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優ちゃんと玲央くんの双輪試走の映像が終わり、その後は次々と流れる他のクラスメイトの試走の映像を見ていた。
どの映像にも、そのペアらしさが滲んでいて面白い。大胆な作戦で突破するペアもいれば、惜しくもリタイアするペアもいた。
そのひとつひとつを見ながら、私の胸はドキドキした。
(やっぱり今回のコースって、結構難しかったんだ)
自分たちがゴールできたことが、今さらながら信じられない気持ちになる。
やがて実技を終えたクラスメイトたちが、次々と教室へ戻って来た。廊下の向こうから聞こえる足音や笑い声が近付いてきて、教室に少しずつ人の熱が戻っていく。
その空気は達成感と安堵、そして少しだけ悔しさが入り混じっていた。
そして最後のペアの映像が終わると、数分もしないうちに教室の扉が開き日向先生が入ってくる。亜麻色の羽織りを揺らしながら、いつもの穏やかな笑みで前に立つと、静かに告げた。
「皆さん、お疲れさまでした。——今回の実技試験の内容を基に、筆記試験を作ります。試験は、一週間後です」
一瞬、教室の空気が止まり、それから一斉にどよめきが広がる。
「えぇっ、一週間!?」
あちこちから小さな悲鳴が上がった。
「はい、静かにー」
先生が手を軽く叩いて、ざわめきを鎮める。
「皆さんの試走映像は保存してあります。ペア同士、または友達同士で見返して、どこを改善できるか話し合ってみてください。それが一番の勉強になります」
先生の声は穏やかだけど、有無を言わせない力があった。
「それと——今回の試走結果の記録を配ります。操縦者は前に取りに来てください」
日向先生の声が響くと、教室のあちこちで椅子の脚が床を引く音が重なり、ざわめきが広がった。
みんなが一斉に立ち上がる音の中、教卓の前にはすぐに小さな列ができはじめる。
私たちの席からも詩乃ちゃんとカナタそれから優ちゃんが立ち上がり、その列に並んでいく。
順番を待つ三人の背中を眺めながら、私はなぜか胸の奥がソワソワする。
——結果が返ってくる。
その事実だけで、試験中とは違う種類の緊張が静かに喉を締めつけた。
やがて三人は、記録の書かれた用紙の束を手にして戻ってくる。
三人がそれぞれの机の上に用紙を広げると、自然とペアごとに分かれ、顔を寄せ合った。
「どれどれ〜……」
詩乃ちゃんは弾むような声で用紙を覗き込み、ページを指でなぞりながら結果を追っていく。
その表情は好奇心と期待で輝いていて、見ているこっちまで少し笑ってしまいそうになる。
ところが——
「っ!? り、莉愛ちゃん莉愛ちゃんっ! 見てっ!」
詩乃ちゃんが急に大きな声を上げ、目を丸くして私の袖を引いた。指先が止まっているのは“迷宮コース”の欄。
そこに、見慣れない文字が並んでいた。
——迷宮コース 01分59秒42 歴代新記録
「……え?」
一瞬、頭が追いつかなかった。自分たちのタイムの数字が、意味を持つまでに数秒の間があった。
そして、遅れて心臓が跳ねる。
目を見開いたままの詩乃ちゃんが、興奮したように私の腕にしがみついてきた。
「えっえっえっ! 二分切っちゃったよっ! て言うかこれって……!」
「うん……そうだと思う……」
言葉にしながら、ようやく実感が込み上げてくる。
すると、日向先生が誇らしげな顔をしながら話した。
「今回の双輪試走で、素晴らしい記録が出ました。詩乃、莉愛ペアの迷宮コースが、歴代記録を更新しました」
クラスのみんなの目が、私たちに向いている。驚きや尊敬、羨望——それぞれ違う色をしているのに、不思議とどれも温かかった。
頬が熱くなる。鼓動が速くて、息が少しだけ詰まる。
「えっ、マジで!?」
「二分切ったの!?」
「すげぇ……!」
驚きと感嘆が入り混じった声があちこちから聞こえてくる。最初に拍手をしたのは優ちゃんで、その音が合図みたいに広がっていった。
歴代記録——それは利玖と瑛梨香先輩のペアが保持していた「02分02秒15」。
その数字を、私たちは二秒以上も塗り替えてしまった。
胸の奥がじんわりと熱くなる。緊張でも焦りでもない、ただ純粋に「嬉しい」と思える熱。静かだった教室の空気が、一気に色付いて見えた。
詩乃ちゃんは周りの目なんて気にせず、私に抱きついて喜びを噛み締めている。
「やったぁ! 目標の歴代一位だし、まさかの二分切ったよー!」
明るい声が弾む度に、心の奥まで喜びが波紋のように広がっていく。頬に触れる詩乃ちゃんの髪が、光を反射して橙色にキラリと揺れた。
ペア全員に記録用紙が配り終わると、日向先生は柔らかく笑った。
「……本当に、よく頑張りましたね」
その声には、静かだけど確かな温度があった。
「速さ」よりも「努力の積み重ね」を見てくれているような、そんな響き。
「記録を更新することは簡単じゃありません。けれど、それ以上に素晴らしいのは、お互いを信じて走り抜いたことです。詩乃さんも、莉愛さんも——おめでとう」
その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
“信じて走り抜いた”——まるで、私たちの背中を見ていたかのように。嬉しさが込み上げ過ぎて、息が少し詰まった。
「ありがとう、ございます……」
小さく会釈した途端、胸の奥から熱が込み上げてきて、視界がほんのり滲んだ。再び温かな拍手が包み込む。
ふと視線を感じて顔を上げると、カナタが私たちを見ていた。その眼差しはいつもより柔らかくて、言葉の代わりに「よく頑張ったね」と伝えてくるようだった。
その静かな優しさが、胸の奥にスッと染み込んでいく。まるで心の奥に、小さな灯がともったみたいに。
息を吸う度にその温かさがじんわりと広がって、胸の奥をくすぐる。頬の内側がじわりと熱くなって、頬が緩んでしまう。
そんな私の表情を見てカナタの目元が綻ぶ。その微かな笑みに胸の奥でそっと何かが溶けていき、心の中に静かな温もりが滲んでいた。
「では、残りの時間は……最初からもう一度見ましょうか」
日向先生が穏やかに言いながら、手元の魔械機器に触れる。次の瞬間、スクリーンがふっと明るくなり、最初のペアの試走映像が再び流れ出した。
・
・
・
ざわめいていた教室が静まり返り、魔械機器の駆動音が淡く響く。
何組かの映像が過ぎ、やがて見慣れた名前が表示される。——カナタと拓斗の番だ。
その瞬間、私たちは思わず息を呑んだ。
(えっ!?)
スクリーンの中に映ったカナタの創駆は、私の記憶にある“バイク型”の姿ではなかった。
スタート地点には流線型の車体はどこにもなく、代わりにそこにあったのは、円盤のような大きなお鍋にも見える奇妙な機体。
「か、カナタくん……あんな形だったっけ……?」
詩乃ちゃんが戸惑いを隠せず、声を潜めて尋ねる。
私も同じ気持ちだった。胸の奥がざわつく。創駆の資料を提出した時点では、確かに普通のバイク型だったはず。
一体、いつの間に?
拓斗の方へ目を向けると、気まずそうに視線を落とし唇を結んでいた。教室の空気が少しだけ張りつめる。そんな中で、隣からカナタの声が静かに響いた。
『……ちょっと問題があってね。作り直したんだ』
「えっ! よく間に合ったねっ!?」
詩乃ちゃんの驚き混じりの声に、私は思わず頷いた。
間に合うはずなんて、普通ならあり得ない。それでも、カナタの声は不思議と落ち着いていた。
『まぁ、ご覧の通りシンプルな形だからね。……提出してたのと違う創駆だから、そこは減点くらっちゃった』
その声音には焦りも後悔もなく、淡々とした響きがあった。寧ろ吹っ切れたような静けさ。
私はカナタの横顔を見つめながら、胸の奥で何かがキュッと締めつけられるのを感じた。
スクリーンの中で、先生がスタートの用意を促す声が聞こえた。
その瞬間、胸の奥が僅かに跳ねる。鼓動が映像の中の緊張と重なったような気がして、私は無意識に息を呑み、視線を前へ戻した。
そこに映る光景から、もう目を離せなかった。
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