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飛べない鳥や、泳げない魚に生きる価値はあるのだろうか。
あの頃の俺は本気でそんなことを考えていた。それはきっと、その頃の俺が、ボールを蹴れないサッカー少年だったからだ。
近くの高校との練習試合。右サイドをドリブルで駆け上がっていた俺は後ろからのスライディングをもろに足首に受け、前のめりにグラウンドに倒れ込んだ。その瞬間、右足首の内側から、湿っていて、乾いた音が体内から鼓膜を揺らした。
あー、こりゃ折れたな。
不思議と痛みは感じなかった。動揺もしなかった。ただただ、俺の足がいかれてしまったんだなと、呆けたようにグラウンドへ仰向けに倒れたまま思った。一面の青空が、俺の視界いっぱいに広がっていた。審判の笛の音が遠くで、本当に遠くで響いていた。飛行機雲が一本、真っ青な空のど真ん中に線を引いていた。
右足首の骨折。全治二カ月。
それが俺に下された診断だった。
全治二カ月とはいっても、治ってからリハビリをして、それから徐々にボールを蹴られるようになる。例えば俺が活躍を確約されたスーパースターならばそれくらいの期間チームはポジションを開けて待っていてくれるだろうけれど、現実的に俺が所属しているのは県内でも特段強くもない公立高校のサッカー部で、ただ単に『三年生だから』という理由のみで練習試合のスターティングメンバーに抜擢されたに過ぎない俺に格別な能力が備わっている訳もなく、つまり、俺がいなくなったところで、そのポジションには俺の序列のすぐ後ろにいた奴が呆気なくスライドするだけで事足りてしまうのだ。
自分でこんなことを思うのは極めて残念だけれど、俺だろうが、他の誰だろうが、チームにとって大差はないのだ。 五対零で負ける試合が、五対一になるかもしれない。四対一になるかもしれない。結局俺の有無なんて、その程度の差異しか生み出さない。
そんな事は、十二分に承知していた筈なのだけれど、右足をギプスでガチガチに固められて病院のベットに横たわりながら窓の向こうの曇天を眺める俺は、飛べない鳥、もしくは、泳げない魚の気分そのものだった。だから、冒頭みたいな柄にもないセンチメンタルな事を思い浮かべてしまったのだ。
ベットの上に寝っ転がっていたって、やることなんて何もないし、やりたいことだって何も思い付かない。
サッカーを奪われた俺は、空っぽだった。何にもなかった。本っ当に、何もなかったんだ。
だから、何かを詰め込もうと思った。何でもいいから、空洞の頭の中に、脳の皺と皺との間に、サッカー以外の何かを詰め込もうと思った。そうじゃなけりゃ、本当に、俺がこれから生きていく価値がないような気がしたから。
だから、本を読もうと思った。
俺は、本当にサッカー以外に何もしてこなかったから、それ以外に自分に何かを得る為の手立てが思い付かなかった。何処かで誰かが言っていた『賢くなりたければ本を読め』という台詞にすがるしかなかった。
だから、俺は、本を読もうと思ったんだ。
きっかけは、ただのそれだけだった。彼女に問いかけたあの一言の由来は、ただ、それだけだった。