第三部 83
「本日の議題ですが、前もって説明しておいた通りです」
ショートヘアでヘアバンドをした生徒会役員の一人が甲高い声を張り上げた。
「本日みなさんに集まっていただいたのは、昨年から話し合いが始まっていた、生徒会と評議委員会との間でどのように仕事を割り振っていくか、の最終的な結論を出すためです。今まで評議委員会が他の中学との交流業務を始めさまざまなイベントを取り仕切ってきていたようですが、昨年の段階でそれだけでは広がりがなさ過ぎるということもあり生徒会に委任しようという動きが出てきました。ここまではよろしいですか」
隣りの美里をつつき、貴史は尋ねた。
「誰だよあれ」
「ああ、あの子ね、生徒会書記の渋谷さん。去年副会長だったけどね」
こともなしに美里は答えた。
「噂だけどゆいちゃんの弟君とは犬猿の仲みたいよ」
「面倒だなあ」
教壇に鎮座ましている佐賀はるみ生徒会長の脇で、説明を続けている渋谷という女子だが、その脇にてちんまり腰掛けている霧島副会長のつまらなそうな表情がすべてを物語っている。どうやら、生徒会も一枚板というわけではなさそうだ。
「今回なぜこんなにたくさんのみなさんに声かけさせてもらったかっていうと、去年の十一月に行われた生徒会改選をきっかけにさまざまな状況が変わってきたってことが挙げられます。最初の段階では評議委員会で行われていたさまざまな交流行事を生徒会も一緒に企画から参加してはどうか、ということだったんですけど、いろいろ調べたところそういうことって四年くらい前までは生徒会が中心になって行ってきたことってのがわかったんです。これ、先生たちに聞いたんですけど。私たちも入学してからそんな話ほとんど聞いたことなくて、なんでうちの学校は生徒会が企画から参加できないんだろうって不思議に思っていたので」
ここで渋谷は額のヘアバンドを指で直した。
「今年の一月から私たち生徒会は、先生たちと話し合いを何度か持ちました。評議委員会の人たちにはお伝えしなかったのですが、冬休み中いろいろ呼び出されたりしたんです。そしたら、先生たちも本当は昔のやり方で生徒会主導の交流活動の方が自然だしやりやすいという話が出てきたんです」
──なんだそりゃ。
どうも、天羽や難波の話とだいぶ違ってきているような気がする。きわめて自然な流れ、全く持ってその通りだ。今までの話をつないで見る限り、評議委員会が主導となったのはアイドルマニア委員長結城先輩の時代からであり、そこから天才・本条先輩の独断場となり最盛期を迎えたということか。しかしそこから先の凋落は何も言えない状況である。
「やっぱり他の学校同士と交流する場合、最初に案内されるのが評議委員会というのに、みな最初は戸惑われるそうです。もちろん説明はしますけれども、かみ合わないこともいっぱいあるそうなんです。無駄な時間がどうしても生まれてしまうと。それでも以前は評議委員会がしっかり活動してらしたようなので問題はさほどおきなかったんですが、最近の状況からして、やはり、これはまずいのではという方向に先生たちがなってきてるみたいなんです」
──いやあ天羽どうするんだこりゃ。
言われたい放題だ。ちらと天羽の姿を見る。おちゃらけた顔して教室に入ってきた時とは大違いの、くそまじめな横顔にかなり切羽詰ったものを感じている。
「よく言うよね。そのきっかけ作ったのどっちなんだか」
美里が小声でぶつくさ呟いている。
「かつては本条委員長、結城委員長といったすごい手腕の持ち主もいたことですし、そのやり方で今までは問題がなかったんんでしょう。でも、それって何年前のことですか? 昔ですよね? 今はもう、生徒たちの価値観も変わったし、このままでいいのかという疑問だってありますよね。去年の改選はまさにそのことを表していたと思います。えっと、というか、評議委員長選挙も」
ここまで言うのか。おぞましいったらない。天羽にさりげなく視線が集まる。すぐに天羽もにんまり表情をこしらえて頷く。
「仰せの通りでございます」
「そうですか、わかってればいいんです。それで、評議委員会のみなさんがかつての本条先輩体制と同じようなことができないというのであれば、現在それが可能な生徒会に持っていくべきものではないかっていうのが先生たちのご意見です」
「あのー、ちょいと待ったかけていいですか」
おちゃめな声で手を挙げた奴がいる。貴史の目の前。三年C組男子評議。更科基だ。
「えっと、俺もあまり評議委員としては陰薄かったんでなんですが、現三年世代の評議委員会がなんも功績残してないってのはなんか、誤解かなあと思うんですが。俺たちも確かに褒められたことばかりじゃないですが、たとえば前期に絞っていうと水鳥中学との交流を活発化させたり、他の委員会に仕事をどんどん渡すようにしたり、それとほら、今まで評議で抱え込んできたイベントをどんどんクラスに落としこもうとしたりとか、俺たちなりにがんばってきたつもりなんですけど。それを認めてもらえないのは寂しいなって思います」
あっけらかんと、チワワな笑顔で更科は言い切った。拍手が評議委員の間から洩れる。もちろん貴史も椅子ごしに、
「さっすが生え抜き評議だよな」
称えるのを忘れない。親指立てて合図を返す更科はさらに続けた。
「それに、今回の評議委員会と生徒会と合同でこれからやろうって話は、前期評議委員長の立村が提案したことです。これ、すっごい有名な話だと思うんですが、知らない人いますか」
初めてここで立村の名前が登場した。教室内に不穏なざわめきが広がった。
「更科くんから切り出したんだ」
美里がまた独り言を言う。
「そりゃ言うだろうが。立村がやったことだろ」
「これが計画なの?」
更科に尋ねようとする美里だが一切無視された。更科の演説は続く。
「このことなんですけど、結構知らない人多いみたいなんで俺から言っちゃいますけど、評議委員会の中ではすっごく意見分かれたんですよ。だって馬鹿みたいでしょう。せっかく本条先輩の時代に俺たち楽しい思いしてきましたし、評議委員同士仲間同士での方がいろいろとやりやすいですからね。けど、当時委員長やってた立村は俺たちが反対するのを押し切る形で前期の生徒会長だった藤沖に話を持ちかけたってことです。な、そうだよな、藤沖」
気づかなかったが、生徒会役員チームのすぐ後ろに藤沖が座っている。さすがに後輩たちが心配だったのだろう。仕方なさげに頷いた。
「立村の目的はさっき渋谷さんが言ってくれた通りでして、評議で押さえ込んでいたイベントをもっとたくさんの人に生かしてもらうきっかけを作りたい、そのために生徒会の力も借りたい。そうすればもっと幅広いつながりが生まれるんでないか、ってことです。けど、今回の集まりの内容を聞いてみると単純に、評議委員会を単なる学級委員に押しやっといて、生徒会だけで独り占めしようとしている風にしか俺、見えないんですけど間違ってますか」
また拍手が評議委員会チームから溢れる。阿木が親指立てて更科に合図を送っている。おとなしそうだが結構阿木という女子も気合が漢だ。
「お言葉ですが更科先輩は間違ってらっしゃいます。今からその根拠を申し上げます」
いきなり立ち上がったのは、さっきからものを言いたそうにうずうずしていた霧島弟だった。狐に似た端正な顔を崩さず、これまた甲高い声で話を奪った。不満そうに席につくのは渋谷だった。隣り合う佐賀はるみになにやらささやきかけている。ここまで佐賀は開会の挨拶のみで、特に何も意味ある言葉を発していないのが謎だった。
美形の男子が立ち上がると女子たちの眼差しがどことなく輝くのは気のせいだろうか。貴史は美里の様子を伺った。別に特段なんでもない。三年女子たちの表情も対して変化はなし。やはりここは、霧島ゆいの力だろうと思う。他の二年以下女子たちの態度の変わり方といったら、傍観者の貴史からしてもぞっとするほどだ。なぜいきなり髪を直したりするのだろうか。乱れっぱなしだっていうのに。
「一点目ですが、確かに評議委員会の先輩方の功績は素晴らしいものがあります。もちろんそれを否定することはできません。水鳥中学生徒会の方々との交流会を実現させたこと放送委員や図書局音楽委員などなどさまざまな委員会に権限を譲り渡すことで幅広い視野で活動ができるようになったこと。その他たくさんあります。僕も決して否定はいたしません。ですがこのことはほとんど前期に固まっていることであり、強調するならばそれは、卒業なさった本条先輩の遺産とも言えるのではないでしょうか?」
また小声で美里が呟く。
「違うって。本条先輩立村くんのやり方に大反対してたはずだよ」
「そんなのどこでわかるんだよ」
「だってどう考えたって本条先輩が賛成するなんてわけないじゃない!」
美里は力いっぱい言い切った。霧島は背をすっと伸ばし、女子たちのとろけるような眼差しと男子たちの顰蹙こめた表情を受け止めつつさらに話を進めた。
「優れた委員長のもとで統括されていた評議委員会が数々の功績を挙げられたことについて僕は否定いたしません。ですがよくよくお考えください。その後、夏休み以降の流れですがあれはなんなんでしょうか。天羽先輩」
「別にそんな突っ込まれるようなことしてないと思いますが、なあ難波?」
悪意も何も感じない表情で天羽が受け流す。難波の表情は伺えないが頷いているところだけは確認した。静かに隣りの席で轟が様子を伺っている。
「前期評議委員長である立村先輩が本条先輩の方針を受け継いであれやこれや行われたことは存じ上げております。しかしそれはオリジナルにあらず、本条先輩だからこそ許されたことでしょう。先生方もおっしゃってました。あれは本条先輩のためにだけ存在した特別組織だったのだと言うことを語っておられました。さらに付け加えると、当時の評議委員会顧問が昨年定年退職なさった駒方先生というのも、影響していたのかもしれません」
──ええとなんだ、あの、歳の割りにはアバンギャルドな絵が好きな先生か。
確か金沢が美術の授業中認めてもらえないで泣いていたのを覚えている。美術の教師だった。評議委員会の顧問という話もどこかで聞いた記憶があるようなないような、そんな感じだ。貴史には関係ない。
「そのことを考えると、失礼ながら三年のみなさまが作り上げてきた評議委員会とは言い切れないところもあるのではと存じますがいかがですか?」
生徒会にも評議委員会にも直結しない生徒たちが廊下沿いに固まっていて、そいつらが派手に拍手している。生徒会よりの連中なのかもしれない。
「いやあ、まあ本条先輩は表裏ともに激しい人だたからねえ」
のほほんと続ける天羽。いったいどこで反撃するのだろう。貴史が天羽の立場だったらここで一発ぶん殴りに立ち上がっているところだが、それすらしない。むしろ余裕ありげのようだ。更科も発言時ののんびり口調とは違い、どことなくきょろきょろと落ち着かず、難波にいたっては肩の怒らせかたが通常とは違うのがありありと見て取れる。
「僕としては前期の評議委員会のみなさまの行動であれば多少は受け入れねばならないのではとも考えるところがあります。ですが、特に十月以降のみなさまの行動を見ていれば誰もがこのままだと危険なのではと感じるのも無理はないのではと思いますがどうでしょう。一区切りつけまして、評議委員会の改選をきっかけに天羽先輩が選ばれ本格的に生徒会との合同作業を進めるべく動いてきたわけですが、お世辞にもスムーズに進んだとはいえません。僕たち生徒会はできれば評議委員のみなさん全員の意思統一のもとで行えるものと思っておりましたが、他の学年の委員のみなさんは何が起こっているのかすらほとんど分からない状態。僕たちがいろいろ質問しても無関心の状況。これをどうお考えになりますか」
──そういうことか!
「なにがそういうことなのよ」
隣りの美里が貴史をつついた。もちろん声は潜めている。
「お前ら評議がどこ突っ込まれたかってことがわかったっての」
「何よそれ。言い方によっては殺すからね」
「気づけよ。あの狐野郎が言うのは、お前ら評議連中が自分らのことに集中してる間に、後輩連中が置いてきぼりになったってことを突っ込んでるわけだよ」
「そりゃしょうがないじゃないの。学年違うし全員に声かけるわけいかないし」
「ばーか、だからお前はアホなんだよ。お前らがやるべきことは、目だたねえ連中にも声かけして、それなりに話をして、立村たちの考えてることをだ、伝えて協力頼むことだったんじゃねえのか?」
美里は黙った。カンペンケースをはじいている。ざまあみろ。
「生徒会側からしたら評議委員会は上の連中ばっかで騒いでいるだけであって、後輩たちは無関心、こんな状態のチームに大切な行事なんてまかせられねえよ、じゃあ俺らにちょうだいな、そう言ってるてことだろ!」
「もう遅いじゃない!」
美里とやり取りしている間にも霧島の長い演説は続いている。
「まだ一年でありながら副会長を務めている僕からいたしますと歯がゆいものがあります。そしてそのことに気づいていたのは僕たちだけではありません。先生たちも同様に感じていたとのことでした」
「それ、正月にかい?」
また時代劇のどこかの遊び人風に天羽が尋ねる。笑いが起こった。
「さようです。生徒会も少しずつ団結し始めてきたこの頃、このままいい加減なやり方で進む評議委員会と一緒に行うべきなのか、それとも本来生徒たちと一緒に進むべき生徒会がすべてを統括すべきなのか、もう明らかでしょう。僕たちだけではなく、先生たちもその点については強く共感なさってます」
さらに、と霧島は力を込めた。
「あまり申し上げたくないことなのですが、評議委員の三年のみなさまのチームワークもかなり、がたがたに見えますがいかがでしょうか。前期評議委員長の立村先輩は書記に退いてほとんど姿をお見せにならないと耳にしております。天羽委員長も難波先輩も更科先輩ももちろん力を尽くしておられるのは存じてますが、その一方で愚かな生徒たちにより人間関係のさまざまな破綻も起きているとか。先生たちがもっとも心配なさっていらしたのはそこです。活動どうのこうのというものではなく、評議委員会という特権階級のようなグループが存在することによって、一般の生徒たちから乖離していき、それゆえにこの前の理科室で起きたような恐ろしい事件が連載して続いたと、そういうわけではありませんんか? あくまでも学校側は内密にしているようですしこれ以上のことは申しませんが、いかがでしょうか」
静まりかえった教室内。
誰もが霧島の言葉に聞き入っている。
「おぞましい事件」とはよく言ったもの。評議委員連中を巡る愛憎劇の連鎖を否定することは誰もできない。特に天羽評議委員長を巡る人間関係や、それにともなう二人の女子の転校・停学騒動。ばれたらおそらく警察沙汰ともいえる例の事件。もしかしたら立村をぶん殴った貴史の履歴もしっかり残っているのかもしれない。
「どうでもいいけどよ、自分の姉ちゃんのことあそこまで叩いていいのかよ」
「よくない!」
美里がカンペンケースを握り締めたまま首を振った。
「貴史、どうすればいいと思う? もうこのままだと、評議委員会のプライドずたずたじゃない! 先生まで味方につけちゃって、評議委員会は常識ないチームだとか決め付けられちゃって、それだったら生徒会の方が何千倍もましとか言われてるようなものだもん」
「否定できねえだろが」
「できないけど、でも」
美里は答えられず、そのまま俯いた。にっちもさっちも行かない。袋小路。
──まあ、天羽だってこのあたりは予想してただろ。
前扉が勢いよく開いた。蹴飛ばしたような音がした。
──今頃誰だ?
ノックもなにもなかった。
「ノックしてください!」
甲高い声で叫びながら立ち上がる渋谷を無視するかのように、扉の向こうの主は穏やかに微笑んでいる。その笑いがどこかその主には見たことのないものだと貴史はすぐに感づいた。息を呑んだ教室内が突如、まあるくざわめいた。
「立村くん!」
「あいつ、なんで」
「立村先輩がなぜ?」
──立村か、おい、本当に立村か?
蹴り飛ばした扉を右ひじで押さえるようにし、立村はゆっくりとギャラリー連中を見渡した。遠慮気味で人の顔をおずおず見るようなそんなしぐさなどかばんのどこかにしまいこんだのか。張りのある声でまず一声を。
「遅くなりました。どこに座ればいいですか」
そのまま評議連中の顔を値踏みするように見据えていった。天羽、難波、更科、そして貴史。目が合った。ノックもなしに蹴飛ばして扉を開け、見慣れぬ笑顔でもって悠々とした態度、それは貴史の知る立村上総にないものだった。美里がささやいた。
「本条先輩の真似してるよ、立村くん」
──そうか?
美里と顔を見合わせ、貴史はただただ息を呑んだまま立村の様子を伺っていた。