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一四話、見えぬ意図、姿、影

 「総員、帽振れー!」

和田の号令で、艦舷にズラッと並んだクルーたちがシンガポールに向かって帽子を振り始める。青葉、出港の時である。十六条旭日旗が潮風にたなびいている。

 青葉の後ろには、航空母艦「蒼龍」が威風堂々と航行していた。「蒼龍」は基準排水量2万トン前後の中型空母である。アングルドデッキの特徴的なその艦は、青葉の所属する第一艦隊旗艦だ。

 さらに後ろには夕雲、左右翼にそれぞれ早波、朝霜が展開している。蒼龍を守る鉄壁の輪形陣だ。

 「艦長より各長へ。本日09:00より士官室に集合せよ。以上。」


 08:50・青葉士官室

 「少し早めに揃ったな。」

大滝が全員を見渡し、ニヤッと笑う。和田、橋本、三竹、小倉、原田もいる。ここにいる者達こそ、青葉の運命を握りし者たちだ。

「副長。」

「はっ。つい先ほど、ベンガル湾を担当している第四艦隊へと命令が入った。命令主は世界政府、インド洋を航行中の貨物船がテロリストと関連がありうる為、臨検し調査せよとのことだ。」

「第四艦隊への命令なのに、なぜ我々が動くのです?」

三竹がもっともな質問をぶつける。

「この命令は、相手を刺激せぬよう極力少数の戦力にて行うようにと言われている。だが、ここまで世界政府はどうも信用に欠ける。青葉事件に然り、陽炎奪取にも世界政府職員が絡んでいるとの情報だ。」

「そこで、日本政府は独自の判断で戦力を追加することにした。ところが第四艦隊をはじめとした他の艦艇は、現在作戦行動中につき世界政府の監視下にある。下手に動くことができない。」

大滝が付け加える。和田が再び続けた。

「我々は先のイレギュラーな戦闘で、シンガポール経由で横須賀に帰投、休息というなっている。つまり世界政府の監視下を逃れている、日本海軍唯一の艦隊だ。」

和田が言い終わるのと同時に、大滝がガタッと椅子から立ち上がった。

「臨検へ行動中の第四艦隊「巡洋艦 阿賀野」及び「駆逐艦 睦月」を支援せよ!今回は何が起こるかわからない。各員の迅速な対応を願う。以上!」

「了解!」

士官室に、鋭い声が響き渡った。


 19:30・ベンガル湾

 『蒼龍より蒼1へ、着艦を許可する。』

蒼龍へと次々と下りていく艦載機。航空技術の遅れが否めない日本海軍は先進国の中で唯一、夜間艦載機のノウハウがなかった。

 20:00・青葉CIC

『阿賀野より入電。“貨物船の停止を確認。これより臨検に移る。”とのこと。』

「船務長、貨物船との距離60km。阿賀野、睦月ともに順調に臨検を進めているようです。」

「そのまま監視を緩めるな。」

三竹が返答する。ようやく、青葉のCICの雰囲気にも慣れてきたようだった。

“ガチャ”

「ふう。」

橋本がCICに入ってきた。面白いことに、武と千早もついてきていた。

「どうですか?」

橋本が敬語で三竹に訊いた。階級は同じでも、橋本の方が年下だ。年齢からくる上下関係は、守るのが橋本の礼儀らしい。

「阿賀野と睦月は臨検を開始したらしい。今のところ、異常はない。」

そう言うと、あくびをしつつ三竹はCICの扉を開けた。

「お疲れさん。」

「後はお任せ~。」

武と千早も席につく。

「はぁ…眠い…。」

「さっきまで寝てて、まだ眠いのかよ…。」

呆れる武のすぐ脇で、うつらうつらし始める千早。

 武がヘッドホンをかけた直後だった。

『睦月より緊急電。“救援求む。繰り返す、救援求む。”』

「いやな予感は当たったか…。戦闘部署発動に備え!」

橋本が声を張り上げる。

『レーダー、艦影を確認せよ。』

「ハッ!…貨物船および阿賀野、睦月周辺に、艦影なし!」

貨物船内での戦闘でも始まったのだろうか?

『艦長より全艦へ。本艦隊はこれより阿賀野および睦月の救援に向かう。』

「あやしい…。単体なはずがない…。」

珍しく、橋本がひとりでブツクサつぶやいているのが聞こえた。

「西園寺一曹、短魚雷の準備。真田一曹はアスロックを待機させておいて!」

「了解です。」

「え?あっ、はいっ!」


 艦橋―

 「艦影が見当たらないってことは、杞憂でしたか。」

和田が少し安心したような声で言う。一方、大滝は厳しい目つきだ。つい一時間前まで寝息をたてていたとは思えない。

「まだわからん。航空機がくるかもしれん。対空警戒を厳となせ。」

「はっ。…対空警戒を厳となせ!」

陽の落ちた海は静かだ。聞こえるのは青葉自身の甲高いタービン音だけである。その静けさが、大滝にとって何よりも心地悪かった。

「CIC、艦橋。橋本少佐。」

大滝は電話で橋本を呼んだ。大滝がひとりの人間を呼ぶことなど、ほとんどなかった。

『艦橋、CIC。はい、何でしょうか?』

「今日は、静かに終わると思うか?」

いやに遠まわしな言い方だった。このような大滝も珍しい。いや、初めてではないか。

『…いえ。』

わずかな沈黙の後、橋本はそう答えた。なんと返せばいいか、思いつかなかったのであろう。

「わかった。…ピンガー打て!」

急に声を大きくする大滝。思わず艦橋員が振り返ったほどだった。

「…。」

電話を置いて椅子に座りなおす大滝。目が鋭く光っていた。

『艦橋、CIC!ソナーに感!多数!』

「な…!?」

返ってきたCICからの返答に、ざわめきが走る艦橋。大滝は眉ひとつ動かさず、

「そういうことか…。」

それだけ口にした。


 「対潜戦闘用意!ソナー、現状報告!」

橋本の声が響くCIC。一瞬で静寂は壊れることとなった。

「1・2・10・11時方向!距離は15キロから20キロ!深度、いずれも100前後!」

「対潜戦闘用ー意!」

ソナーに突如現れた4つのグリップ。向かう先は…貨物船!

「貨物船を囮にして、やってきた軍艦を餌食にするつもりだったのか。」

こぼしながら、アスロックにデータを入れる武。千早が弾頭の短魚雷のプログラムを構築していた。

「ミサイル菅制にデータ転送!」

「転送よし!諸元入力。…アスロック、準備よし!」

「了解。…艦橋、CIC!アスロックの攻撃準備よし!」

『CIC、艦橋。アスロック、攻撃開始せよ。』

まるで待っていたかのような返答。今日は倍返しだ。“FIRE”の表示に指をおく武。

 前甲板から炎の柱がそびえ立った。姿を見せた4発のアスロックが思い思いの方角へと、きれいな軌道を描いて飛んでいく。

「アスロック、発射確認!着水まで約1分!」

間に合うか…。阿賀野や睦月と潜水艦との距離は約30キロ。普通であれば攻撃などありえない距離だが、悪い方向へとばかり頭が働いてしまう。

「アスロック、次々と着水!アクティブホーミングに入ります!」

“コーン…、コーン…、”

千早の手によってプログラムを施された魚雷たちが、潜水艦へと喰らいついていく。

「第1弾、弾着まで5秒!…4…3…2…。」

「爆発1、確認!…2、3、…4発目の爆発も確認しました!」

勝負は一瞬にして決まった。

「…船体からの漏水音複数。…一隻浮上します。」

右舷向こうに波がたった。小さな影が、レーダーに映る。

「…ふぅ。」

一息つく橋本。千早もため息をひとつ。

「久々の戦闘だったね~。」

「まあ、上出来じゃないか?」

笑顔を見せる武。

「よくやった二人共。迅速な行動だった。」

橋本が笑顔で言った。

「どうも。」

「ふふふ…。」

「なんだ西園寺一曹、なにがおかしい?」

「いえ…、誉めるなんて珍しいなと…ふふふ。」

千早は笑いがこらえきれないようだ。複雑な顔を見せる橋本。

「海中、クリアになりました。ソナー反応なし。」

『対潜戦闘、用具納め。このまま貨物船に接近し、二隻を救援する。』

「攻撃を受けたんだ。後から第四艦隊の他艦もやってくるな。」

ギイッと背もたれを傾け、CICの天井を仰いだ武。

 …その直後だった。

「対水上レーダーに感ッ!艦艇多数!」

「なに…っ…!?」

 レーダーに映る影。10?いや、もっとだ。

「こんな大艦隊…いつの間に…!?」

橋本の顔がこわばる。

「方位2-6-0、距離70キロ、速度30ノット!高速接近中!」

なぜ気づかなかったのか…。いや、今はそんなことどうでもいい。

「対水上戦闘用意!阿賀野と睦月を脱出させる!」

橋本の凛とした声。それがまた、CICに響いた。

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