八章 ~当日 お菓子食いし者達は~
「腹減ったー! 飯寄越せー! ゆぅにゃぁ~ん!」
「そういうと思って、ちゃんとあなたの朝ごはんも用意してきました」
ナチュラルハイでキャラ崩壊を起こし始めたあやめさんに、中田君が重箱のお弁当を一段丸々手渡した。……って、その一段全部あやめさんの分なんだ。
「うっ……まーうぃ! 今すぐ嫁に来いこのYARO☆」
「黙って食べてて下さい」
にしても、あやめさんのテンションがおかしい……。普段絶対に言わないであろう言葉や口調を平気で連発するし。折角ビニールシートに座って落ち着こうとしているのに、そっちが気になって全然休めないし。
「ふぅ……あ、牧野さん、お茶飲みます?」
「あ、ありがと」
そんな彼女の世話が大変そうなのに、ちゃんと私に気を遣ってくれる中田君。しっかり者過ぎるよ……。
「まあ、あやめの様子はいつも通りだからいいとして。ちゃんといい場所を確保しててくれたみたいでよかったです」
確かに、それには激しく同意。桜(私ではない)の真下ではなくちょっとずれた位置なので、木の全体が見渡せて、枝から虫が落ちてくる心配も少ない(ここ大事)。風向きも考慮したのか、桜(しつこいけど、私じゃない)の花弁が私たちの方へ散ってくることも殆どない。景色は楽しめてその弊害は最小限、という意味では、結構いい場所だった。
「このあやめたんMk―14の実力を見たかゆぅにゃぁ~ん!?」
「はいはい」
あ、あやめさん、口の中のものが飛んできてるよ……? あと、どこが「Mk―14」なの? 十四歳のこと?
「んっぐ……というわけでゆぅにゃぁ~ん? 覚悟は出来てるかぁい!?」
「何のです?」
「もっちろん、野球けぶぐっ……!」
あやめさんの脳天に、中田君の容赦ないチョップが炸裂する。
「じょ、冗談きついぜゆぅにゃぁ……がくっ」
そして、あやめさん撃沈。……大丈夫なんだろうか?
「はぁ……。どうして、私の従姉妹たちはこんなに残念なのでしょうか?」
盛大な溜息を吐く中田君。お疲れ様です。
「少し寝れば元に戻ると思いますから、それまで寝かせてあげましょう」
溜息混じりながらも、中田君はあやめさんに毛布を被せてあげてる。っていうか、どこから出したのその毛布……?
「ふぅ……これでようやく、落ち着いてお花見できますね」
「うん」
あやめさんが静かになって、周りに目を向ける余裕が出来た。まず、見上げれば桜の花。自分と同じ名前の花だけど、こうやってちゃんと見たことはない。……そういえば、あやめさんの名前も「菖蒲」と同じ音だ。彼女は、菖蒲を見たことがあるんだろうか?
そんなことをぼんやりと思いながらも、ずっと桜を眺めていた。最初は飽きるかも? って思っていたんだけど、それがそうでもない。間近で見ると結構な迫力があるし、風に揺られたり花弁が散ったりして絶えず姿が変わるから、見飽きるなんてことがないのだ。
「うぅ、首が痛い……」
と思っていたら、誰かが突然そんな声を上げた。そちらを見てみると、弓ちゃんが首の後ろを押さえていた。多分、上を見続けて首が疲れちゃったんだろう。
「ですって。冷、肩車してあげたらどうです?」
「無茶言うなよ……」
中田君の言葉に、冷君が呆れ顔で呟いていた。とはいえ、いつまでも桜を見ていても仕方がないので、ちょっと早いけど私たちもお弁当を食べることに。
「さあ、どうぞ」
そう言いながら、重箱の蓋(と、あやめさんが食べた一段目)を外して、残りのお重をビニールシートの上に並べていく。その中身は、二段目は三角おにぎりとサンドイッチの主食、三段目は唐揚げや卵焼きなどの主菜とサラダなどの副菜が半々、四段目はスコーンやマフィンなどの焼き菓子が詰まったデザートゾーンと、綺麗に分けられていた。四段目が妙に多い気がするのは、私の幻覚ではないのだろうか……?
「わーい!」
「やっぱり俺は花より団子だな。団子はねぇけど」
弓ちゃんと西崎君が声を上げながら、お弁当に手を伸ばした。―――お菓子が詰まった四段目に。
「おいしい~」
「やっぱ優の菓子は最高だな」
「二人とも、お菓子ばかり食べていては駄目ですよ」
中田君が宥めるけど、二人はまったく聞かずに夢中でお菓子を頬張っている。もしかして、この展開を予測して沢山用意したのかな?
「う~ん、やっぱり優のお菓子は最高だね」
「あ、あやめさん……!」
いつの間にかあやめさんも復活して、マフィンを齧ってるし……。
「あ、桜さんおはよー」
「お、おはよう……」
っていうか、さっきまで酔っ払いみたいに絡んできてたのに……忘れちゃったのかな?
「「あの」状態になっている時のことは覚えてないみたいですよ」
なるほど、それでこの反応……。
「何の話?」
「あなたには関係のないことです」
いや、思いっきりあるけどね。というか当事者だし。
「はい、桜さんもどうぞ」
けれどあやめさんは納得したらしく、私にもマフィンを手渡してくれる。にしても、改めて見ると、なんともおいしそうなマフィンだった。生地は見るからにふわふわで、甘い匂いがほんのりと漂ってくる。……まずい、口の中が涎で溢れちゃう。
「い、いただきます」
ぱくりと一口、かぶりつく。
「……おいしい」
まず、その一言が自然と出てきた。生地は思ったよりもふんわりでしっとり。どのくらいかと言えば、完全に冷めているのに、まるで焼きたてじゃないかと錯覚してしまうほどだ。口に入った瞬間にすうっと溶けて、バターの風味が一気に広がっていくこの感覚は、今まで味わったことがなかった。
「ありがとうございます」
そんな私を見て、中田君は嬉しそうに微笑んだ。
こうして、私は初めてのお花見を存分に楽しんだのだった。