第二部 72
三時間目の歴史の授業が自習なのは、誰もがなんとなく理由を読んでいたようだった。
「ねえねえ、やっぱり立村の家に行ったのかなあ」
わざわざ机の側に近づいてきてこずえが問う。
「さあ、わからねえけどその可能性はあるんじゃねえの」
特に菱本先生が公表してから出かけたわけじゃない。このあたりはごまかしておく。
「あーあそっか。でもそれだとかえって悪化しそうな気、するんだけどねえ」
小声ながらも露骨につぶやくこずえ。
「しゃあねえだろ。そればっかりは俺だって面倒見切れねえよ」
「まあねえ、しょうがないか。でも、三日も学校休んでるんだったら手に負えなくなるのも仕方ないか。なんとかしてくれればいいんだけど、立村も想像以上に頑固だし、あとはここから先のカタストロフィが起きないことを祈るのみだわね」
──なんだよカタストロフィって。これ以上崩壊することあるのかよ。
貴史は金沢、水口をつついてまったく関係のないテレビ話に興じていた。はっきり言って本当にどうだっていいことだった。最初はテレビドラマの話だったのに気がつけばいつのまにか金沢の暴走により、日曜放送の美術館番組についてのエキサイティングトークと変わってしまっているが、それも軌道修正する気なんてなかった。しゃべりたいだけ、しゃべらせておけばいい。
──あんまり休んじまうとかえってこじらせてしまうかもなあ。菱本先生が帰ってきてからでもとっ捕まえて、作戦練るか。
あえて話しかける奴はいないにせよ、あちらこちらで立村に関する噂は流れてくる。
いや、情報漏えいした、といった方が正しいだろうか。
貴史の読み通り、「絶対に内密」だったはずの話題はいつのまにかばればれになってしまい、下手したら全校生徒に知れ渡ってしまっている可能性が高い。もっとも加害者が貴史で被害者が立村という、事の発端については開き直るしかない内容だ。問題なのはその後で判明した立村の暗い過去と一緒に、杉浦加奈子を巡る人間関係のからみ、次いでに言うと三年D組でひそかに行われていたいじめ問題、極めつけが「立村は女子にとことん嫌われていた」故の現実の発表と相成るわけだ。ひとつひとつは決して立村不利の内容ではないのだが、まとめて見ると奴の性格がいじけすぎていることに原因があるというところに行き着き、結局立村の丸損となる。現に、加害者だったはずの貴史は、気づかないうちに女子たちからの株が上昇しつつある。
──これじゃあ、あいつが戻ってきた時えらいことになるわな。
美里が全力で「私が立村くんを守ります!」と叫んだとしても、思いっきり無駄なような気がしてくる。振りほどくのが立村の性格なのだ。
さらにあの、菱本先生からしてもそうだ。思いっきり貴史は心で両手を組んで祈った。
──菱本先生、へますんなよ。ここでへぐったら、絶対立村ぶちぎれるからな。
無理してでも貴史が割り込んでいって、公欠取ってくっついていくべきだったのではとすら思う。あいつの菱本先生に対する憎しみたるや、尋常ならざるものがある。理屈では通じない未知のルートでその感情はつながっている。貴史には理解できない。
平和に時は流れている。給食時間も無事終了し昼休み教室を飛び出すと、廊下で誰かが呼び止める。振り向くとそこには難波が不機嫌そうに突っ立っていた。
「よお、どうした」
できるだけいつも通りの顔をして呼びかける。難波の右手には封筒あり。
「いつもの交換分、やるつもりなんだがな」
「あ、もしかして優ちゃん?」
ここもからからっと能天気を装う。そうでもしないと難波の目つきがやたら怖いのを避けられない。定期的に鈴蘭優の切り抜きと、「日本少女宮」のつぐみちゃん関連のスクラップを交換するのが習慣なのだが、難波の抱えている事情を思うとそんな軽いことが出来るとは思えない。いいのだろうか。欲しいことは欲しい。
「けどなあ、俺まだつぐみちゃんの持ってきてねえしなあ。あとでいいぞ」
「いや、まあ、とりあえず中庭行こうか」
ずいぶん煮え切らない言い方だ。天羽あたりが言うのなら分かるが、難波のほうからこういう誘い方をするのは珍しい。アイドルファン同士の会話を他の連中に聞かれたくないというのならまだわかるが、難波のつぐみちゃん命は女子たちにも知られている。幸い、馬鹿にはされていない。上には上、結城先輩と言うキングがいる。
「ああいいけど、どうした」
それ以上何も言わず、難波はくるっと背を向けた。階段を降り、すれ違った他クラスの女子がつぶやいた言葉に、ようやくぴんときた。
──結局霧島さん、死ねなかったのね。
「突然なんだが、羽飛」
中庭に上靴のまま降り、足跡だらけの雪を踏みしめながら難波が尋ねてきた。
予想通りだった。
「お前がD組の評議を立村の代わりにやるってのはまじなのか」
「あ、ああ、そういう風に伝わってっか」
やはりそうだ。噂が流れないわけがない。むしろ難波が聞いてきたのは遅すぎるくらいだ。本当は「クラスのまとめ役」と「評議委員」をそれぞれ分割するという流れのはずなのにいつのまにか一緒にされてしまっているようだ。
「違う違う。今の話なんだがな、要は立村の負担が今まであまりにも重たすぎるから、クラスの中を俺が受け持って、そいで立村には評議の方に専念してもらおうってだけなんだ。別に立村から役職奪うなんてめっそうもねえよ」
「俺が聞いた話だと全然違うがな」
封筒の口を握り締めたまま、難波は振り返った。めがねの奥が曇っている。いったんめがねをはずし指でぬぐい、かけなおした。
「おとといのロングホームルームを二時間使って、立村を評議から下ろし、それから羽飛を正式に立てたって話なんだがな」
「誤解招く内容なのはわかってるんだが違うんだそこがな」
貴史は首を降った。冷える腕をさすりながら、白い息とともに説明した。
「俺と立村がその前にいったんやりあっちまって、それでちょいともめてるんだ。ま、俺が一方的に悪いんでそこんとこはあとであいつと話すけどな。けど周りの連中がそれきっかけに、女子中心に立村が悪いとかなんとか騒ぎ出しちまって、それでいろいろぴーちくぱーちくやって、それで、まあ、そうなったっつうわけ」
「じゃあ俺が最初言った通りじゃないか」
「違う、だからよく話、聞けって。確かにな、菱本先生と女子連中はやたらと俺が代わりになることを進めてきたしそれは認める。けどな、よく考えてみろよ、あと二ヶ月しかねえのになんでいきなりわけもわからない評議委員なんて出来るか? 俺からしたら、クラスのことなら三年間D組在籍してきたしそりゃなんとかなるかもしれねえけど、評議は無茶だぞ。お前らだって冗談じゃねえって思うだろ? 俺もそうだよ」
「よりによってこの時期に評議が変わるなんて、相当なへまやらかしたんじゃねえかって思ってたんだが、そういうことかよ」
「そう、そうなんだよ、難波」
雪合戦に燃える一年連中を横目に、貴史は頷いた。
「立村がこのまま学校に来なかったら、どうなるんだ」
「まあ、そうなると、しゃあねえ、俺が身代わりにならざるを得ないかもしれねえけど、あ、それは多分大丈夫だと思う。来るよ来週にでもな」
「来ない可能性だってあるだろ」
──まあ、確かに。
あまり考えないようにはしていたが、難波に問い詰められると否定はできない。
「もし来なかったと仮定してだ。このままだとD組の評議は代行誰がでるんだ」
「まあ俺になるだろうな」
「で、今の話からすると、羽飛、お前まったく評議委員会のこと知らないって言ってただろ。知らないままで顔出す気じゃねえだろうな」
「美里がいるしな、少しは確認できるだろ」
「女子と男子じゃあ話が違うのはお前だってわかってるだろ!」
声を荒立てた難波に、雪合戦チームのひとりがぴぴり顔で振り返った。
「やめろよ、一年坊主びびってるぞ」
「どうでもいいだろ、とにかくだ。お前、何にも知らない顔してこれから評議委員会に出てどうするんだって言いたいんだ」
「だから立村がじきに来るって」
「来なかったらどうするんだって言ってるんだ!」
こっちの方がぶち切れそうになる。普段なら正面切って怒鳴ってやるところだ。ただ更科から聞いた諸事象を考えるとつい遠慮してしまわざるを得ない。多少のことならまだしも、それは人の生死が絡んでいる。
「つまりだな、俺が言いたいのは、現在の評議委員会事情をある程度頭に入れて、それから乗り込んでこいと、そういうわけだ。何もお前が向いてないとは俺は一言も言っていない。はっきり言うが、最初から羽飛が評議だったら俺は何も言う気がない。ただ、いきなりわけがわからない顔でだんまり座ってられたとしても、戦力にならない無駄玉なのはたまったもんじゃないと言いたいだけだ」
「無駄玉だと? おい、評議委員会ったってもう、あと、二ヶ月で終わりだろ? まだなんかやることあるのかよ」
美里には詳しい話を聞いていなかった。貴史は問い返した。難波が唇をゆがめ、小声で「ちくしょう」と吐き捨てた。
「あるぞ、天王山だ。今こそ本当は評議が一丸になって生徒会を迎え打たねばならねえのに、よりによってあんなことになっちまったとはな。ぬかったぜ」
「なんかお前、やらかしたのか」
できるだけさりげなく尋ねて見る。霧島ゆいとの因縁については今のところ知らない振りをしていたほうがよさそうだ。難波もそ知らぬ顔で続けた。
「俺じゃねえ。天羽だ、今、大ピンチなのは」
「天羽?」
「最近の噂はさすがに知ってるだろ。天羽と西月と近江の件は、あれだけ噂だ、十分承知してるだろ」
このあたりは頷いてもよさそうだ。難波と直結しないところだけ頷くことにする。
「西月はすでに評議から降りているがそれでも元・評議であることには変わりない。その人間関係のごたごたはすべて評議委員の中で始まっている。評議委員とは何ぞや、と問われればどう答えるべきかわかるか、羽飛」
「わからねえよ、そんな難しいこと言われちまっても」
「クラスの代表。青大附中で言えば選ばれし者」
──そんな大げさなもんじゃねえだろ。
突っ込みたいのをこらえる。難波も気取った口調で何かをごまかそうとしているのが見え見えだ。
「要するに、エリートってことか」
難波は否定しなかった。いい根性している。
「だが、その選ばせし評議委員たちのやらかした最近の言動はありゃなんだということに、先生たちも業を煮やしている。今に始まったことではないと俺たちも承知している。身から出た錆と言えばそれまでだ」
──霧島のこともあるしなあ。
なんだか背筋がむずがゆい。こういう時こそ身体動かして、一発雪球をお見舞いしてやりたいのだが、そういうことも出来なさそうなムードではある。
「で、今何が起こってるんだ? 難波、評議委員会ってそんなに危機一髪状態なのかよ。まじで俺、立村から全然聞かせてもらってねえしな。生徒会がらみの話ならちょこっと聞いたけどな、その、『大政奉還』ってあれか?」
「そうだ、羽飛」
重々しく難波が頷いた。
「立村の考えていた、評議委員会から生徒会への『大政奉還』はあくまでも、互いに協力するためのものだった。少なくとも立村はそう主張していた。俺たちもまゆつばもんだとは思っていたが、奴の真剣な顔に仕方なく従ったとこはある。だがな、よく考えてみろ、生徒会側からしたら本当は全部、うまい部分もらいたいよな。今までは評議委員会が鉄壁の守りを誇っていたからそのままなんとかなったが、この体たらく。教師側もあららってことでかばう気にもなれないだろう。さらに出来のいい生徒会連中たちの、きっちりした要望提出書をいろいろ読んでいたら、当然、肩入れするのは言うまでもない」
「つまりなんだ? 結局評議委員会が身包み権利を持ってかれちまうってことかよ? 立村の想定以上にか?」
難波は人差し指を貴史に向けた。真正面で「犯人はこいつだ」のポーズを取った。
「お見事。そういうわけだ」
同時に昼休み終了の鐘が聞こえた。ぐだぐだしていた一年男子連中が手袋を叩きながら反対側の中庭出口に走っていく。貴史も難波についていく格好で来たところに戻り、上靴にひっついた雪を払った。
「けどな、それだと本当は立村復活を待った方がいいんじゃねえの」
すれ違う他クラスの連中に聞かれないよう、できるだけ難波に張り付き貴史は質問を投げかけた。一瞬ホームズ顔に戻った難波は、
「今のあいつに、それできると思うか」
それだけ言い放ち、三年の教室まで階段を駆け上がっていった。
──えれえことになっちまってるんだな。評議委員会も。
難波の説明だけで把握できたとは到底思えない。ただ、おととい起きたA組がらみの大立ち回りが突破口になり、今まで守ってきた評議委員会の権利らしきものを全部生徒会に譲らせようとする動きが出てくるのは当然のような気もする。最初話を持ち出した時、生徒会長は藤沖だったし、立村も当時は仲良く接していた。うまくもって行くつもりだったのだろう。それが予定とは異なる出来事が起きてしまい、生徒会長もあの賢くかわいい佐賀はるみ……鈴蘭優の髪型と同じなら基本的にどの女子もかわいい……ときたら、もう勝ち目はないだろう。立村がいたらどういう切り込みをしていくのか聞きたい気もするが、いきなり貴史に「さあどうする」と差し出されたとしても、何も言いようがない。
──まあしょうがねえんじゃねえの。難波の前では言わねかったけどな、A組事件に加えて、霧島アマゾネスの自殺未遂ってのも関係してくるだろ。全部現役評議、元評議、五人関わってるじゃあねえの。あ、更科入れれば六人か。
立村が聞けばまたいろいろ心痛めるかもしれないが、貴史はまだまだ部外者だ。クラスの問題にはこれから教室戻ってとことん取り組みたい。菱本先生とも、美里たちとも約束したことだ。覚悟はある。ただどう考えても評議関係のいざこざは、貴史には遠すぎる。
──まあ女子のこともあるし、美里に放課後、聞いてみるか。
近江の様子は意外と普通だったという美里の言葉を信じたかった。そこまで貴史は背負い込めない。親友でもない連中に対してはとってもだが。
五時間目の授業がゆるゆる進み、あっさり授業終了の鐘が鳴った。
──さてと、菱本先生を捕まえてみるとすっか。
難波にとっ捕まったせいで、「立村邸訪問記」を聞かせてもらえなかった。帰りのホームルームにはいくらなんでも来るだろう。貴史は机を指ではじきながら待った。
「みんな、ちょっと待ってくれ!」
扉を開けるやいなや、菱本先生が飛びこんできた。背広を着ている。男前だがそんなこと知ったことじゃない。全員ざわめいた。
「待ってますけど、どうしたんですか」
きわめて冷静に美里が問いかけた。
「清坂、お前も待ってくれ。それと羽飛。お前はいるな」
「何あせってるの先生」
ぞわりと、首筋中心にざわめく感触あり。貴史の声に菱本先生は頷き、教卓に両手をどっしり置いた。音が響いた。痛そうだ。
「いいか、今、立村が学校に来ているんだ」
一気にまくし立てた。つっこむ暇もない。言葉が出ない。
「実は三四時間目使ってあいつの家に行ってきた。お前たちの想いも含めてすべて伝えてきた。そうしたら、立村のほうから学校に行く決断をしてくれた」
「え、まじで? それほんとかよ」
貴史の代わりに他の奴らがざわめき出す。
「いや、すぐではない。その後、学校に連絡が来て、これから学校に連れていくとご家族の方から連絡があった。それで今、みんなに頼みたいことがあるんだ」
全身が情熱の火玉と化した菱本先生の声が教室中に響いた。
「今、教師研修室にいる。これからクラス全員であいつを迎えにいこう、行くぞ!」
──おい、先生、まじかよそれ。
答えを待つでもなく、最初に美里が立ち上がった。クラスメートたちの顔を一切見ることなく扉を開けた。同時に他の連中も釣られるように美里の後を追った。南雲がちらと貴史をみやり、教室を出たのが嫌味に思えた。貴史も菱本先生に駆け寄った。何かを言わねばならなかった。
「先生、何あいつに言ったんだよ? まじであいつ、動いたのかよ」
「あとで話す、お前が本当は先頭で行くべきだ。早く、一刻も早く行ってやれ」
首を振り、貴史の背を押すようにして菱本先生も外へ出た。廊下では他クラスの生徒たちがとまどい気味でD組連中の集団移動を見つめている。さすがにここで理由を説明する物好きはいないようだった。階段を下りるところでD組先頭集団に追いつき、菱本先生と美里の三人で並んで一階まで駆け下りた。まっすぐ、そのまま、教師研修室へ駆け出した。
──三年D組になんで来ねえんだよ、立村のばかやろう!
ちらと美里の横顔を見た。唇を引き締め、ただひとつのことしか考えていないようなまっすぐな瞳のままだった。それが、いつもの美里だと貴史は知っていた。
教師研修室の後ろ扉にたどり着くところで、菱本先生が立ち止まった。
前扉が開いた。
ひとりが出てきた。
「立村くん!」
美里が叫ぶ。青大附中ではひとりしか着ていないとんびのマントを羽織った男子生徒といえば、奴しかいない。誰かを片手で押さえて、引っ張り出そうとしている。いったん立ち止まった。こちらを見た。美里を見た、貴史に目を向け、三年D組のクラスメート全員を見つめた。
「どうしてうちの教室に来ないのよ!」
後ろで一部の女子たちが、
「みんな心配してたんだよ」
と、まったく心の篭っていない言葉を発している。貴史も何かを言わなくてはならないことが分かっている。口が動かないなりに、呼びかけた。
「なんで立村、三日も休んでいる?」
──間抜けすぎるぞ、なんだよ俺、もうちっと何か言えよ!
なのに動けない。自分に鞭打って、前に進もうとする。美里も駆け寄ろうとして、途中で止まった。菱本先生が貴史たちを制するようにして、一歩ずつ前へと進み、立村に立ちはだかった。
「立村、来る勇気を出してくれたのか?」
──やめろよ先生、そんなことあいつの顔に違うって書いてるだろうが!
口を動かすだけ。呼びかけられない。三年来立村と付き合ってきてよくわかった、どう考えても菱本先生は立村の地雷を踏んだとしか思えない。もし納得して帰ってきたのなら、立村も観念して三年D組の教室に来たかもしれない。いったいどういう話を立村の家でしたのかはわからないが、あの冷ややかな眼差しには三年D組の想いを受け入れようなんて気持ちはまったくない。先生のお説教だけではどうしようもない。貴史が、美里が、とっ捕まえてとことん語らなくてはならない、それなのだ。
──待てよ、立村逃げるなよ!
叫べない。ふと気がついた。後ろで引っ張っている女子の肩に白いショールらしきものが巻いてあったことを。少しふっくらした感じのポニーテールの女子を認めた。
──あの女子が、確か。
名前が出てこなかった。美里なら知っているはずだ。立村が選んだ、あの女子だ。
「先に帰ります。失礼します」
立村は菱本先生と、もうひとり誰か後ろにいるらしい相手に二度頭を下げた。そのまま、女子の手首をしっかり握り締めたまま背を向けてそのまま歩き去った。男女みな、ただ見守るしかなかった。
「ははん、ありゃあ、告白したっぽいですねえ」
南雲と東堂がにやにやしながら盛り上がっている。男子連中もみなぽかんとしたまま立ちすくんでいたが、ふたりの会話に興味津々とばかりに乗ってきている。
「そうだなあ、思えばそろそろバレンタインデーも近いってことだしなあ」
「そりゃあ逃げざるを得ないわな、そう思わん?」
男子連中の脳天気な話題が背中でみしみしと響き渡る。
「あのなあ、南雲」
「だってあの状態じゃあ、引きとめられませんよ、なあみなさん?」
にっこり、いつものアイドルスマイルで南雲が他の三年D組男子連中に呼びかけた。
「俺が思うに、りっちゃんめげてたけど、もうひとつの愛で立ち直れそうじゃん? クラスにはまだ来てないにしても、復活は近いし、ちゃんちゃんでいいじゃん?」
「あのなあ、南雲、お前何考えてるんだ? あいつが逃げたの、お前見てただろうが!」
火が付く。菱本先生が慌てて貴史と南雲の間に割り込む。
「お前ら、こんなところでまた小競り合いするじゃない!」
「けど、先生ありゃあねえだろ? 立村、あいつ、うちのクラスに来ないであのまま帰していいのかよ!」
次に菱本先生に食ってかかった。そうだ、もともとは菱本先生が悪いのだ。菱本先生がまたわけのわからない地雷言葉をぶつけて立村をぶち切れさせたに違いない。もうあいつの心は永久凍土になってしまう可能性大だ。それを避けたくて貴史はありとあらゆる手を尽くしてきたのだ、なのに、なぜ。
「落ち着いてくれ羽飛。俺も、今日話をして、すぐに立村が来るとは思ってなかったんだ。きっと、あいつなりに悩んで、一歩足を踏み入れたんだろう。でも、きっと怖かったんだ」
女子たちのあきれた声が混じる。男子たちがどっちを信じればいいのか分からず戸惑い顔で南雲と東堂コンビを覗き込んでいる。
「まだ、心の準備が出来ていないんだろうな。だから、心を許せるこの教室に最初来たんだろう。それから、D組にと考えていたんだろう。これは俺が先走ってしまった。だが、今、一歩、確かに進んだんだ。清坂、見ただろ」
美里は無言で頷いた。言葉はなかった。
「立村はクラスに戻ってくる。少なくともその意思はある。ただ、時間がかかるかもしれない。いいかみんな、もう少しだけあいつに時間をやってくれないか」
後ろでまだ南雲がつぶやいている。
「だから、単に杉本さんに告白して照れてるだけだと思うんですけどねえ。からかうのは控えたいとは、思いますよ。なあ東堂大先生?」




