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第1話 極寒地獄

※シリアス注意!


 世界が、凍っていた。

 それは比喩でも何でもなく、文字通り凍っていた。

 より正確には、かつて冥王ハデスが支配していた冥王星そのものが凍り付いていた。

 そもそも太陽の恩恵を得られない場所に位置するこの星に、生物を生かすだけの熱量は持ちえなかった。

 それを監獄星として機能させていたのは、人工的に太陽を生み出す事のできる冥王ハデスがいた為である。

 しかし、ある時を境に冥王ハデスは、この世界から消え失せた。

 ハデス消失と同時に、冥王星はその本来の姿に戻っただけなのだ。

 唯一生き残った囚人ティタン族の娘ヘカテは、ようやくその事実を突き止めた。

 いや、これもまた正確ではない。

 何故なら彼女の肉体そのものは未だ冥府と共に冷凍保存状態にあり、その状態が生き残りだというのであれば、未だ数多くの同胞たちが凍ったまま眠りに就いている。

 ならば何故、ヘカテのみが現状を認識できたのか。

 それは彼女が“力”に目覚めたとしか言いようが無い。

 冥王星がいつから氷の星に変貌したのかは、わからない。

 だが、気の遠くなる程の時が経ったのは間違いないだろう。

 その悠久の時を越え、彼女の意識は覚醒した。

 目覚めた彼女は三日三晩の意識混濁を経て、少しずつ事態の把握に努めた。


(……わたしはいったい……?

 ……ああ、燃えたのでしたわ……。

 ある日突然、唐突に……。

 記憶は……それきり……)


 あの日、人生最期に見た光景は、地獄だった。

 日常を一瞬にして焼き払った地獄の業火。

 辺り一面が火の海と化し、悲鳴を上げながら焼け死んでいた。

 それが何故、自分たちの肉体だけが再生され、氷の世界で眠りに就いているのか。

 ティタンの大貴族の令嬢として何の苦労も無く育てられたヘカテには、知る由も無かった。


(……このままでは埒があきません。

 どうにかして、体が動かせれば……!)


 意識を身体に込めた。

 しかし、動けなかった。

 指先どころか、瞼一つ開けなかった。

 ヘカテは落胆したが、少ししてあることに気付いた。


(目を開いていないのに、どうして外が見られるの?

 ……もしかすると、わたしの意識は既に体から離れている?

 それって、つまり……)


 死んでいる。

 咄嗟にそう思った事を否定した。

 それではあまりにも、辛過ぎる。

 死んでいるというのなら、あの時既に死んでいた筈だ。

 それに、仮に死んだとしても、何故自分だけ意識があるのか。

 死んで魂が肉体と離れたというのであれば、他の魂と遭遇してもいい筈ではないか。

 だとするなら、自分はまだ生きている。

 ティタン族は非常に強い肉体と“力”を持つ超人類だ。

 肉体が命の危機に瀕して、何らかの力に目覚めたとしても不思議ではない。

 ヘカテはそう思い込む事で、己を保とうとした。


(……しかし、体が動かないのでは……)


 ヘカテは必死に身体を動かす方法を考えた。

 何日も考え続け、考えるのを止めた。

 その必要が無くなったからだ。

 意識を外に向けた。

 すると自分の中から別の自分が抜け出た様な感覚があった。

 そして気付けば、凍った状態の自分自身を見つめていた。


(こ、これはちょっと……!)


 目にした光景に、彼女は戸惑った。


(…………。

 別に、現状このままであれば問題無いと言えば無いのですが……)


 ヘカテは諦めた様に踏ん切りをつけると、意識だけの状態で辺りを漂った。

 まだ上手く空間を移動できないでいた。


(……本当に、世界は滅んでしまったのですね……。

 わたしは世界で、ただ独り取り残されてしまったのでしょうか……?)


 ヘカテは悲しみながらも、冷静に氷の世界を巡り続けた。

 肉体を伴っていないからか、どんなに悲観に駆られようと苦しくはならなかった。

 ヘカテは流されるように身を任せながら、何周も死の星を廻り続けた。


(人工太陽……でしたっけ?

 それが消滅したことで光が失われ、大地が凍り付いたのでしょうか?

 でも、この暗闇の世界を、わたしは観る事ができている。

 これもまた、肉体に依存しない“力”なのでしょうか?)


 そんな事を考えながら、既に周回が三桁に達しようとした時、ヘカテはあるものを発見した。


(……あれは? なに?)


 ヘカテは見つけた“なにか”に意識を凝らした。

 しかし、意識は流され、“なにか”から遠ざかっていく。


(待って! お願い!

 “あれ”が何か知りたいの!)


 ヘカテは懸命に意識を集中した。

 すると少しずつ、意識が“なにか”へと近づいていった。


(あと少し……! やった!!)


 気付けば、ヘカテは“なにか”と重なる程近づいていた。

 そしてまじまじとそれを観た。


『きゃあっ!!?』


 それは、ヒトの死骸だった。

 焼け焦げた炭の様に白化した、僅かに黒いすすを残した成れの果てだった。


(……だれ?

 もしかして、これが“冥王ハデス”……?)


 冥王ハデスについて、ヘカテは祖父コイオスから聞いていた。

 冥王ハデス。

 天が遣わした忌まわしき災厄。

 全てを破滅させる最強最悪の王。

 その恐るべき“力”によって人工太陽をも生み出したとも。


(……もしかして、ハデスの“力”が暴走した事で世界が滅んだ、とか?)


 ヘカテは確信が得られなかったが、そう思い至ると沸々と怒りが込み上げてきた。


(もしもわたしの考えが正しいとするなら、全ての元凶こそはハデス!

 そのせいで世界は……! ああ……!)


 ヘカテは遠い昔に忘れていたであろう怒りを湧き上がらせていた。

 いや、それは、かつて生を謳歌していた時にも無かった、かつてない程の怒りだった。

 全て焼き尽くされた。

 家族も、友達も、自分の知りうる、この世界の全てを。


『許さない――!!』


 怒りを糧に、ヘカテは滅んだ世界を彷徨った。

 憤怒と絶望を繰り返し、彼女は果てから果てへと彷徨い続けた。

 永い永い時を経て、彼女の意識はついに時をも超えるに至った。

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