第24話
第三章北部森林の戦い
ラ・カームたちがクアナ湖で合宿をしている間に、遥か北 ラ・カーム王国とイグニクェトゥアの国境(正確には両国には国境の取り決めはなく、支配地域であるが)付近に一人の男が立っていた。
名前をカイ・ロキと言い、イグニクェトゥアの幕僚長である。
イグニクェトゥアは伝統的に魔術師の地位が高く、ラ・カーム王国が独立戦争を起こしたきっかけも、魔法を使えない人々を奴隷のように扱っていたということもあった。
その後、イグニクェトゥア内部でも魔法を使えない者たちの処遇改善が進み、現在では法的には全く平等の権利が与えられていた。
ただし、国家の最高機関である国家主席及び最高委員会委員には、五系統の魔術の魔術師から一名ずつが選出される慣例となっていた。
バランスを図ったのか、軍の最高位である幕僚長は戦士の中から選ばれるのが通常となっており、カイ・ロキもまた魔法は使えなかった。
カイは五十四歳ではあるが、眼光鋭くいかにも鍛え上げられた身体をもっており、身長はさほど高くないが、他を圧するオーラをまとっていた。
「カイ様、単身でこのような場所へ来られるのは危険です」副官であるアクサ・シロが周辺を警戒しながら言った。
「前線を見て回ることができなければ、作戦の立てようもない、今更言わせるな」
「はい、申し訳ございません」アクサは素直に引き下がった。
ラ・カーム王国にダナ・カシムという英雄がいてなおイグニクェトゥアと戦線が膠着している大きな要因の一つはカイ幕僚長の才能と判断、それに対するイグニクェトゥア軍の信頼と結束であった。
「皇子の暗殺か・・・」カイの独り言には苦渋の色が見えた。
千年伝承の皇子を放置できないのはイグニクェトゥアにとってはむしろ当然ではあった。
ラ・カームたちが生まれた情報は次の日にはイグニクェトゥア最高委員会の知るところとなり、半年間の議論の末に国家主席ら五名が出した結論はラ・カーム皇子の暗殺であった。
暗殺部隊の編成・実行はすでに五回行われ、ことごとく失敗している。
土魔法の術式であるパク・インビジはかけられた者を不可視状態にし、スパイ行動や暗殺などには非常に効果的であるが、王都には同じ土魔法の高位術式パク・ルーンがかけられており、インビジは無効化されてしまう。
今まで五回の暗殺部隊、計百名にものぼる手練れは近衛団によってほぼ全滅させられている。
ラ・カーム王国とイグニクェトゥアの戦力はほぼ拮抗しているが、魔法で優性を保つイグニクェトゥアも剣術においてはラ・カーム王国に後れを取る。
王都の厳重な警護を突破して皇子の暗殺ができるほどの力量のある者もいない。
さらには、幼い皇子たちを手にかけるということ自体、気の進む仕事ではなかった。
「十三歳の誕生日までにということは、今日儀式が行われることもありうるのか」カイはそう言った。
「はい、そうなります。しかし、千年伝承自体どうなのでしょう、その儀式によって現在の膠着状態に影響を及ぼすような変化があると考えられますか?」副官のアクサは当然の疑問を投げかけた。
「およそ千年前のできごとについては我が国の史書に書かれているが、その解釈は分かれている。わしにも解らぬ」
「が、この長い戦争で厭戦気分のある我が国にとっては何も起こらなくても大きなダメージになる」
「金鉱についての権利を放棄して和平を結ぶということが、・・・いや私の立場で言えることではないな、聞かなかったことにしてくれ」
「はい」アクサは短く答えた。
『皇子たちがクアナ湖にいる間に仕掛ける』
それが最高委員会の命であった。
作戦立案についてはカイと国家主席を含む最高委員会との間で話し合われ、炎系統の赤軍、水系統の青軍、風系統の緑軍、雷系統の紫軍、土系統の黄軍の五軍が全て国境を越えて南下する予定である。
それぞれの軍はそれぞれの系統の魔術師を軍団長としながら、剣士たち陸戦隊も有している。
総勢は二十万の軍勢となる。
ラ・カーム王国北部の森林が主戦場となる予定であった。
これまでの歴史の中でも最大規模の動員といえるだろう。
ラ・カーム王国もほぼ同程度の戦力を持っているが、戦力を揃える前に叩くという電撃戦となる。




