七章 ~海 偶然の救出劇~
久しぶりの海、それも「私」で泳ぐ珍しい機会だったので、ちょっと沖のほうまで出ていた。普通の人なら命の危険があるような海域だけど、「私」なら全然平気だ。鮫がいようと荒波に襲われようと、平然として戻る自信がある。
「~~~♪ ―――きゃっ!」
「きゃぁっ!?」
そうやって鼻歌交じりで泳いでいたら、何かとぶつかった。流木かと思ったけど、感触や、ぶつかったときに声を上げたことから、恐らく人だろう。
「―――っと!」
もしそうだとしたら、かなりまずい。流されてしまわないようにと、慌ててその人の肩を掴んだ。
「ひゃわわぁ……!」
突然掴んだせいか、驚いて悲鳴を上げられてしまった。よく見ると、流れてきたのは小学生くらいの女の子だ。
「大丈夫ですか?」
普通に考えて、この年の子がここまで泳げるはずないから、沖へ流されてしまったのだろう。きっと不安だったに違いないから、安心させる意味も込めて、そう語りかける。
「ひぅ……あれ、優ちゃん!?」
女の子が振り返り、私の顔を見た途端、驚いたように声を上げた。そこでようやく、私のほうも、この子が誰なのか思い出していた。
「もしかして、聖ちゃん?」
この子は風間聖。知人の妹だ。兄のほうとはよく顔を合わせるけど、妹とは滅多に会わないから、すぐには気づけなかった。
「ぐずっ……優ちゃあぁーーーん!」
絶望的な状況で知り合いに出会えたからなのか、それとも単に安心してか、聖ちゃんが抱きついてきた。本当なら、このまま好きなだけ泣かせてあげたいのだけれど、状況はそれを許さない。長時間海を漂っていたのか、彼女の体はすっかり冷たくなっていたのだ。
「聖ちゃん、今すぐ浜まで戻りますから、しっかり掴まってて下さいね」
聖ちゃんを左手で抱えるようにすると、右手と足を使って陸まで泳ぐ。少し波がきつかったけど、どうにか浅瀬まで、迅速に辿り着くことが出来た。
◇
「聖っ……!」
浅瀬まで来ると、案の定、この子の兄が必死の形相で駆け寄ってきた。
「っていう優……! お前が助けてくれたのか……!?」
ロン毛の男の子。年は私の一つ上で、背が高くすらっとした少年。海パン姿なのは、勿論海に来ていたから。……さすがに豹柄はどうかと思ったけど。
「ええ、運よく、って言っていいのか分かりませんけど」
私は聖ちゃんの肩を支えながら、彼の元へと歩み寄る。
「長い間漂っていたのか、体温が下がっています。とりあえず運びますから、体を拭いて服を着せてあげないと」
「分かった」
彼―――風間孝介さんは、妹を大切そうに抱きかかえながら、浜辺にある海の家まで連れて行く。そこに、この子の着替えを置いているらしい。
その後、私は孝介さんと一緒に、聖ちゃんの介抱をしたのだった。
◇
海の家は狭くて、トイレもないような場所だったけど、幸いにも白湯を用意してもらえた。低体温症の対処法は、体を温めること。お湯があれば、それも容易になる。飲ませたり、足湯にしたりと、重宝する。
「ふぅ……とりあえず、これで大丈夫ね」
白銀の瞳を持つ「私」が出てきたこともあってか、聖ちゃんの体調はほぼ全快したと言ってもいいくらいに良くなった。
「優……ほんと、お前がいてくれて助かったよ」
孝介さんが私に頭を下げてくる。彼は私の事情も知っているので、力を使いやすくて助かる。
「いいわよ別に、お礼なんて。ただの偶然だったし」
それより、あやめたちが私を探しているかもしれないから、早く戻らないと。
「連れが私を探してるかもしれないから、そろそろ戻るわね」
そう告げて、私は先に海の家から出た。
「あ、優。どこ行ってたの?」
戻ってみると、あやめが私に気づいて駆け寄ってくる。
「ちょっと遠くまで泳ぎすぎまして」
瞳の色は元に戻してあるし、心配させるようなことがあったとは気づかないだろう。別に隠すようなことでもないけど、折角楽しんでいるのに、水をさすようなことは避けたい。
「中田君……西崎君、どうしよう?」
牧野さんは、地面に埋めた西崎君のことが気に掛かるようだ。まあ、首から上だけの状態で、汗をだらだらと垂れ流しながら白目を剥いているのだから、それも無理ない。
「もう十分反省したみたいですし、そろそろ出してあげましょうか」
私は彼の傍らに刺してあったシャベルを持つと、西崎君を掘り起こしにかかった。……のだけれど。
「……疲れたので、この辺で終わりにします」
数回掘っただけで体力の限界が来てしまった。よく考えれば、さっきからずっと泳ぎ通しだった。元々体力のあるほうではないし、調子に乗って沖まで泳いでいて、更には聖ちゃんの介抱をするために能力を使ったんだから、その上肉体労働なんて出来るわけがない。
「というわけで、そろそろお昼にしましょう」
なので、西崎君はとりあえず放置することにして、女の子たちと一緒に昼食をとることにした。気づけば正午を回っているし。
ゴミ山が近くにない開けた場所に、ビニールシートとパラソルを設置してある。私たちはそこに集まって、昼食の準備を始めたのだった。……西崎君を埋めたまま。




