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「ここが……」
椛上に連れられ、ようやくたどり着いた床代運動場。霊球専用の競技場というわけではないが(そもそもそんな場所はないのかもしれない)、さすが公式大会の会場なだけあって、広さも施設の綺麗さも普段使っている朧グラウンドとは段違いだった。
「それじゃ」
と手を振り、椛上は去っていく。まなは深々と頭を下げ、礼を言っていた。一応言っておくとあたしも礼は言った。途中、振り返り、
「健闘を祈るわ」
と微笑む口許をじっと見ながら。
エントリーを済ませ、着替えをしに向かう。なんと床代運動場には男女それぞれにロッカールームが用意されているという。途中で辰樹とは別れ、トイレで着替えをしなくて済むことに感動しながら女三人、女子更衣室へ。
それにしても、
「ううむ……」
「どうしたの、みーちゃん?」
受付で渡されたトーナメント表を睨む。参加チーム八校。トーナメント表の、うちとちょうど逆側の位置にやつの明泉高校の名がある。
――もし直接当たる機会があったら、おたがい頑張りましょうね。
椛上の声が脳内で再生される。やはりあの言葉には裏の意味があった。すなわち、「どうせあなたたちは初戦敗退だろうから、勝ち上がってうちと当たることなんてないでしょうけど」という。勘ぐりすぎかもしれない。しかしどうにも、あの手の笑い方を見ると、あまり良くない心当たりと結びつく。
「……むかつく」
「み、みーちゃん?」
まなに心配そうな顔をされながら、ロッカールームに到着する。想像したよりは狭いが、トイレじゃないだけ何億倍もありがたい。
「……ジャーンっ‼」
咲がバッグから取り出したそれをぴらりと広げる。
「おお、ユニフォーム」
「できたんだね」
「昨日、届きました! 辰樹には先に渡してあります。ささ、着てください着てください」
部のユニフォームを作ろう、という話が出たのは、大会の二週間ほど前のことだ。それから急いでデザインを決め、家の近くに仕事の早い業者を知っているという咲に依頼・発注を任せたのだが、無事、大会に間に合ったようだ。まなとふたり、さっそく着替える。
「おお、いいですねえ! 似合ってますよ、お二人とも!」
と言う咲も、すでに着替えを終えている。
「えへへ。やっぱりみんなで同じユニフォームを着ると、チームって感じが強まるね」
「そうだね」
頷きつつ、着ているユニフォームを見下ろす。基調色はオレンジ。
「オレンジ? 白とか黒のほうがシンプルで良くない?」
という主張もしたのだが、
「いやいや、他のチームとかぶりづらいし、いい色ですよ」
と言う咲と、
「オレンジかぁ……うん、いいかもね、かわいくて」
と頷くまなの意見に、まあいいかと納得してこの色に決定された。辰樹はなんでもいいという顔をしていた。
そうして完成したオレンジ色のユニフォーム。いざ実物を目にしてみると、これはこれで案外悪くない。襟に施されたパイピング、左の片袖だけは黒で、バイカラーになっているのもいい感じだ。が、
「この、右下にある『M』ってのは、……なんなの?」
ちょうどわき腹の辺り、黒文字で「M」と刻印してある。みんなでデザインを考えたときには無かったはずのものだ。
「ふっふっふ、それはですね、弥里先輩とまな先輩、部の創設者お二人のイニシャルを入れてみました。ついでに蔟西の『M』も入ってますね。自分からの粋な計らいってやつです。どうです、おしゃれでしょう?」
「はあ……」
まあ、その心意気はありがたいが……ドM集団だと思われないだろうか。
着替えを終え、ロッカールームを出る。外で待っていた辰樹と合流し、グラウンドへ。
四人で軽くストレッチなど準備運動をしていると、
「おーい」
と聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向く。
「航士郎」
手を振り、航士郎がこちらにやってくる。
「なに? また生徒会の視察?」
「いいや、今日は純粋に応援に来た。……お、もしかしてそれ、部のユニフォームか? なかなか似合ってるじゃないか。特にお前は、それ着てヒューイと並ぶと、ハロウィンのジャック・オー・ランタンみたいだぞ」
そう言って航士郎はニヤリと笑う。
「……」
「なんだ?」
「航士郎。あんた、妹いたっけ?」
「は? いないよ。なんだよ急に。っていうか、知ってるだろ」
「いや、実は生き別れの妹がいたとかさ」
「なに言ってんだ、お前?」
「航士郎くん」
「やあ、まな。そうだ、今日は差し入れを持ってきたんだ。みんなで分けてくれ」
航士郎が手に提げたビニール袋をまなに手渡す。中にはドリンクやゼリーなどの類が大量に入っているようだ。
「礼は言わない」
「期待してない……と言いたいところだが、差し入れはこれだけじゃない。今日はもうひとり、スペシャルゲストを連れてきた」
「スペシャルゲスト……?」
ふふっ、と航士郎はおもむろに両手のひらを合わせる。その左手首に見えるのは確かに霊珠。どうして、と訊ねる前に航士郎は手を開く。白い光が放たれ、現れたのは――
「いやあ、ご無沙汰しております、弥里殿」
「さ、斎藤さん⁉」
現れたのはなんと、斎藤さんだった。理科室の骨格標本がそのまま歩き出したかのような骨ばかりの体。表情はないのに、確かに優しさの伝わる笑顔。紛れもなく、斎藤さんだ。
「どうして……」
「航士郎殿に声をかけていただきましてな。近く大会があるから、一緒に応援に行こうと。それで氏の霊珠にお邪魔させていただいて、こうして馳せ参じた次第です」
「航士郎が……」
「ふふっ、そういうわけだ。どうだ? これならさすがのお前も、僕に感謝を――」
「斎藤さんっ‼」
思わず、抱きつかんばかりの勢いで斎藤さんに駆け寄る。その硬い手をぎゅっと握りしめる。
「見てて! あたしたち、あれからいっぱい練習して、めっちゃ強くなったから! 斎藤さんの前で、必ず勝ってみせるから!」
「おおっ、その意気です、弥里殿! この斎藤、眼球はありませんが目を見開いて、みなさんの雄姿をしかと見届けましょうぞ!」
「航士郎くん……」
まながなにやら不憫そうに呟くのが聞こえたが、気にならない。まさか、斎藤さんが見に来てくれるなんて。こうしてまた再会できるなんて。
そして大会は、開会式へと移る。




