六章 ~文化祭 揺れ動く気持ち~
……何だかんだで、文化祭当日。合唱コンクールまでは時間があったので、僕は校内を探索していた。因みに、僕が所属している文芸部のブースは、部員の小説を纏めた同人誌を平積みにして放置している。お金を取らないので、印刷代がまるまる赤字へと変わる大盤振る舞いだ。まあ、部長があの人なので仕方ないけど。
「ゆーぅー!」
いい加減部の存続が危ういのではと思っていたら、後方からテンションの高い声が聞こえてきた。これは、もしかしなくても―――
「……なんて格好してるんですか、あやめ」
半ば確信を持って振り返ると、確かにそこには彼女が、あやめがいた。ただし、いつもの制服姿ではなく、何故かメイド服を着ていた。
「どう? 似合うでしょ?」
あやめはその場でくるりと一回転して、メイド服を見せびらかしてくる。ヴィクトリアンメイド型と呼ばれるタイプのメイド服で、白いエプロンの掛かったロングスカートが彼女の動きに合わせて揺れていた。
「んふふっ! 手芸部の人たちが作ってくれたの! 宣伝代わりに着ててもいいって!」
なるほど、そういうことか。あやめの場合、割と見た目はいい。それにお祭り好きな性格なので、こういう仕事には打ってつけだろう。片方はコスプレを楽しめて、もう片方は自分たちの作品を優秀なモデルに宣伝してもらえる。ウィンウィンな関係という奴だ。
「あ、因みに優の分もあるよ」
「いりません」
何が悲しくて、文化祭でコスプレしないといけないんだろうか。いや、案外そういう日なのかもしれないけど。自分もコスプレするつもりは毛頭ない。
「えぇ? じゃあ―――デートしよっ!」
「意味不明です」
一瞬残念そうな顔をしたと思ったら、直後に突拍子もないことを言い出した。何故あやめとデートなんか……。
「じゃあ、メイド服着て」
「何でそうなるんですか?」
相変わらず、この子の考えていることは分からない。大体、何で折角の文化祭中に、あやめなんかとデートなんてしなければならないんだろうか? その理由を説明して欲しい。四百字詰め原稿用紙三百枚分くらいで。
「嫌、なの……?」
「嫌です」
不安げな表情で、見上げるようにして問いかけてくるあやめ。彼女くらいの美少女がこんな仕草を見せれば、大抵の男、特に同年代の男子は一瞬で落とされてしまうだろう。しかし僕は、間髪いれずにはっきりと、拒絶の意思を示した。
「……うん、分かった。ごめんね、無理なお願いしちゃって」
客観的に見てもかなり酷い返答だった。にも関わらず、あやめは笑顔で―――無理して作った笑顔で、そう言った。
「……じゃあね」
その笑顔が崩れないうちに、あやめは僕の前から立ち去った。……罪悪感がないわけではないけど、これが一番なんだと自分に言い聞かせて、僕もこの場から離れることにした。
「あれ? 一人か、優?」
そうして別の場所へ移動していたとき、西崎君とバッタリ出くわした。……間が悪い。もっと前にくればよかったのに。
「君こそ、女の子の一人くらい侍らせればいいじゃないですか」
「侍らせるって……。俺はそういうの好きじゃねぇし」
そう、彼はこういう人だ。軽薄そうに見えて、その実はとても誠実なのだ。だからこそ―――
「それはそうと、さっきあやめに会いましたよ。メイド服着てました」
「メ、メイド服……!?」
あ、もしかしてツボだったのか? まあ、あやめのコスプレなんだから仕方ないか。
「あっちに行きましたから、見たいのならどうそ」
「……いや、いい」
大分葛藤したみたいだけど、結局、探すのは困難だという結論に至ったらしい。……本当は、西崎君に追いかけてもらいたかったんだけど、本人が乗り気じゃないようなので仕方ない。
「それより、折角だから一緒に回ろうぜ?」
あれ? どうして今日は、こんなにデートのお誘いを受けるんだろうか? っていうか、同性から誘われても嬉しくないし。
「遠慮しておきます」
「そうか……また、振られちまったな」
振られた……? それって、まさか―――
「んじゃあ、俺、行くわ」
問いただす間もなく、西崎君はどこかへ行ってしまった。
「……西崎君」
どうやら、思ったよりも厄介な状況らしい。けれども、今の僕にはどうすることも出来ない。そう、ただ、居心地の悪くなったこの場を離れることしか出来ないのだった。
それから僕は、部長の森さんとばったり会って、何故かここでもデートに誘われた(勿論丁重にお断りした)。文化祭という特殊なイベントの最中だからなのか、今日はやたらとデートに誘われるな……。そうして、合唱コンクールまであと三十分ほどになった。まだ余裕はあるけど、のんびりしすぎると遅れてしまうかもしれない。
「あ、中田君」
会場である体育館に向かおうとしていたとき、牧野さんと出くわした。彼女も体育館に向かう途中なのだろうか?
「牧野さん。あなたも体育館に?」
「うん。もうすぐだし……」
どうやら牧野さんは、もうすぐ出番だからなのか緊張しているみたいだ。とはいえ、それが分かったところで出来ることなどないのだけど。あるとすれば―――
「そうですか。ところで、あやめとはうまくやっていますか?」
「え?」
突然の話題転換に、牧野さんは目をぱちくりさせていた。まあ、合唱コンクールとは関係ない話だから、そうなるだろうけど。
「心配なんですよ。あやめはお気楽能天気な馬鹿ですけど、結構繊細で脆い部分もありますから。そんなあの子が、素を曝け出して付き合える友達は貴重なんです」
あの子は家の事情なのか、やたらと外面がいい。けれどそれは、あの滅茶苦茶な本性を見せられる相手が少ないということでもある。だからこそ、ありのままの自分を見せられる同性の友達―――つまり、牧野さんは貴重なはずだ。
「だから、牧野さんと仲良く出来ていれば、色々と安心なんです」
まあ、聞くまでもないんだろうけど。あやめは元々人懐っこい性格だし、人付き合いは僕より得意なはずだから、そういう心配はしていない。
「……うん、仲良く出来てると思う。週末、一緒におでかけする約束もしてるし」
「そうですか。それはよかった」
それでも、思わず分かりきったことを尋ねてしまった理由。それがあるとすれば、多分、あやめに対する罪悪感だろう。……ほんと、身勝手にもほどがあると思う。
「さてと、そろそろ体育館ですね」
「あ、うん。そうだね」
とにかく、今は目の前の課題に取り組もう。合唱コンクールを終わらせるという、最優先課題に。




