Let's レベル上げ!
「勇者達さ、ずるくない?」
魔王に招集された四天王をはじめとする幹部達は、その言葉に唖然とする。
「気でも触れられましたか、魔王様」
魔王軍四天王の一人、『冷徹のラーハルト』が無表情で淡々と問いかける。その端正な顔立ちと涼しげな佇まいに、思わず見惚れる女性幹部も少なくない。
「いや、ラーハルトくん失礼過ぎない? 丁寧な言葉遣いすればいいでしょみたいなの通用しないからね?」
「パワハラですか? 魔王様」
「リヴェアくんさ、いつもそうやってすぐハラスメント認定するの良くないと思うんだ余は。セクシーで皆んなからモテてるからって、やっちゃダメなことはあるからね?」
「セクハラですか? 魔王様」
魔王軍四天王の一人、『悪魔リヴェア』は妖艶な笑みを浮かべ、さらに追い打ちをかける。その美貌は魔物、人間を問わず、数多の男達を虜にしてきた。
そんな彼女に言いたい放題される魔王の姿に、思わず吹き出す者がいた。
「ヴォガードくん、そうやっていじめられてる人を笑うようなことはしないで。これでも一応傷ついてるからね?」
魔王軍四天王の一人、『巨影のヴォガード』は慌てて口を押さえる。しかし、その圧倒的な巨体は小さく肩を震わせるだけでも目立ってしまう。
「早く要件を」
「エミアくん……あの……余、魔王だよ? ……まあ仕事が早いのは良いんだけど」
魔王軍四天王の一人、『漆黒のエミア』は、これから冒険者パーティーを殲滅する任務を控えていた。彼女にとって、魔王の愚痴に付き合っている時間などないのだ。
からかう四天王に呼応するかのように、幹部達はクスクスと笑ったり、小声で会話を始めたりする。
その時、魔王がおもむろに片手を掲げた。
手の平に生まれたのは、ピンポン球ほどの小さな魔力の塊。それを魔王は、バルコニーの遥か下方に広がる、誰もいない荒野へと放った。
魔力の塊が地面にそっと触れた瞬間、凄まじい閃光と爆発が巻き起こった。
轟音が大地を揺るがし、衝撃波が周囲を駆け抜ける。立ち昇る光の柱は夜の闇を切り裂き、空を覆っていた暗雲に巨大な穴を穿った。
四天王と幹部達は息を呑んだ。
先ほどまでの笑い声は消え失せ、誰もが吸い寄せられるように魔王へと視線を向ける。
「余は考えた。勇者は何度だって蘇る。その上、衰えることなく着実に力を付けていく。そんなバケモノにどう太刀打ちしたら良いものかと」
その場にいた全員が、固唾を呑んで次の言葉を待つ。
魔王はゆっくりと幹部達を見渡した。
「余もレベル上げすることにした」
「は?」
その極めて短い反応が、魔王城の広間に反響する。
「そんなこと可能なのですか?」
ラーハルトは冷静さをかろうじて保ちつつも、わずかに身を乗り出して問いかけた。
「そう。本来なら余にはそのような概念は存在しない。ゆえに昨晩は考えに考えた。おかげで5時間しか眠れていない」
「魔王様、それは一日だけならなんとかなる範囲の睡眠不足です」
エミアは自身の予定を既に忘れていた。手元の時計は、もはや魔王の睡眠時間を計算するためだけに使われている。
「いや、お肌に悪いからね」
先ほどまで笑いを堪えていたヴォガードも、今度ばかりは笑いどころを見失い、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「一体どのようにしてレベルを上げられるのですか?」
リヴェアは周囲の視線を意識するように、優雅に姿勢を変えて魔王に問いかける。魔王の表情は険しい。
「そこが問題だ。大事な魔物ちゃん達を傷付けることはできないし、かと言って人間界で派手に暴れれば、勇者に余の正体がバレて、落ち着いてレベル上げもできなくなるやもしれん」
魔王の魔物達を想う言葉に、一部の幹部達は鼻をすすり、涙を流す者までいた。
そんな彼らの様子を見渡し、魔王はさらに言葉を続ける。
「ゆえに最も妥当なのは、人間の姿となって人間界に降り立ち、彼らの提示するクエストをこなして経験値を稼ぐ!」
魔王の高らかな宣言に、広間は割れんばかりの歓声に包まれた。
もっとも、その内容は人間の冒険者が日常的に行っていることと、さほど変わらないのだが。
「しかし魔王様は、戦いによって経験値を得られないはず! だとすると、クエストでレベルを上げることも難しいのでは……」
ラーハルトの言い分は確かにその通りだった。人間界のクエストには、魔物や賊の討伐を目的とするものも多い。しかし、戦いによって経験値を得られない魔王にとって、それらは無意味に等しかった。
「そうだ。実は昨晩、そのことについてチョッピーくんに聞いてみた。そうしたら……」
チョッピーくん。それは魔界に存在する対話型人工知能、通称『魔界AI』の愛称である。膨大な知識を持ち、どんな質問にも親しみやすい口調で答えてくれる、魔王お気に入りの相談相手だ。
魔王は昨晩のやり取りを思い出すように、チョッピーくんの返答を再現し始めた。
「うん! マオちゃんの言うことは確かに一理あるね! でも一つだけ提案できることがある。クエストは討伐だけじゃなく、採取や捜索、製造など、ほかにもたくさんの種類がある! もしマオちゃんが討伐にこだわらないのなら、それらをこなせばレベルを上げられると思う!」
魔王はそこで一度言葉を切り、得意げに胸を張った。
「って言ってたもん」
幹部達は再び呆然とする。
「魔王様……また夜中にチョッピーくんと戯れたのですか」
エミアは半眼で魔王を見つめた。その視線の先には、魔王が手にしている魔界ツールの一つ、『シャドウタブレット』があった。
「余にも相談事の一つや二つある。あ、後でエネルギーチャージしといて」
魔王はそう弁解すると、一瞬にしてエミアの目の前へ転移した。
そして、何事もなかったかのようにタブレットを彼女に押し付ける。
エミアは受け取ったタブレットを手に、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「さて、余は行く」
そう告げると、魔王はふわりと宙に舞い上がった。
次の瞬間、眩い光がその身を包み込み、魔王の姿は忽然と消え去った。
あまりにも唐突な出来事に、幹部達は慌てふためく。
「魔王様は一体、人間界のどこへ向かわれたのですか!?」
「……行き先すら告げずに出発されるとは」
ラーハルトは呆れたように呟くと、冷静に魔力を練り上げ、その場から姿を消した。
「まったく、勝手な上司ですね。これもハラスメントに該当するのでは?」
リヴェアも文句をこぼしながら、その後を追う。
ヴォガードは豪快に笑い声を響かせると、巨体に似合わぬ軽やかな動きで宙へと飛び上がり、瞬く間に姿を消した。
「ちょっと、待ってください! 私にはまだ任務が……!」
エミアは慌てて声を上げる。しかし、既に三人の姿はなかった。
彼女は手元のシャドウタブレットに視線を落とす。
「……これ、どうするんですか」
しばしの沈黙の後、エミアもタブレットを抱えたまま転移した。
残された幹部達は、ただ互いに顔を見合わせるしかなかった。




