちとの連携について穏やかに語っていた。立村のぎらついてきた眼差しを全く意に介することなく、冷静に交わしていた。貴史から見れば実にあっぱれだ。鈴蘭優のイメージを保った生徒会長を憎むところなどどこにもない。むしろそのまま先生たちのでしゃばりを生徒会なり評議委員会なりでうまくコントロールして、おいしいところだけもらっていくのがベストではないかとすら思う。無理に戦う必要なんてない。

 佐賀がいったん言葉を切った。また唇を尖らせるようにして、

「E組を作るきっかけになってしまったことのように」

 じっと立村を見返した。立村も思い当たる節があるのか即打ち返した。

「去年の段階で、俺が交流サークルをこしらえようとしたらあっさりと学校側の方針で、E組作りに持っていかれてしまったって言う、あれだな」

「そうなんです。私、あの時、本当に申し訳なかったんです。梨南ちゃん、いえ、杉本さんに対して、クラスから追い出す形になってしまい、本当に心が痛かったんです」


 ──佐賀があの馬鹿女にそうとう迷惑かけられてたってのは、よくわかるわな。立村もなんであんな女子に拘るんだか俺には理解できねえよ。なあ、立村、頼むから頭冷やせよ。さっさと雪に頭を突っ込んでフリージングして、三Dに戻って来いっての!

 噂どまりではあるが、一度だけでも杉本梨南と接して感じた悪印象が消えることは全くない。一方隣の美里はさらにつぶやく。

「佐賀さん、立村くんを怒らせようとしてる」

「だからそれを挑発ってんだろ」

「そうだね、わかってるよそのくらい」

 ぶっきらぼうに返事してくる美里。わかっているなら黙っていろと言いたい。

 佐賀はるみの落ち着いた返事が実にあざやかだ。


「もし、あの時、もっと別のやり方を評議委員会がしていたらまた話は変わったと思うんです。たとえば、直接先生たちと相談する形にすれば、もっとうまくいったと思うんです。これ以上誰も傷つけないでことがすんだはずなのに、自分たちだけで計画したがためにこういうことになってしまったというのが、私にはとても、辛くて、悲しかったんです。さっき私が言ったことと重なるんですけど、もしあの時、先生に告げ口する勇気があれば今のように梨南ちゃん、いえ、杉本さんを傷つけないですんだはずなのにって、今でも思います」

 

 またがつんとくる。隣りの美里には気づかれないようにしたい。貴史はシャープをかちかち鳴らしてみた。

 ──俺たちが一年の時、もっと別のやり方してたら。

 ──こんなにぐっちゃぐちゃにならねえですんだのかもしれない。

 ボタンの掛け違いとしかいいようのないD組の評議委員選出の展開を今更後悔してもしょうがない。後ろなんか振り向く気などない。だがなぜ、あの時、貴史は立村の何度も出したSOSを受け止めてやれなかったのか。それだけがどうしても消えない。目の前で別人のように振舞う立村の張りぼてぶりがあまりにも情けない。

「勝ち目、ねえよな」

 思わず口から洩れる。美里がこちらを見たが何も言わなかった。」


「佐賀さん、それなら聞くけど、どうしてそんなに人を傷つけたくないんだったら、評議委員会のごたごたをさらに引き起こすきっかけ、作ろうとしたのかな。俺が聞きたいのはそれだけなんだけど、どうなのかな」

 指でこつこつ教卓を叩いていた立村が、不意に堅い声で佐賀に呼びかけた。

 きわめて冷静に。

「ごたごた? なんでしょうか、それは」

「つまりさ、佐賀さんが言うには、生徒会と教師連中が固まってやれば、今まで評議委員会のしでかしたような不始末を一切起こさないですんだってことになるよな。実際、俺が委員長だった頃にやらかしたことについては一切言い訳する気ない。少なくとも去年の十一月までのことについてはな」

 自嘲するかのように、鼻で笑った。ぐいと顔を上げた。

「だけど、今回、こういう風な席を用意しなくてはならないくらいのことになったきっかけっていうと、単刀直入に言うとあれか?」

 一気に本丸へ突入した。」

「この前の騒ぎのことか?」

 短い一言。三年連中がざわめき出した。天羽も、更科も、そして

「立村、やめろ」

 難波が鋭い声で怒鳴った。立村も気づいて難波を見やったが、いかにも「止めるな」といったメッセージをこめて首を振っているのが見え見えだった。

「反応があったってことで進めるけど、はっきり言って三年同士でどろどろな出来事があり、そのあたりで先生連中が介入しようとしたってことだよな。確かにそれは納得するよ。子どもだけでは解決できない、大人が割り込むことでしか片付かないことも、確かになるよな。ただ、悪いんだけどそれは評議委員会と直接関係のない出来事だったともいえなくはないのかな? 今まで佐賀さんが話してきた内容だけで判断すると、評議委員の三年連中は救いようのない間抜け連中だったと思われそうだけど、ひとつひとつ分析してみると、違うだろ?」

 すっと顔を挙げた。今までは佐賀はるみにのみ話しかけていた口ぶりが、ふと教室全員への目線へと変わった。ぐるりと見渡し、素の表情で窓辺を眺めた。その目はいつも見る立村と全く変わらないもの。自信なさげに、おどおどしながらも必死に自分をしばいて発言しようとしている、いつものあれに。

 正面切って、立村は仮面を挿げ替えた。ギャラリーをなめきったしたたかな顔をすぐに用意して続けた。

「ここで名前を出さないでおくけれど、きっかけは単に、佐賀さんと評議以外の女子とのいさかいがきっかけだろ? 俺もそのあたりは裏を取ったけど、ずいぶん酷いことを言うよな。悪いけど、ありもしないことを言うのはどうかと思うけどな」

 渋谷が立ち上がった。制止役はいつも彼女だ。立村を露骨に指差した。

「ちょっと待ってください。それは今回の話とは関係ありません」

 また軽蔑しきった口調で跳ね返す立村。 

「悪いけど、関係あるんだ。しつこいようだけど話を続けさせてもらえないかな。女子同士の口げんかに口を出す気はないよ。あとでしっぺがえしを食うからな。ただ、なぜそういうことを生徒会室の中でやらかしたのかってのがまずひとつ。悪いけどそれから一連の出来事は、そこから始まったわけだから生徒会のみなさんの責任は大きいわけだよな」


 ──ああ? なんだそりゃ?

「そういうことなんだ。立村くん」

 美里は立村を、背伸ばしたまままっすぐ見つめている。

「どういうことだよ」

「聞いてたらわかるよ」

 美里の筆箱を手で押さえ、

「説明しろっての!」

「だから、聞いてなよ」

 片方の端を押さえた。自然とふたりで同じ筆箱を持ち合っている格好となる。


「それは全く関係ないことではないのでしょうか? おそらく立村先輩のおっしゃていることは、杉本さんに私がアドバイスをしたことだと思うのですが、おっしゃる通りそれは友だちとしてのことであって評議委員会関係のことではありません。それは渋谷さんの言う通りこの場では関係のないことだと思います」

「そうだな、本来なら関係ないよな」

 立村は教卓を軽い音が出る程度に平手で叩いた。。

「関係ないんだけど、俺はそのこと、話したいんだ」

「わかりました、おっしゃってください」

 佐賀も落ち着いた口調で、他の生徒会連中および新井林を、お手ふりポーズで制したのち立村を促した。立村がいつもの紳士に戻る気配は一切なし。へらへら口調でにやつきながら、刃を向けた。


「佐賀さんが杉本に話したことなんだけどさ、半分以上あれ、でたらめだよ」

 負け戦のくせに勝ち誇った顔して、立村は高らかに言い放った。

「水鳥の奴のことなんだけどさ、俺の友だちだしこの前確認したらさ、青潟東受けるらしいよ」

 当然のことだが、貴史には全く意味のつかめない言葉が飛び交っている。

 だが佐賀には即座に伝わったらしく、

「あの、ことですか」

 不思議そうな顔で受け止めていた。

「それと、もし佐賀さんがあの場で杉本に変なことを話していなかったとしたら、たぶん元評議連中のトラブルは起こらなかったはずなんだ」

 ようやく事情を把握しだしたのか、一、二年の参加者たちがひそひそ話をし始めた。本当は貴史も美里を引き寄せて事情説明をさせたいところだが、カンペンケースの端を熱を持ちそうなほど堅く握り締めている相手にそれは無理だ。集中するしかない。

「佐賀さんの言う通り、これはプライベートなことだしそれ以上は言わないけどさ。ただ、さ、これは、やっちゃあいけないことだと思うよ。少なくとも生徒会長の立場で、生徒会室の中で、関係ない生徒を脅すってのはどうかと思うな」

「私は脅してません。梨南ちゃんがそんなことを言ったのですか」

「言うわけないだろ。杉本は事実しか言わない。ただ杉本の話とその他いわゆる三年評議のどたばた劇の噂を重ね合わせた結果、もしあの時生徒会のみなさんが杉本に変なことを吹き込んだりしていなかったら、ひどい結果にはならなかったはずなんじゃないかな。そう思えてならないんだ。もし杉本が、まだ入学すると決まっていない奴に生徒会がらみで近づくなとか、脅されていたとしたらこれは人道的にやってはいけないことだと俺も思うんだ」

「ですからそれは私と梨南ちゃんとのプライベートな話であって」

「だったら、評議関連のいろいろな出来事も、思いっきりプライベートな話だろ?」

 少し態勢が傾きかけている。立村のいいかげんな態度が壊れ、素でありながら厳しいものに切り替わりつつある。今までが無理に無理を重ねてきたのであろうことは予想がつく。

 貴史はすばやく頭の中で過去の記憶をかき集めてみた。とにかく、展開についていかないことには話にならない。その間にも立村はその材料となる言葉を次から次へと述べ立てていく。全速力で追わないとどうしようもない。


「もともと評議委員会は裏でいろいろ後ろ暗いことしてきた集団だし、それを先生たちにつっこまれるのならそれはしょうがないと思ってるさ。認めるし、それなら来年以降のことは何もくちばしはさむ気なんてない。ただどう考えても、生徒会のみなさんがやってることは、ひとりの生徒を集団いじめしているようにしか見えないんだよな」

「ふつうに話をすることがなぜいけないのでしょうか。私にはわかりません。それに、こんなくだらないことで時間をつぶすのはもったいないことではないでしょうか」

「ああ、俺もこんなことさっさと終わらせたいからな」

 うまく話が飲み込めていないのか佐賀が穏やかに返している。立村も苛立ちつつも手を緩めない。誰もが二人の丁々発止を固唾呑んで見守っている。

「とにかく佐賀さん、あの時にもし佐賀さんが杉本に、関崎が青大附高に入学してきても絶対に近づけないとか言ってなかったら、それをかばおうとした元評議委員たちが暴走することもなかったわけだしさ」

 未知の登場人物が多すぎる。ということは何か。杉本を佐賀が生徒会に呼び出し説教したことが、要するに西月や霧島、天羽たちを含む大問題に発展したということなのか。第一誰だ、その関崎とは。青大附高に入学してくるって奴は。いったいどう関係あるのか?

 貴史が首をひねっている間にも立村の暴走は止まらない。誰も止めようとしない。

 ──こんなにそそり立ったかっこうで言い放っていいのかよ、お前、もしこれでまたへまやったらどうするんだ!

 いざとなったら、いざとなったら、それだけが頭の中ぐるぐるする。

「あ、それともうひとつ言っておきたいんだけど、この一件で天羽のことが散々噂になっているようだけど、それ、全く持って大嘘だから」

 天羽がぽかんとした顔で、自分を指差し立村に問う。

「俺……?」

 自分の世界で佐賀を問い詰めている立村にはそれすら届かない。開き直ったように言い放っているのみ。教室内に響き渡る立村の声は本当に本人なのか。それともどこか天から降ってきた声なのか、ばかばかしい想像すらしてしまいたくなった。

「なんかさ、噂によると天羽の色恋沙汰が原因でどたばたやってるって話になって、先生方もそれ本気で信じているようだけど、ほんとのところは違うだろ」

 突然、立村は唇を引き締め、凄みのある眼差しとこしらえた笑みをそろえたまま、全員に言い放った。佐賀はるみ相手ではなかった。

「天羽の人間関係とは一切かかわりなし。単に、佐賀さんが生徒会室で杉本に、まだ来ることが決まってない奴に近づくなとかわけのわかんないことを話したのがきっかけだよ。もしそれさえなければ、ここまで天羽をつるし上げることもなかっただろうしな。杉本に恨みがあるのはわからなくもないよ、けどな、佐賀さん、それは一人の人間として、今更やってはいけないことなんじゃないか? そうだな、人間としてもそうだけど、少なくとも生徒会室の中でそれをすべきではなかったんじゃないのかな。悪いんだけどさ」

 ぐるりと見渡し、また指差しをしようとする渋谷を鼻であしらい、立村は佐賀に何かをささやいた。貴史には聞こえなかった。佐賀はるみは相変わらず不思議そうな顔でもって立村の顔を見上げるだけだった。


 美里の横顔に浮かぶもの。今にもなきそうな眼差しのみ。

「おい、美里」

「黙っててよ!」

「んと、なんだ、要するに西月連中の事件と評議委員会とは全く別の問題だと言いたいのかよ」

「そういうことよ」

「そりゃ無理過ぎだろ? あいつの論理なんか崩壊しまくってるぞ」

「冷静に考えればわかるわよ! けどしょうがないじゃない!」

「はあ?」

 教壇の前で新井林が立ち上がった。二年男子たちが止めようとするが果たせない。

 つかつか教壇の上の立むらをにらみすえている。

「どうしよう、ねえ、止めようよ」

「なんだ?」

 美里が貴史の腕を引っ張る。

「あのままだと新井林くん、立村くん、殴りつけちゃうよ。あんたの時なんか比にならないくらい、叩きのめしちゃうよ。勝てないし、それに」

 言葉を切って美里は首を振った。

「もう立村くん、死んでもいいって思ってるし」

 美里の言葉は途中で途切れた。その新井林が仁王立ちで立村に立ち向かおうとしていたからだった。思わず貴史も立ち上がっていた。

 ──完璧やべえ! あの馬鹿、とうとう、何を!


「あんた、評議委員長だったってのに、何考えてるんだよ。立村さん、あんたはさ、あの本条さんが認めた評議委員長だったんだろ? なんでこんな最後の最後に恥さらしな真似しやがるんだよ。こんなわけのわからねえことしやがって、もうやめろってってるだろ!」

 拳を握り締めている。美里の危惧通りだ。今にも殴りかかりそうなポーズだ。しかし教壇には上がらない。引き摺り下ろそうともしない。静かに見守っている佐賀と、その脇で立ち上がりはらはらしている様子の生徒会役員。「いいかげんにしてください!」と叫ぶヘアバンド女子の渋谷。新井林の側で懸命に「新井林、落ち着けよ」「健吾、頼むやめろ」と説得する二年男子たちがいる。評議委員連中なのかはわからない。

 新井林はひとりわめいている渋谷を一喝した。

「あんた、ちょっと黙れ。俺は立村さんと話してるんだ」

「評議委員会っていったい、何考えてるんですか。だから先生たちが早くつぶしたがってるんだわ。佐賀さん、いいかげんこんなのやめましょう。霧島くんも手伝って」

 いかにも優等生面した悪役が言い出しそうな台詞を言ってのける渋谷だが、今度はもひとり加わった。霧島弟がきっと言い返した。

「くん付けで呼ばないでください」

「そんなのどうでもいいでしょう」

 渋谷と霧島弟との小競り合いをよそに、新井林はさらに立村をまっすぐ見つめたまま訴えている。なぜか、拳は上がらない。ただひたすら、教壇の下から、

「弱い者いじめ、とか言ってるけどさあんた、あんたが今してることだってそうじゃないか? あんたがこんなまん前で、ひとりの女子をつるし上げてるのもいじめじゃねえのかよ。それって、正々堂々たる態度じゃねえよな。人間として、それは間違ってる。絶対に、どんな理由があろうとも、絶対に間違ってる。どんな理由があろうとも、あんたのやってることは間違ってる。そうだよ、立村さん」

 「立村さん」と、決して「さん」をはずさないまま、新井林は続けた。

 その言葉は立村にしか向けられていない。

 側にいる誰も、その言葉を求めていない。 

「あんた、同じ事、俺に言ったこと、どうして忘れてるんだよ、なんでこんなこと、最後の最後に、なあ、あんたもうやめろよ」

 涙声に聞こえたのは、気のせいだろうか。立村はそのままずっと静かにその表情を変えなかった。ばかにしきった目つきではない。じっと、よく貴史や美里を見据えて穏やかに頷いている時と変わらなかった。受け入れている、その感覚が残っている。今までの茶番劇はすべて「演技」だったのだ、それだけは理解した。

 ──立村、なんで、お前何も言わねえんだよ。言いたいことあるだろが。

 佐賀にあれだけ言いたい放題わめいておいて、なぜ新井林に怖気ずくのか。それとも、

 ──それともまさか、死んでもいいって?

 美里の言葉がよぎった。その隣りで

「貴史、止めよう。あんた行かないなら私、行く」

 美里が立ち上がろうと机に両手を突いたその時だった。


「立村」

 厳しい声がよく通った。天羽が立ち上がった。それまで立村だけをまっすぐに見据えてきた新井林が天羽に向かい、、

「あの、天羽さん」

 我に帰ったようにつぶやいた。立村の表情は変わらない。天羽はまず、新井林の隣りに立ち、片手を肩に乗せた。

「お前も座れ。まだやることがある」

 無理やり席につかせた。次に、教壇にいる佐賀はるみに向かい、 

「まだ話は終わってないんで、これからまとめるといたしやしょうか」

 腹の底から響く声で、丁寧に語りかけ、最後に立村へ目を向けた。

「もう、帰っていい」

「はっきり言えよ。俺にどうしろっていうんだよ」

 無理して鼻で笑おうとししくじっている、そんな言い方で立村が問い返す。

「立村、もう、評議委員会、こなくていい。あとは俺がすべて片付ける」

 天羽は、立村が入ってきた扉をそのまま指差し、そのまま動かずにいた。立村が出て行くまでその場を動かない、そう言いたげなどっしり感がある。


 ──天羽、なんでだ?

 ──これ、お前が仕込んだことじゃねえのか?

 ──あれだけ立村を中に呼びたいとか言っておきながら、こうやって追い出すのか?

 わからない。もう貴史には評議委員連中が何をしたくて何をたくらんでいるのかが理解できない。隣りの美里がそれを把握しているのかそのものが許せない気持ちだ。

 ──一発殴ってでもここにおいとくか、俺をつかって外に一緒に出すか、とにかくこのまま追っ払うってのはねえだろが!

 喉まで出かかる言葉を飲み込む。美里は貴史の腕を押さえ無理やり席に座らせた。

 その間。同時進行で佐賀と新井林が小競り合いしているのが聞こえたがそんなのどうでもよかった、しばらく言い合った後、佐賀はるみは新井林をなだめ、すっと天羽を見下ろした。立村を背にするように立った。

「では、立村先輩がお帰りになったら、もう一度お話をまとめたいのですがよろしいですか?」

「かしこまりやした、じゃあまずは皆の衆、控えおろう!」

 どっと笑いが起こった。とりあえず笑っておこうといった、投げやりな笑いだった。幕引きの合図と見た。合間に天羽が立村に向かいピースサイン、敬礼サインを二本指で送っているのだけが不可解だった。追い出したい相手だろ、そう問いたかった。

「わかった、それじゃ、あとはよろしく」

 もうめっきのはげたへらへら野郎演技を無理に続けている立村を、誰も追ったり止めたりする奴はいなかった。教壇から降り、立村は天羽の肩を強く一度叩き、席に戻ってきた。貴史の机に置きっぱなしのコートを黙って抱えた。貴史や美里の方を一切見ようとはしなかった。後ろの扉から静かに去っていった。


 貴史は改めて美里に問いかけようとして、やめた。じっと、後ろ扉から目を離さずにいたからだった。

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