【亡き神に捧げる双奏】
──ある晴れた日の事でした。
いつものように優義徒と遊ぼうと彼のデッキから抜け出したのですが……もう日は高く昇っているのに、優義徒はベッドで眠っていました。
『もうあさだよ、おきないの?』
返事は無く、代わりに小さな咳き込む声が聞こえました。
不思議に思って覗きこめば、子供らしい丸い頬は朱に染まっていて……ふうふうと苦しそうに呼吸している姿はその時の私の目から見ても、風邪を引いているのだと分かりました。
『どうしよう……あ、だれかきた!!』
部屋のすぐ外から誰かの足音が聞こえてきたので、体を一度バラし……無数の虫に変えた後に、部屋の隅や天井裏にベッドの下等々……色んな所に隠れ潜みました。
ドアノブか動き、部屋に入ってきたのは一人の女性でした。
白い髪を簡単に一つ結びにし、優しげなエメラルドグリーンの瞳は目尻が下がった垂れ目……優義徒のお母さんである美禍はベッドに伏せたままの息子を見て『あらあら』と言葉を漏らす。
「ゆーくん、酷いお熱ねー……すぐにお薬持ってきてあげるからねー」
「お、かあ……さん」
「大丈夫、お薬を飲んだらすぐにお熱なんてなくなっちゃうわ」
「おかぁ、さん……いかないで」
小さなもみじのような手が、美禍の袖を握るけれども……発熱をして弱っている状態では、引き留めることも出来ずにそのまま美禍は優義徒の声を無視して部屋を出ていきました。
一人残された優義徒は力無く、振り払われた手を地面に垂らしていて……元の体になった私は自分の触手で彼の手を取りました。
『おかあさんはいないけれど、ぼくはここにいるよ』
「おかあさん……おとうさん……さびしいよ」
熱にうなされている優義徒はポロポロと涙をこぼす。
「ゆーくんが……わるいこだから、あってくれないのかな……」
『わるいこじゃないよ、わるいのはあいつらだよ』
「ごめんなさい……もうゆるして、おとうさん……」
寂しさと熱の苦しみに涙を流し続ける優義徒に対して、私は何も出来なかった。
ただ、頭を撫でて……側にいてあげることしか、その小さなお友達にぼくが出来ることはなかった。
ーーーーー
ヒャッカくんが意識を飛ばすと同時に【ゴウエン】も姿を消しました。片手で、受け止めたヒャッカくんの体を心苦しいですがそのまま石畳の床へと寝転がせます。
……【ルシフェリオン】の光の槍は封印の力を秘めています。それが全身を貫いている今、私の発揮出来る力は二割……無理をしても四割が関の山です。
しかし、向こうはその二割程度の私ですら潰し切ることは出来ない。
私は再生に特化しています……例えこの肉体を構成する虫達が全て消し飛んだとしても、その破片から再生する事は可能です。
新たに槍が突き刺さったとしても、その封印が浸透する前に、体を削ぎ落とせば……痛いけれども、私と完全に馴染んだこの体は再生出来ます。
対して、私は【ルシフェリオン】への有効打を持ち合わせていない……あの強すぎる光の前には影が生まれず、それよりもずっと離れた、影の出来ている辺りから触手を伸ばしたとしても……四割の力では容易く迎撃されてしまう。
互いに手詰まり、つまりは……同じ結論に至りました。
『…………ちっ、やむを得ないか』
「そういえば、貴方とやるのは初めてですよね」
切り飛ばされた右腕を影で掴んで、無理やりに傷口に合わせれば若干の違和感は有りますが元通りに繋がります。
その間に【ルシフェリオン】は自らのデッキを虚空から呼び出し……ソレに向かって、私のデッキから数枚のカードが飛び出します。
「…………抜けたのは、【神聖なる】と【邪聖天】ですか」
『当然だろう?我が手駒は私と共にあるものだ……だが、コレでは貴様はろくに戦えんからなぁ』
そう言うと、十二枚のカードが私の前に浮かび上がります。
『私は至高の存在だ、故に選ばせてやろう。【神聖なる】か【邪聖天】か……好きな方を貸し与えてやる』
なるほど……私と最も相性の良い色は黒ですが、ここで安易に【邪聖天】を選んだとしても、そのサモン条件を満たす事が出来るのは【サタン】だけでただ重いだけのお荷物がデッキに五枚も入ることとなります。
【神聖なる】を選ぶならば、白を組み入れなければいけませんが、その進化条件を満たす事は容易です……普通に考えるならば【神聖なる】を入れるべきですが、妙な胸騒ぎを覚えます。
しかし、このままではデッキの枚数が足りません……予備のカードは何枚かは有りますが、切り札級の高打点カードは予備には一枚もない。ならば……
「ならば、私が選ぶのは」
【神聖なる】を選ぼうとした指先を小さな掌が押し留めました。
「【ザドキエル】……?」
掌の持ち主である薄桃色の髪の少女天使──【ザドキエル】が自分自身の胸を軽く叩き、背後に保護者のように立つくすんだ茶髪の少年堕天使──【ベリアル】を指差します。その【ベリアル】は呆れたように額に手を当ててため息を吐いています。
ぽかんと勝手に実体化している二人を見つめていれば、その二人の体が光にとけていきました。
『天使はあなたに優しくしないわ』
『悪魔はアンタを愛しはしないぞ』
二人だった光は私のデッキに吸い込まれていきます……【ザドキエル】と【ベリアル】の言葉の真意は分かりません。だけども……【ルシフェリオン】について行かずに、私に寄り添ってくれた二人を信じたくなりました。
『ちっ、新世代共め……まあいい。改めて選べ、私に勝つには少しはコイツらが抜けた穴を埋めねばならんだろう?』
「……いいえ、選びません」
勝利か敗北か……ヒャッカくんは私が提示した二つを選ばずに第三の道である引き分けを選びました。
自分の道を自分で選んだ彼を……少し、見習ってみたいと思ったのです。
『正気か?いや、お前に正気なのかを問う方がおかしいが……今ならばまだ、選ばせてやるぞ』
「私の意思は変わりません……貴方は【神聖なる】と【邪聖天】の両方を使ったらいいです」
『……後悔してもしらんぞ』
十二枚のカードが【ルシフェリオン】の元へと帰り、そのデッキの中へと混ざりました。
…………さて、勝つ確率は0に等しくはなりましたが泣き言は言ってられません。
予備のカードを取り出そうとした、私の肩を誰かが軽く叩きます。
「キミは【神聖なる】も【邪聖天】も選ばなかった……二人目だよ、私の予言を何度も覆した相手はね」
「アポロさん……ちょうど良かった、ヒャッカくん達を連れてここを脱出して下さい。もうここはいつ崩れても、不思議ではありません」
「『予言しよう、この牢獄は戦いの決着が着くまで崩れない』……ほら、これで大丈夫」
さらりと、権能の残りカスを使いながら彼は私に自らのデッキを差し出しました。
「私のデッキ、貸してあげるからこれでキミのデッキを作りなよ」
「そんなに干渉して……契約違反になるのでは?」
「私がキミとした契約はキミ達が……まあ、ここで言うキミ達はキミと神聖制約教団の面々の事だけど、その邪魔をしないっていう契約だ。少なくとも、キミの邪魔にはならないだろう?」
ウインクで茶目っ気を出しながらも、その眼差しは真剣な色を孕んでいました。
「……ありがとうございます」
「私と同じように、人に脳を焼かれたみたいだからね……第一から第六へのエールみたいなものさ」
受け取ったデッキの中身を見て……少し目を見開くような、そんなカードもありましたがさして時間をかける事もなく、デッキは完成しました。
「お待たせしました……始めましょうか【ルシフェリオン】」
『この私を待たせるとは……まあいい、お前と話すのもこれで最後だろうからな』
「『予言しよう、最後にはならないよ』」
『茶々を入れるな部外者!!!!』
くすくすと笑いながら、太陽のような温かみのある結界を貼ってアポロさんが眠り続ける三人の子供たちの元へと戻ります。
『始めるぞ』
「ええ……」
「『"ギアスファイト"レディセット!!』」
■■■ 【亡き神に捧げる双奏】
VS
ルシフェリオン 【虚ろなる天魔】
「『スタートアップ!!!!』」




