一二話、武のミスは千早が慰める
艦内の空気が張り詰めた戦闘モードへと変わった。
「通信長、蒼龍へ打電せよ。内容は以下。“陽炎を発見。位置は東経134°15′、北緯26°20′。16ノットで東進中。指示を乞う。”以上!」
「アイサー!」
「見つけましたか。」
小倉が艦橋へと上がってきた。
「ああ。どうやら見つけられたのは本艦だけのようだな。」
「しかし、東進とは…?」
「謎の進路だな。てっきり東南アジアの方面へと直行するのかと思っていたが…。」
うーんと考える大滝。
「蒼龍より返電!“警告を与えた後、拿捕せよ。”以上です!」
「拿捕か…。果たしてできるかな。」
艦内放送用のマイクを取った。
「艦長より全艦へ。方位1-6-0に陽炎を探知した。これより、拿捕を目指し行動を開始する。…対水上戦闘、用意。」
『艦橋、CIC。対水上戦闘、用ー意!』
橋本の凛とした声が、艦橋のスピーカーからも聞こえた。緊張感が徐々に増していく。
「ああそうだ通信長、陽炎に警告を与えてくれ。英語は…通じると思われる。」
「は。では英文にて停船警告を与えます。」
青葉を先頭に、四隻が陽炎へと近づいていく。距離はすでに60kmまで詰まっていた。
「ダメです、返答なし。」
「CIC、艦橋。陽炎の速度に変化は?」
『艦橋、CIC。進路および速度変わらず。』
「ふむ。…僚艦に打電、陽炎を包囲する。早波と夕雲はそのまま直進し、朝霧は本艦後方につけ。頭をおさえる。」
「アイサー!」
青葉は取舵をきり、陽炎の進行を阻む方向へと艦首を向ける。朝霧が続いた。
『艦橋、CIC。陽炎は針路を変えません。2-7-0へ16ノットで進んでいます。まるで…』
突然、スピーカーから聞こえていた三竹の声が止まった。
「?」
「どうしたんだ?」
『ミ、ミサイル2、急速接近中!距離30km、弾着まで約90秒!』
『CIC、艦橋!ESSMによる迎撃用意!確実に落とせ!』
「アイサー!ESSM迎撃準備!」
「ハッ!イージスシステム展開!」
橋本の命令に、武が反応する。対艦ミサイルの迎撃なんてのは武にとってお手のもの。手早くプログラムの入力を終わらせる。
「ESSM、攻撃準備よし。」
「了解。…艦橋、CIC!ESSM、迎撃準備よし!」
『攻撃開始せよ!』
武は指に少しだけ力を入れた。ESSMがVLSから放たれ、真っ直ぐ対艦ミサイルへと向かってゆく。
…はずだった。
「!?」
反応がなかった。武は何が起こったか、理解するのに時間を要した。
「ミサイル発射不能!」
“ビー!”
エラー音が鳴る。“Error Code 2102”の表示。
「どうした!?エラーか!?」
橋本の鋭い声が飛ぶ。思わず千早も武のほうを見た。
「プログラムエラーです!ESSM,発射不能!」
「くっ!艦橋、CIC!ESSM発射不能!レールガンによるハードキルに切り替えます!」
『艦橋、CIC。チャフ展開せよ。ハードキルおよびソフトキル双方を使用せよ。』
「アイサー!…チャフグレネード!射出!」
“タンタンッ!”
連続音と共に、アルミニウム箔が青葉を包み込む。すでにミサイルは青葉を捉えていた。
「レールガン、キャパシタ充電!初速3キロで放て!」
「アイサー!充電完了まで5秒!終了後、ただちに発射準備に入ります!」
レールガンがミサイルの方向へと砲塔を動かした。
「ターゲットホーミングよし!レールガン、用意よし!」
「レールガン、発射!」
ミサイルはハッキリと見えるところまできていた。そこへ、レールガンの放った砲弾が襲いかかる。砲弾は2発のミサイルを正確に打ち抜いた。
「ミサイルに命中!迎撃成功です!」
ほっとしたようなレーダー員の報告。
『CIC、艦橋。ハープーン対艦ミサイルの攻撃準備に入れ。』
拿捕ではないのか、と疑問がよぎる橋本だったが
「アイサー!武!」
すぐに指示を出す。
「了解。…松平!ESSMの発射管制システムの修復を行え!」
「はっ!」
部下にエラー処理を任せ、ハープーンの諸元入力にはしる。
「朝霧、対艦ミサイルを発射!…新たな対空目標2、距離35キロ!」
「くっ!下手な鉄砲を数撃ちやがって…、レールガンの発射用意!」
橋本が愚痴りつつも、命令を下していく。
『CIC、艦橋。レールガンにて迎撃せよ。迎撃成功し次第、ハープーンの攻撃を開始する。』
「CIC了解。武、準備はいいか?」
「はい、データの入力は終了しました。」
あとは撃つだけ…。しかし、先のエラーが頭をよぎる。
「レールガン、発射準備よし!」
「よし!迎撃はじめ!」
“ヒュウン!”
あの特異な音と共に、2発の砲弾がミサイルを捉える。秒速3キロまで加速された砲弾は、自らの役割を果たしにかかった。
「レールガン、一発外れました!ミサイル1が、なおも接近中!弾着まで20秒!」
レーダー員の悲痛な声が響き渡る。だが橋本の素早い指示が、青葉を助けた。
「CIWS、自動迎撃開始!」
“ガララララ…!”
毎分4500発の連射速度を誇る砲身から、20ミリの銃弾がミサイルへと降り注いだ。
「ミサイル、弾着まで4秒!…3秒!…2秒!」
ドオン!という鈍い音と同時に、艦が大きく振れる。
「当たったか!?被害報告!」
「ハッ!ミサイルはCIWSによって迎撃に成功!戦闘に支障なし!」
CICに安堵のため息がおりた。
『CIC、艦橋。ハープーン発射!』
「アイサー!ハープーン対艦ミサイル、発射!」
武が自ら復唱し、“FIRE”の表示に力をかけた。
だが…。
「な…に…!?」
またもや“Error Code 2102”の表示。キャニスターランチャーから銛は出なかった。
「あ…あ…。」
武は何も考えられなかった。ただただ、呆然とする他なかった…。
「朝霧のハープーン、迎撃されました!…陽炎、転舵!針路を南にとり、遠ざかっていきます!速力、20ノットから25ノットに増速!」
「艦橋、CIC!ハープーン発射不能!陽炎は海域を離脱しつつあります!」
橋本が叫んだ。武には、自分へ八つ当たりしている声にも聞こえた。
『…CIC、艦橋。作戦中止。』
大滝の低い声が、青葉艦内に響いた。
武は崩れ落ちた。
「俺の…俺の…」
あの時気づくべきだったのか。ミサイルのシステムチェックをしたとき、エラーが出たのを。だがあの時はその場しのぎの修正で…。
「真田一曹、自分を責めるな。貴官の責任ではない。システムのエラーは、いつかは起きるものだ。」
橋本が言った。
「そうだよ偶然でしょ。誰も武を責めてないって。」
千早も同調した。いつもと違い、女の子としての千早だ。柔らかな声で慰める。
「…。」
何も答えられない武。虚ろな目がCICの天井を見つめていた。
「武。」
千早が、武を抱きしめた。柔らかな動作で、頭を撫でる。三竹をはじめとしたCICの科員が息を呑んだ。
「よくがんばったよ。誰も武が悪いなんて思ってないよ。だから安心して。」
いい子いい子、と頭を撫でる千早。
「…、…。」
次第に静かなすすり声が聞こえた。ようやく我に返ったようだ。
「ふぅ。」
橋本が笑顔を見せる。殺気立っていたCICが、ようやく和やかな空気を取り戻した。
“ガチャ”
「心配になって来てみたが、大丈夫そうだな。」
大滝だった。きっと、誰かが一報を入れたのだろう。
「少し休ませてやって下さい。真田一曹ならすぐに立ち直れます。」
橋本が言った。
「そうか。これから本艦は命令によりシンガポールへ向かう。後は任せていいな?」
「はい。大丈夫です。」
「そうか、よかったよ。貴重なクルーが潰れてしまっては元も子もないからな。」
そう言うと、大滝はCICから姿を消した。




