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23・24 詩乃side

「カナタくんにも、お礼言わないとねっ。私も言いたいっ!」


「うん……言いたい……」


 莉愛ちゃんの声は、さっきまでの泣きじゃくりが嘘みたいに落ち着いていた。まだ少し涙の跡は残っているけど、呼吸はもう穏やかで、言葉もちゃんと自分のものになっている。


 ——やっぱり、しっかり者だなぁ。


 きっと、今までの莉愛ちゃんは「自分のせいで迷惑をかけた」って責め続けていたんだと思う。悔しさと申し訳なさを抱えて、胸の中に閉じ込めて……


 それを乗り越えられたのは、きっとカナタくんがそばにいてくれたから。


 だから、涙が止まらなかったんだ。悔しさも安堵も感謝も、一気に溢れ出して。さらに最速タイムランキングのトップ10を全部取るなんて結果まで残しちゃうから、余計に心が追いつかないんだろうな。


 泣きじゃくったのが恥ずかしいのか、両手の袖で口元を隠してる莉愛ちゃんは、普段よりもずっと子どもっぽくて、それが堪らなく可愛い。


 胸がギュッと詰まるくらい「莉愛ちゃんとペアでよかった」って気持ちでいっぱいになった。


 ふと廊下の先を見ると、お目当ての男の子の姿が見えた。


「……んっ? あっ!」


 カナタくんだ。それに拓斗くんと晶くんも一緒。思わず私は大きく手を振る。


(晶くんのペアの子は、今日は一緒じゃないんだ?)


 そんなことを考えている間に、カナタくんが急に駆け出した。その動きに引き寄せられるように、莉愛ちゃんも走り出して——


 驚いて目を凝らす。二人がぶつかり合うみたいに近付いたその瞬間。


『っ莉愛! どうしたのっ!? 何で泣いて——』


 カナタくんの慌てた声。だけど、莉愛ちゃんは答えるより先に、思い切りカナタくんに抱きついた。


(きゃ〜っ!)


 頭の中が真っ白になって、私は反射的に両手で頬を押さえた。ニヤけそうになる口元を隠そうとしたけど、頬が熱くて、押さえた指先までじんじんしてくる。


 だって、知ってるから。——カナタくんの莉愛ちゃんへの想いを。


 そんな二人が、目の前で抱き合ってる。胸が高鳴って、息をするのも忘れそうになる。ジッと見ちゃいけないのに、目を逸らせない。


 ドキドキが止まらなくて、ほっぺが痛いくらい熱くなっていた。


 不意に視線を横へ逸らすと、晶くんはもう隠そうともしないくらいニヤニヤしていて、カナタくん見ている。その様子を見て、私は思わず心の中で小さく笑ってしまった。


(やっぱり……晶くんも、分かってるんだろうな。カナタくんって、本当に分かりやすいんだから)


 次に、拓斗くんへと目を向ける。拓斗くんの顔は驚いているようにも見えたけど、すぐに何でもないかのように取り繕っていた。——でも、私には分かる。


 その無表情の奥で、胸を少しだけ刺されるように傷ついているのを。


(そうだよね……拓斗くんも、莉愛ちゃんのことが好きなんだもん)


 でも拓斗くんは、何も言わない。言える立場じゃないと思っているから。これまで自分から手を伸ばしてこなかったことを分かっているから。


 だから今も静かに、ただ「何でもない」と振る舞おうとしている。


 でも、その姿を見ていると胸が痛んだ。だって本当は——カナタくんみたいに素直になりたくて、カナタくんみたいに気持ちを差し伸べられることを、羨ましいって思ってるのかもしれないから。


 だから私は、思わず声を張り上げていた。


「ねぇねぇ、三人共っ! 私たち、すごいんだよっ!」


 明るく振る舞いながら、拓斗くんの腕をグイッと引っ張る。この場に立ち尽くすのは、きっと拓斗くんにはしんどい。もし私が同じ立場なら、きっと耐えられないから。


「分かった分かったって……」


 拓斗くんは抵抗することなく、私に引っ張られるまま着いて来てくれる。その肩越しの横顔は、少しだけ楽になったようにも見えた。


(……少しは、助けられたかな)


 そう思うと、ほんの少し胸が温かくなった。


 魔械(マギア)掲示板の前に着くと、もう巨大迷路コースのランキングは消えていて、代わりに固定砲台からの攻撃を避けながら進む「迎撃コース」のランキングが映し出されていた。そこに刻まれた一位の名前を見て、私は思わず声を上げた。


「わっ! 拓斗くんたち迎撃コース一位なんだっ!」


「へぇ……知らなかった」


 落ち着いた声。でも、横顔をそっと覗くと、瞳が静かにキラリと輝いていた。


(……あ、嬉しいんだ)


 そう気付いたら、思わずクスッと笑ってしまった。


「……何だよ」


「ううんっ、何でもないっ!」


 私の笑い声に気付いたのか、拓斗くんが少しだけ照れたように頬を赤らめる。その反応が新鮮で、胸が温かくなった。


 そんな時、横から影が差した。カナタくんが魔械(マギア)掲示板の前にやって来た。カナタくんが歩いて来た方に目を向けると、莉愛ちゃんは晶くんと何やら話していた。


(あれ、莉愛ちゃんと来なかったんだ……)


 そう思ってカナタくんに目を戻した瞬間、私は小さく息を呑んだ。掲示板を見上げるカナタくんの横顔。その髪の隙間から見えた耳が、真っ赤に染まっていたのだ。


 あのクールで、いつも冷静なカナタくんが——照れてる。


 その事実が少し衝撃で、だけど、同時に妙に納得もしてしまった。


(好きな子に抱きつかれたら、誰だって照れるよね)


 私は気付かなかったフリをして、掲示板へと視線を戻した。


「カナタくんたち、迎撃コース一位だよっ! すごいねっ!」


『ありがとう。さっきの記録だ、これ』


 どうやら二人は、ついさっきまで迎撃コースで練習していたみたい。


「えっ! そうなんだっ」


『うん、拓斗がずっと守ってくれてたから、僕はただスピードを出して走ってただけだけど』


「おぉっ!」


 私は勢いよく拓斗くんの方へ振り向いた。拓斗くんは気まずそうに口を結んでいたけど、その顔はほんのり赤く染まっていて、嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような表情だった。


「……で、詩乃たちの何がすごいんだよ?」


 掲示板に視線を固定したまま、拓斗くんが不意に声をかけてくる。その声音には、興味よりも寧ろ話題を逸らそうとする照れが滲んでいた。


「んっとね〜、そろそろ出てくるかなぁ……」


 揶揄うように返すと、ちょうどその瞬間、掲示板に光の粒がふわりと舞い上がり、次のランキングが映し出された。


 パッと視界に広がるのは、巨大迷路コースの成績表。そこで拓斗くんとカナタくんを見ると、二人共同じように目を見開いていた。


「どう? どう? ぜーんぶ私たちなのっ!」


 私は待ちきれず、胸を張って結果を指差す。一位から十位まで、全部自分たちの名前で埋め尽くされている。ズラリと並んだ文字の列が、まるで努力の証を誇示しているように見えて、誇らしさで胸がじんわり熱くなる。


『これは……すごいね』


「おー……」


 二人の口から同時に漏れる驚きの声。あの強がりな拓斗くんでさえ言葉を失っているのが可笑しくて、私は思わず口元が緩んだ。


 だけど、それ以上に目を引いたのは——二人の間に漂う空気が、前よりもずっと和らいでいたこと。


 互いを意識し過ぎてぎこちなかった温度が、今はほんの少し綻んでいる。私はその変化を見逃さず、内心でほくそ笑んだ。


 すると、莉愛ちゃんと晶くんも掲示板へ辿り着いた。


『莉愛、頑張ったね』


「えへへ……私もビックリしちゃった」


 褒められた莉愛ちゃんは、嬉しさを隠しきれないように微笑んだ。だけど、少しだけ照れたように視線を泳がせる仕草に、莉愛ちゃんの素直さが出ていた。


「へぇ〜、全部二人なのかっ! 壮観だねぇ」


 晶くんもランキングを見て、感心したように目を見開く。その反応が、達成感で胸を膨らませていた私の心に、さらに誇らしさを加えてくれる。


「あれっ、もしかして、歴代記録まで更新してる?」


 晶くんが思い出したように声を上げ、別の魔械(マギア)掲示板へ足を向けた。私たちもその後を追う。


 そこには、代々続く双輪試走の最速タイムのランキングがずらりと並んでいた。目に飛び込んできたのは、一位の欄を独占する二つの名前。


「わぁっ! 一位全部、利玖先輩と瑛梨香先輩が取ってるんだねっ!」


「そうだったんだ……」


 莉愛ちゃんは驚きのあまり、息を呑んだように呆然と画面を見つめている。どうやら莉愛ちゃんにとっても初めて知る事実らしい。


 自分の家族の偉大さに気付かされたその横顔には、驚きとほんの少しの誇らしさが混じって見えた。


「ん〜、残念。まだ二位みたいだね」


 晶くんの言葉に視線を追うと、巨大迷路コースのランキングが映っていた。二位に並ぶのは私たちの名前。


 その上、一位の欄には利玖先輩と瑛梨香先輩の名前が燦然と輝いている。タイムは2分02秒15。


「うーんっ! もうちょっとだねっ!」


 口から飛び出した声は、悔しさと興奮が混じったものだった。惜しい、あと一歩……その事実が胸を熱くさせる。


『でも、利玖も本番でこの記録を出したらしいから、二人も試験中に記録が出たりするんじゃない?』


「へぇ、そうなんだ。よく知ってるね?」


 莉愛ちゃんが驚いたように振り返り、カナタくんへ問いかける。


『……まぁね』


 短く答えるカナタくんの横顔は、掲示板に釘付けになっていた。カナタくんの瞳の奥には、どこか真剣な光が宿っている。


「よーしっ、莉愛ちゃんっ! 目指せ歴代一位だよっ! 頑張ろうねっ!」


 私は莉愛ちゃんの腕に勢いよく抱きつき、気合を込めるように声を張った。驚いたように目を瞬かせた莉愛ちゃんが、次の瞬間、ふっと笑みを浮かべる。


 視線がぶつかる。たったそれだけで、互いの胸にある同じ想いが伝わった気がして、私たちは声もなく笑い合った。

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