終
リンゴンランゴン――。
チャイムとともに、級友たちはそそくさと席を立つ。あたしもそのひとり。急ぎ教室を出て、階段を下る。あたしの青春はこれから始まる。
「――クソッ……」
購買部に到着するも、目当ての棚はすでにからっぽだった。去年初めて食べて虜になった、夏季限定冷やし生クリームメロンパン。今日から販売開始と聞いて、朝からそれだけを楽しみに生きてきたのに。あたしの青春が、終わった。
「あれ、弥里先輩」
呼ばれ、振り向くと咲がいた。「先輩も今日、パンっスか?」と懐っこく笑う後輩は、いま買ったばかりと思しきパンに早くもパクついている。まったく、食うことばっかり考えて、嘆かわしいやつだ。と見ると、その手には冷やし生クリームメロンパン。
「あ……あ……ああ……」
震える手で指を差す。咲は気が付いたように、
「ああ、これっスか? なんか珍しいパンが置かれてたんで試しに買ってみたんスけど、正直、微妙でしたね。クリームが多すぎるし、自分にはちょっと甘すぎました」
それより、と咲は残りのパンを飲み込むように咀嚼し切ると、
「自分、また新しい練習メニュー考えてきたんです。さっそく今日の練習から取り入れていくんで、楽しみにしててください!」
前のめりに言ってくる。あたしは言った。
「今日の練習、ちょっと遅れて行くわ」
「え、どうしてですか?」
「青春が踏みにじられ、心に傷を負ったから」
一瞬遅れ、
「失恋っスか? よかったら相談にのりますよ?」
と言う咲に手を振り、あたしは購買部をあとにした。
放課後。終鈴が鳴り終わったころ、あたしは席を立ち教室を出る。昼休みに咲にはああ嘯いたが、練習に遅れて行かなければならないのは事実。所属する美化委員会の会議があるからだ。まなにはあらかじめ伝えてあるので、まあ大丈夫だろう。
会議を終え、部室で着替えを済ませ、朧グラウンドへと向かう。
先月の県大会後、大会優勝の噂は校内に瞬く間に広まった。部への問い合わせは殺到し、入部希望者も続々と現れ、少し前までたった四人だった我が部もいまや抱えきれないほどの大所帯に……
「あ、みーちゃん」
「弥里先輩、遅いっスよ」
「おう、弥里! お前、美化委員ってマジか? まず部室の掃除しろよ」
なんてことはなく、メンバーは変わらずこの四人のままだ。
「掃除好きがあらゆる場所の掃除を好むとはかぎらないものだよ。紺屋の白袴と言うように、自分の部屋は案外、後回しにしてしまうものさ」
「部室はお前の部屋じゃねえだろ……」
「弥里殿ー!」
ベンチのほうから声がし、見ると斎藤さんが座っていた。
「斎藤さん!」
「今日はみなさんの練習を見学しに来ましたぞぉー」
そうなんだ、うれしい。……あれ? でも、斎藤さんがいるってことは……
「僕もいるぞ」
「いなくていいぞ」
振り返らずに返事を返す。
「弥里先輩、早くヒューイ出して! みんなで新メニューを試しましょう!」
新メニュー、と言われ、冷やし生クリームメロンパンが頭をよぎり、悲しい気持ちになる。まあ、そのことじゃないのはわかってる。昼休みに聞いた新しい練習メニューのことは覚えてる。
県大会優勝で特に有名になることはなかったが、優勝したことでブロック大会への出場権を得た我々は、約一か月後に控えるそれに向け、日夜練習に励んでいる。
次の大会にはきっと、これまでよりもさらに強力な猛者たちが待ち構えていることだろう。しかし、部員は少数ながら、我々には他のチームにけっして負けない固い絆がある。この絆があれば、きっと――
「……ん? のわぁッ――!」
斎藤さんの座るベンチがバリバリと音を立てて裂けた。絆の力ではベンチは直せない。
「いでよ」
と、ヒューイを召喚する。
「お願いします」
あれはもう無理だろ修繕テープじゃ。ていうか俺(?)を使おうとするなよ、という顔でヒューイが見てくる。
「だ、大丈夫、斎藤さん?」
まなが駆け寄っていく。立ち上がりながら、「大丈夫です」と斎藤さんが応じる。
「それより、みなさん! 全員揃ったことですし、ひさしぶりにまた、アレやりませんか?」
まな、咲、辰樹、メメ、ルキ、シンタ、ついでに航士郎。斎藤さんの周りにみんなが集まっていく。斎藤さん、ほんとアレ好きだな。まあ、あたしもまんざらでもないけど。
あたしとヒューイも駆け寄り、手を出した。
レイキューーーブッ、ファイッ、オーーーーーッ‼
全員の声が、空に響き渡った。
(了)




