二〇話、死神に抗う者たち
『10時方向よりキャビテーション…、魚雷ですっ!』
「きたか…。」
『距離1200!近いっ!』
大滝の重苦しい声が聞こえる。夜の赤灯の下でも、鋭い目つきがわかった。
「機関停止。ただし、すぐに再始動できるように待機。」
「アイサー!機関停止!」
タービン音が小さくなっていく。落ち着いた大滝の声が、艦橋の混乱を抑えつけている。
『魚雷、針路変えません。30秒後、本艦針路上を通過します。』
ん?と不思議がる大滝。腕組みをして首を振る。
第14戦隊からの情報を元に、潜水艦の針路と未来位置を割り出した青葉。朝霜以下三隻を切り離し、単艦で沈めることを決意した。潜水艦の能力はあまりにも高く、僚艦が行動上の制約になるのを避けたい大滝の意思からあった。
“ドォーン!”
突如として、海面に上がる水柱。
「なんだ、あの水柱は?」
『艦橋、CIC。魚雷が距離300で爆発!』
「機関始動!10秒全速で突っ走れ!面舵5!」
大滝が叫ぶ。タービンの振動が床から伝わってきた。
「対潜戦闘用意。…始めるぞ。」
制帽を正す大滝。
CIC―
「さて、腕の見せ所だな。」
柴原がスクリーンを見た。「LOST」の文字がポツンと浮かぶスクリーンだ。
「本艦は燃料が少ない。従って、速攻で片付けるぞ。…各員準備はいいか?」
「はい、和田中佐は自室へと放り込んで置きましたから。まあ今頃、抗議文章でも考えていることでしょう。」
橋本の言葉に、武がニヤッと笑った。
「ソナーに感!方位3-0-5、距離1500。深度は…100前後の模様。」
ふーん、とそっけない反応を見せる柴原。
「アスロック発射用意。発射弾数6発。」
「アイサー。アスロック、攻撃準備。」
「ただし、最初の2発以外は巡航高度を800メートルに設定。後発4は前後から挟撃せよ。」
「時間差攻撃ですか?」
隣の橋本が尋ねる。
「最初の一撃をかわせば、向こうは反撃に出るはず。そのわずかなスキを狙うんだ。」
「副長、魚雷の誘導はどうしますか?」
千早が振り返る。
「アクティブ…、いや、任せよう。ついでに腕を見せてもらうかな。」
「りょ~かいで~す☆」
キラッと目を輝かせ、楽しそうに指を動かす千早。艦橋とは違って、なんとも和やかなムードのCIC。
「アスロック準備よし!」
「よし。攻撃開始。」
「アスロック、攻撃開始!」
橋本の声が響き渡る。計6発のアスロックが、上へ上へと上昇していく。
「ソナーに感!魚雷4接近中!」
「短魚雷用意!左舷へ…」
「待て!放っておけ!…大滝にかわさせる。」
ギョッとする橋本。千早もびっくりだ。だが柴原はニヤリと笑った。
「海中を無駄にかき回してはいかん。どうせあんなヘロヘロ魚雷など当たらんよ。」
ソナーに映る、60ノットで接近する4本はヘロヘロには見えないのだが…。
「潜水艦は…、!?高速で本艦に接近しています!速度35ノット、さらに増速中!」
「接近して安全距離を確保させないつもりか!?」
橋本の厳しい声。
「おう、なかなか向こうもやるじゃないか。短魚雷の発射用意。」
全く動じない柴原。
バッとパラシュートを開くアスロック。海面に落ちるなり、短魚雷はアクティブソナーを全開にして獲物を狙い始める。
“コーン…、コーン…”
「アスロック2、着水!アクティブホーミングに入ります!」
「敵魚雷、距離!800…700…600!」
艦がググーッと右へと傾いた。あまりの傾斜に、思わずよろける武と千早。
「距離300!命中コース!」
「総員、対ショッ…うぷっ!?」
叫ぶ橋本の口を、突然押さえる柴原。
「スキを見せるな!一気につけこまれるぞ!お前ら、艦長を信じねえか!」
あと距離100メートル…。
「避けろー!」
“ドオォン!”
鈍い音とともに、艦が大きく揺さぶられる。柴原と橋本はチャートテーブルに叩きつけられた。
「ぐうっ…!」
『ダメージコントロール。被害報告せよ。』
橋本が起き上がる。
『魚雷、至近距離で爆発!船倉甲板に浸水発生!右舷スタビライザー損傷!』
「ソナーは…、ソナーは生きてるか?」
ハッと振り返る橋本。柴原が鼻血を出して倒れていた。
「副長っ!」
「気にするな。…ソナー員、機器チェックを。」
「はっ、…ソナーに異常なし!されど爆発により、効力10パーセントに低下!」
武がふと隣を見ると、千早が時計を見つめている。
「何やってんだ?」
「シッ!」
ジッと時計を見つめる千早。
「アスロック、残弾着水!」
「ピンガー打って!」
突然、叫ぶ千早。
「は…?」
「早くっ!」
ソナー員は、あまりに急な命令に止まる。
「…ソナー、ピンガー打て。…一度でいい。」
苦しそうな息遣いで、命令する柴原。
“コォーン…”
「探知失敗です。ソナークリアまで…」
「いらない!もう決着はついたもの!」
千早の意味不明な言動に、困惑するCIC。
「なるほど…、そういうことか…。」
ふっと笑う柴原。笑顔で振り返る千早。
「目標から機関始動音!…?ノイズメーカー展開中です。」
「のたうちまわっているの?ピンガーで?」
わけがわからない橋本。
「砲雷長、私の魚雷は海底一万メートルへも追いかけますから。」
ふっと微笑む千早。味方にとっては天使の微笑みでも、敵にとっては死神の薄気味笑い。
“ズオーン…”
明るくなりかけた大洋に、そびえたった水柱。
「水中爆発音!…艦体圧壊音を確認!」
「一万メートルはムリだろ。ま、ご苦労さん。」
武が突っ込みつつ、千早を労う。
「副長、すぐに手当てを受けてください。」
「ああ、さすがに対応姿勢はとるべきだった…」
「ソナーに感ッ!真正面!」
柴原の言葉を遮って、ソナー員の鋭い声が響いた。
「反応、急速に浮上!まもなく海面まで到達!」
「ミサイル!?」
太陽が水平線から顔を出した。同時に、海面に派手な水柱を立てその姿を現したのは…、
「ミサイルですっ!方位2-0-0に方向転換!」
「本艦が目的じゃないの!?2-0-0に何がある!?」
柴原が橋本に支えられながらチャートを見る。
「2-0-0…、フィリピンか…。」
先ほどとは違い、厳しい顔つきで振り返る柴原。
「まさか…、あれに例の新型兵器が…?」
「くっ、レールガン準備だ!必ず撃ち落とせ!」
橋本の声が飛んだ。が、
「レールガン、先の爆発で旋回装置故障!照準不可能です!」
うっ…、と橋本が声をつまらせる。
「どうせレールガンは使えない。あの兵器がどれほどの威力かわからん状況ではな。」
レーダーを見上げ、武の肩にポンと手を置いた柴原。
「真田一曹、スタンダードの準備だ。近接信管で複数発撃って、爆風で海面に叩きつけろ。」
「ミサイルを…、海面に…ですか?爆風で…?」
あまりにも想定外の命令に、困惑する武。ゆっくりと頷く柴原。
「思い出せ、君は戦闘で900メートルでの迎撃に成功している。俺もあんな至近距離での成功は始めて見た。」
自信をつけるかのように、笑顔を見せる柴原。
「大丈夫、武ならできるよ。」
精一杯の笑顔を見せる千早。プログラムエラーの時、慰めてくれたやさしい声だった。
「…スタンダード、攻撃用意。発射弾数3発。」
決心し、データを打ち込んでいく。ミサイルはどんどん遠のき切羽詰っているはずだが、時間は長く感じられた。
「シーカーセッティング…、信管起動距離…」
これが柴原の力なのだろうか。難易度の高いことをやらせつつも、なぜか不可能とは思えない。不思議な感じだ。
「…スタンダード、発射準備よし。」
橋本が柴原を見た。柴原は頷く。
「スタンダード、攻撃始め!」
武の指が動いた。前甲板を明るく照らし、3発のスタンダードが弧を描いて飛んでいく。
「頼む…成功してくれ…。」
祈る武。もし間違えて直撃すれば、想像を絶する被害を被ることであろう。だが怖さは感じなかった。
「…400…300…200…100、…到達!」
「叩き込めぇー!」
柴原の怒号が、CICに響き渡った。
最初のスタンダードが、ミサイルの鼻っ面で爆発した。軌道が揺るぐミサイル。そこに2発目のスタンダードが近接信管を起動させて爆風を起こす。
「スタンダード、爆発!」
爆風を海面スレスレで抜け出したミサイル。無機質な弾頭が上を向き、上昇に転じる。
だが最後のスタンダード、武渾身の一撃が見逃してはくれなかった。これでもかと言うほど、激しい爆風を起こすスタンダード。
「どうだ…?」
「落ちたか…?」
CIC、いや艦橋も沈黙に包まれた。
海面すぐ上まで押し込まれたミサイル。その尾翼は、形を留めていなかった。揚力を失ったミサイルは海中へと引きずり込まれた。
「目標、反応消失!爆発なし!」
やったぁー!と沸き立つCIC。ふぅっと背もたれに寄りかかる武。
「お疲れ様。」
千早が笑顔で声をかけた。全身の力が抜け、喋れない武は微笑みで返した。
CICのあちこちで、安堵の声が聞こえる。
「副長っ!」
そんな声を破る、橋本の悲鳴。柴原は目を閉じ、チャートテーブルに倒れかかっていた。
「担架!担架もってきて!急いで!」
「アイサー!」
バタバタとCICから出て行く下士官たち。柴原は笑っているような顔をしていた。
「副長っ、大丈夫ですか!?」
柴原を何度も揺する橋本。だが柴原が目を覚ますことは、もうなかった…。
水平線から顔を出した朝日が、青葉を照らし始めていた。




