【亡き神への葬送】
あの女の子二人と器繰さんにボコられてから、目の前の霧が晴れたような気がした。
あの人への腹の奥から疼くような感情……というか欲は綺麗さっぱり消えた。でも、それは別に白掟様を嫌いになったとかそういうのじゃなくて……元の感情に戻ったって感じだ。
それからはおかしな事ばかりが起きた。
鬼丸の担当してるエリアはなんか燃えてるし、そこにタクミの奴が乗り込んで行くし、ジュンの野郎の方は光ったかと思うと爆発したりするし……何よりも、途中からアタシらのエリア全てが崩壊、というか"サモンエナジー"が何かに奪われているみたいにどんどん崩れていった。
もちろん大会は中断し、委員会の奴らが参加者とかスタッフ……アタシらを回収する為にヘリコプターや船が大量に崩壊する島に押し寄せる。
そんな中で、委員会の奴らがこんな事を言っていた。
「……お前の上司の白掟優義徒は化け物だった」
「白掟様がなんだって!?」
思わず胸倉を掴みあげれば、そのおっさんは苦しそうにしながらもこちらを見下したような胸糞悪い目で見てくる。
「ぐっ、お前も、私達も騙されていたんだ!アレは……あんな風に人を襲っていた奴が化け物以外に有り得るか!!?」
要領を得ないおっさんとの会話を切り上げて、アタシは走った。何かアタシに向かって叫んでいるみたいだけども……聞いてやるもんか。
愛機のバイクはとっくにエンストして動かない……なら、自分の足で動くしかねぇ。
何かに導かれるようにアタシは島の中央に向かって走った。
何度も何度も、もつれそうになる足に鞭打ちながらも……見覚えの無い、真っ黒な石造りの建物の中に突撃するまで走り続けた。
見た目は重苦しいのに、不思議とアタシ一人の力で簡単に押し開いた扉の向こうでは……ボロボロの白掟様が何故か【ルシフェリオン】と"ギアスファイト"をしていて…… 崩れ落ちそうなその姿に気がつけば叫んでいた。
「────白掟様!!!!」
アタシの呼び掛けに、振り向いた白掟様の表情は……今にも泣き出しそうな子供のそれだった。それも直ぐに消えて感情を抑えたような……そんないつもの白掟様の微笑みに変わる。
あんな姿は見たことがない……アタシの記憶の中の白掟様はいつも自信に溢れていて、アタシ達を導いてきてくれていた。
揺らめくその影が、明らかに人の形をしていなくて、あのおっさんが言ってた化け物とかいう言葉が脳裏を過ぎり……芽生えそうになった恐怖を振り切って、一歩ずつ彼に近づく。
「レイカ、嬢?」
「白掟様、なんて顔してるんすか……白掟様らしくないっすよ」
あの人はいつも笑っていた。
傷ついた人がいれば、その痛みを自分の物のように共有して共に傷ついていた。
倒れた人がいれば、手を差し伸べてまた歩き出せるようになるまで傍に寄り添った。
先頭に立って人々を導き、前を向かせる。そんな白掟様の自信に満ち溢れた背中がカッコ良かった。
「私らしくない……らしくないのは当たり前ですよ、だって私は……白掟優義徒じゃなかったんですから」
申し訳なさそうに、視線を逸らしながら白掟様は続ける。
「私の自我は……優義徒の体に取りついている誘黒神の一匹なんですよ。そのちっぽけな虫が、十年もの間、自分は優義徒なんだとつい最近まで思い込まされていた……この体を返す事は出来ませんが、優義徒本人は既に無事に帰しました。後は、私が死ねば全て終わるのです」
「全て終わるって、どういう事っすか」
「全部が終わるのです。だって一連の騒ぎは全部、私が悪いので……だから、死んで責任を取らないといけないのです。貴女も、私の被害者なのですよレイカ嬢」
……アタシは頭が良くないから、話の展開に着いていけない。
でも、断片的には理解できたと思う。
目の前の白掟様は本物じゃなくて……中身が別の存在だった。
本物は無事らしい……白掟様は今までやった悪事の責任を死ぬ事で償うつもりだ。
握り締めた拳が震える。
疲れ果て、走ることはもう出来ないと思っていた足に力がこもって……気がつけば、アタシは白掟様の顔面を殴りつけていた。
「っざけんな!!被害者って勝手に決めんな!!!アタシを救ったのは白掟様でしょう!!?アタシはあなたに救われた事を被害なんて思っていない!!!あなたが救ってくれなきゃ、アタシはアタシらしくいられなかった!!!男らしいカッコイイのも、女らしい可愛いのもどっちも好きなままでいいって言ってくれたのはあなただろう!!?」
「気まぐれですよ、それらしい事を……貴女が望みそうな言葉を言っただけです。それに私が助けなくても貴女達を誰かが助けていましたよ」
もう一度、拳を振るう。
骨が砕ける感覚が拳越しに伝わる……でも、白掟様は痛みを感じていないのか、頬をピクリとも動かさない。
表情はいつもと変わらないのに……笑っていない、疲れたような遠くを見る目……そんな心ここに在らずの男に腹が立った。
「それでも!助けてくれたのはあなただ!!他の誰でもない!!あなたが助けてくれた!!だから、アタシはあなたに憧れた!!あなたの助けになる為になんだってしてきた!!!」
「心からそう思い、動いてくれるように接しましたからね。貴女達はとても便利な道具でしたが……せめてもの義理で、もうすぐ全部終わるから全てを話しているのです。知らないままだと、私が死んだ時に悲しんでしまうでしょう?」
あの人への憧れという幻想が、あの人自身によってかき消されていく。
怒りと悲しみが混ざって……アタシはただでさえ、ぐちゃぐちゃ頭の中がさらに混沌としていく。
「もういいでしょう……危ないので早く帰るか、アポロさんの結界の中にいて下さい。いつまでも近くにいられると邪魔なのですよ」
「…………嫌です」
ひくりと白掟様の目元が動く。
初めての反抗に自分でも驚いた。
でも、口は勝手に動く。頭はぐちゃぐちゃのままなのに、心は……感情が全てを後押ししてまくし立てていく。
「嫌じゃありません、早く離れ「嫌だって言ってるでしょう!!!」」
「散々アタシ達を道具として使ってきたとか言いながら!今度は危ないから離れろ?ブレブレじゃないっすか!!行動が一貫してない、半端なんすよあなたは!!!」
「………………」
視界の端で、白掟様が拳を握り締めたのが見えた。言葉を吐くのを堪えるような……そんな息を飲む音にも、アタシの追撃は止まらない。
「言いたい事が有るなら言って下さいよ!!!黙ってても何も分からないんすよこっちは!!!」
「……………よ」
「もっと腹の底から声出して下さいよ!!それでも説法するのが仕事の人なんすか!!?」
「分かってるよ!!!私のやる事考えてる事ブレブレなの!!でも、私だって頭悪いんだからどうしたらいいか分かんないんですよ!!!道具だって言わないと私の事嫌ってくれないでしょ!!?悪役は嫌われてなんぼだよ!!?それなのになんかキミ達には好かれてるし、私以上に悪役してる奴いるし、百火くんは勝ってくれないし、死ななきゃいけないのに上手く出来ないし!!!私なんか悪いことした!!?いっぱいしたね!!でも、ここまで色々上手くいかないのは流石に酷くない!!!??」
「そりゃ助けてくれて、ほぼコミュニケーション完璧な相手なんて好くに決まってるでしょうが!!?何言ってんだこの人!!メンヘラか!!?」
「メンヘラだよ!!遊びに構ってくれなきゃ暴れて泣いてまた暴れるそういう邪神だよ私は!!!」
互いに荒い息を吐き、そして相手の顔を見た。
落ち着かないように視線を動かし、表情を歪めているあの人は憧れていた姿からは遠く離れているけれども……ずっと、人らしく見えた。
「で、今はその泣くフェイズっすか?」
「…………泣きませんよ。もう子供じゃないんですから」
そう言いながら、乱暴に袖で目元を拭う姿はまるっきり子供のそれだ。
「子供じゃないって言うなら、アタシ達を助けた事……最後まで責任取って下さいよ。」
「責任を取る為に死ぬんですよ……そう言ったでしょう?」
「分かってないっすよ白掟様」
「分かってない……?何がですか」
きょとんとこちらを見る白掟様にため息を吐きそうになる……でも、吐いてしまったら多分だけど今のこの人は拗ねてしまうだろうから、それをぐっと堪える。
「死んではい終わりなんて、済むわけないっすよ……死んで逃げないで、生きて責任取って下さい」
「でも」
「でもじゃないっすよ、それに死ぬのが上手くいかないのは……本当は白掟様、死にたくないからじゃないんすか?」
ーーーーー
ガツンと、頭を殴られた気分でした。
レイカ嬢が来てから、どうしたらいいか分からなくなって、言わなくても良い事を口走ってしまったり、言い合いをしたりと……らしくない事をしていました。
その上での、最後の言葉から受けた衝撃があまりにも強くて……それなのに、心の中のもやもやとした何かがやっと形になった気がします。
「私は……いずれ滅ぼされるべき邪神ですよ?そんな事思って良いはずが無い」
「邪神だって生きてるんなら、死にたくないって思って当然じゃないんすか?生き物が生きたいって思う事の何が悪いんすか」
ざわりと影の中で、虫達が蠢く。
──死にたくない。
生き物が抱く原初の感情、恐怖の中で最も強い物。
死への恐怖。
私が火を酷く怖がるのは、それが私を滅ぼす可能性がある物であり……誘黒神ではない、前世の私が一番強く覚えている記憶で一番怖い物だからです。
火葬、肉体を燃やし魂さえも燃やし尽くし、その記憶を捨てさせて次の生へ向かわせる行為。
しかし、記憶を失うことは魂にとって死に等しい。故に、あの日に教会で生きたまま燃やされた優義徒の叫びは失われた筈の魂の記憶を呼び覚ます物となった。
──死にたくない。
優義徒の声に、私はそれが罠だと分かっていても手を伸ばした。
魂を燃やし尽くす日輪の炎は私にも甚大なダメージを与えた。
だから、私は……不滅である筈の私はあの時初めて死という物を感じたのです。
魂に刻まれている死の記憶
優義徒の体に刻まれている死の記憶
実質、二度も死んでいるのです……恐怖という物は、克服する事は非常に困難です。
深く深く誘黒神の中に刻まれた二つの死の記憶によって……私は火が怖くなったのです。
でも……私は邪神というカテゴリーに位置します。
私は、人が好きです。しかし、私は存在するだけで人々に恐怖を撒き散らし……害を与えてしまう。
故に、滅ぼされるべき存在なのです。
人の手によって打倒されるのが一番良い。悔いなく死ぬことが出来る……出来た筈なのに。
レイカ嬢の言葉によって、私に欲が生まれてしまったのです。
私は……
「私は……生きていいのですか?」
「良いに決まってんでしょうが」
真っ直ぐにこちらを見る金色の瞳。私に対して恐怖心を抱いているのは見て取れます……それでも私の前に立ち続ける姿は私の大好きな、人の姿で……眩しいくらいに素敵だと思いました。
「…………ありがとう」
悪役は泣かないものだと決めていたのに、滲む視界はその誓いを守れないことを意味していました。
レイカ嬢に背を向け、長く待たせていたもう一人の悪役に相対します。
「待たせてしまい、申し訳ありません【ルシフェリオン】」
『構わん。私とて空気を読む事はある』
背後のレイカ嬢が動く気配はない……つまりは、私がダメージを受けたりすればその余波が彼女を襲う事になるのでしょう。
「ラストターン、ドローフェイズの前に約定アビリティでデッキより【天地再生】を加えます……そして、ドローです」
ドロー……デッキの上から不確定要素を引く行為もまた私は怖い。私は引きが弱いです。だからこそ、サーチを多用していたのですが……不思議と、今だけはその行為が怖くありません。
■■■ 第五ターン
ライフ:1
手札:2 ターンカウンター:9
約定 【強壮なる使者】 CC:3
引いたカードはデッキに入れた覚えは無い……けれども、見覚えのある未知のカード。
「……レイカ嬢、仮面貸してくれませんか?私の物はその……壊れてしまって」
「構わないっすけど……サイズ、大丈夫っすか?」
「まあ、大丈夫でしょう」
渡されたドクロの仮面を被り、息を吐く……やっぱり、少し窮屈ですね。
「私は【混織誘黒旅団の特攻隊長Mr.K】をサモン!!」
低く轟くのはバイクのエンジン音。
ドクロを模した仮面を被り、燃え盛る炎の意匠が特徴のバイクに跨るのは一本の刀を背負った鎧武者の青年。
バイクから降り、私の横に立った青年──【Mr.K】が刀を引き抜けば、紫色の炎がその刀身にまとわりつく。
「【ルシフェリオン】……ここからが私の反撃ですよ」




