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第二部 71

 雪が止んだと思えばまた降りしきる。足跡をしっかり残してもまた覆うように降り積もる。

 ──そっか、そうなんだね。

 更科との会話を電話で美里に伝えた時の反応がそれだった。

 ──さっき近江さんとこ行ったけどなんとなくそれは聞いてたんだ。

「近江はって、ダメージ結構でかかったんでねえの」

 ──思ったより平気そうだったよ。むしろ、家族の人たちが一方的に大騒ぎしてて、めんどくさいって言ってた。一方的に文句つけられただけなのにねって。

「けどさあ、停学沙汰だろ。霧島のことだってあるだろしな」

 ──ゆいちゃんのことはどうなってるかわかんないけどね。難波くんはともかく、更科くんこれから大変だろうな。C組ほとんどひとりで切り盛りしなくちゃいけないでしょ。あーあ、なんでこんなこと続くんだろね。明日、その点についてもう少し話し合わなくちゃね。先生たちとも。 

 双方の両親が聞き耳を立てていることを鑑みて、話はここで終えた。続きはまた明日ということだ。


 更科としばらく話をし、「とりあえずは内緒にしておくか」で終わり、今のところは雪が静かに覆い隠してくれるのを待つのみだった。

 ──こういうことが起きるたび、こんな風に評議連中は集まって相談してたのかよ。信じられねえな。

 立村が評議委員長だった頃も事件頻発していたような気がする。呼び出されたりいろいろ騒いだりしていたけれども、同期連中がかなり目立つ奴だったので立村自身がいろいろ言われることは少なかった。いや、「役立たず」とは揶揄されていたが。

 今回のA組事件およびC組事件……と、言ってもいいものか迷うが……は、生徒たちが起こしたものには違いないが、生徒だけで片付けられるものとも言い切れない。ふたつとも同様でA組に関して言えば、下手したら警察介入しても不思議はないのではないか。さらにC組の件も、未遂に終わったとはいえ中学生の自殺といったら地元新聞の一面に扱われてもおかしくはない。特に霧島は青潟市でそれなりに知られた老舗の娘である。別の面で話題になる可能性だってある。

 貴史はぼんやりベッドの上から鈴蘭優の巨大ポスターを眺めていた。

 今年の正月に、美里と出かけた時手に入れたものだった。

 季節外れの半そでワンピースで微笑んでいるが見るからに寒そうだ。

 ──どうするんだろな。人の生き死にに関係する内容だからなあ。俺たちD組の話とはまったく違うよな。

 他人事のように思う。もちろん同じ歳の連中が引き起こしていることだしショックがないわけではない。自分自身も似たようなことをつい最近やらかしてきて、幸いお咎めなしで終わっている現状もある。ただどこか現実味がない。天羽はえらいことになっているだろう、更科は頭を抱えているだろう、難波はもう想像するも恐ろしい。それでもやはり、貴史にとっては、

 ──明日、立村来るのかなあ。どう話すりゃいいんだよ。こんなすさまじい状況でさ。それ以前に俺と話、する気あるのかってとこなんだよ。逃げても捕まえねばならないし、捕まえたらそこで話聞いてもらわねばなんねえし。逃げ道をふさぐってのもなんだけど、もうしっかと押さえて話するしかねえんだよ、こりゃ。

 立村と対話ができるかどうか、以上にでかいことは今のところなさそうだった。


 次の日は朝から晴れ間が覗いていた。雪が溶けるほどではないにしても、積もった雪がきらきら光り、どこかの高級な羊羹を思わせるようだった。別に貴史は和菓子に詳しいわけではなく、たまたま昨日夜食で食った羊羹がこういう「淡雪」タイプのものだったから記憶に残っていたに過ぎない。うまかったことは確かだ。

 自転車の轍もくっきり引かれている。安心して突っ込んで走ればそれほどあぶなくもない。いつものように学校に到着した。

「先生、どうも」

「あのな、おはようだろ、ったくもうなんだ」

 軽くやりあいながらまずは職員室に向かう。例のロングホームルーム以来、貴史としてやるべきことは「早起きして学校」と「ついたらとりあえず職員室で菱本先生とデート」くらいしか思いつかなかった。立村の代行となればまた別なのだろうが、あいつが今まで一切しようとしなかった「菱本先生との積極的交流」だけは力を入れておかないといけないような気がしていた。

 職員室にはそれぞれ先生たちが授業の準備をしたりコートをかけたり、ストーブで手をあぶったりなんなりしている。貴史の顔も知られているせいかそれなりに「やあ、羽飛がんばってるなあ」と激励していく先生もいる。どうでもいいが教頭先生まで声をかけてくるのにはいつもながら驚く。

「先生、俺別に、教頭先生に覚えられるようなことしてねえよな」

「してるしてる。まあ座れよ」

 菱本先生はすぐに自分の席へ貴史を呼び寄せた。やはり隣には狩野先生がいる。軽く頭を下げ、パイプ椅子を引っ張り出して座った。

「今日、立村が来たらお前どうする?」

「何度も言ってるけど、しゃべるしかないだろって感じ」

「そうだな。それしかないよな」

 隣の狩野先生を警戒しているようで、菱本先生は貴史にもう少し側へ寄るよう招きよせた。机にはまだ何も置いていなかった。

「文集のことだが、清坂も金沢もそれと奈良岡もやる気まんまんだからもう任せておいていいな。お前正直なところ、どう思う?」

「班ノートが絡まないなら立村もなんも言わないと思うよ」

 もう終わったことだった。あっさり答える。でも続ける。

「それよかあと一ヶ月なんだけど、評議がらみのことでいろいろ起きてるみたいで、あいつが帰ってきた時にうまく対応できるのかって気は正直するけど」

「小さい声で言え、ほらほら」

 やはり周囲に気を遣うのだろう。さらに密着させられる。悪いが貴史はそちらの趣味はない。

「ま、お前の言いたいことはわかる。本当はお前にもそっちの切り盛りもさせたいんだがやっぱり無理だろうなあ」

「あたりまえだろ。相手は評議委員長経験者だっての。そんな俺がいきなり手を出せる内容じゃあねえし。そっちは立村がやってくれると思う。もどってくれば、だけど」

「そうだな、もどってくれば、だな」

 ため息を吐いて菱本先生はノートを引っ張り出した。歴史の授業用のものだった。

「女子たちも、一応この前の話し合いでわだかまりがなくなったと思いたいんだが、なかなか難しいかもしれないなあ。お前どう思う?」

「なくなんないと思う」

 その辺ははっきり言い切った。当たり前のことだ。

「女子は執念深いしそれは無理。けどそれなりになんとかなると思う」

「なんでだ?」

「顔、立ててやればいいんだよ」

 貴史はもう一度声を潜めて菱本先生にささやいた。

「玉城たちと美里たちのグループが対立している以上、それぞれのグループの面子を保ってやればいいよ。特に玉城。あいつもがんばったけど、やっぱし場馴れしてないから苦労したと思うんだ。その点しょっちゅう教壇に上がり慣れてる美里の方が有利だよな。その点、先生悪いけど、玉城と杉浦の面倒をちょっと見てもらえねえかな」

「それ俺が言うべきことだと思うが、まあいいか。そうだな」

 にやにやしながら菱本先生は頷いた。

「女子同士では古川がちょこちょこ動き回ってうまく面倒見ているようだけどやっぱあいつも美里の機嫌取らないと大変だろうし。そこんとこ先生も手伝ってほしいってとこ。俺は俺で、なんとしても立村とさしの勝負し直す必要あるからとことん話し合う」

「しつこいようだが、手は出すなよ」

 貴史も大きく頷き返した。もちろんだ。学習能力ないわけじゃない。立村には言葉でしか通じない。


 しばらくクラス運営のよしなについて語り合った後、貴史は教室に戻った。まだ八時十分過ぎ、教室前には週番の規律委員たちが並んで朝礼している。たまたま南雲がいるのに気がついたが無視して通り過ぎた。

 ──実は男子連中もまだまだわだかまりあるんだわな。

 自分でもこの辺は、なんとかしたくないところだった。女子たちの件についてはめんどうくさいところもなくはないので先生の手を借りるのも手だとは思う。古川こずえにエロ女王以外の面で活躍してもらう必要がある。しかし、

 ──男子連中の派閥も、まあこんなもんだろうな。ありがたいことに立村の件では一枚板の結束でなんとかなったし。南雲の関係者たちについても、正直どうだっていいや。

 本当はこちらを何とかしないといけないのかもしれない。立村もそれほど気にはしていないようだったし、貴史と南雲両方のグループと調子よく仲良くしていた。それが今回、女子たちの冷たい視線を跳ね返せた理由といえばそうなのだが、クラスの団結力を高めて卒業させるというところには至らないような気がしていた。菱本先生の「まだ一ヶ月」精神でつっぱしってもそこまでは無理だろう。水と油の南雲と貴史、これをいきなり握手しあう仲になれと言われても、そりゃ不可能だ。


「羽飛くん、おはよ」

 三年D組の教室で一番に声をかけてきたのは奈良岡彰子だった。相変わらずふくよかなあんまん姫は、さわやかな微笑みを持って近づいてきた。

「あ、おっはよ」

 あっさり流す。例のロングホームルームをきっかけに、少し距離をおきたいタイプの女子と認識された奈良岡彰子だが、当の本人はまったく意に介していない様子だった。貴史もかなりきつく振り払ったり罵倒したりしたはずなのだが、そんなのどうでもいいという顔してにこやかに語りかけてくる。

「美里たちとも盛り上がってるみたいだよな、よかったよかった」

「うん、羽飛くんが身体を張ってくれたおかげだよ。ありがとう」

「ねーさんもかなり身体張ってたじゃあねえの」

 心にもないことを言いたくはない。事実だけ伝える。

「なんかね、本当にこれでみんなうまくいきそうな気がするんだ。私ねやっと、三年D組がクラスらしくなってきたなってきたなって感じがするのね」

 ──そうなんだろな、奈良岡にとってはな。

 貴史からしたら、文集がらみの出来事を通じて改めて奈良岡彰子の恐ろしさを実感したような気がする。心の中であんまん姫ならぬ「ハブ姫」とつぶやいたことを今だ忘れてはいない。心あたたかきほわほわあんまん笑顔、バターのくっきり利いたクッキーはうまい、確かにそれはそうなのだが、受ける相手からするとそれは凶器にしか見えない。それも改めて感じている。

「まだまだだぞ、それ甘えよ」

 かばんから教科書とノートを入れて、貴史は目を向けずに話し続けた。

「まだ立村が戻ってきてねえもん。話はそこからだって。俺もあいつの代わりになれるとは思ってねえけど、まずは話し合わないとな」

「羽飛くん、なぜ立村くんに拘るんだろう。この前の話でもまとまったけど、クラスのまとめ役は羽飛くんで皆大賛成だったよ」

「けどあいつはまだ知らないんだ。俺も電話かけてねえし。青天の霹靂状態だろ」

「あっそっか」

 奈良岡ははっと気がついたかのように天井を見上げ、またふっくら笑顔で答えた。

「でも、もう大丈夫だって気がするんだ。羽飛くんが覚悟を決めてくれたおかげで、多少何かがあってもあっさり乗り切って行けるよ。美里ちゃんだって、もう、元気一杯に文集作りとかしているし、加奈子ちゃんとも普通に話をしているし、怜巳ちゃんも少しずつ自分のやりたいことに向かってるし」

「玉城がか? なんだあいつのやりたいことって」

 まだ玉城怜巳は教室にいなかった。奈良岡が身体を小さくして貴史に内緒話をする。

「怜巳ちゃんも今回のことで、自分を取り戻せたひとりなんだよ」

 女子たちにも聞かれたらまずいないようなのだろう。貴史も耳を澄ませた。

「怜巳ちゃんはいままでずっとこの学校のやり方がおかしい、って真剣に考えていたけど、ずっと流されたままだったんだって。けど、去年の秋あたりからいろいろあって、自分で動こうと決意してて、高校に入ったらすぐに他の学校と共同で行うイベントサークルに入って活動しようって決めたんだって。ボランティアかそれともイベントなのかわからないけど、とにかく組織の中心核になって活躍できる場所に入ろうってやっと決心ついたんだって。これ、羽飛くんがきっかけだったんだよ」

 そこまでささやいた後、奈良岡は耳元で手を振りまた自分の席に戻っていった。他の友だちが奈良岡を探して「彰子ちゃん彰子ちゃん」と呼びかけていたからだった。


 ──玉城がかよ。あいつそんなに思いつめてたんかよ。

 ようやく現れた玉城に声をかけてみる。

「玉城、おっはよ」

「羽飛、どうしたの、いきなり話しかけてくるなんてさ」

 それでもうれしそうに玉城はウルフカットの頭をくるりと回し笑いかけてきた。確かにおとといの出来事以来こういう振る舞いはなかったはずだった。後から入ってきた美里を無視する形になるがあえてそうした。玉城を手で呼び寄せ、小声で尋ねた。

「お前さ、あのあと、いろいろしんどくなかったか? いやな、俺も玉城をたきつけたようなもんだし、あの後の仕切りもなんてっかこう、お前のことをないがしろにしちまったような気もしてな。ちょいと確認したかったんだ」

 美里とは後でいろいろしゃべったし電話連絡もしていたけれども、玉城にはフォローを何も行っていなかった。片手落ちだとは思っていた。A組事件も関係してつい後回しになっていた。一応クラスのまとめ役を請け負った以上は責任がある。

 玉城は大きくかぶりを振った。満面の笑みだった。

「なーに言ってるの羽飛。私もあんたにお礼言うの忘れてたね。ありがと」

「礼、言われるようなことも、できてたっかなあ」

「もしかして、彰子ちゃんから聞いた?」

 にきび面の赤らんだ顔はまったく見た目変わっていない。なのにかもし出す雰囲気だけがまるっきり違う。ほわほわとした、ここちよいもの、たとえるなら焼きたてのケーキみたいな匂いだろうか。今まで玉城と接した時には感じないものだった。

「あんたには伝えとくね。絶対誰にも言わないでよ。清坂さんにもね」

「ああ、けどなんだ」

「あのあと、私、すぐ申し込みしてきたんだよ」

 きりりとまっすぐ、貴史を見つめた。嘘はない。

「青潟にある『青潟こどもホットライン』のボランティアに参加するってこと」

「なんだそりゃ?」

 青潟にそんなものがあるとは聞いたことがない。初耳だ。

「加奈子ちゃんのこともあって前から気にはなってたんだ。いろいろ新聞や雑誌で調べてて、学校の先生たちが役に立たないんだったら力を借りることも出来る組織があるって聞いててね。そこで私もいろいろ問い合わせしてたら、生徒同士で力をあわせて活動する組織が近々出来るってこと、教えてもらったんだ」

 ということは、杉浦加奈子の件がきっかけということか。心臓が少しだけびびる。

「でも私、あまりそういうの得意じゃないなって思ってて。でも、羽飛が仕切ってくれたあのロングホームルームで自信がついたんだ。中学生だって立ち上げれば今までのものをひっくり返すことできるって。私も、何かができるかもしれないってね」

「けどなんでそんな外の組織なんかに入るんだ? せっかく青大附中にお前いるだろが」

 発想が突拍子ない。もう少し考えてからでもいいような気がするのだが。学校の委員会では間に合わないのだろうか。

 玉城は唇を結び、貴史を見上げた。拳を作り胸に当てた。

「あの時思ったけど、みんな視野狭すぎって思った。先生も私たちも男子たちも。男子たちは立村を全員で守っているし、女子たちは加奈子ちゃん派と清坂さん派に分かれているし。でも、私、その『青潟こどもホットライン』の人たちと話をしてみて気づいたんだけど、いろんな見方があるのかもしれないなあって。ほら、お金のあるなしとか、授業のレベルの違いとか、この学校はひとつの階級に固まっちゃってるから、みな同じ発想でしか物事考えられないのかもしれないって気がしてきたんだ」

「そうでもねえけどなあ」

 お金のない奴は結構いるんじゃないかと、貴史は思う。

「だからそれをフラットに考えられる場所に行くって、そう決断できたんだ。羽飛があのロングホームルームを仕切ってくれて、私を励ましてくれて、話をさせてくれたから、覚悟ができたんだよ。羽飛、あれはあんたじゃなかったらできなかったんだよ。絶対に立村なんかじゃ、無理だったんだよ。あれだけ言いたいこと引き出せるの羽飛だけだったんだよ」

 

 菱本先生が扉を開けて入ってきた。すぐに玉城も自分の席に戻った。黙って席に着いた貴史を菱本先生はいったんじっと見つめ、次に扉脇の空席に目をやった。出席簿を開いた。出席を取り出した。

「ええと、出席だが、今日は立村が風邪のため休みと連絡があった。それと三時間目の歴史の授業なんだが、自習になるんでお前らさぼんなよ。この前のロングホームルームでつぶれた分、たんまりプリント作ってあるからな。全部やれよわかったな」

 美里が貴史を振り返った。頷いてきた。

 ──やっぱりそうか。

 臨時家庭訪問に3Dの歴史授業時間を当てるつもりなのだろう。菱本先生は。

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