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咲から、まずは赤鬼にボールが渡る。赤鬼からまた咲へ。咲の手のひらの上をボールがふわりと浮く。
これも霊球という競技の特徴の一つ。さきほど霊球を「手を使ってよいサッカー」と表現したが、実際に使ってよい場面はある程度、限定される。具体的にはディフェンス時と、味方にパスを出す、あるいはパスを受けるとき。あとは相手ゴールにボールを置くとき。
では、直接手を触れずにどうやってボールを運ぶのかといえば、いま咲がやっているように、ああして手のひらの上に浮かせて運ぶ。なにを言っているのかと思われるかもしれない。あたしも最初、咲から聞いたときはそう思った。だが実際の現象として、霊球のボールは手のひらを上に向けて開くとその少し上をふよふよと浮くのだ。咲いわく、これも霊力あるいは霊珠、そしてボール自体がもつ特性の相関作用によるものらしい。詳しいことはわからない。知りたいとも思わない。
とにかく、選手はその姿勢でボールを「持ち」、ゴールに向けて走ることになる。ゲームや漫画に出てくる魔法使いが、詠唱した火球魔法を自身の近くに現出させるあの感じ、と言って伝わるかどうかわからないが、とにかくそんな絵面に近い。魔法使いと違って、あたしたちはそのまま走らなければならないが。
「るっくん!」
咲が赤鬼にパスを出す。ボールを受けた赤鬼は人間プレーヤー同様、ボールを手のひらの上に浮かせる。そして、
「ウォォォォ――」
と雄たけびを上げながら敵陣に突っ込んでいく。
パスを受けるなどしてボールを持ち、一度ボールを浮かせた選手は前述の場合を除き、再びボールに直接手で触れることは許されない。もしそれを行なった場合は反則となり、相手ボールになる。このあたりはバスケのダブルドリブルに関する規定に似ているだろうか。
そしてこれは実際にやってみないとわからない感覚の話になるのだが、霊球のボールを手のひらの上で浮かせた状態を維持するのは案外、精神力が要る。なんというか、気を抜くとすぐにバランスが崩れ、ぽろりと地面に落下してしまったりするのだ。つまりその状態で全力疾走するのは難しい。普通に考えてひとりでボールを最後まで運ぶのは不可能なため、パスでボールを繋いでいく必要が出てくる。
――で、あるが故に。
いま現在目の前で起こっている、ボールを手に敵陣にひとり突っ込んでいく赤鬼の行動は、(一応)味方であるあたしの目から見ても悪手。戦況不利に焦ったのか。はたして赤鬼の前にふたりの選手が立ちはだかる。ひとりは背の高い男の子。もうひとりは鎧武者のような姿をした彼の霊体だ。
霊球に男女の別はない。人間のプレーヤー間における性差による有利不利は、それぞれの霊体の能力によって補えばよい、という設計らしい。ずいぶん乱暴なルールだ。競技人口の少なさゆえ、男女を分けてしまうと試合や大会が成立しなくなってしまうという事情もあるのかもしれない。
行く手を阻まれた赤鬼。どうする、赤鬼。霊球はラグビー等と違い、相手選手への身体的接触は禁止。自慢のフィジカルを活かして強行突破もできない。状況を打開するには、パスを出すしかない。
「るっくん!」
と、声が飛んだ。咲が左側から走ってきている。両手でボールを掲げる赤鬼。だがそのパスコースは見切られている。咲をマークする女子選手が目を光らせているから。おそらく、彼女にカットされてしまうだろう。
「ウォォォォ――」
と声を発し、赤鬼がボールを投じたのは咲がいるのとは反対の方向だった。やけくそか? そっちには誰も――と目で追い、思わず小さく声が出た。ボールが飛んだ方向には、まながいた。
「まな先輩、ナイス!」
咲がうれしそうに叫ぶ。ボールを受け取り、ゴールに向かって走るまな。敵のマークは咲と赤鬼に対してが中心。自分に対する警戒は緩くなるだろうと踏んで、あらかじめ咲とは逆サイドを走っていたようだ。赤鬼も赤鬼で、さきほどの「暴走」は、まなのその動きを察知してのものだったのか。やはり、三試合目にしてみんな少し成長しているのかも……。
しかし、そこはまな。スピードが足りない。すぐに他の選手に回り込まれてしまう。現れたのは唐傘おばけ。味方にパスを出そうとするまなだが、バッと開かれた傘によってパスコースを塞がれてしまう。そして――
「あっ!」
そこを颯爽と駆けてきたむこうの三人目の選手に隙を突かれ、まなは手の上に浮かせたボールを奪われてしまう。
相手の三人目は女子選手。こちらはもう一人の女の子に比べ、走るのが得意のようだ。スピードがある。
あっという間に、彼女はこちらの陣地にやってくる。その先に待ち構えているのは、なんとあたし。一応、この先は通さないぞー、という雰囲気をそれなりに醸し出しながら両手を広げたりしてみる。と、女子選手が横にパスを出した。足でそれを受けたのは、さきほどの唐傘おばけだ。一本しかないのに器用なことで。
べつにパスなんか出さなくても通したのに、と思いながら見ると、唐傘おばけのほうに斎藤さんが向かっていくところだった。全身をカタカタいわせながら走り、立ちはだかる斎藤さん。唐傘おばけは一度足を止めると、再び傘を開く。傍らに浮かせたボールがふわふわと浮き、傘の上を円を描くように転がりはじめた。
よく見れば、ボールは傘の上を浮いた状態でコロコロ転がる「ように」動いているだけのようだ。これも霊力によるものなのだろうか。いずれにしろ、直接触れていないので反則にはならない。そんなボールの動きに斎藤さんは見事に翻弄される。斎藤さんの動きが鈍いのもあるのだろうけど、そうでなくてもあれは取りづらそう。
斎藤さんをおちょくるようにしながら、ぴょこぴょことゴールに向かって移動する唐傘おばけ。斎藤さんはそれを追いかけながら懸命に手を伸ばすが、やはりボールを奪い取ることはできない。――と、
そこへ現れたのは、一つ目小僧だった。ふよふよと空中を漂うように現れると、傘の上を転がるボールをひょいとかすめ取ってしまう。
「メメちゃん!」
「ナイス、メメ!」
まったく、余計なことを。もう少しでゴールだったのに。まなの一つ目小僧の強みは、空を飛べること。一、二回戦ではあまりそれをうまく活かせていなかったのに、ここにきて機転を利かせてきた。あいつも成長しているのか。
そのまま空中を浮遊しながらボールを運ぶ一つ目小僧。だがこちらも、飼い主と一緒でスピードには欠ける。また飛べるといっても鳥のように空高くとはいかない。せいぜいあたしたちの頭の高さより少し高い程度。前を走る赤鬼にパスを出そうとしたところで、下から跳ね上がってきた何者かにボールを奪い取られてしまう。あたしの腰くらいの大きさの、トカゲのような姿をした相手チームの霊体。奪ったり奪われたり、今回はなんだか忙しい。
さて、このトカゲ、上背はさほどないのだが動きが大変すばしっこい。赤鬼による追撃をちょこまかと左右に動きまわりながらかわし、あたしのいるほうに向かって駆けてくる。またあたしか。まあ、本人から見てもどうしたってここがディフェンスの穴なので、そこを攻めたくなる気持ちは大いにわかるのだけど。
個人的には、突っ立っている横を素通りしていってくれて全然かまわないのだが、それだとさすがに露骨なので最低限、ディフェンスをしていますよ、というような動きをとってみる。当然のように、ひらりとかわされた。よしよし、これでようやくゴールか、と思ったのも束の間。
「その動きは、見切ってるっスよ」
咲の声が背後から聞こえた。いつのまにそこに回り込んでいたのか。あたしをかわした直後の一瞬の隙を突き、咲がトカゲからボールを奪い返す。マジか。
咲が赤鬼にロングパスを出す。もう一点決まったと相手も油断があったのだろう、赤鬼のマークは若干緩くなっていた。空いたスペースに抜け出し、一直線にゴールに向かう赤鬼。しかし追っ手はやってくる。再び囲まれはじめる赤鬼。
「ウォォォォ――」
突然、赤鬼がボールをゴールに向かって投げた。一か八か、ということだろうか。しかし得点は、ボールがゴールの皿の上にきれいに載らないと認められない。そううまくは――
と、目をやった相手ゴール付近。空中をふよふよと浮いている物体があった。
「ぴぃ!」
一つ目小僧だ。ボールを奪われたあと、咲と赤鬼の動きを見て先にゴールに向かっていたのか。赤鬼が投げたボールを空中でキャッチする一つ目小僧。そしてそのまま悠々とボールを皿の上に着地させた。
ホイッスルが鳴る。
「や……やったーっ! ナイスるっくん! ナイスメメ!」
咲が両腕を突きあげる。まさか得点してしまうとは。「やったね、咲ちゃん」「まな先輩も、いい動きでした」と声をかけ合いながらそれぞれの位置に戻っていくまなと咲。……なんだか、いい雰囲気だ。
三対一。こんなに早い段階で得点できたのは今日初めて。しかも敵のお情けとかではなく、自分たちの力でもぎとった一点。
……いやいや、されどまだ一点。たかが一点だ。このままもう一得点も奪えず試合終了という展開も充分ありえる。まさか、ここから接戦になるなんてことにはならないだろう。
――まさか、ね。




