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ラ・カーム戦記  作者: 神名 信
51/70

第51話

「だいぶうまいインビジだね」ラ・カームは十五メートルほど先の藪に向かって言った。

 すると、そこから四十代くらいの平服の男がすっと現れた。

 「親衛隊の人じゃなさそうだね、諜報部か」

 「さすが、殿下、ご明察の通りです」

 「宿から着いてきていたよね」

 「なにもかもお見通しですか」

 「諜報部は何を考えている」強い口調でラ・カームは尋ねた。

 「それは私ごときでは分かりかねます」

 「僕はラァとラナを救うために焦っている、父上と戦っても、イグニクェトゥアに亡命してもいいと考えている、あなたは僕たちの行先もすでに検討はついているだろう、このまま放っておいてくれないか」

 「それも私の権限の及ぶものではありません」

 「では、せめて立ち去ってください」

 「はい」言うと男は闇にまぎれるように消えていった。


 サーシャの目が覚めると、すでに朝日が昇っていた。

 「あ、すみません、ラ・カーム様!寝過ごしてしまいました!」

 「サーシャにはお世話になりっぱなしだからいいよ、お昼までに町に戻るならそろそろ出発しないとだね」

 「うん、にゃぁー」言ってサーシャは大きく背伸びをした。

 ユーラの町まで歩く間、サーシャはラ・カームの手をずっと握っていた。

 「どうしたの?サーシャ」

 「ううん、ラ・カーム様かっこいいなって」

 「そうかな・・・」

 「六歳も年下なのに、私より大人びているなって」

 「多分二人のこと考えているから・・・」

 「そうですよね・・・うん」少し考えるようにしてサーシャはうなずいた。

 町に戻るとすでに定期船は、船着き場で乗船が行えるようになっていた。

 「打ち合わせ通りサーシャだけが乗って、僕は出発直前に泳いでどうにか密航する」

 「はい・・・お気をつけて」

 サーシャは乗船券購入のために、船着き場のチケット売り場に向かっていった。

 船着き場には手配書を持っていると思われる近衛団と自警団が十名程度配置されていた。

 サーシャにとって救いだったのは、魔術院では史上初のトリプルマスターとして有名だったが、近衛団とはあまり交流がなく顔をしっかり覚えている者が少なかったことだ。

 加えて、サーシャは特徴的な髪色だったから、黒く染めている今はなおさら目立たなかった。

 といっても、手配書をみている近衛団たちを素通りしてチケットを購入するのもかなりの勇気がいって、内心は相当ドキドキしていた。

 チケット売り場に着くと中年の女性が売り場に座っていた。

 「ロズオブニア行、一枚もらえますか」サーシャはできるだけ普通に伝えた。

 「七十銅貨だよ」

 「はい、一銀貨からお釣りいいですか?」

 「はい、お釣り」三十銅貨が渡された。

 「あなたみたいな若い子がロズオブニア行くのは珍しいね、エルフ達は人間と関係を持ちたくないんじゃないの?」

 「うーん、追い返されてもしょうがないけど、いろんなところに行ってみたくて」

 「そうなのね、返金はきかないから、そこは覚えておいて」

 「はい、わかりました」

定期船が出向するのは一時間後の予定であった。

 バッグにサーシャの分の荷物と、泳いで密航するラ・カームの荷物をまとめて持っていたので、荷物がバック二つ分になっていた。

 チケットを入手してから、定期船に向かって歩き始めた。

途中、何人かの近衛団と自警団の検問にでくわしたが、サーシャと気づく者はいなかった。

 出航三十分前には定期船の搭乗手続きを終え、乗船していた。


 その頃ラ・カームは、船から一キロ離れたところで、静かに海に入っていた。

 「冷た!」思わずそう声を出していた。

 授業でも水泳はあったが、海を泳ぐのは初めてだった。

 一キロを泳ぎ切って船着き場と逆方面の船体までたどり着いた。

 ・・・ここからか。

 水面から船の甲板までは十五メートルはあったし、派手に乗り込むわけにもいかない。

 ラ・カームは船体のごくわずかな隙間に手を入れて腕の力だけで登っていく。

 甲板が覗ける位置までくると船内の様子を伺った。

 出発直前で、乗客は甲板の上で見送りの親族か友人かに手を振ったりしていた。

 また、乗組員も出発準備で忙しく動いていた。

 ・・・いける。

 乗客などが反対側の岸をみているところ、ラ・カームは音もなく甲板に降り立つと神速の動きで物陰に体を隠した。

 ・・・サーシャはどこにいるかな。

 サーシャも自然体を装って船着き場の方を見ていた。

 その時、出航の合図の銅鑼が鳴り、船が少しずつ動き始めた。

 乗客は五十名ほどで、さして苦労もせずにサーシャを見つけた。

 ただ、ほかの乗客たちには見つからないよう、物陰に隠れながらサーシャが客室に入るまで様子を見ていた。

 サーシャもラ・カームに気づいてか、ほかの乗客たちが客室などに向かっても、しばらく甲板に残ってくれていた。

 サーシャがゆっくりと客室に降りるのを追いかけ、客室にサーシャが入ったのを確認して、ラ・カームは同じ部屋に入った。


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