30-6.色の洪水
リーダー視点
次の場所へ移動する道すがら。
ちらりと横を見れば、先程までセリスが座っていた助手席は今は誰もいない。
運転席脇に取り付けてあるミニテーブルにはチョコレートの包装が二つ。
一つはメーカーロゴのついたきれいな包装紙に包まれたもの。
もう一つはいかにも手作りな、ラッピングリボンのついた小さな箱。
赤信号で止まり、ラッピングリボンに触れる。
これを鞄に入れたまま帰ろうとしたのは、本当に何を考えていたのか。なんならこっちだけ貰えれば他に何もいらなかったのに。
もったいないけれど、手作りなんだろうし、今日中に食べたほうがいいんだろうな。
そんなことを思って、それからゆっくりと息を吐き出した。
火照るというよりは茹だるという表現が近かった頭が、急速に冷えていく。
自分の事業計画、こちらが把握している西生寺の動き、貸しのある相手、動かせる手数、相手が手出しできなくなる条件、早急に動かないと取り返しがつかないもの、短期に必要になること、長期的にやったほうがいい布石、おそらくこちらの動きを待っている人、連絡がありさえすれば動かせる人、こちらで抑えられる予定、変更できる計画と、変更できない計画、深夜早朝まで含めた時間のパズル、渡すべき情報、渡さず握っておきたい情報、開示時期に慎重になるべき情報。
目の前に色がちらつく。
この色の洪水がぶつかり合って絵が出来上がると、ここに色が不自然に抜けている、あるいはここの色が重なりすぎている、そういう部分が見えてくる。
これがある種の才能で、それによって今の俺があるのだときちんと飲み込めたのはずいぶんと最近のことで、子供の頃は自分と現実が切り離れていくこの感覚が大嫌いだった。
「…………ロイかな」
人に会うと言っていた日がある。そんな予定は俺も把握していなかったし、今にして思えば日程もおかしかった。
配信業に直結するその日その時間に何かの予定を入れていたあの日、絶対に予定がずらせないような相手か、あるいはあえてそこに入れていたとしたら、この不自然な空白はその日のはずだ。
あいつ多分、何か俺に渡してない情報があるな。
ロイはちょっとそういうところがあるんだよな。準備を万端に整えて、俺が声をかけるのを待っている。
結局俺が何も言わなくて準備自体が無駄に終わったことも、きっと一度や二度ではない。
そんでもって多分、聞けば案外あっさり答えてくれるんだろう。
どうせ、この車の向かう先だ。
マンションの一室。リフォーム完了直後の新しい壁紙や糊の匂いがするそこを、一部屋一部屋見て回る。
防音処理をした部屋はロイにも協力してもらい、中と外で音を計測する。
建具も確認し、鍵を引き渡され、いよいよ明日からでも住めるようになった。
まだ住まないけど。今実家で大仕事中だからな。終わったら引っ越しだ。
「はー……まあ、一段落」
ロイ側の部屋も同じように確認が終わり、業者が引き上げて本当に何もなくなった部屋にごろりと寝転ぶ。
「おつかれ、何もなくて良かったな」
「ほんと、今回の業者はあたりだな、覚えとこ」
隣に座ったロイの声に応える。
リフォームで大きなトラブルがなくて本当によかった。図面読み間違えました再工事ですとか結構あるんだよ、ほんっとよかった。
対応も良かったし、次があったらまた任せたいところだ。
こっちの部屋にベッド置いて、あっちの部屋にVRポッド置いて、作業机と資料棚いれて、冷蔵庫をそこに置いて、リビングは撮影できる配置にしないといけないから……来週には大物家具の配送があるけれど、そっちは立会の代行を依頼してるから俺は来る必要なくて、配置図面だけ引いて渡しとけばいいはずだ。
部屋の引き渡しが終わっても色々考えることあるな。
だけど初めての一人暮らしで、なんのかんの、わくわくはしている。
ロイが家を飛び出さなければ、今撮影部屋兼ロイの家になっているあの部屋に普通に俺が住む予定だったんだよな。予定外に6年ほど後ろ倒しになった。
さて、と。
「ロイ」
「ああ」
「10月のさー、EFOの公式配信の日、誰と会ってた?」
ロイドは一瞬目を開いて、それからカバンを引っ張りこんだ。
「君がそこを気にするのは、珍しいな」
「んー……そこだけな、白いんだ」
「ああ、なるほど」
カバンから出てきたのは茶封筒。渡されたそれの紐をくるくると外して中を見る。
「…………俺さ」
「ああ」
「10月に誰に会ったの?って聞いたんだけど」
「だから、その人に会っていた」
「10月に?」
「10月と、さっきだな。それを受け取ってきた」
ああ…………ああ、そう…………。ええ…………。
「何か言ってた?」
「6月までにまとまらなければ勝手に動きます、とのことだ」
「……あいよ」
いきなりどでかい色が降ってきて絵がばちっと完成する。
あーもう……これ俺待ちだったってことよな?近い内に土下座しに行かないといかんやつ……。
ということは、だ。次に連絡を取るのは。
自分のバッグから自宅スマホを取り出して、メッセージを送った。




