30-5.二度目のバレンタイン
待ち合わせの駅に着いて、ロータリーからリーダーさんの車を探す。
ざっと見た感じ前回お会いしたときの車はなさそうだ。忙しい相手を待たせるわけにはいかないので、先に着いたことにホッとする。
カバンをちらりと覗いて、渡すものが中に入っていることを確認。家を出るときも電車に乗るときも確認したので、今更見たって変化はないのですけれども。
そんなことをしていたら見覚えのある車が、駐車できるスペースのギリギリ端に止まった。
ぱたぱたと走って近づけば、助手席のドアが開いて招かれる。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、さっき来たところです」
……デートの待ち合わせのようなセリフだ。いや、えっと、別に誰と待ち合わせてもこの言葉は出てくる、出てきます。うん。大丈夫。
「お時間いただいてすみません」
助手席に乗り込んでそう言うと、リーダーさんは柔らかく微笑った。
「いや、全然。あー……その、言った通り全然時間取れなくて、こっちこそごめんね」
「それはいいんです。お忙しいのは存じてます。――――えっと、あの、リーダーさん」
「うん」
「よければ、受け取ってください」
カバンから取り出したのはきれいに包装された有名店のチョコレート。バレンタイン期間限定の美しい粒が三つほど並ぶ、小さな細長い箱だ。
「…………ありがとう」
「えっと、だめ、でしたか?」
受け取ってはくれたのだけど、今一瞬間があった気がする。
「あー、いや……勝手に手作りかと思ってたから、ちょっと驚いただけ」
「その、サザンクロスのサイトで、手作りの飲食物の差し入れNGとあったので……」
昨日ふと確認したサイト上に、季節柄なのかとても大きく明記されていた。
それで慌てて近場のデパートまで買いに走ったのだ。バレンタイン特設売り場が出来上がっていて、チョコレートを選ぶだけで思った以上にとても時間がかかった。
「あー……うん、郵送で送られる分はね、どうしても衛生面の問題があるから」
「ですよね」
手作りのお菓子が宅配で送られてきたら、まあ、困りますよね。捨てる以外の選択肢ないですし。
「ただ、その……君が作ったのだったら」
「えっと、はい」
「ちょっと、食べてみたかったかも、って。ごめん、それだけ」
リーダーさんが困ったように少し視線を逸らす。
その横で、カバンをごそりと探って。
「リーダーさん」
「ん、うん」
「あの……こちら、よければ、どうぞ」
手作りのプレゼントボックス。高級店の包装まできれいなチョコレートを渡した後でこれを出すのは少し恥ずかしいけれど。
だけど、リーダーさんの為に作ったものだから。
心臓が耳の奥にあるみたいに、どくどくとうるさい。
リーダーさんは一瞬目を見開いて。――――ハンドルに、ごんっ、と頭をうちつけた。
「ちょ、え、あたま、痛くないですか?今結構いい音が……」
「あのさ」
「え、あ、はい」
「俺が言わなかったら、これどうするつもりだったの?」
「へ?いや、自分で食べますけど……」
昨日味見しましたけど、味はまあ、良かったですし。普通に私が食べますよ。捨てたりしませんって。
「ほんっとに、そういうとこだよ」
「何がですか……」
「何もかもだよ。それ、もらっていいの?」
「え、えっと、はい。お口に合うかは、わかりませんが」
リーダーさんは、本当に嬉しそうに、そっと包を受け取った。
「ありがとう。大事に食べる」
「それほど日持ちはしないので、早めに食べてくださいね」
「うん」
私の渡した箱を宝物のように見つめている。
その横顔をずっと見ていたいけれど。けど、言わなきゃ。
手が震える。喉から心臓が出てきそうだ。
「リーダーさん」
「っと、ごめん、うん」
「リーダーさん、あの……わたし、……わたs…んっく」
言おうとした言葉が、リーダーさんの大きな手に覆われて喉元に詰まった。
「あの」
「んん」(はい)
リーダーさんの耳元が真っ赤に染まっている。表情からは、喜んでもらえているのか、困らせてしまっているのかは判別がつかない。
ここで止められることは完全に予想の外で、どうしたらいいのか全くわからない。
「知ってると思うんだけど、今局所的に死ぬほど忙しくて」
「んん」(はい)
「あ、ごめん」
「ふは、あ、いえ、えっと、はい、存じています」
「だから、その」
真っ黒な瞳がまっすぐに私の目を見つめた。吸い込まれるようなその黒から、目を背けることが出来ない。
「必ず、――――必ず伝えるから、少しだけ、待ってて」
「それ、は」
「そんなに待たせないから。大会が終わったら落ち着くから、本当に、それくらいまで。色々と整理をつけて、ちゃんと、俺から言うから」
ようやく言っている意味が分かって、耳が燃えたと錯覚するほど熱くなる。
「――――待ってます、ずっと」
「そんな待たせないから。本当にそんなに待たせないから」
別にそんなに急がなくたって。いつか聞けるとわかっていればいつまでだって待ちますけれども。
「あ、そうだ。ホワイトデーってお返し何が欲しい?」
ほわいとでー。ええと……
「い、いりません」
一瞬去年のお返しが頭をよぎってしまって、すこし声がうわずった。
「え?」
「お返しが欲しくてお渡しするわけではないんです。あの、本当に」
「あーごめん、言い方が悪かった。何か返したいって言ったら受け取ってくれる?」
「それは……まあ、はい」
「少し重いものでも大丈夫?」
「重い……?えっと、持ち帰れるものじゃないと困りますが……」
「ああ、それは大丈夫」
「?まあ、はい、大丈夫、です?」
「うん、じゃあ何か用意するね」
重いもの……重いもの?なんだろう、ぱっと思いつかない。あまり大きくないといいのですけれど……。
直後、リーダーさんのスマホから音楽が鳴った。
「あー、ごめん、時間」
「はい、あの、お時間いただいて、ありがとうございます」
「いや全然。俺も会いたかったから」
さらりと言われて心臓が跳ねる。
「じゃあ……次リアルで会うのは、大会かな?」
「そうですね、多分」
「うん。楽しみにしてる」
「ふふ、はい。楽しみにしていてください」
自信を持ってそう言えば、リーダーさんはゲームをするときのとても楽しそうな笑顔を向けた。
「はは、爆弾がそれ言うとほんっと楽しみ」
「爆弾じゃないですけどね」
「むしろ世界に爆弾っぷりを披露してくれ。じゃあ、また」
車を降りる。
「はい、また、EFOで」
リーダーさんはこちらにひらりと手を振って、そして駅を出ていった。
――――必ず伝えるから、少しだけ、待ってて。
2月の冷たい風が頬を完全に冷ますまで、しばらくかかった。




