三章 ~異変 薄情~
朝、教室にて。その日は、中田君の様子が少し変だった。
「……」
「中田君……?」
無表情―――なのはいつものことなんだけど、なんというか、元気がない。纏っている雰囲気が全体的に暗い、とでも言うべきだろうか。
「おーい、優」
「……」
私や西崎君(風邪から速攻復活)の呼び掛けにも応えず、死んだ魚のような目をして、静かに席に着いている中田君。ほんと、どうしちゃったんだろう……?
「……ああ、これはあれか。帰ってきたのか?」
「……」
西崎君の問いかけに、中田君は少しだけ頷いた―――気がする。それほどまでに、首の動きが微かだったのだ。
「牧野ちゃん。悪いけど、優は暫くこのままだと思うわ」
「え……?」
西崎君が、神妙な面持ちでそう言う。もしかして、彼は何か知っているのだろうか? 幼馴染だし、その辺の事情にも詳しいのかもしれない。
「多分、こいつの姉が帰って来てるんだよ。だから、こんなことに……」
「え、えっと……どういうこと?」
「それはね」
すると突然、背後から声が。
「あ、あやめさん……!」
振り返ると、そこにいたのはあやめさんだった。どうしてそんなところから……?
「優のお姉さんって、すっごく横暴で乱暴なの。ちょっとのことでフルボッコしてきたり、そうでなくても無茶振りや罵倒は日常茶飯事。結婚して家を出るまで、優がこうなることはしょっちゅうだったから」
それは……ご愁傷様です。そんな家庭環境では寧ろ、よく今までその状態で生きていけたなと思う。
「今度はどれくらいいるの?」
あやめさんが尋ねると、中田君は少しだけ口を開いて、か細い声で答えた。
「……下手すると、半年」
「は、半年……!?」
予想だにしなかった返答に、さすがのあやめさんも驚いた。半年って……その頃には、もう三年生になっているんじゃないかな?
「姉さんが妊娠して、養生のために戻ってきたらしいですから……」
なるほど、そういう理由なんだ。それなら確かに、下手をすれば半年以上掛かるだろう。妊婦は情緒不安定に陥り易いと聞いたことがあるし、普段からきつい性格なら、余程荒れてるのだろう。
一度口を開いたからなのか、中田君は独りごちるように話し出す。
「まったく、どうして妊婦が木刀を振り回すのやら……」
「ぼ、木刀……!?」
まさかの得物使い……中田君、ほんとによく頑張ってると思う。私なら一日と持たないだろう、そんな環境。
「本当、怪我の治りが早くて助かりました。……弟妹たちだったら、間違いなく病院送りだったでしょうから」
「びょ、病院って……」
……訂正。中田君、生きてるのがちょっとおかしい。いや、目を銃撃されて平然としてるくらいだから、大したことはないのかもしれないけど。
「……少し、寝ててもいいですか? 昨日は一睡もしていなくて」
「……よし、寝ろ。てか、今日はもう保健室で寝てろ。そうだ、それがいい」
その珍しく弱気な申し出に、西崎君は中田君の肩を叩きながら、涙を飲むようにそう言った。そして、付き添うようにして、彼を保健室へと連れて行く。
「……っていうか、中田君の仕事、全部私がやらないといけないのかな?」
しかし私は、薄情にも、自分の仕事が増えたことを嘆いていたのだった。……自分が少し恥ずかしい。
◇
その日は結局、中田君はずっと保健室にいた。早退すれば、とも思ったんだけど、家にはお姉さんがいるので、出来るだけ帰りたくないらしい。……ちょっと、これはまずいと思う。児童相談所に通報しようかと、先生たちが相談を始めたくらいだし。
「……ご迷惑を、お掛けしました」
放課後、彼の様子を見に行った私に、中田君は深々と頭を下げてきた。休んだお陰か顔色はよくなっているけど、これから帰ることを考えてなのか、陰鬱としたオーラが強くなっているように思えた。
「大丈夫……?」
心配したところで、他人の家庭事情はどうしようもないのだろうけど、それでも気掛かりなのは変わらない。……さっきは、自分勝手なことばかり考えてたけど。
「問題ないです。……それより、今日の練習はお休みにしましょう」
練習―――合唱コンクールに向けた、放課後の自主練習だけど、クラスは未だに纏まっていなかった。それに中田君がこの調子だから、これ以上やっても捗らないだろう。それなら、あまり彼に負担をかけないほうがいい。
「うん、分かった。みんなに伝えておくね」
私はそう言い残すと、そのことをクラスのみんなに伝えるため、教室へ戻ることにした。……中田君の無事を祈りながら。




