「あなたはだれ?」/『ダメかもしれないなアレは』
ザーザーとシャワーヘッドから勢い良く出てくる熱湯を頭から被り続けながら、私は私に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫……大丈夫……」
瞼を閉じれば思い返されるのは今日一日にぶつけられた感情……敵意、切望、好意、疑念。
どれもこれも私に向けられた感情ではない。私じゃなくて、私……優義徒或いはユギトに向けられた者だ。
「大丈夫……」
『私らしくない』……私らしいとは何なのでしょうか?
言った本人であるオニマルくんが知る私は……優義徒だけです。つまり、私らしいという事は優義徒らしいという事でしょうか?
でもそれは……そのらしさは父に植え付けられた優義徒の記憶による物が大きい。私自身の振る舞いじゃない、私自身は……あんな善人ではない。
「大丈…夫……」
言い聞かせるように何度も呟く言葉の意味が分からなくなってきた……私は私だから、私じゃなくて…でも、私を構成している要素で一番占めている量が多いのは多分私で……それならば私は私という事でしょうか?違う、それなら『私らしくない』なんて言われない。私は『私らしくない』のだから……つまり、どういう事なんだろう?
ぐるぐると思考が混ざり合いそうで混ざらなくて……分からない、分からない分からない。分からなくて、だから……
「あなたはだれ?」
瞼を開き、浴室の鏡に向かって問いかける……鏡の中の私、桃色の長髪が濡れそぼっているルビーレッドの瞳の青年は答えます。
「私はユギトです」
「私はだれ?」
「さあ?知りませんよ、私は」
「おしえてよ」
「知らない物は教えられません」
不毛な一人芝居……でも、ぐちゃぐちゃの私の内心と違って鏡の向こうのユギトは優しげな微笑みを浮かべたままです。
「貴方は誰ですか?」
優しげなユギトの言葉に何も答えられない。
熱湯を浴び続けている筈なのに寒くて仕方ない……熱い筈なのに、体の震えが止まらない。
「やるべき事をやりなさい」
「わかってる……」
「ならば良いのです。やるべき事をするのに、自分が何者かなんて気にする必要がありますか?」
ニッコリと笑うユギトが私の頭を撫でる。
ドロリと思考が濁った気がした。
「明日です……明日には全て終わります」
「うまく、できるかな?」
「私なら上手に役割をこなせますよ……だから大丈夫です」
もう一度、鏡の向こうのユギトを見た。
……変わらず微笑んでいる姿に安心して、私もまた微笑み返した。
ーーーーー
『……ダメかもしれないなアレは』
美禍の子が出てくるのが遅いからとこっそり浴室を覗いて見たが……鏡に向かって話し掛け、自分で自分の頭を撫でているという異様な光景にソッと扉を閉めて戻ってきた。
元から美禍の番の手で記憶処理等を行われて負荷が掛かっていた所に、その美禍の番からの実質的な殺害予告やら自身の記憶が偽物だったという事を教えられたんだ。
いくら中身がアレでも、人としての価値観がある中で過ごして来たのだから精神的におかしくなるのも不思議ではない。
自分のアイデンティティが崩されたような物なのだから。
『……明日一日持てばそれで良いが、流石に他の者達も勘づいてきているからな』
かなり察しの悪そうな暴走族使いの少女からも少し怪しまれていたし、天狗の青年は完全に疑っていた……騎士の方は縛っているから問題は無いが蛇の子は厄介そうだから何とかしたい。
『むー……悩ましい』
「何がですか【ルシフェリオン】」
いつの間にか出てきていた美禍の子がきょとんとした表情でこちらを見上げている。
服は着ているが髪は濡れたままで、間違いなくこのまま寝かせたら風邪を引くだろう。
『髪を拭いて来なかったのか?』
「ふふ、なんか疲れちゃいまして……貴方がいる気がしたので拭いてもらおうかなーと思いました」
ニッコリと笑ってくる様は子供のソレと同じで、髪を拭くようにと強請ってくる所がその印象をより強くしてくる。
『召喚者、良い大人なのだから自分でやりなさい。良い子の見本となれ見本と』
「誰も見てないし良いでしょう?今日だけ、今日だけですから」
体を寄せてくる美禍の子。濡れた髪で私の服まで濡れてしまうのが嫌なので渋々、渡されたタオルで髪を拭いてやった。
柔らかな髪質は美禍の髪質とよく似ていて、触り心地がいい。手持ち無沙汰なのか拭かれている最中もペタペタと私の体を触ってくる美禍の子がぽつりと言葉をこぼす。
「明日……明日になれば、全て終わります」
『ああ、そして始まるのだ……万事、頼むぞ召喚者』
小さく頷いた美禍の子に気分を良くし、そのまま髪を拭くのを続けた。




